表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第二章 母の愛(1427~1428)
76/372

番外編 方伯家の女性達:メルセデス

◆1347年5月9日


私は10年前に最愛の人を得て、そして失いました。


得たのはお兄様。失ったのはお婆様、そしてお母様。


あの日、グラーネの尻尾に悪戯をして遊んでいたら蹴られそうになり、咄嗟にお兄様が庇ってくれた。グラーネは天馬だから蹴られてもそよ風が吹いたくらいにしか感じないのよと教えてあげるとそれを知らなかったお兄様は照れくさそうに笑っていました。


グラーネはあの日祖母と共にこの世を去りました。


お兄様とは20も歳が離れていたので、誰も教えてくれないからあの方が自分の兄だなんてずっと知らなかった。とても優しくてかっこいい騎士様だって思っていたのに。


あの日、お婆様が突然苦しんで亡くなってしまい、恐ろしくてわんわん泣いていた私をお兄様がずっと守って夜も一緒に寝てくれていました。


お母様は哀しみのあまり気が触れてしまったとお兄様がおっしゃって幽閉されてしまいました。幼かったので記憶が薄いのだけれど、お母様とはずっと仲がよくなかったと思います。

お母様の姿を見るのが怖くていつも逃げ回っていたような気がします。

お兄様がお母様を閉じ込めた事を喜んでしまっていました。


母を母とさえ思っていませんでした。


◆1347年6月1日


ついに飛び級で学院を卒業し賢者の学院に入りました。

こちらには同年代の女性はいません。

マグナウラ院ならアヴローラがいたのですが、ここには好敵手がいなくて寂しいです。


評議会の研究者達も在籍していて、学業の傍ら魔術を使用した技術開発も行っています。最高評議長はお婆様の家庭教師だった事もあって、私の面倒も見てくださいました。

お母様に預けたままの神器があるそうです。


お兄様はお母様を別のお屋敷に移してしまいましたが、昔のお部屋にしまってあるでしょうか。


◆1347年8月15日


お母様の荷物は乱雑に積み上げられていて、その中に不思議な光沢がある美しい小さな弓と矢がありました。矢羽根の代わりに花が咲いたようになっています。そして矢尻には返しがありません。


先生に聞くとこれは恋の花矢というものだそうです。

恋愛の女神エロスの神器だとかで、これに撃たれた人は射手に惚れてしまうのだとか。小柄な私でも困るくらいの大きさなのでエロスは相当小さな女神だったのでしょう。そういえば彫像もとても小さな子供で、羽根が生えています。


母はこれでいろんな男性を射止めていたのでしょうか。


世間を騒がせている唯一信教徒達は母を車輪女だと侮辱しています。

次から次へと誰とでも寝る女だと。

方伯はそんな母を恥ずかしく感じて隠したのだと嫌がらせの口撃をしています。


お兄様は私にそんな汚い言葉を聞かせないよう常に周囲に見張りをつけていますが、心の声は隠せません。我が家に仕える者達でさえそう思っています。

賢者の学院でマリア先生や他の評議員に師事している私には、平民の心の声を覗く事など容易い事でした。


世間はお兄様がお母様を幽閉した理由を唯一信教徒達の流布する噂が真実だからと信じ始めています。実際の所は誤ってお母様がお婆様の食事に使ってはいけない食材を使って死なせてしまったから。


お母様は罪の重さに耐えきれず発狂してしまったのです。


◆1347年8月19日


先生はこの神器を使って好きな男を射止めれば、お母様の望み通り大国の王子と恋仲になれるとおっしゃいました。試し撃ちをしてみたけれど、もともと皆私に恋しているのだからあまり変化は見られませんでした。


毎年のように皇帝が誕生してはお亡くなりになり、天爵家は断絶し、お母様は幽閉され、お婆様も亡くなってしまっているので宮中の序列で最上位の女性は東方候妃様、南方候妃様、次がこの私。


