第四話 覇王門の守護仙人
老いさらばえたお爺さんとの突然の邂逅。ダルシム矢野は、最大限の警戒をもって爺さんを観察した。
薄汚れた灰色のローブを身に纏い、曲がった腰でこちらを見つめる小柄な老人。禿げ上がった頭皮に、地面に届く程に伸ばされた純白の髭。
覇王門に巣食うホームレス。脳裏に浮かんだ至極妥当な推測を、ダルシム矢野は瞬時に切り捨てた。
それは、ありえないのだ。何故なら不気味な笑みを浮かべるこの翁の口元には『歯』があるのだ。現代日本において、歯を維持したままホームレス生活を送ることなど不可能なのだ。
さらに、薄汚れたローブに比べて、不自然なほどの純白の髭からは、奇妙なチグハグ感を覚える。ダルシム矢野は眼前の老人に驚異足り得る可能性を感じ取った。
「お爺さん、一見薄汚れた浮浪者に見えますが………只者じゃあないですね。誤解しないでいただきたい。僕は覇王ゲームの申込みに来ただけなんです。縄張りを荒らすつもりは無いのです。このまま見逃して頂けないでしょうか」
ダルシム矢野は、礼節を持って翁に語りかけた。
「ふぉっふぉっふぉぉぉ、お前さん、わしはこの門の番をしておるのじゃよ。ここを通り抜けたけりゃ、少しわしの暇つぶしに付き合ってくれぇ」
ダルシム矢野は逡巡する。覇王ゲームの参加人数には定員がある。今すぐにも受付に向かいたいのが本心だ。しかしながら、眼前の翁の話が真実なら、門番の静止を振り切り受付に向かったところで、エントリーが成立するのだろうか。
取り返しの付かないリスクがある以上、ここは門番を自称する翁に話を合わせるしかない。
「わかりました、急いでますので手短にお願いします」
ダルシム矢野の返答に翁は破顔した。
「ふぉぉぉぉ、よろしい。そこの詰め所で話すぞえ」
翁に促され、ダルシム矢野はダンボールで作られた小屋に足を踏み入れた。小屋の中は狭く、二人の人間が入ると、互いの鼻が触れ合いそうな至近距離となってしまう。強烈な圧迫感を感じながらも、ダルシム矢野は問いかける。
「それで、ご要件は?」
「クイズじゃ」
「は?」
「クイズじゃよ、わしの問に正解したら、ここを通ってええ。じゃが、不正解なら帰れ」
翁のあまりにも理不審な発言に、ダルシム矢野は困惑した後腹が立ち、憤怒の眼差しで翁を貫いた。
「………なんじゃ、その顔。嫌ならええよ? 帰れぇ!!!!! くそがきぃぃ!!!!!」
至近距離から放たれた、翁の突然の咆哮にダルシム矢野は反射的に受け身を取り、言い放った。
「………やってやるよっ!!! クソジジイィィ!!!」
覚悟を決めたダルシム矢野の直ぐ隣を、ダンボールの犬小屋の壁を隔てたすぐそこを、集団がドームに向けて闊歩する。
「おい、ジジイ! あいつら素通りしてるぞ!」
「うるしゃい! ほんじゃあ、問題じゃ。お前の婆さんの名前は何じゃ?」
こちらの抗議を受け流し、翁は謎を投げかける。ダルシム矢野は瞬間的に思考をクイズモードに切り替えたが、問の内容に拍子抜けしてしまう。
「こんなのクイズでもなんでもない。ばあちゃんは『ばあちゃん』だ。」
「名前じゃ、お名前を答えてくんろ」
「だから『ばあちゃん』だ」
ダルシム矢野の返答に翁は目を見開き、聞き取れない声で呟いた。
「………ほぅ。これは………」
「答えたぞ、もう行っていいか?」
「ああ、かまわん」
翁の承認を聞くやいなや、ダルシム矢野はダンボールの犬小屋から飛び出し、ドームのエントランス目掛けて疾走した。
遠ざかっていくダルシム矢野の背中を見送りながら、翁は嘆息する。
「ダルシム矢野。この目で見るまで信じれなんだ。救世主の資質、否、あれはもはや呪いじゃ。かわいそうにのぅ」
そう呟く翁の顔面には、その言葉とは裏腹に、邪悪で醜悪な笑みが張り付いていた。
暫しもの間、思いにふけった老人はゆっくりとドームに向かって歩き出す。いつの間にか、その背後には無数の黒服のおじさんが付き従っていた。
「見たいものは見れた。者共、計画を第二フェイズに移行する」
そう言い放つ翁の声には、先程までとは打って変わって覇気と威厳が満ち溢れていた。背筋を伸ばし威風堂々と闊歩する老紳士の背後から、黒服どもの咆哮が響き渡る。
「「ハッ!!! プロフェッサー・アナコンダ様!!!」」