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覇王ゲーム  作者: ダルシム矢野
贖罪の大蛇 胎動編
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第四話 追放ゲーム 一日目 前編

 ジャスティス名川と別れ、大聖堂を後にしたダルシム矢野は、自室に戻りながら先刻配られた追放ゲームのレジュメに目を通す。


(ふむ……なるほど。何とも性質の悪いゲームだ。名川、君は気付いているか? このゲームの本質に気付き早々に防衛策を取らなければ、確実にここで敗退することになるぞ)


 そう考えながらも、ダルシム矢野の瞳には期待の感情が宿っていた。あの男ならきっと自分と同じ結論に至るに違いない。偶然の出会い。時間にして30分程度の付き合いに過ぎないが、ダルシム矢野はジャスティス名川の能力を疑っていない。自分と同じく覇を征く者。


(こんな下らないゲームで消えてくれるなよ)


 ダルシム矢野は初めての好敵手の出現にウキウキで自室に戻り、布団に潜り込みレジュメを隅々まで読み込みながら、明日に備える。そして次の瞬間には爆睡した。


 深夜、寝静まるダルシム矢野の傍らに立ち、その寝顔を覗き込む人影があった。


「殿……笑っておられますな……」


 プロフェッサー・アナコンダは苦虫を噛み殺した表情で小さく呟いた。窓より差し込む月光に照らされる翁の顔は、仄暗い嫉妬に歪んでいた。


「……ジャスティス名川君か。彼奴は殿を惑わせるっ……!!」


 翁はダルシム矢野に毛布を掛け直すと、そっと部屋を後にした






 そして、束の間の安息は終わりを告げ、決戦の始まりを告げる朝日がダルシム矢野の部屋に差し込む。


「う〜ん」


 眠い目をこすり、ダルシム矢野は支度をする。シャワーを浴び、備え付けのカップラーメンを貪り食う。そして、布団に潜り込み、追放ゲームのレジュメを眺めているうちに、時刻は11時を回っていた。


 ダルシム矢野はおもむろに立ち上がると、玄関のドアの前に立ち瞳を閉じて一礼した。中二日程であるが、愛着の湧いた部屋に心からの感謝の意を。


 ゆっくりと頭を上げると、ダルシム矢野は未練を振り払うかのように、玄関ロビーに向けて疾走した。玄関ロビーに付くと、そこには異様な光景が広がっていた。


 ロビーには見渡す限りに手押し車を装備した、覇王ゲーム職員たちがひしめき合っていた。ロビーに到着したダルシム矢野に気付いた職員おじさんが、手押し車を押しながら、ダルシム矢野の眼前に躍り出た。


「君、名前は?」


「ダルシム矢野で御座います」


 職員おじさんは手元のプリントを確認すると頷き、ダルシム矢野の首根っこをひっつかみ、手押し車に着陸させた。


「では、会場に向けて出発します。暫しの車旅、ご堪能あれ!!」


 おじさんはそう言い終わるや、全力疾走を開始した。ガタガタと揺れる手押し車の上で、ダルシム矢野は足を組み前方を睨み付ける。これより始まるゲーム、うまく立ち回れば、覇王の座がほぼ確定する可能性さえある。全身全霊の覚悟を胸に、ダルシム矢野はアパートメントエリアへと搬入されていくのだった。




 ドサッ!! ドサッ!!


 2階建てのボロアパートの庭に、次々と覇王の卵たちが投げ出される。ダルシム矢野も手押し車に載せられ、アパートの庭に運び込まれていた。


「では、ご武運を!!」


 おじさんはそう言い終わると同時に、力任せに手押し車を前に倒し込み、ダルシム矢野を地面に放出した。


「ぐはっ!!」


 地面にうつ伏せに倒れ込み、顔面を強打したダルシム矢野は、痛みを飲み込みゆっくりと立ち上がり、まわりを見渡す。そこには老若男女9名の覇王の卵たちが、ダルシム矢野を観察するように凝視していた。


「君たちが班員か……」


 ダルシム矢野は、同じグループに配された覇王の卵たちを値踏みする。


(やはり、ジャスティーとは違うな。顔のない有象無象だ)


