第11話 エッセネ地方の統治③
エドヴァルドは夜中にラリサに戻ってきたのだが、城門は固く閉じられていた。
「戻ったぞ、開けろ!」
城門の上にある櫓に兵士が出て来て松明を掲げたが、向こうからはエドヴァルドの顔が見えない。
「何者か!?」
「城主のエドヴァルドだ、さっさと開けてくれ」
「鐘は四回鳴らしており申す、誰であろうと夜間の入城は許されません」
時計が普及していない地方では時刻を知らせる為に、時の神ウィッデンプーセの神殿が時報の鐘を二時間ごとに鳴らす。
十八時に三回鳴らして家に、郊外に出ている者には市内に帰るよう警告を促す。
城内に務めに来ている者は帰宅させられる。
二〇時には四回鳴らして帰宅を促す、城内には完全に入城が禁止される。
市街地では灯りを持たずに外出している者がいれば逮捕される。
「何だと!?責任者を呼べ!」
「責任者は私です。この規則を決めたのは城主殿の筈。まさか自分でお破りにはならないでしょう?」
「くそっ、お前。名前は!?」
「デミトリです。ご不満なら処分でもなんでも勝手になさい」
引退した地元の兵士を再雇用した中にそんな名前がいた。
エドヴァルドは仕方なく、城壁を回り込んでよじ登って亀裂から城内に帰った。
魔力で身体強化を使えば城門を越えられなくも無かったが、シセルギーテからも乱用を慎むように言われていたので出来るだけ自分の身体能力で出来る範囲の事はやろうとしている。
一応番兵はメッセールに連絡してくれたらしく、小姓達と共にエドヴァルドが城内に入り込んだ所まで迎えに来た。
「心配しましたぞ」
「悪いな、老師は?」
「裏手の研究所で就寝している時刻ですよ」
「しまった。先にあちらによれば良かった。また明日にするか・・・」
「何があったのです?」
「・・・お前には悪いと思っているが、一人にしてくれ」
エドヴァルドが私室に戻るとヴィデッタもまだ寝ないで待っていた。
水浴びをして着替えて、洗濯物を渡してからエドヴァルドは就寝した。
◇◆◇
メッセールの従士達は一族郎党なので主人の前で不満を漏らすような事は無かったが、彼の妻は違った。
王の騎士の妻として周囲に羨まれる晴れがましい身分だったのが、今は辺境の貧乏騎士。騎士の甲冑も維持出来ず、主人はボロの革鎧を身に着けている。
「もう、別に仕官の道を探したら如何ですか?」
「馬鹿をいうな。苦境にあってこそ真の忠誠が試される。今ここで若君を見捨てるような騎士を一体誰が信用して雇うというのか」
「一方通行の忠誠などあり得ません。それに従士達への責任はどうなりますか?貴方を信頼して預けてくれた親たちにも」
メッセールはほぼ無給である。
城に居住しているので生活は出来ているが、ずっとこのままというわけにもいかない。
ひと段落したら従士達にも休暇を与えなければならないし、彼らもいずれ結婚して家庭を持つ。従士達に給料を払うのはメッセールなので、このままでは彼らは家族を持てない。
「今は戦時だと思え。武人とその家族は何年も籠城する事がある。その時、簡単に泣き言をいうような奴は足手まといになる。皆の為を思ってくれた言葉と理解して今回は許すがもう一度同じ事をいえば離縁する」
「まあ!なんて事を!わたくしの父のおかげで国王陛下に取り立てられたのでしょうに!」
「何だと!」
とまあ、こんな具合でメッセールの家庭は夫婦喧嘩となってしまった。
世知辛い事だが、メッセールは従士達に希望退職を募る事になる。
従士達は市街の警邏や門番も務めねばならず、将来騎士になる為の経験としてメッセールに預けられていた者の場合は退職する事になった。
他にあてがないものだけが残り、エドヴァルドの抱える兵力は一段と低下していく事になる。
◇◆◇
