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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第三章 都落ち(1428~1429)
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番外編:トゥレラ家

 新帝国歴1428年、皇帝カールマーンの兄アールバードの長男アンドラーシュは国家公務員試験である文挙に合格後にしばらく国務省で役人を務め、異動する事になった。中央で昇進すると彼は思っていたのだが・・・


「ストリゴニア州知事だと?」


家臣、友人達は知事就任の命に万歳三唱していたが、当の本人は使者に対して怒りを見せている。


「まだ内定ですからご不満なようでしたら他の州知事に任じて頂く事も可能かと思われますが」

「違う違う違う!そうではないサビニウス。俺はてっきり父上の領地の差配を命じられると思っていたのだ」


内示を伝えに来たのは親衛隊長サビニウス。

彼は失われた親衛隊の再建に務める為、皇帝の傍を離れトゥレラ家の武人達を勧誘していた。


「失礼ながら若君に広大な領地を継いで頂く前に今しばらく経験を積ませようという親心ではないでしょうか」

「それが過ぎる、というのだ!首都の南、すぐ近くの州ではないか。叔父上はまだ自分を子供だと思っている。何かあったら自分が介入しようと考えておられるのであろう」

「まさか、そんな。皇帝陛下はご自分の子息にトゥレラ家を継がせず兄君の子、貴方様にお返しすると公言されております」


親衛隊長のサビニウスは以前、皇帝が来客にそんな事を話しているのを耳にした事があり他にも噂は流れていた。


「俺は叔父上からそんな話を聞かされた事は無い」


アンドラーシュは噂自体は知っていたが、半信半疑である。


「次男のベーラ様に譲る可能性もあるのでは?確かにアンドラーシュ様だとおっしゃっておられましたか?サビニウス殿」

「貴方は?」


ただの召使かと思っていた男に口を挟まれてサビニウスは不審気な顔をする。


「アルバートと申します。世に忠勇を讃えられる将軍にお会いできて光栄で御座います」

「西方人か。そんな風に言われると皮肉に聞こえるな」


サビニウスは暗殺犯を導いた裏切者だと世間に噂されている事が心底堪えていた。


「なに、噂などそう長くは続きません。将軍がアールバード様の代から長くトゥレラ家にお仕えし忠義を尽くしてきた事は誰もが知っっております。新聞社が何を書こうとお気になさいますな」

「そうだ。サビニウス。お前はもう叔父上に仕えるのをやめて俺について来い。そうすれば世間の批判など気にせずともよくなる」


アンドラーシュは話の流れで口にした事だが、これは名案だと思った。

サビニウスは新人類帝国の初代皇帝イシュトヴァーンの代から続く親衛隊の家柄。

旧帝国期の神権政治時代では聖騎士の家系だったという。


イシュトヴァーンを輩出したトゥレラ家は今でこそ学者肌の家柄だと言われている皇家だが、約1400年前には旧帝国の遺臣を連れて旧都から脱出した近衛騎士サガに推戴されて新帝国の成立を宣言して統一戦争を開始した家柄である。


「それはアールバード様の遺命に逆らう事になります。どうかご容赦を」


アールバードは選帝された後に急死してしまったが、死の床で自分の親衛隊に弟を守る様言い残していた。


「しかし、そのご遺命いつまで守られるのですか?」


アルバートが再び口を出す。


「いつまで、と申されましてもカールマーン様が帝位にある限りお守り致します」

「アンドラーシュ様がトゥレラ家の当主となり、帝位に就かれた場合はアンドラーシュ様をお守りするのでは?」

「それはあり得ません。二代続けて皇帝を出す事は皇室会議が許しません」

「選帝されていないカールマーン陛下が皇帝になられたのも異例のこと。しかし皇室会議は許されたではありませんか。もともとはアールバード様の帝位。成人された以上は弟ではなく長男にお譲りなさるのが筋というものでしょう」


アンドラーシュはアルバートの言に大いに頷いて膝を打った。


「その通り、お前からも叔父上にそう言って貰えないか?俺にトゥレラ家を譲るというのが本気ならそれは帝位も譲ると同義の筈」


皇室会議がカールマーンの戴冠を認めたのも個人ではなく皇家に対しての承認という理屈だった。


「皇帝陛下は既に在任二十年、帝位に就いた当初ならともかく今からでは選帝選挙を開始せざるを得ません」

「その選挙という奴が私は気に入らないのです!」

「どうした。いったい」

「我々西方諸国の人々は市民戦争の最中、コロコロと変わる帝国政府の方針に翻弄されました。帝国軍だけでなく帝国商人達もある日は市民側に味方し、次の日は王族側に味方するといった具合に我々を惑わし、戦を長引かせ、犠牲を増やし続けました。市民戦争の時だけではなく、ここ数百年ずっと、西方圏だけでなく他の同盟諸国も同じ憂き目に遭い続けて来ました。これ以上こんな選帝制を続けて行けば諸国の怒りで反乱を招き必ずや帝国の支配体制は崩壊しましょう」


