第三話 嵐の前の説明会
「ジャスティス名川君か……。こちらこそよろしく」
ダルシム矢野は、軽く会釈をして、ジャスティス名川と固く握手を交わし微笑んだ。
「水臭いぜ。回し蹴りを放ち防がれの関係だ。俺の事はジャスティーでいいさ」
「じゃあ、僕のことは……だ、だるやんとでも呼んでくれ」
赤面しつつダルシム矢野が話している時だった。首相より次戦の説明の重責を擦り付けられた、覇王ゲーム運営おじさんがオドオドしながら壇上に現れた。
「だるやん、話は後だ。説明が始まるぜ」
ダルシム矢野は小さく頷くと祭壇に集中し、覇王ゲーム運営おじさんを凝視した。おじさんは暫くモジモジしていたが、覚悟を決めた様子で話し出した。
「えー首相がお隠れになられましたので、僭越ながら私めの方から、次戦の説明をさせて頂きます」
会場の皆が固唾を呑み、おじさんに集中する。
「ちょちょちょ、あんま見ないでください。おじさん、恥ずかしいです!!」
あたふたしながら、おじさんが吠える。
「がんばれー!!」
「ゆっくりでいいからなー!!」
「あら、照れちゃってかわいいわねぇ」
会場の皆が、おじさんのいじらしい姿に声援を送る。主婦の覇王候補生のグループが、持ち寄ったカメラで写真を取り始める。
「もう!! おじさん、怒りますよ!! 説明を始めます!! 静粛に!!」
怒りが羞恥を凌駕して、おじさんの纏う空気が一変し、口調のタドタドしさが消え失せた。
「覇王たるもの、民に求められる希望の象徴でなくてはならない。民に求められぬ覇王など圧制者に過ぎず、むしろ害悪である。故に、催すは………追放ゲーム!!! 諸君らの手で、覇王に相応しくない者を追放するのだ!!」
会場がどよめく。今までの試験はPVE方式で、運営サイドのおじさんとの一騎打ちだった。しかし、今回は覇王の卵同士のPVPだ。
皆が周囲の候補生を見渡し、疑心暗鬼に陥っている。ファイティングポーズを取り、奇襲を警戒する者。ベンチの下に潜り、後頭部への致命傷をガードする者。会場を張り詰めた緊張感が支配する。
その中で一握りの候補生だけが平常心を維持し、おじさんの次の言葉を待っていた。ダルシム矢野とジャスティス名川も当然、その中に含まれていた。
「ジャスティー、出来れば君とは戦いたくないな」
「俺もだぜ。でもな、だるやん。覇王は一人なんだ。俺たちはいずれ戦う定めなのさ」
ダルシム矢野は軽く唇を噛み、己が大罪を思い出す。
(僕は、何を甘いことを考えている!! どんな手を使っても!! 何を犠牲にしても!! 僕は覇王にならなくてはいけないんだ!!)
ダルシム矢野は、渾身の力でみぞおちに手刀を叩き込んだ。
「ぐはあっ!!」
己が決意をみぞおちに刻み込み、ダルシム矢野は壇上のおじさんを真っ直ぐと見つめ、集中を始める。ジャスティス名川は、そんなダルシム矢野を横目で見ながら小さく微笑んだ。
「ゴッホーン!!!!」
壇上のおじさんが大きな咳払いをし、ざわめく会場より主導権を奪取した。
「静粛に!! 静粛に!! 黙れぇええ!!! 首相のお気持ち察します。私も不愉快になってきました。私もサッサッと説明を終わらせて、帰らせてもらいます!!」
おじさんは、不機嫌そうにベンチの最前列の候補生達に歩み寄るとレジュメの束を手渡した。
「各自一枚取って後ろに回しなさい。最後尾の人、余ったら床に投げ捨てて下さい。」
レジュメが行き渡ったのを確認すると、おじさんは早口で説明を始めた。
「はい。では、説明を始めます。諸君らには、10人のグループを6つ作ってもらいます。その10人で最長9日間、同じアパートで生活を営んでもらいます。住む場所は、大覇王ドーム分館のアパートメントエリアを開放します。食料や着替、諸々の生活用品は完備していますので、ご心配なく。ここまではよろしいか?」
ダルシム矢野とジャスティス名川が、ほぼ同時に挙手した。
「はい、そこの君。質問どうぞ」
鼻の差でダルシム矢野のほうが早く挙手したようで、質問権を獲得した。ジャスティス名川が、悔しそうにしているのを尻目にダルシム矢野が質問する。
「10人のグループを作ると仰ってましたが、ここには66人……いえ、僕がバックナックルでぶっ飛ばしたのが一匹失格になったので、65人の候補生がいる事になります。5人あぶれちゃいますよね?」
「はい、お答えします。そこのおばさん達!!」
おじさんは、主婦の候補生の集団を指差した。40代半ばの、かなりのおばさん5人から構成される主婦グループ。構成員達は、突然おじさんに指名されて戸惑っていた。
