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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第三章 都落ち(1428~1429)
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第1話 ラリサの危機

 バルアレス王国の南東端にあるエッセネ地方ラリサ市の代官はナイアス家のダリウスといって、長年王家から辺境のエッセネ地方の管理を任されてきた。彼は様々な問題に悩まされていたが特に獣害と疫病に悩まされてきた。


 この地方は雷雨が激しく地下には鍾乳洞があり、そこをネズミが棲み処として地下を通じてあちこちに出没する。この地方特有のマクー鼠は目が退化して明るい地上ではろくに何も見えず、雷が轟くとさっと地下に姿を隠してしまう。森林地帯の地下や樹洞を主に棲み処としているが、オルタ・エイペーナの森には神獣の白蜘蛛が住んでいる為、それを避けているのか沿岸部側の森には出没せず内陸部でよく発見された。


鼠はあちこちで穀物を食い荒らしダリウスは領主達から対処の相談をされていたが効果的な対策を打ちだせず彼は信頼を失っていった。


加えて最近新たに発生した厄介な問題があり、それは東部の同盟市民連合諸都市から流れてくる山賊だった。

最近帝国から見せしめとして何人かの市長、指導者が処刑された結果、残党がバルアレス王国側に流れてきて略奪を始めている。関所を管理しているエールエイデ伯からダリウスに応援の依頼があり彼になけなしの兵力を派遣した。


ダリウスの与力として仕えている騎士の娘ヴィデッタはある日、ラリサの北の森へ狩りに出かけた。他の騎士の子弟達も同行している。

出かける際に衛兵のトマスに「お嬢様、番犬を連れて行きますか?」と聞かれたが犬を使うのに慣れていないので断った。


城に仕える少年少女達の中でヴィデッタは14歳で最年長であり、既に大人の仲間入りの年齢だったが、女性ということもありまだ子供達の面倒を見ている。

他の子供達は10歳前後だった。

ヴィデッタの弟、ディアマンティスもまだ9歳で子供用の狩猟弓を持っている。


子供達だけでは猪や狼は危険なので鹿だけを狙っている。

この地域では鼠を狩る鳥は大切にされているので狩猟対象から外れていた。

近隣地域でも鳥肉は高貴な身分のものが食べる動物とされているので庶民の食卓に上がる事は滅多にない。


年少の子供達が鹿を年長の子供達が待ち伏せしている地点へ追い込み、弓矢をさんざんに射かけた。子供向けの弓では決定打を欠いたが最後の一撃を与えて地面に倒したのはヴィデッタの投石だった。

彼女は投石具をヒュンヒュンと風切り音がするまで十分に回転させてから鹿の頭に叩きつけた。


「それってそういう使い方する武器だっけ?」


追い込みをかけていた少年の一人が疑問を呈した。


「うるさいわね、クレメッティ。目的が果たせればなんでもいいのよ」


彼女は最後に投石するのではなく直接叩きつけて脳震盪を起こさせたのだった。


「ほら、早くトドメを刺して。私は刃物持ってないんだから」

「へいへい」


少年達の中で一番大柄なネフィルが短剣を取り出して昏倒している鹿に近づいた。


「気を付けてね」

「わかってるよ」


年少の子は普段着で、主力の年長者も薄手の革鎧しか身に着けていない為、突然息を吹き返して角で体当たりされないようヴィデッタは注意を促した。ネフィルがヴィデッタに答えて後ろを向いた時、突然地面がぐらっとして慌てて飛び退いた。

視線を戻すと地面が陥没して鹿が穴の底まで転落してしまっている。


「あー、もうくそ。厄介だな!地下洞窟か?それともご先祖様の遺産か?」


地盤が柔らかく、地下水が豊富なのでこういった事は稀にある。

そして第四帝国期では帝国軍に対抗する為に地下道を利用していたらしく、そういう忘れられた遺構もあった。ネフィルや少年達が穴の周りに集まって下を見下ろして深さを確認していると、地下からキーキーと鳴く声がある。


「なに、この音?」


初めて狩りに参加した子供が不気味に思って誰とはなしに尋ねた。


「う、やべえ!全員下がれ!」


ネフィルは大声を出して手を広げ、両隣の子供を後ろに追いやったが代わりに本人は動くのが遅れた。不幸な事に陥没は最初の崩落だけでは済まなかった、もう一度さらに穴は大きく広がってネフィルはそれに巻き込まれた。


「ネフィル!!」


ヴィデッタの叫びに「来るな!」という応答があった。


「何か縄を取って来るから、待ってて!」


十分距離を開けてからヴィデッタは再度叫んだ。


「あぁ!いや、駄目だ!!逃げろ!逃げろ!逃げろ!!うぁああ!!」

「何?どうしたの?ネフィル!!」


ネフィルの苦しむ声に再度問いかけたヴィデッタにネフィルの返答は無かった。

代わりに大量の何かが蠢く音とキーキーという耳障りな音がさらに大きくなっていく。


確かめる為、近づこうとしたヴィデッタの手をクレメッティが掴んで引き留めた。


「駄目だ。この地下はマクー鼠の巣だったんだ。逃げよう」

「でもネフィルが・・・」

「もう死んでる。マクーを処分するには煉獄罠を使わないと」


マクー鼠は基本的に穀物や屍を喰らうが、飢えると生物も襲う。

何万匹もの群れになると牛でも襲われてあっという間に骨だらけにされてしまうのだった。このマクー鼠が大量発生した場合、処分する方法として、人々が考えついたのが病死した者を火葬も土葬もせず、場合によっては罪人を生きたまま大穴を掘って放り込み、小動物の死体を使ってそこへ誘導する。

