第12話 エッセネ地方の統治➃
魔術師達に体内のマナのバランスを調整してもらったおかげでシセルギーテの体調も復調しつつあり、エドヴァルドはエッセネ地方の各地域に魔獣討伐の触れをだした。
魔獣の獣害に困っていればエドヴァルドが騎士を率いて討伐して回る、と。
強力な魔導騎士を抱えていない弱小貴族はこれまでエールエイデ伯のような有力貴族に頼っていたが、代わりに貢納を強いられ依存してきた。
しかしエドヴァルドは太守の責任であるとして無償で請け負う。
使者には触れをだすついでに質問されればザオ家の復興をエドヴァルドが保証している事を説明させた。
バグラチオン男爵からは案の定奴隷を返し襲撃でうけた死傷者、損害を弁償するように求めた使者が来たが、エドヴァルドは濡れ衣だとして突き返した。
エドヴァルドは無関係ではないが《《まだやってない》》ので実際に濡れ衣である。
目撃者はエドヴァルドの風体をしたものが襲ってきたと言い張るが、取り逃してしまった以上、証拠は無い。
シアについては名前を代えて太守権限で市民証を発行して城内で監禁している。
状況が落ち着いて、誰かが焼き印を見とがめたら予定通りもともとスーリヤの奴隷であると言い張る事にした。
エールエイデ伯の影響下にある東部貴族から依頼は来なかったが、北部、西部貴族からは魔獣討伐に力を貸して欲しいという依頼があった。
帰ってきた使者たちからはザオ家とバグラチオン家の問題について聞かれたと報告があったが、使者たちは事前に言い含められた通りザオ家の領地について公正に保護し、離散した領民がいた場合には帰参させるよう諸侯に求めた。
◇◆◇
状況が動いたのは二週間後。
希少な雷獣を魔術師達も同伴したエドヴァルド達が遠征して倒して帰る道中でパルナヴァーズ老人が現れた。
「ほほほ、活躍しておるようじゃな」
「魔術装具を返して貰えませんか?あれは僕の物ではないのです」
「これはしたり。お主が三日後に取りに戻ると言ったのではないか」
パルナヴァーズ老人は自分を盗人呼ばわりするようなら許さんぞ、と凄んだ。
「バグラチオン男爵がラリサに来たら、の話ですが貴方がぶち壊しにしてしまったのではありませんか。太守としては公平に裁かねばなりません。現状で僕の方からザオ家を公式に訪問することは出来ません」
「返却するまでの間使うなと言われた覚えはないからのう」
「む、むむ・・・」
使いこなせるとは到底思ってもいなかったのでエドヴァルドは特に言及しなかった。
「かかっ、甘く見た報いじゃのう。まあ、儂が何かやったとは言わんが」
イザスネストアスは首飾りを受け取って自分にかけ直した。
「仕方ありませんね。返却されただけ良しとしましょう。これだから偽装系の魔術というのは厄介なのです」
イーデンディオスらが帝国魔術評議会から身を引いた理由でもある。
「ご老人、僕が譲歩するのはここまでです。これ以上、僕を利用しようとするならザオ家の領地もラリサに併合します」
メッセールやシセルギーテも頷いた。
「フンっ、怖いのう。儂は留守にしておる間に子や孫達を皆殺しにされた哀れな老人じゃぞ?ダリウス殿の失政は次の太守が責任を持つのは仕方ない事じゃろう?儂らにこのまま滅亡しろとでもいうのか?」
「貴方が忠誠を尽くしてくれるならばザオ家の、エッセネ人の権利は僕が守ります」
「であれば、儂らもそなたに跪いて尽くすとしよう」
老人はそういって、素直にエドヴァルドの前に跪いてエドヴァルドに忠誠を誓った。
「では、バグラチオン男爵に襲撃をしていたのは自分だと名乗り出て貰いたい」
「そんなことをしたら儂が奴に八つ裂きにされるではないか」
「僕は貴方の為に濡れ衣をかけられているんです」
「どうせ自分でやるつもりだったのじゃろうに。まあよい。では一緒に伺うとしようか」