「君たち、私の事を……かわいいだの何だのほざいてましたね。あと無断で写真を撮ってもいました。失格です。失せなさい!!」
おばさん軍団は、言葉の意味を理解すると、みるみる顔を赤くしてがなり立てる。
「横暴だわ!!」
「そうよ、そうよ!!」
「この、くそオヤジ!!」
おじさんは一切臆することなく、片足で地面を強く踏みならし叫んだ。
「衛兵!! この者共を地下牢へ!!」
その刹那、大聖堂の床板が持ち上がり、武装した衛兵のおじさん達が大聖堂にせり上がってきた。衛兵たちは、速やかに主婦の集団を拘束して俵担ぎにすると、そのまま元来た床穴から地中に潜り込んでいった。
「さて、これで候補生は60人。問題なく6つのグループが作れますね。説明続けます。衣食住が保証された空間で、君達には仮ぐらしのアパート生活を送ってもらいます。そして毎日0時に多数決で一人を選び追放して頂く。もちろん、追放されたものは覇王ゲーム敗退となりますのでご注意下さい」
一旦話を区切ると、おじさんは懐から500mlのミネラルウォーターを取り出し、瞬きのうちに飲み干した。
「くううううううぅ!!! 失礼、続けます。このゲームの終了条件は2つ。1つ目は、10票を獲得し追放者が選ばれた場合。つまり、初日の投票で、追放者自身が自分に投票した上で全ての票を集めた場合ですね。2つ目は、追放を9回繰り返し、残り人数が1人になった場合です。最初に最長9日と言ったのは、9日目で確実にゲームが終了するからです。なにか質問は?」
ダルシム矢野とジャスティス名川が、ほぼ同時に挙手をする。
「はい、そこの君」
「お、俺か!! だるやん、今度は俺の勝ちだわ。そんじゃ、えーっと、2つ質問があります。1つ目、多数決で獲得票が同数になった場合どうするんですかね? 最長9日って事は、1日1人は絶対追放しなくちゃいけないわけじゃないですかぁ?」
「はい、答えます。最多得票者が同数で複数人に割れた場合、もう一度投票をやり直していただきます。1人の追放者が選ばれるまで、何回でも投票を繰り返していただく。追放会議は毎日0時から1時までの1時間開かれることになっています。時間内に1人の追放者が選ばれなかった場合、全員失格となります。」
「理解しましたよ。それじゃあ、2つ目の質問です。1日1人追放していくと9日目には、アパートに2人しか残らないことになってしまう。2人でどうやって多数決を取れと? そりゃあ、自分で自分に投票できるんなら一応は多数決は成立しはしますけど、そんな自殺行為するやついないでしょ」
「うむ。言い忘れてましたが、自分への投票は初日にしかできない特別ルールです。2回目以降の会議では、自分以外のメンバーから投票先を選んでいただきます。さて、質問への回答です。追放会議には、運営サイドの人間である、アパート管理人が立ち会うことになっています。これは、ゲームが正常に進行しているかを確認するための当然の措置です。最終日には、この管理人を加えた3人で多数決を取っていただく。加えて、管理人を投票対象に選ぶことはできないので、ここで確実にゲームは決着することになる。さて、大まかな説明は以上だ。皆さん、よろしいか? よろしいな? ゲーム開始は明日の正午!! 中一日、英気を養っておきたまえ。一応口頭で説明したが、ルールは全てレジュメにかかれているので各々確認しておくように。では、私は帰ります。皆さん、さようなら」
「「さよーならー」」
おじさんは皆に見送られながら、首相により蹴り破られたステンドグラスを、更に蹴り砕き大聖堂を後にした。
運営サイドの者共が退散したのを確認すると、会場は一斉にざわめきに包まれ、追放ゲームなるものに関する私語が飛び交い始めた。
「さてと、俺は部屋に戻って作戦を考えるわ。だるやん、お互い頑張ろうぜ!! 班分けがどうなるか知らないけど、もし同じ班でも手加減はしないからな!」
ジャスティス名川は不敵に笑うと、挑戦的な眼でダルシム矢野を真っ直ぐと射抜いた。
「ああ、僕も負けるつもりは微塵もないさ。ジャスティー、僕の前に立ちはだかるなら、君だろうと叩き潰すまでだ。縁があればまた会おう。じゃあな」
ダルシム矢野はそう言い残すと、ジャスティス名川に背を向け出口に向けて歩き出す。そのすぐ後ろを
ジャスティス名川が出口に向けて歩き出す。互いが覇王を目指す以上、決して交わらぬ二人の道が、今この瞬間だけは、出口に向かって一つに交わっていた。
追放ゲームのレジュメと言う体で次項にて、簡単に追放ゲームのルールをまとめたものを公開します。