 このアパートにおける圧倒的優位を確信したダルシム矢野は、溢れ出しそうになる笑みを噛み殺し挨拶をする。


「宜しくお願いします!! 覇を競う間柄ではございますが、良き隣人としてよろしくお願いします!!」


 皆から警戒心が薄れていく。そして、グループ最年長のヨボヨボのおじいさんが一歩歩み出て物申す。


「うむ、礼儀をわきまえているようで感心だ。ちょうど、皆が揃ったら自己紹介をしようという話になっておってな。ほれ、そこの段差に腰掛けて話そうか」


 おじいさんに促され、二階へと続く階段の根本の段差に皆が腰掛ける。


「それじゃ、自己紹介を始めようか。わしは……」


「ちょっと待って下さい!!」


 ダルシム矢野がおじいさんの言葉を遮った。

 

「馴れ合いを否定するつもりはないですが、知ってしまえば情が湧く。そしたら、追放する時に悲しくなっちゃいませんか?」


「まあなぁ……」


 メガネを掛けた男前の班員が、ダルシム矢野に同意した。


「でも、何も知らない人と同じアパートで暮らすのは怖いわよ〜ん」


 ものすごいおばさんの班員の発した意見に、皆がうなずいている。


「あの、そこのアパートの部屋の扉に入居者の名前が書かれてますよね?」


 ダルシム矢野の指摘に皆が一斉に扉を見る。



●1階 


1号室  プライマル 一ノ瀬 君 (21)

2号室  ジョバン 二キエール 君 (13)

3号室  サンライズ 照美 ちゃん (14)

4号室  ダルシム 矢野 君 (20) 

5号室  大和 撫ご さん (18) 


●2階


6号室  岩砕 暴六丸 君 (37)

7号室  七瀬 ナナ ちゃん (77)

8号室  犬神 ハチ 公 (27)

9号室  九相葉 ばばこ さん (57) 

10号室  士似掛輝 老十郎 君 (88)



(……だめだ理解できない)


 ダルシム矢野は、その特異な認識機能障害により名前の認識ができない。しかしながら、事前に用意しておいた策を提案する。


「皆さん、こんな大量の他人の名前を覚えるなんて面倒くさいですよね? どうっすか? 部屋番号で呼び合うことにしませんか?」


「うむ、わしもとてもじゃないが覚えられんわい。賛同するぞい。わしの事は10号と呼んでくれい。」


 よぼよぼの糞爺がダルシム矢野に追従した。


「わっちもそれでええよぉ〜。7号ちゃんって呼んでくだしゃい」


 ピンクのゴシックドレスを身にまとった、老いさらばえた婆さんがそれに続く。


「じいさん、ばあちゃんのご同意は頂けました。女子供、おじさん、あんちゃん共は如何ですか?」


 ダルシム矢野が返答を求めると、者共はお互いを見渡し、コクリと頷いた。


「では、今後の方針については過度な馴れ合いは控える方針で行きましょう。さて、追放会議についてですが……」 


「あ、あの!! 2号です!! 発言しますっ!!」


 ダルシム矢野の発言を遮り、金髪の外国人のガキがオドオドしながら咆哮を上げた。


「つ、追放会議についてなんですけど、今日は僕を追放してくださいっ!! もちろん僕は自分に投票しますっ!!」

 

 皆が一斉に少年に注目する。


「僕ちゃん、詳しくお話しなさいな」


 物凄いおばさんが話を促す。


「く、九相葉ばあさん、あ!! 9号さんですね!? あの……僕、覇王になる理由がなくなっちゃったんです……」


 2号は俯き、消え入りそうな声で話し出す。


「僕、物心つく前にスラムに捨てられてたんです。運良く、お婆ちゃんに拾われて育ててもらって……僕こんな見た目だから、婆ちゃんもろとも村八分にされちゃいました。それでも、婆ちゃんは僕を実の子供のように大切にしてくれたんです……」


「しゃらくせえ!! ウジウジしやがって!! 簡潔に要点だけ喋れや!!!」


 髭面の筋肉ダルマが突然咆哮を上げた。隅っこで静かに話を聞いていた、3号さんと4号ちゃんが小さく悲鳴を上げた。


「あんだ!? てめぇら俺が怖いってかぁ!? メズガキ2匹まとめて、ぶっ飛ばすぞぉ!!!」


(はっ!! こいつ、利用できるな)