マクー鼠が群がったら、錬金術師に作って貰った秘薬を投げ込んで一気に燃やして殺すのだ。火がついて逃げ惑う鼠によって延焼を防ぐ為に水路で囲んで入り口を塞ぐ。


これで何万匹というネズミがまとめて処分出来るが、その光景はまさにアイラカーラの支配する地獄のよう。

マクー鼠は妹神アイラクーンディアの眷属といわれ、大地を覆い尽くす黒い津波となって人々に地獄へ追いやられた恨みを晴らしているのだとささやかれている。多産の動物を尊ぶ帝国人でさえ疫病の媒介者であり近親相姦を繰り返して増殖する鼠は嫌っている。


「そんな・・・ネフィルのお父さんになんていえば・・・」

「嘆くのは後、錬金術師の助けを借りなきゃ」


マクーによって穀物はかじられ、疫病は蔓延し、退治するのにも大金を使う。結果、この地方はいくら土地が肥えていてもなかなか収穫は実らず、商人達も寄り付かなくなりどんどん貧しくなっていくのだった。


 ◇◆◇


 ヴィデッタら少年少女達は急いでラリサまで戻って代官ダリウスに報告したが、代官は彼女達に適当な塔の上層階にこもっているよう命じた。

ラリサの城内は緊迫していて子供達に構っていられない様子だった。


「何があったんです?」

「近くで賊らしき姿を見たという通報があった」

「いくら山賊でもお城を襲ったりはしないと思いますが・・・」


ヴィデッタはいくらなんでも賊が太守の居城を襲う訳が無いと思っていたが、これは彼女の知り得る情報が少ない為の思い込みだった。

ダリウスと城兵は最悪の事態を想定して大急ぎで防衛の準備を急いでおり、子供達に構ってはいられない。


「この城に守備兵がいなくなっていると知っていれば話は別だ。イオラ!子供達を塔へ!!」


代官は話を打ち切って、子供達を分散させて何十もある塔の中へ退避させた。

ヴィデッタは家政婦長のイオラとダリウスの娘ダリア、そして赤子のユリウス、弟のディアマンティスやクレメッティと書庫に籠った。ここが一番頑丈な部屋だからだ。


そしてダリウスが危惧した通り賊は襲ってきた。

二時間起きに時間を知らせる時の神ウィッデンプーセの鐘が激しく何度も小刻みに鳴らされる。これまで時報以外にこれだけ鳴らされるのは火事の時くらいなものだった。


残念ながらいくら警報を鳴らされたところで、城壁で警備につく兵士も足りず賊は壁の裂け目から次々と侵入してきて城内の逃げ惑う人々を襲った。

ヴィデッタの屋敷で使う鍋を作ってくれた鍛冶屋も、城付きの神官も、庭師も裁縫を教えてくれたお婆さんも皆、誰も彼も容赦なく殺されていく。


ヴィデッタは書庫の窓から阿鼻叫喚の地獄絵図と化している中庭を見下ろしていた。クレメッティは手持ちの武器を携えて皆を助けに行こうとディアマンティスを誘っていた。


「加勢に行かなきゃ!」「う、うん」

「駄目よ!坊やたち!!ここに隠れていなさい!」


イオラが警告するも少年達は扉を開けようと模索し始めた。

ヴィデッタも恐怖に震えながら、か細い声でイオラと共に少年達を止める側に回る。


「おねがいだからやめてディア、クレメッティ。私達はどうなるの?この子は?」

「書庫を守るのは女の務めだろ!僕らは加勢に行く!!」


大声を上げるクレメッティにダリアは泣きそうな声で懇願した。


「お願いだから大声を出さないで・・・お願いよ。女を守るのは男の務めでしょう?赤ちゃんを巻き込まないで、お願いだから・・・」


主君の息子を守るという使命はどうなるとイオラにも説得されて少年達は書庫に引き続き籠る事に同意した。


しかし他の塔に隠れていた少年達は我慢出来ずに、応援に行って無惨に殺された。

賊は生き残りを中庭に集めた後手を結んで縛り、ダリウスとその妻以外を一人一人処刑していった。屈強な体つきをした半裸の男達はそれに加わらなかったが、みすぼらしい姿をした大半の賊は弓矢の的にして処刑を楽しんでいた。

ダリウスはそれをみて縛られたまま抵抗して助けようとしたが、結局槍で串刺しされて殺された。


そして屈強な男はダリウスの妻に金庫は何処にあるか教えるよう脅迫を始めた。

五十近い塔があるので彼らは自力で探すのを面倒に思ったようだ。しかし、彼女は喋らなかったので、下っ端たちに捜索に行かせた。


ヴィデッタ達が隠れている部屋にも賊はやって来てしばらくガンガン叩いていたが、開かないとみると引き上げていった。


そして賊たちは目当ての物が手に入らないので、段々イライラしてダリウスの妻を殴りつけさらに脅し始める。


「ここにも町にも火を放って生き残りも皆殺しにしてやってもいいんだぞ!」

「ここは皆生きていくのに精いっぱいで、貴方達が欲しがるような金銀財宝なんか無いのよ!」

「嘘をつけ、お貴族様がよ」


賊たちはせせら笑って蹴りつけ、ダリウスの妻は歯が折れて口から血を流した。

イオラはその光景を窓から見ていたがダリア達には伝えず胸にしまい込み皆に声を押し殺して静かにしているよう伝えた。


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2022/2/1
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