翌朝、出仕してきたイザスネストアス達にエドヴァルドは魔術装具紛失を詫びる事になった。
「それは困ったのう・・・ラリサの収入で弁償できるような代物ではないのじゃが・・・」
「ケチ臭いことを言わないでください。また作り直せばいいでしょう。それより悪用されないかどうかが心配です」
「そうじゃな」
イーデンディオスが取りなして弁償はうやむやになったが、やはり軽率だった。
ヴィデッタとイオラを呼んで問題のエッセネ人について確認した。
「パルナヴァーズ様ですか?さあ・・・存じ上げません」
「隠居して巡礼に出ていたとかいっていたが」
「となりますと、もう少し上の世代でないとわかりませんね」
「家系図とかは無いのか?」
「書庫を探して参ります」
「頼む」
老人はともかくザオ家とバグラチオン家の領地境界線を巡る確執については確認が取れた。
「せいぜい村ひとつかふたつ分の領地じゃが・・・」
「融和派エッセネ人の自治領なのでダリウス様はザオ家の肩を持っていらっしゃいました」
「賊に領主や主だった人々はやられてしまったらしく、離散して村人はもういないようだった」
「老人一人しか残っておらんのであればバグラチオン男爵にくれてやった方がよかろう」
エドヴァルドは釈然としなかったが、それで恩に着せられるのであればと不承不承頷いた。
◇◆◇
そして男爵が再訪する筈の日。
彼はまた来なかった。代わりにやってきたのはシア一人。
番兵に呼ばれて城門までやってきたエドヴァルドは招き入れて早速尋ねた。
「なんでお前だけで来たんだ?」
「それが・・・エドヴァルド様によく似た風体の方が押し入って来て、私を連れ出して下さいました」
話を聞いてみるとパルナヴァーズ老人がエドヴァルドから拝借した魔術装具を使ってエドヴァルドに偽装して男爵領を襲ったらしい。
「あのクソ爺!なんてことを!!」
イザスネストアスらも慨嘆する。
「してやられたな。まさか説明も受けずに使いこなされるとは。これでは男爵と対決する以外に道は無い」
イーデンディオスも同意した。
経緯を説明しても鼻で笑われるか、こちらの責任を問われるだけだ。
「穏便に済ませるわけには・・・?」
一応メッセールが常識論を口にする。
エドヴァルドはそれを否定した。
「自分がやってもいない事で詫びる気は無い。こいつを返すのは論外だ。こちらに非があったというわけにもいかない。常識的な価格なら買い取ってもいいが」
形式上は臣下であるとはいえ男爵の資産を強奪していい法は無い。
諸侯はエドヴァルドを非難する事になる。
だが、自分で奪ってから非難されて謝罪して返却すれば諸侯はエドヴァルドをさらに軽んじるようになる。
「ふむ・・・こうなるとこの奴隷はもともとエドヴァルドの正当な資産で男爵が不当な手段で入手したと開き直る方がよかろう」
「先日会った時に向こうの資産だと認めてしまいました・・・」
「気にするな。諸侯がいたわけではない。奴がなんといおうが捏造だと言い張ればよい」
イザスネストアスとイーデンディオスはこうなったら奴隷の所有権の問題は矮小化し、ザオ家の領地を不当な手段で奪おうとしていた男爵の非を鳴らしエッセネ人の忠誠を買うようにエドヴァルドに勧めた。それで少なくともエッセネ系の諸侯からは好意的に受け止められる。
「それに正義はありますか?」
「納得いかんか?政治は正義かどうかで指針を決めるものではない」
「最優先はラリサの安全確保です。一歩一歩近隣を固めていきましょう」
「・・・わかりました。ひとまず出方を待ちましょう」
シセルギーテの手を借りれば男爵を問答無用で討ち取る事は出来るが、そこまではしたくない。エドヴァルドはエッセネ人のコミュニティにザオ家を支援する旨の情報を流させて反応を待った。