 ダルシム矢野は少女たちの前に躍り出て、大男を宥めようと声をかけた。


「まぁまぁまぁまぁ、落ち着きましょう。レジュメのルール読みました? 暴力行為を行えば、座敷牢行きになって、確実に追放されますよ?」


「あぁ!? てめぇ!! ぶっ飛ばすぞ!!!」


(パワー極ぶりの戦士タイプの覇王の卵か……話が通じないな。仕方ない)


 ダルシム矢野の眼光が筋肉ダルマを捉えた。そして、ダルシム矢野が指を鳴らした瞬間、アパートの影から音声が流れてきた。


『だるやん、しっかりしんしゃい!!』


 その刹那、ダルシム矢野の瞳が赤く染まった。それは煉獄火焔の紅蓮の真紅。筋肉ダルマは無意識のうちにその場に膝を突きブルブルと震えだす。


「分かってくれたようでよかった。君は何号室?」

 

 そう問いかけるダルシム矢野の瞳は元に戻っており、焔は霧散していた。


「……6号だ」


 ダルシム矢野は小さく頷き6号を蹴飛ばし、仰向けに倒れたその腹に腰を着陸させ、少年に向き直り話の続きを促す。


「は、はい!! 僕スラムのみんなに認めてほしくて、川に打ち上げられてる魚を集めて、炊き出しを始めたんです。みんな、すっごく喜んで、僕達をスラム人として認めてくれました。僕は魚が嫌いで食べられなかったけど、喜ぶみんなを見てると過去のわだかまりも消え失せて、本当の仲間になれたんです。それから、半年後スラムに病気が蔓延しました。あれは、まさに生地獄ですよ。皆が一日中うなされ続け、日々衰えていく姿は見るに耐えないものでした。そんな中、僕だけは何故か無事だったんです。そして、皆が、婆ちゃんが言うんです。覇王になってこの世界を救ってくれって!!」


 涙ながらに語る少年。皆が痛ましいものを見るような眼差しを向ける。


「……それで、どうして覇王を諦める? それは簡単に捨てられる願いなのか?」


 ダルシム矢野の発した声は、驚くほど冷たく冷え切っていた。自分と似た境遇の2号にダルシム矢野は共感しつつも、同情などしない。むしろ、反感すら覚えていた。このガキはすべてを投げ出そうとしているのだから。


「正直ゲームで知っちゃったんです!! 婆ちゃんも!! スラム人たちも!! みんなもう死んじゃったって!! それで!! それで!! 病気の原因は僕が拾ってきた魚だったんだって!!!! 全て僕が悪かったんです!! だから、僕はもう覇王になりたくなんかない!! スラムに帰ってみんなのお墓を作って、それで……」


「僕は婆ちゃんを生き埋めにしたぞ」


「えっ!?」


「生れスラムの6666人を焼き殺したぞ」


「なっ……」


「それでも、僕は覇王になる!!」


 あたりを静謐な沈黙が支配する。誰もがあまりの衝撃に言葉を失う。その中で、ダルシム矢野の声だけが響く。


「2号、君はどうする?」


 どこか優しさをおびた声色。ダルシム矢野は期待していた。この少年は同じ業の道を行く者。その行く末に、無意識の内に自分の姿を重ねていたのだった。


「ぼぼ、僕は……あなたほど強くない。罪悪感が消えないんです。スラムで皆と一緒に眠りたいです。だから、今日僕を追放して下さい」


「そうか……」


 そう言うとダルシム矢野はうつむき黙り込んだ。その後を引き取って10号が話を続ける。


「あい、事情は分かった。皆の者、今日はこのガキに投票でええな?」


 皆がそれぞれ頷く中、ダルシム矢野の尻の下から6号が咆哮を上げる。


「ちっと待て!! このガキが裏切ったらどう……」


「それはない」


 黒髪メガネの男前が6号の異を遮った。


「いいですか? 過半数に投票されれば追放です。自ら投票対象に志願するメリットなどありません。前提として、全会一致で彼を追放できればゲーム終了。最も望ましい結果となります。しかし、もし彼が裏切って我々の中の誰かに投票したとしても、6票を彼に集めれば彼は追放され我々は2日目に進める。どちらにせよ、彼に投票するのが最善なんですよ。それに裏切りが成立するケースを考えてみてください。それは、彼が自分以外に投票して、且つ生き残るという事だ。そんなのは我々のうちの過半数が彼と手を組んで、票を操作しなければありえない。しかし、我々の班員が明らかになったのはつい先程です。手を回すことなど不可能なんですよ」


