第五話 追放ゲーム 一日目 後編
それぞれの部屋に向かって行く者共を見送ったダルシム矢野は、鋭い眼光でボロアパートを睨みつける。
「どいつもこいつも、まるで本質が見えてない愚か者だったな。まあ、せいぜい夜までくつろいでおくがいいさ」
吐き捨てるように呟くと、ダルシム矢野はアパートに背を向け歩き出す。今日の内に確認しておきたいことが3つある。その為には一分一秒が惜しいのだ。ダルシム矢野は速歩きでアパートを囲む馬防柵を乗り越えて、敷地の外に駆け出し竹藪に突入した。
アパートを囲む竹薮は鬱蒼と茂っていた。闇雲に散策すれば迷子になってしまう。そんな懸念が湧き上がるが、ダルシム矢野は瞬時に策をこね繰り上げて実行に移した。
ダルシム矢野は竹藪に向かって500メートル程、等速直進疾走をして何もないことを確認すると、その場で180度跳躍回転した。そして、次の瞬間には、元来た方向に向けて疾走しマイアパートまで引き返したのだ。そして、このルーチンを幾度となく繰り返した。世界最速の抜け飛脚が竹藪の合間を駆け抜ける様は、さながら血を這う雷の蛇のようであった。
4時間ほどの反復直線作戦の結果、ダルシム矢野はついに目的の場所にたどり着いた。竹藪が途切れ開かれた場所の発見に成功したのだ。そこには、ダルシム矢野が本日入居したアパートと同規格のボロアパートがそびえ立っていた。各部屋のドアの前に屈強な用心棒が屹立している所まで全く同じである。
唯一違うのはアパートの外装のカラーリングのみである。ダルシム矢野のマイアパートは白の外装であったが、眼前のアパートは黒く染め上げられていた。
(はっ!! やはりな!!)
予想した通りの光景に、口角が自然と持ち上がる。歓喜の余韻もそこそこに、ダルシム矢野は素早く反転し、もと来た方向に向けて疾走を開始した。疾走状態を維持しつつ、30メートルほどの間隔を空けて、ダルシム矢野はすれ違いざまに竹に鋭い手刀を叩き込む。
雷の如き速度から繰り出された手刀は、いともたやすく竹を切断した。ダルシム矢野の駆け抜けた後には、黒きアパートに続く竹の道標が残されていた。
ダルシム矢野が、マイアパートに帰還する頃には時刻は夕方に差し掛かっていた。一息つきながらも、ダルシム矢野は、状況を思案する。
(これで最低限の目標は達成できた。出来れば、今日中にもう1棟位はアパートの位置情報を把握しておきたいが……いや、探索中に日が暮れる恐れがある。ここらが潮時だな。残り時間はマイアパートの情報把握に使うか)
考えをまとめると、ダルシム矢野はアパートの観察を開始した。
2階建てボロアパート。1階が向かって左から0〜5号室。2階に続く錆びついた階段をのぼると、手前から6〜10号室と続いている。そして、各部屋のドアの向かって右隣には黒服の屈強な用心棒が仁王立ちで防犯にあたっている。
ダルシム矢野は、自身に割り振られた4号室のドアの前まで近づくと、担当用心棒に話しかけた。
「お疲れ様です。部屋主のダルシム矢野で御座います」
用心棒は微動だにする事なく、無言で直立を続けている。
「こんにちは、無視しないでください。感じ悪いですよ?」
重ねて話しかけるダルシム矢野であったが、やはり用心棒からの反応はない。
「ふむ。こいつら警備中はコミュニケーションを禁止されてるようだな」
用心棒の習性を確認したダルシム矢野は、続いて『四』と刻印されたドアに視線を向ける。ドアには電子ロックをつかさどる厳重な鍵が取り付けられており、オンボロアパートとの落差が滑稽でさえあった。
部屋に侵入するべくドアノブに手をかけるがびくともしない。その様子を見た用心棒がスッとカードキーを、ダルシム矢野の胸板に押し付けてきた。
「おじさん、あなた失礼ですよ」
突然胸を触られた無礼に気分を害したダルシム矢野は、用心棒の頭にゲンコツを落とす。そして、カードキーを引ったくるように受け取ると、ドアノブ横のカードリーダーに差し込んだ。