帝国が諸外国に力をつけさせない為に分断統治の方針を取っていると西方の一私人にも看破されていた。


「確かに、お前の言う通り選帝制などそろそろ辞めるべきなのかもしれないな。学院でも議論されていたが、新帝国も総督制から副帝制、そして選帝選挙をするようになった。昔から今の制度が続いてきたわけではない。同盟諸国に不満を持たせるような制度など今の世に害でしかない」

「左様でございます。この件はもっと世に広く議論されるべきです。サビニウス殿もそう思われませんか?」

「・・・私は一介の武人です。議論など出来ません。それより若君、親衛隊増強についてお願いが・・・」


サビニウスは意見については固辞した後退席し、西方人がアンドラーシュの傍にいる理由を聞きそびれた。


 ◇◆◇


 アンドラーシュの側近には父の遺臣が多く使者が去った後も議論が続いた。

いちおう州知事就任の祝いとして酒が振舞われ、祝宴となった。


「そも、新帝国の開祖イシュトヴァーン帝はトゥレラ家の出身であり我らは他家とは異なります。もっと多くの恩恵を得てしかるべきかと」


そうだ、そうだと賛同する者も多い。


「とはいえ、いきなり二代続けて皇帝を輩出したいといっても他家から睨まれましょう。まずは帝国議会にて選帝制の見直しを広く議論すべきです」

「確かにお家には力が乏しい。なればこそカールマーン様が帝位にある内に他家の力を削ぐべきかと」


一応冷静になるよう呼びかける家臣もいた。


「アルバートはどう思う?」

「ご家臣は皆、優秀でございますな。他家が反乱を起こせば帝国正規軍による懲罰軍を編成出来ましょう。そしてその家の力を取り込み、トゥレラ家の力とするのです。アンドラーシュ様の敵となり得る家に皇帝陛下に対し叛心を抱かせましょう」

「具体的な案はあるか?」

「まず他家から突出した財力を持ち、妬みを買いやすい家を標的として法改正を提案するのがよろしいかと」


なるほど、とアンドラーシュは頷き父の遺臣の取りまとめ役たるトゥレラ家の元宮廷魔術師長にも話を聞いた。


「老師はどう思われますか」

「左様、若君にトゥレラ家の統領になって頂くのは我らの願いですが、皇家の立場では議会で提言出来ませぬ。適当な議員を買収するのがよろしいでしょう。アンドラーシュ様が矢面に立つのは危険です。また、叛心を抱かせるのは大いに結構ですが、叛逆が成功されては困ります。いざという時の為、州兵を徴募し訓練を積ませるべきでしょう」

「その資金はどうすればよいでしょうか」

「ストリゴニア州は帝都から近く、土地も肥沃で税収も豊かです。まずは善政を敷き民心を得て富み栄えさせ、若君の為に命を懸ける民を増やすのです」


結局のところ普通に仕事をしましょうということだ。


「悠長な事ですが、そんな事で精兵を鍛えられるのでしょうか」


焦るアンドラーシュに対してアルバートが口を挟む。


「現代では武器の習熟にそう時間はかかりません。資金があれば銃器は豊富に揃えられます。ご心配なさいませぬよう」

「西方商工会にはかつての財力は無いというが」

「資金については借りるという手も御座います。工場は抑えておりますから心配御座いません。それよりサビニウス殿のご依頼についてはどうなさいますか?」

「依頼?」

「親衛隊として優れた騎士を派遣して欲しいという話です」


トゥレラ家の武人達はいち天文官として道楽を満喫していたカールマーンよりも、アールバードの嫡男に仕えた者も多くカールマーンも遠慮して無理にそれを奪おうとはしなかった。


「あぁ、そんな事を言っていたな。自分の手足をいで他人にやる奴がいるわけがないだろう。馬鹿馬鹿しい」


アンドラーシュは拒否した。その判断に頷く家臣も多い。


「まあまあ、お待ちください若君。若君にとって真に信頼できる部下を皇帝陛下の傍におけるということですぞ」

「どういうことだ?」

「いざという時は若君は皇帝陛下を拘束し意のままに操る事が出来る、という事です」

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2022/2/1
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