(1号か。少しは頭が回るようだが、まるで足りないな……)


 クイッと眼鏡を直し、講釈を垂れる優男にダルシム矢野は内心毒吐きながら、ことの推移を見守っていた。者共は、1号の物言いに納得して本日の投票先を2号に決め打つ方針で決まった。


「なぁ、方針は決まったようだし、一旦解散しねぇか?」


 終始無言であったロン毛のあんちゃんこと、8号の声で集まりは解散の流れになる。皆が立ち上がり割り当てられた部屋に向かおうとする中、8号だけがアパートに背を向け歩き出していた。


(こいつっ!! 気付いているのか!? どっちだ!? どちらにしてもそれは今じゃない!!)


 ダルシム矢野は反射的に叫んだ。


「皆、待ってくれ!!」


 皆が一斉に振り向く中、8号は歩みを止めることなく進み続ける。ダルシム矢野はその刹那、疾走を開始し、次の瞬間には8号の眼前に回り込み肉薄した。


 8号は突如眼前に躍り出たダルシム矢野のスピード感に一瞬目を見開いたあと、口角を持ち上げニヤリと笑った。その隙間から覗く犬歯が、ギラリと怪しくきらめいた。


「どこに行く」


 ダルシム矢野の問に、8号はおどけた調子で答える。


「散歩だよ、散歩ぉ。気分転換ってやつ」


 ダルシム矢野は、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる8号の襟首を掴み引き寄せると、耳元で彼にだけ聞こえるように小さく囁いた。


「………へぇ。いいぜ乗ってやる」


 ダルシム矢野が8号を引き連れて皆のもとまで戻ると、5号ちゃんが物申す。


「もう! 大きい声出さないでくださいまし!! 3号ちゃんがびっくりあそばせておりますわよ?」


 そう言うとメスガキに抱きかかえられて、更に小さなメスガキが怯えた様子でダルシム矢野を凝視していた。


「すまない、大切なことを言い忘れていたもので、ごめんな?」


 ダルシム矢野が3号ちゃんの頭を撫でようと手を伸ばす。


「きゃー、おじさん触らないでー!!」


「あなた、デリカシーの欠片もございませんのね!! 汚らわしく存じますわ!!」


 その瞬間ダルシム矢野の瞳が赤く染まる。


「殺すぞ」


 メスガキコンビは失神した。


「8号このアマを頼む、みんな少し待っててください」


 8号にでかい方のねえちゃんの運搬を任せ、ダルシム矢野はチビガキの運搬を開始する。それぞれの部屋に彼女たちを放流すると、再び階段下の皆のもとに馳せ参じたダルシム矢野が話し出す。


「皆さん、なるべく部屋からは出ないように心がけましょう。追放会議に1人でも出席しなかったら全員失格です。万が一の事故が起こらないようにした方がいいです。部屋にいれば家主にしか開閉はできないですし、扉の前には屈強な用心棒が常駐しているので、不審者に襲われる心配もありません」


「確かに」


 1号が同意する。皆も納得がいったようで賛同する。


「では、これで一旦解散です。何かあったら大声で叫んでください。ボロアパートなので会話できるはずです」


 ダルシム矢野が話し終わると、それぞれが割り当てられた部屋へと帰っていく。彼らの後ろ姿を眺めていると、階段の中程でこちらに振り向いた8号と目があった。


(こいつの使い方ですべてが決まると言っていい。せいぜい利用させてもらうぞ、悪く思うなよ)


 8号は、そんなダルシム矢野の内心を知ってか知らずか、小さく手を振ると部屋に向けて階段を登って行った。



「……親愛なる隣人たちよ。すまない。それでも、僕は覇王になる!!!」


 

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