ピピピ
小さな電子音がしたかと思うと、ロックが解錠される音がした。ダルシム矢野はドアを開け広げ部屋に入ろうとしたが、ふと振り向き用心棒に向き直った。自分とは違い、この人は野ざらしで自分の警護をしてくれるのだ。そう考えると手を上げた自分が大人気なかったと思えてくる。
「まぁ……おじさんにも色々とマニュアルがあるんだろう。先程の狼藉、許すさ。ゲンコツの件、詫びさせてくれ」
ダルシム矢野は軽く笑みを作り用心棒の頭をワシャワシャと撫でると、部屋に入っていった。直立したまま立ち尽くす用心棒の顔が、照れくさそうに朱に染まっていることを知るものは誰もいない。
部屋に入ると、そこは簡素な四畳半の和室であった。トイレと風呂はセパレートタイプ。部屋の中央に置かれたちゃぶ台の上には、所狭しとカップ麺が積み上げられていた。部屋の隅にはミネラルウォーターの入ったペットボトルが詰まったダンボールが積まれており、覇王ゲーム運営サイドの潤沢な資金力が伺われた。
(食料の心配は無用だな)
ダルシム矢野は、おもむろにカップ麺を一つ手に取ると玄関に歩を進める。そして、勢いよくドアを蹴り開け用心棒の前に躍り出た。
「ほれ、引っ越しの土産だ。存分に堪能していただけると嬉しく思う」
そう言うと、先程の意趣返しとばかりに用心棒の胸板めがけてカップ麺を押し付けた。用心棒は相変わらず反応しなかったが、ダルシム矢野は満足そうに頷いた。そして、胸板と激突しへしゃげてしまったカップ麺を用心棒の頭頂部に置いて部屋に戻っていった。ダルシム矢野の消失を確認すると、用心棒は小さく呟いた。
「……全く、乱暴な家主様だぜ」
その言葉とは裏腹に用心棒の顔は、真っ赤に染まっていた。
室内に戻ったダルシム矢野は、カップ麺を押しどけて、ちゃぶ台に着陸した。そして、改めて部屋を観察する。特筆する物はなにもなかった。ちゃぶ台に食料。そして壁にかけられた鳩時計。時刻は18時になろうとしていた。
(竹藪での探索に時間を使いすぎてしまったな……食事も取っておきたいが、追放会議までにもう一つ済ませておきたいことがある。先に厄介ごとから済ませておくか)
ダルシム矢野は、ちゃぶ台より早々に立ち上がると部屋を後にした。ドアを閉めると自動で電子ロックがかかった。
(ふむ。セキュリティーも万全だな)
ダルシム矢野はドアの横に立つ専属用心棒に、挨拶代わりに軽く肩パンをくれてやると、そのまま0号室へと小走りで向かった。そして、0号室の前で立ち止まると、ドアの傍らに立つ用心棒に礼節を持って話し掛ける。
「すみません、本日越してきた4号室のダルシム矢野です。大家さんに取り次ぎ願えますか?」
しかし、用心棒は何も答えず微動だにしない。
「チッ……こいつもか。揃いも揃って失礼なおじさん共だ。まぁ、うちの用心棒の方がお前より可愛いけどな」
用心棒の肩越しにちらりとインターホンが見える。ダルシム矢野は手刀を作ると、インターホン目掛けて高速の突きを繰り出した。一瞬、用心棒の瞳に焦りと恐怖の色が浮かんだが、それでも用心棒は微動だにしない。
ぴ〜んぽ〜ん♪
遅れて響くチャイムの音に、用心棒は先程の稲妻の如き突きの意図を理解した。それと同時に眼前の怪物と一戦交える覚悟を決め、張り詰めていた精神が安堵で弛緩した。
「微動だにしないか。見事な仕事意識だ。おじさん、やりますね」
強者からの称賛の一言に、用心棒は僅かに顔を伏せ赤面する。マニュアルにより表情筋を動かすことを禁止されている用心棒は、照れくささで身悶えしそうになる心を自制する。必死で平静を取り繕う。早く立ち去ってくれ、用心棒が内心そう願っていると、ドア越しに声がした。
「はぁーい、ちょっとまってねー」
ガチャリ
扉が開き、とんでもなく肥え太ったアラサー女が、威風堂々とダルシム矢野の眼前に姿を表した。
「あら、僕ちゃん。どうしたの?」
ダルシム矢野の姿を確認した肉ダルマは、困惑した表情を浮かべた。
