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放課後。みんなが帰った後も教室に私と湖水さんだけが残っていた。
今日は部活動などの活動もない。その為、彼女と帰るのは容易だった。
静かな時間、鞄を持ち上げて湖水さんに声を掛ける。
「一緒に帰る?」
確認を込めた一言。
「はいっ」
彼女も立ち上がり鞄を持ち上げた。
「私と一緒に帰ろうと思う方が珍しい」
「そうなんですか?」
「そんなに面白い話ができるわけでもないから」
「……でも、親近感が沸いたんです」
「性格も違うのに?」
「違うから、気になったのかもしれません」
どういうことだろうか。
教室を抜け、廊下を歩きながら会話は進んでいく。
「……私も、人と関わるのが好きじゃないんです」
「教室でもいつも目立たないわね」
「それは、他人の色に染まりたくないからなんです」
廊下の窓から見える夕日が湖水さんを染める。
彼女だけの色。
どこかで聞いた言葉。
「大きなグループに入れば、それだけ自分の色が薄くなると」
「……そんな感じです」
「どんどん他人に合わせないといけないと思うのが嫌になると」
「間違っていません」
「……やっぱり」
階段に差し掛かり、夕日の赤みがある色が元通りになる。
問答を繰り返して、彼女と私の発想が近いものであることを把握した。
「感想文みたいなものを書くのが、好きなんです」
「いい趣味だと思うわ」
「特に大切にしているのは、自分だけの感想を持つことです」
「……自分だけの感想?」
「はい、求められていた答えだけを提示するのは好きではありませんので……」
恥ずかしそうに顔を背けながら、彼女が続ける。
「少し前の国語の授業で、お話の感想を書いてほしいっていうのありましたよね」
「合ったわね、中編くらいのお話」
物語の終わり方に解釈の違いが生じてクラス内で派閥が起こったものだ。
登場人物の心境を書けと言われても、反応に困るような内容だったのも覚えている。主人公の行動の中には、自業自得な部分などもあって、無難なことを書こうとしたら逆に苦労した。
「思ったことを書いたら、先生に呼び出されちゃったんです」
「どうして?」
「このお話は、そういうことを伝えたかったわけじゃないって……」
苦笑いを浮かべながら、湖水さんが歩いていく。
現在地、下駄箱。相変わらず人影は少ない。
……先生の言い分もきっと社会的な常識とかどういうモラル的なことを言いたかったのかもしれない。罪を犯したら、罰される的な話だったはずだから。けれども、その彼女の反抗は面白いと思えた。自分の色を大切にしているから。
「私もそういうこと書くべきだったかしら」
「いえ、参考にしない方がいいと思います」
「どうして?」
「それぞれの登場人物の心境などを考えて、そこから行動してしまった理由とかそういったものを考えたり、行動心理学的にどうなのかって分析したり、少し理屈っぽくなりそうながら調べ上げたりしてで……」
「大変なことをするからね」
「……は、はいっ、そういうことです! だから無理して真似とかはしなくていいですっ」
自分の世界に入り込もうとしていた彼女に声をかける。
彼女だけの価値観を持っている。それは、大切なことだ。
誰にも真似できないだろう。
「……それにしても、こうも話せる相手がいるなんて思わなかったわ」
「その、歌詫音さん、友達は……」
「いないわ。興味もなかった」
他人と帳尻合わせをして、グループにいることを大切にすることが友達ならば、そんなものは不要とまで思っていた。
だから、友達はいなかった。いるべきとも感じていなかった。
「……もし、よろしければでいいのですが」
「なに?」
「友達に、なりませんか」
校舎の門の目の前。
湖水さんは私の瞳を見つめながら、そう言葉にしてきた。
彼女自身の言葉で。
「私なんかよりも、いい人はいると思うけど」
「いいえ、私は歌詫音さんと友達になりたいと思ったんです」
「どうして?」
「一緒にいて、嫌な気持ちにならないんです。真面目で、力加減も調整してくれて、それなのに自分をしっかり持っていて……友達になりたいって、心から思ったんです……!」
強引さも少し感じる。それでも、まっすぐ彼女は言葉にしてきた。
友達になりたい、と。
……悪い気持ちはしなかった。
むしろ、嬉しかった。
「……面倒な人間よ?」
「どこがですか?」
「対人関係を面倒だって思ってるし、他人のペースに合わせるのも苦手。不愛想で怒ってるようにも見える。そんな私と仲良くする気なの?」
「全部、歌詫音さんの魅力ですよ」
「……まさか」
「本当です」
嘘ではない。
そう伝えてくるようなまっすぐさ。
湖水さんが心から友達になりたいとそう感じさせる。
「だったら、断る理由もなくなるわ」
「でしたら」
「えぇ、よろしくね。湖水さん」
「……よろしくお願いします、歌詫音さんっ!」
握手をして、微笑みあう。
他人に興味を持たなかった私が、こうして友達を作る。
少し、不思議な感覚だ。でも、ほかのどんな感情よりも、嬉しさが上回っていた。