彼らはその足でバグラチオン男爵領に向かったのだが、前触れも無かったので警戒されてしまった。お互いの騎士を使者として送り、数名だけで会い、領土の境界線を確認する事で話がつき見晴らしのよい丘の上で会合を行うと決まった。
◇◆◇
しかし、その会合の場でまたもパルナヴァーズが暴走した。
帰参しようとしていたザオ家の郎党をバグラチオン男爵が捕虜にしていたからである。
見とがめるなり問答無用で弓を番え、後方で人質に取っていた男達を射殺して駆けだした。人質達は素早く逃げ出し、男爵は人質を使って脅迫する前にいきなり人質を失って泡を喰って逃げ始めた。
「待てい!尋常に儂と勝負せい、ど畜生が!」
老人は槍を携えて走ったが、男爵の騎士が妨害しどんどん遠く離れていく。
会合の場に加えられなかったシセルギーテやイザスネストアスからは到底追い付けない。
「儂より過激な爺さんが世の中におるとはのう・・・」
イザスネストアスはパルナヴァーズの強弓に目をむいた。
二人をまとめて射抜いている。
「そんなこと言ってる場合ですか、城内まで逃げ込まれると厄介な事になりますよ。使い魔で止められませんか?」
「勿体ない、嫌じゃ」
「そんなことよりエドヴァルド様を止めないと・・・」
見るとパルナヴァーズ老人を追って深追いしてしまっている。
シセルギーテとイーデンディオスはイザスネストアスに対応を求めたが、彼は静観を指示した。
「メッセールに任せておけばよい。雷雲が立ち込めてきた。本格的な戦いにはなるまいよ」
イザスネストアスは全員で追ってまとめて包囲されるのを警戒した。
城壁から矢を放たれて損害も出てしまうだろう。
想定外の事態なので後ろで見守っている魔術師達からはエドヴァルドが老人を止めるつもりなのか、この際男爵を討ち取ってしまうつもりなのか、意図を図りかねた。
雷雨になれば戦闘どころではないので両者共に引き上げる事になる。
「それ、黒雲が立ち込めてきた。引き上げの準備をするとしようか」
黒雲が立ち込めて陽を遮り、周囲は暗くなりつつある。
恒例の雷雨が迫っていた。
◇◆◇
パルナヴァーズを妨害した騎士をメッセールが相手にした事でパルナヴァーズはバグラチオン男爵めがけてさらに突進していったが、無事に逃げおおせそうなのでエドヴァルドはほっと一息ついていた。
自分より非常識な人間をみると妙に冷静になってしまう。
時に強硬な態度に出るのも交渉の手段ひとつだが、実力行使でいきなり殺すというのは過激過ぎる。
雷が降って来そうだったのでエドヴァルドは大声をあげて老人を止めようとした。
が、間に合わず黒雲から激しい雷が老人に落ちた。
『トルヴァシュトラの槍よ!!』
驚いた事に老人は片手に持った槍を天に掲げてその雷を受け止めた。
白光が槍を輝かせ、老人はその槍を投擲してバグラチオン男爵ごと城門を串刺しにしてしまった。
城壁上から唖然として見守る男爵の部下達を尻目に老人は槍に男爵の死体が刺さったまま回収して、意気揚々とエドヴァルドの下まで引き上げた。
「なんてことを・・・一体どう始末をつけるつもりですか」
「ふん、こいつが同胞を人質に取ったのが悪い。交渉の席についていたら主導権を握られておった。若君にとっても不味い事になっていたであろう。儂は面倒を省いてやったんじゃ。感謝してくれてもよいのじゃぞ」
それはそうなのだが、平和的に交渉をしたが決裂したという事実が無ければ他の諸侯から非難される。今回は目撃者が多いので言い逃れも出来ない。
「エッセネ人は平和を愛する民だと聞きましたが」
「おうとも。平和に《《する》》のを何よりも愛しておる」
この老人はエドヴァルドにはとても制御できそうになかった。
溜息をついてメッセールに指示する。
「ご老人を拘束しろ。ラリサにしばらく閉じ込める」
「は」
「ま、仕方なかろうな」
老人は大人しくその措置を受け入れた。