「4号室のダルシム矢野です。引っ越しのご挨拶に参りました」
「……あら。別にそんなの必要ないわよ? 君礼儀正しいのね〜。要件はそれだけ? 悪いんだけど今立て込んでるの。それじゃあね〜」
肉ダルマは露骨に話を切り上げ、ダルシム矢野に退散を促す。そして一方的に話し終えると、ドアを締めようとする。
ギィィ……ポフ
ドアはダルシム矢野が差し込んだ足により閉めること能わず。肉ダルマは敵対心を顕に咆哮する。
「ちょっとあんた!! 何してんのよ!? 女の子の部屋に上がり込むつもりじゃあないでしょうねぇ!!」
「お静まり下さい、レディ。少し聞きたいことが……」
「私にはないわよ!!」
肉ダルマは、力任せにドアを開け放つと、体当たりでダルシム矢野を吹き飛ばした。尻餅をつくダルシム矢野を満足気に見下ろすと、肉ダルマは勢いよくドアを閉めた。その瞬間、ダルシム矢野が着陸した場所から砂埃を舞い上げ、強い風が吹き抜けた。
肉ダルマの手に奇妙な感覚が伝わってきた。力一杯引き寄せたドアから、何か柔らかいものを挟み込むような弾力のある手応えが伝わってきたのだ。更には、間違いなく閉まったと思ったドアは何故か半開きの状態になっていた。
ドアの隙間から外を伺うが何もない。肉ダルマが訝しんでいると、足元から「ぐへぇ」と言うカエルが潰れたかの如し声がして来たのだ。謎の現象に恐る恐る肉ダルマが視線を落とすと、そこには土下座の姿勢でドアの隙間に首を挟まれたダルシム矢野の頭が部屋の内部に侵入していた。
「ぎゃああああ!!! ちょっと、あんた大丈夫!?」
あまりに凄惨な光景にすぐさまドアを開け広げ、ダルシム矢野の首の拘束を開放すると肉ダルマは心配そうに話しかけた。
「……お、お話を……したい…のですぅ……」
息も絶え絶えにゆっくりと起き上がると、ダルシム矢野は肉ダルマの目をまっすぐと見つめ真摯に懇願した。
「わ、わかったわよ!! 何よ!?」
危うく眼前の男の首を切断する所であったと言う罪悪感もあり、渋々了承する肉ダルマにダルシム矢野は内心ほくそ笑む。
「あ、あなた方は覇王に相応しい者の……しゅ、出現を望んでいる。この前提で、ま、ま、ま、間違いないですね……?」
首を抑えながら絞り出すような声で話すダルシム矢野の問に、さも当然の事をいまさらと、肉ダルマは戸惑った。
「当たり前じゃないの! そのための覇王ゲームなんじゃない!!」
「ありがとうございました。また伺います」
そう言い残すと、次の瞬間にはダルシム矢野は自室に向かってかけだしていた。その後ろ姿をポカンとした表情で肉ダルマが見送っていた。
「……な、なんなのよ!! あいつっ……!!」
部屋に戻ったダルシム矢野はちゃぶ台に着陸し、思考の海に潜る。
(竹藪の向こうの色違いのアパート。用心棒の習性。大家の態度と思考傾向。最低限の情報は集まった。次善策を取らざる負えない可能性も考えていたが、その必要はなくなった。あとは時を待つのみっ!!)
ダルシム矢野はちゃぶ台に寝転がり首を休めながら、時を待つ。そして……
「おーい!! わしじゃ!! 10号じゃ!! 30分後には追放会議とやらが始まる!!! 一旦皆で集まらんかぁ!?」
ボロアパートに爺の雄叫びが木霊した。
「了解した!!」
「わかりましたわ!!」
「うるせぇ!! クソじじい!!!!」
各部屋から大声が飛び交う。ダルシム矢野は疎ましげにちゃぶ台から飛び降りると、玄関のドアを開き己が身を外界に解き放った。月光に照らされながら未だ直立する専属用心棒に感心し、ねぎらいの言葉と肩パンをくれてやっている内に、ぞろぞろと住民たちが集合してきた。
「皆さん、おりますかな?」
ヨボヨボの翁こと、10号がメンバーを見渡しながら問いかける。
「……ええ、揃っているようですね」
メンバー達を一瞥し確認をおえた1号が、メガネをクイクイしながら答える。そして、ダルシム矢野に目配せをして話の進行を促す。
(なんだ、こいつ。僕は気に入られてるのか?)
