第13話 エッセネ地方の統治⑤
バグラチオン男爵を処分した事はエッセネ人からは好意的に受け止められたが、エールエイデ伯を初めとするザカル人の貴族達からは批判された。
エールエイデ伯は男爵の息子にパルナヴァーズを引き渡しザオ家の領地をバグラチオン家に編入するようエドヴァルドに要求した。
それを認めるとラリサの近隣に純血派の拠点を作る事になるので絶対に受け入れられない。
現在のエッセネ地方は主要民族であるザカル人とフージャ人、エッセネ人で勢力が三分されている。貴族はザカル人の純血派が大勢を占めているが、労働力はフージャ人、エッセネ人、そして南方圏から流入してきた移民、難民に依存している。
ある日、ザオ家の系図を調査させていたイオラがエドヴァルドに報告した。
「パルナヴァーズというお方の名前はザオ家には見当たりません」
「あの老人は子や孫が虐殺されたとか言っていた筈だけれど」
「いろいろと伝手を使って聞きこんでみましたが、先代の父君は既に亡くなられているようです」
「尋問してみよう、ついて来てくれ」
エドヴァルドはイオラを連れて牢屋に閉じ込めている老人の下へ向かった。
意外にも彼は大人しくしている。
「貴方にザオ家の継承権は無いようだけれども、本当に先代の父君なのか?」
「儂、そんなこといったかの?」
パルナヴァーズ老人はすっとぼけた。
「隠居して巡礼の旅に出ていたが、戻ったら子や孫が殺されていたと・・・」
「ああ、それか。エッセネ人の共生主義は聞いた事ないかの?」
「あるけれども・・・厳格に守っている集団はそもそも我々の統治を無視していたと聞いています」
「そうか、聞いた事があるなら話が早い。儂らはバルアレス王国に従いつつも独自の文化は守っておる。生まれてすぐ全員の子として育てるから誰が親で、誰が子など気にしない。そもそも皆どこかで同じ血が混じっておる筈じゃ」
古代エッセネ公が帝国に追い詰められて長期間籠城していた際、狭いコミュニティ内で近親交配が進んでいた。その流れを汲む彼らは集落の全員に継承権があると主張している。
「イオラさん・・・これ、どうしたらいいと思う?」
「さあ・・・私は貴族の方々の継承権に口を挟めるような身分では御座いませんので・・・」
「過去の例とかは?」
「こちらに保管されているのは申告のあったものを整理しているだけですので・・・」
イオラは済まなそうに謝ったが、彼女は書庫の番をしていても基本的には家政婦長でダリウス夫人の手伝いに過ぎず、書記官でも何でもないから知らなくても仕方ない。
エドヴァルドは続いてイザスネストアスとイーデンディオスにも相談した。
「この状況はどうしたらよいものでしょうか」
「このままだと西部貴族の支持も失うであろうな」
「ひとまずバグラチオン男爵の遺体を返却して遺族を慰めて時間を稼ぐべきでしょう」
遺体は魔術師達の手で冷凍保存されている。
「時間を稼いでどうなりますか?」
「魔獣を倒した事で若干エドヴァルド様への支持は上がっている筈。雷獣の尾や髭、毛皮などはかなり高く売れますから軍資金になります。それで食料の購入量を増やし、商人を呼び込み、パルタスから流れてきた賊の被害を受けた民衆や諸侯にも配り支持を集めましょう」
ラリサは強力な戦士、魔術師を抱えている者の兵力の絶対数が不足しているので商人が連れている傭兵をスカウトして増強する事もイーデンディオスは提案した。
ラリサが賑わい、兵力を増していけばいずれエールエイデ伯を恐れている貴族もこちらに付くようになる。
そういわれるとエドヴァルドは幾分気が楽になった。
どうにかなりそうだ。
「では、老師の勧めに従って時間を稼ぎましょう」
「よし、ではエドヴァルド。釣りにでも行こうか」
「え?釣りですか?忙しくなるのに・・・」
「手配や事務仕事なんぞトレイボーンにでもやらせておけばよい。お主が何でもかんでもやらんでええわい。イーデンディオス、提案したのはお主じゃ、うまくやっておけ」
「仕方ありませんね」
◇◆◇
渋るエドヴァルドをイザスネストアスは強引に連れ出し小姓ら二人に釣り竿を調達するよう命じた。
エドヴァルドは釣り糸を垂らしたまま魚に餌を奪われてもぼんやりしていた。
「心、ここにあらず、じゃな」
「え、ああ」
エドヴァルドは針に餌をつけて再び垂らした。
「お主はまぁ、よくやっておるよ」
「・・・そうですか?僕はイーデンディオス老師にとってはいい生徒では無かったようですが」
「生徒としてはそうかもしれんな。儂らが前に教師役を務めていたフランデアン王は幼い頃からなかなか優秀じゃった。あやつは唯一の男子じゃったし幼い頃から次期国王として相応しい振舞いを求められておったからの」
「僕は母上にべったりの甘えん坊だとかなんとかいわれていました」
「そうらしいな」
最近、こちらに合流したばかりのイザスネストアスにも知られていたという事はイーデンディオスが伝えていたのだろうとエドヴァルドは落ち込んだ。
「しかし、その王子が地方に飛ばされ公爵という立場についてみれば急に果断な行動力と判断力をみせておる。イーデンディオスもお主の成長に喜び、自分の目が曇っておったと日々感嘆しておるのよ。知っておったか?」
「え?本当ですか?」
「うむ」
状況に翻弄されるがまま、暗い気持ちでどうにかこれまでやってきたエドヴァルドもまだまだ純真な少年らしく褒められてついつい嬉しくなってしまう。
