第三話 覇王門に至る
紅蓮の炎に飲み込まれたスラム街を後にしたダルシム矢野は、先刻手にしたチラシに改めて目を落とす。
『覇王ゲーム開催のお知らせ
この度、覇王ゲームという大会を開くことが決定いたしました。
優勝者には世界の舵取りが任せられます。定員が規定の人数に達し次第、受付を締め切らせていただきますので、参加希望の方は、取り急ぎ会場にて申込みをされるようお願い申し上げます。
覇王ゲーム運営事務局より愛を込めて。
受付場所:世界中枢機構要塞大覇王ドーム』
世界中枢機構要塞大覇王ドーム。日本国民なら誰しもが聞いたことがある施設である。
司法、立法、行政さらには、ありとあらゆる娯楽、この世のすべての機能が凝縮還元された日本そのもの。それが、この漆黒の大要塞である。
ダルシム矢野は、覇王ゲームに参戦するべく荒野を闊歩する。人っ子一人見当たらない荒野に時折、コンドルの咆哮が響き渡る。どれ程の距離を進んだであろうか。変化のない景色は、ダルシム矢野から時間の感覚を奪い去る。
容赦なく照りつける灼熱の紫外線が、ダルシム矢野に突き刺さる。徐々に奪われていく体力。疲労を感じ始めたダルシム矢野は、眼前の大岩に駆け寄ると、その影に座り休息を取ることにした。
ダルシム矢野は、実家を去る際に持ってきた、山賊のナップサックよりエナドリを取り出すと、一息に飲み干した。
「くうううううううぅぅぅ」
失われた水分と栄養素が、体中に再充填されていく快感にダルシム矢野は咆哮する。
「キイイイイイイィィィィ」
その咆哮に呼応するかのように荒野の彼方から、コンドルの咆哮が返ってくる。荒野に響く一人と一匹の偶発的なカルテット。
すべてを失った青年の底なしの孤独。その隙間が温かいもので僅かに満たされていく気がした。気が付くとダルシム矢野は泣いていた。
その嗚咽に呼応して、再びコンドルの嘶きが返ってくる。
「………世界は、こんなにも優しいのに」
人里を離れて初めて実感した。世界は優しさに満ちあふれていたのだ。
自分が覇王となり、人が人らしく暮らせる世界を作る。そうすれば、皆もきっとこのコンドルのように………。
万感の思いを胸に、ダルシム矢野は大岩に手をつき起き上がると、天空に向けて一礼した。そして、名もなきコンドルの思いやりに、決意を新たにダルシム矢野は覇王ドームに向けて再び歩き出した。
道中、いくつものスラムを経由しながら、ダルシム矢野は前進を続けた。
宿代や飲水の代金の支払いの度に数を減らしていくエナジードリンク。出発時はパンパンに膨れ上がっていた山賊ナップサックも、今では空気の抜けた風船のようだ。
懐事情に一抹の不安を感じつつも、ダルシム矢野の旅路は終わりに近づいていた。まだ距離はあるが、遂にダルシム矢野の眼孔は捉えたのだ。
視界の彼方にそびえ立つ城壁に囲まれた漆黒の要塞。激烈な威圧感、強烈な存在感を放つ巨大なドーム。あれこそが、ダルシム矢野の旅の終着点、すなわち、国家中枢機構要塞大覇王ドームである。
高鳴る心臓の鼓動を抑え込み、ダルシム矢野は要塞に向けて疾走を開始した。一歩前進するごとに、その大きさを増していく大要塞。その圧倒的な外観は、見るものによっては畏怖の対象になるだろう。
しかし、ダルシム矢野は微塵も怯まない。その瞳には憎悪の炎が宿っていた。漆黒の獄炎を燃やし、ダルシム矢野は疾走する。
城壁の上で何かが煌めいた。その瞬間、ダルシム矢野は反射的に垂直方向に跳躍した。空中から眼下を見下ろすと、先程までダルシム矢野が立っていた場所には『覇』の文字が刻印された鉄球が打ち込まれていた。
「………狙撃かっ」
一撃爆殺の威力を伴った狙撃でさえ、ダルシム矢野の前進を阻むことはできなかった。ダルシム矢野は砲撃の隙間を縫い駆け抜ける。世界最速の抜け飛脚、ダルシム矢野は荒れた平野を、縦横無尽に駆け抜けて、ついに城壁にたどり着いた。
どこかに内部に入るための入り口があるはずだ。そう考えるやいなや、ダルシム矢野は城壁に沿って、時計回りに疾走を開始した。
疾走状態に移行してはや1時間。今だ外周の10分の1すら回れていない。改めて覇王ドームの強大さを実感しつつダルシム矢野は走り続ける。
疾走開始より約4時間、日が暮れ始めた時であった。ダルシム矢野は、城門を発見した。門番を警戒しつつ壁に張り付き、抜き足差し足で門に近付いていく。
しかし、不用心なことに城門は開け開かれており、無人であった。ダルシム矢野は、慎重に城門をくぐり抜けた。その瞬間であった。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉ、曲者かえ?」
「何者だっ」
ダルシム矢野が振り返ると、そこには壁に張り付き、こちらを愉快そうに見つめるお爺さんが、老いさらばえていた。