「えーっと……皆さん、今日は皆で2号君に投票で間違いないですね?」
ダルシム矢野の声に、3号ちゃん、5号さん、6号は一斉にビクリと1痙攣をかます。そして、一泊を置きメンバー達が頷きあう。
「2号君は自分に投票。それでいいんだな?」
2号は外国人のクソガキとは思えぬ程の達観した表情で、ダルシム矢野を見つめる。
「はい。皆さんとはここでお別れです。僕の覇王になりたいって動機は空っぽのハリボテでしたけど……皆さんは違う!! 僕の……」
「すまんの、ガキが喋っておるがそろそろ時間じゃ!! 皆の者、0号室に向かうぞ!!」
10号に続き0号室の向かう一同。その最後尾でうなだれる2号の頭を、ダルシム矢野はワシャワシャと撫でる。
「お前はここまで来た。よく頑張ったと思う。すべての諸悪の根源がお前だったとしても、皆を救いたい一心でここまで来たお前の気持ちは本物だろ?」
2号は大きく目を見開くと、嗚咽を噛み殺し涙した。そして一言小さく「ありがとう」と呟くと、次の瞬間には前を向き歩き出した。
(強いな……)
ダルシム矢野にはこの少年の苦悩が理解できる。何も知らず愚かにも被害者のために奮起する、悪意なき加害者の苦悩。せめて自分だけは同じ業を抱える者として、一言くらいかけてやってもいいだろう。なぜなら、この子供の行く先には常に大量毒殺フィッシャーボーイの汚名がついて回り、死ぬまで自責の業火に焼かれる贖罪の旅が待っているのだから。
一同が0号室の前に集った。そして、一斉に咆哮する。
「すみませーん!!! 追放会議にきましたー!!!」
「開けてー!!!」
「開けてくんしゃーい!!!」
「オラ、居留守かぁ!?」
「あら、出てこないわねぇ?」
ダルシム矢野が皆をかき分けて、チャイムを押そうと扉に近付いた時であった。
ガチャリ
ロックが解錠される音と共に勢いよくドアが開き、肉ダルマが咆哮を上げた。
「うっさいわね!! 何時だと思ってるの!! 近所迷惑よ!!!」
肉ダルマは一気にまくし立てると、目の前に立つダルシム矢野の姿に気付き、見る見る顔を赤くすると叫んだ。
「ま、またあんたぁ!? な、何よ!! チャイム押せばいいじゃない!! も、もう……早く上がりなさいよ!!」
ぞろぞろと部屋に上がり込む覇王の卵軍団。大家の部屋は候補生たちの部屋より一回り大きく、10畳はあろうかという豪室であった。部屋の中心に設置されたちゃぶ台を取り囲むように、10の椅子が円形に配置されている様は、さながら円卓のようであった。
肉ダルマがドサドサと部屋の中央まで進行し、ドズンとちゃぶ台の上に着陸した。
「あんたら、部屋番号順にさっさと座りなさい!!」
それぞれの椅子には1〜10の番号が刻印されていた。皆が恐縮する中、ダルシム矢野は先陣を切り4と刻まれた椅子に着陸した。
「罠の類はないようです。皆さん座りましょう」
「罠なんてあるわけ無いでしょう!! 何いってんのよ!! んもう……」
肉ダルマの怒号をよそに、皆が椅子に着陸を遂げた。
「はい!! では追放会議を始めます!!」
場が整ったことを確認すると、肉ダルマが会議の開始を宣言した。
「レジュメに書いてあった通り、流れは簡単。多数決で1人の追放が決定するまで投票を繰り返してもらうわ。1時間後の会議終了時点で追放者が決まってなかったら全員失格!! ここまではいいわね!?」
「「は〜い」」
「よろしい。追放者が決定したらその人は失格。残った9人で明日また同じことを繰り返してもらうわ。それを最後の1人になるまで繰り返すの。さて、初日に限った特別ルールがあるわ。今日だけは、投票先に自分自身を選べるの。全会一致で追放者が決定したら、その時点でゲーム終了よ。残った9名全員合格でお終いよ。」
皆がお互いを見渡し頷きあう。まさに今から実行しようとしているボーナスプランだ。2号という『覇王ゲームを抜けたい覇王の卵』と言うイレギュラーがグループに混入した事で実現可能となった初日合格計画。皆が自身の幸運に感謝していた。
「それじゃあ、はじめるわよ? 私の掛け声で投票先を指差してね! いくわよ〜、いっせ〜の~で……はい!!」
皆が一斉に2号を指差す。おじいさんが、おばさんが、メスガキが、おばあさんが、あんちゃんが、おじさんが、本人でさえもが、皆が2号を指差していた。
その中で、たった一人……ダルシム矢野だけが、ピンクのゴシックドレスに見を包むクソばばあこと、7号を指差していた。