が、やはり母の事を思い出してその喜びも長続きしない。
「一度の失敗で人生を投げるでないぞ。儂もあのフランデアン王でさえ取り返しのつかない失敗を何度も繰り返しておる。お主の慰めにはならんかもしれんがの。時が経てばいつか傷が癒える時も来る」
「フランデアン王はどのような失敗をなさったのですか?」
「自分の臣民より恋人の故郷を助けるのを優先してな。五千年の歴史で初めて裏切者を出した。お主は信頼のおける部下に裏切られた事はあるか?」
「いいえ」
エドヴァルドはメッセールやシセルギーテが自分を裏切って敵についたらどうするか想像してみた。今の場合はエールエイデ伯についてこちらを攻めて来たとする・・・想像すると胸が締め付けられて息が出来ないような苦しみに襲われた。
自分ならもうそこで勝負を投げてしまうだろう。
「フランデアン王はどうなさったのですか?」
「フランデアンの伝統にしたがい処刑するよう命令を出した。老いも若きも男も女も関係なく、一族もろとも、子や孫、親類縁者に至るまで」
「厳しいですね・・・僕にはそこまで出来ません」
「ま、あやつも結局多少緩めた処分に止めて様子見にしたんじゃがな、一族には名誉挽回の機会を与えたのじゃが、またしても裏切られやはり処刑せざるをえなくなった。あの時のあやつの落胆は見ておれんかった。さすがに儂も声をかけづらかったのう」
イザスネストアスは皇帝の座を巡って帝国でも時折争いが起きて、一族で殺し合いになる事もあると例を挙げて話した。幼い兄弟の助命嘆願に折れて穏便な処置に止めても結局、その兄弟に逆襲され一族を根絶やしにされてしまった皇家もある。
「世の中、甘くないのですね」
「ああ」
「老師はどんな失敗を?」
「儂か・・・儂はな。これでもとある島の領主じゃったんじゃが、今となっては領地も領民も失ってしまった。皇帝の顧問だった時期もあるのじゃが、秘術を奪われて悪用されてしまったり失敗続きでいまだ挽回出来ておらん」
「そういえば現役の帝国貴族と伺いました」
魔術を専門として大成した者は皆家を継げなかった者達なので自力で世に力を示した事を誇り家名を名乗らない。貴族であれば皆魔力を持ち、何かしらの魔術は使える為、いちいち魔術師を生業としない。
イザスネストアスもこれまで家名を名乗っていなかった。
「領地も無いのに侯爵なんぞと呼ばれるのはみっともないから名乗っておらんがの。聞いた事はないかの、亡者の島、ツェレス島の事を」
「あぁ、あります。母上に幼い頃読んで貰った本で・・・悪い事をすると亡者となって地獄の女神で釜で煮られてしまうとか」
子供達に道徳を教える本で亡者を率いる女神の話があるのだが、その舞台となった島の主こそがイザスネストアスである。
「儂の民は別に悪事なんぞとは無縁じゃったじゃがの」
イザスネストアスは珍しく悲しげだった。
「済みません・・・」
「うむ・・・儂は民を亡者に作り替えた奴にいつか復讐をと思っておったがそれを果たせず、悶々として百年を生きてきた。復讐の対象は人類圏にはおらず、暇つぶしに諸国を漫遊するだけじゃったが、いつしか真面目腐って生きておる奴をからかって楽しむ偏屈老人になっとってな。シャールミンに雷を落とされたわい」
イザスネストアスはフランデアン時代を思い出して苦笑している。
「僕にこれからもまだ協力して下さるのですか?」
「復讐の対象が個人ではないからの。一生悶々としたまま生きていくしかないわい。母君の事はひとまず忘れて儂らに任せてお主はお主の人生を生きよ。難しいかもしれんが、人生を投げるにはまだ早い。時には遊んで気晴らしをしたって良いのじゃ。ちゃんと組織づくりをすればそんなにご領主様が真面目に仕事をせんでも世の中は各々が自分で回していくのじゃぞ?」
大抵の貴族は執務は午前中だけ、午後になったら狩りをしたり、楽師や友人を呼んで酒宴を開いて遊び暮らしている。
「そういう気分にはなれません・・・」
「わかっちょるわ。じゃがの、このままでは疲弊して効率も悪くなるし、いずれ倒れる。おい、そこのガキ共!聞いとるか!?」
イザスネストアスは少し離れて同じように釣り糸を垂らしている小姓達に突然怒鳴った。
「はっはい!」
「主人の体調が悪かったら、本人が何といっても強引に休ませたり、医者を手配したり、厨房に食事内容を変えるよう指示したり、儂らに相談したり気を配らねばならんぞ。お主らはエドヴァルドに最も年齢が近く、最も傍におるんじゃ。王子なんだから、類まれな力を持っとるんじゃから放っておいても大丈夫とか思っておらんじゃろうな!?」
「「申し訳ありません!」」
どうやらそう思っていたらしい。
イザスネストアスに叱られて小姓二人は直立不動で謝った。
エドヴァルドは急速に体も大きくなりつつあり、大人へと近づいているが心はまだ傷ついたまま状況に翻弄される少年に過ぎない。
それでも周囲の環境はエドヴァルドに大人であることを要求している。
フランデアン王でさえ少年時代はずっと従兄が傍に仕え続け帝国の学院でもお供としてついていった支え続けた。故郷に帰れば友人達と釣りをして、河で泳いで狩りをして、帰りが遅くなってその場で野営して少ない獲物を皆で一口ずつ頬張って夜通し馬鹿騒ぎをして将来の夢を語り合い、遊んで暮らす日もあった。
しかし、エドヴァルドにそんな友人はいない。
イザスネストアスはせめて小姓二人くらいはもう少しエドヴァルドに近づけさせてやろうと親心を出したのだった。