「お主、どう言う了見か!?」
「お兄ちゃん、裏切ったの……?」
「てめぇ!! ぶざっけんじゃねぇ!!!」
「……4号さん、どうして僕じゃないんですか?」
皆が一斉にダルシム矢野に非難の声を叩きつける。しかし、ダルシム矢野は一切臆することなく7号を指差し続ける。
「お前しゃん、わっちは怒るぞえ!!! 裏切った……」
「貴様ら!!」
7号の怒りのお声を遮って、ダルシム矢野が咆哮を上げた。
「貴様らは何のためにここにいる?」
「当然覇王となるためじゃ!!」
10号が間髪入れずがなり散らす。皆が「そうだ、そうだ」と同意する。
「その通り、ならば今この場での最善は何だ?」
「そんなの決まっていますよ!! 皆で2号君に投票して、ノーリスクでこのゲームに合格する事です!!」
両手でメガネをクイクイと突き回しながら1号が叫ぶ。
「違うな、間違っている」
「何が間違ってるというのよ!?」
ものすごいおばさん事、8号が鬼女の如き形相でダルシム矢野に食って掛かる。
「何もかもだ。ノーリスク? 笑わせるな。覇王はただ一人。故にここにいる者は全て潜在的な敵なんだよ。遅かれ早かれ、いずれ潰し合う関係。ならばこのゲームにおける最善は、一人でも多くの候補生を追放する事だ。僕は必ず貴様ら全員を追放して生き延びる。覚悟しておくことだな」
ダルシム矢野の宣言に場が静まり返る。皆が非難がましい視線をダルシム矢野に向けはするが、言葉を発する者はいない。内心、ダルシム矢野の物言いが正論であると感じているからだ。しかし、正論ではあるが感情が納得を拒む。
こいつが事前の作戦通り投票していれば、自分達はこのゲームを通過できていたのに。眼前の取り逃した勝利が正論を押し流す。
「お前ら!! 騙されるな!! こいつが居なきゃ俺達は合格してたんだぞ!!」
「……そうですわ!!」
「そうじゃ〜!!」
「こいつは俺たちの敵だ!! お前ら、明日はこいつを追放するぞ!! いいな!?」
「「おー!!!」」
この瞬間、6号の旗の下、ダルシム矢野追放の為の住民連合が成立した。
「はーい!! もういい!? 続きは外でしてちょうだい!! 今日は2号君が9票獲得で追放者に決定したわ。明日もこの時間に追放会議を開くから、遅れないようにね!! これにて解散!! また明日ね!!」
そう言うと、肉ダルマは皆をさっさっと部屋の外へ追い出した。
「てめぇは確実に次で追放だ!! せいぜい大人しくしてろや!!」
6号はダルシム矢野に向けて怒鳴りつける。そして立ち去る間際、すれ違いざまにわざと肩をぶつけて自室に帰っていった。
「お兄ちゃん、最低……」
「とんでもない外道でございますわ……」
メスガキ共が軽蔑の視線を向け、逃げるように自室に戻っていく。
「お主、見どころがあると思ったが失望したわい」
「おみゃーさん、どんな育てられ方をしたら、しょんなに性格歪むんじゃ?」
ジジイとババアが罵りの言葉を履きながら立ち去っていく。
「おばちゃん、ショックです。4号君、ええ子だと思ってたのに……あんたみたいなのはウチのアパートに要りません。出ていきぃ!!」
おばさんがプリプリと肩を怒らせて闇に溶けていく。
「4号……いや、ダルシム矢野。僕は君のことを評価していたんだ。残念だよ。死んでくれ」
暗闇の彼方へとメガネのクイクイ音が遠ざかっていく。
「お前らは何かあるか?」
月明かりに照らされたアパートを背に、ダルシム矢野が問いかける。
「いや、何もねぇ。じゃあ、またな」
あくびをかましながら8号が手を振り自室に帰っていく。
「ぼ、僕は!! ダルシム矢野さんは間違ってないと思います!! こんな事になっちゃいましたけど……きっと謝れば許してもらえますよ!! 諦めないで下さい!!」
そう叫ぶ2号は、どこからともなく参上した覇王ゲーム運営おじさんによって、手押し車に載せられ運び出されていった。徐々に小さくなる運営おじさんの背中を見送りながら、ダルシム矢野はほくそ笑む。
「はっはははは!! 何から何まで計画通り!! 俺に対して吐いた暴言、貴様らの尊厳を奪い括り潰す事で償わせてやる!! せいぜい楽しませてくれよ、有象無象が!!」
その瞬間、雲一つない夜空に雷が鳴り響く。稲光に照らされたダルシム矢野の瞳は、おぞましささえ覚えるほどに赤く染まり、その口元にはこの世の悪意をこれでもかと凝縮還元した邪悪な笑みが張り付いていた。