未婚なのは私だけ。


お兄様は私への縁談を全て断って、社交界でも臣下を私の騎士に任じて見張りにつけているから学外では誰とも話せません。

男達は皆、病弱で最も高貴な血筋の私を娶ろうと必死です。


◆1347年9月12日


恋の花矢の使い方になれてきました。

神話ではエロスは主神のモレスすら悪戯で射落としたそうです。

エロスの母はシレッジェンカーマであり、モレスは彼女の父にあたる神です。

父親に襲われたエロスは咄嗟に他の女神に惚れさせたのだとか。


神話は何種類もあって、そのまま襲われてしまった場合のお話もあります。


◆1347年9月15日


花矢で心核を射抜けば、恋に落とすだけでなく心を操れる事に気がつきました。

エロスはどうやって父の心を操ったのだろうか疑問に思って研究していたのですが、大変な事が判明しました。


◆1347年9月16日


せっかく神器の真の力がわかったのに先生はあまり興味が無いようです。

神代の魔術を再現するのが評議会の目標だったのではないでしょうか。


先生は自分が生きている間に目的が叶う事はないと絶望しているようでした。

人の時代が始まって何千年も経ち、いずれこの時代も去って行くと。


そうでしょうか。


神帝スクリーヴァが神々から地上の管理を任されて人の時代を始めたと言いますが、神々の血を引く私達が残っている以上、まだ人の時代は始まってすらいないのではないでしょうか。


10年前、慈愛の女神の聖女アリシア様が唯一信教徒の裁判で惨殺されて以来神術の奇跡が行われたと聞いた事もありません。


西方圏では魔術に頼らない平民発の技術革新によって繁栄の時を迎えていると聞きます。

これが世界全体に波及し私達が没落した時こそが、人の時代の始まりです。


◆1347年9月24日


お母様とは別の場所に幽閉されていたジュディッタ叔母様の心を操って全て白状させました。彼女も唯一信教徒だった事、お婆様の苦手な『毒』を知って持ち込んだ事。


◆1347年9月25日


私の勝手な行動を許した側仕え達をお兄様は処刑してしまいました。

彼らは私の命令に逆らえなかっただけなのに。


優しくて厳しくて独占欲の強いお兄様。


◆1347年12月1日


私に色目を使った騎士をお兄様が処刑しました。

獅子身中の虫めと。


◆1347年12月2日


お兄様がいらして寒く無いかと私の体を心配してくれました。

お兄様にとっては私はずっと母にいたぶられていた病弱で守らなければならないお姫様なのです。


おかげで15になってもまだ誰とも結ばれていません。

お母様もお婆様も私の年にはもう結婚して子供がいたのに。学院時代のお友達もそろそろ結婚し始める人が増えてました。


◆1348年1月1日


親類が大勢集まって新年のお祝いをしました。

その席でお兄様に再婚の話が持ち上がりました。


お兄様は既に二度奥様を失くしていて誰とも結婚する気はないそうです。

後継ぎがいない事を皆不安に感じていますが、養子を取るからいいとお断りになりました。


続いて私の縁談ですが、お兄様は途端に不機嫌になって親類と喧嘩になってしまいました。


お兄様の本心を知るのは私だけ。


◆1348年2月14日


お忙しいのに今日も私の所にやってこられた。

私を独占してしまいたいなら、お母様のように監禁してくださればいいのに。


◆1348年4月14日


昨年処刑した騎士や叔母様の親類達がお兄様に反旗を翻してしまいました。

お兄様は領地に戻って兵士を招集する事になりました。

そしてついに私を監禁して閉じ込めてくれたのです。


◆1348年7月21日


お兄様にはいくさの才能があるようでもう戻って来て私を解放してしまいました。

鎖で縛られてやつれた私に涙ながらに謝罪されましたが、魔術を封じる首輪でもつけない限り私の自由は妨げる事は出来ませんよ。


◆1348年7月22日


忠実に任務をこなしていたのに監禁されていた私を見張っていた兵士や世話をしていた侍女達をお兄様は皆処刑してしまいました。


前に処刑された人達はお兄様の命令に逆らったのですから仕方ありません。

私を抱こうとした騎士も当然でしょう。


今回は違います。彼らはお兄様の命令に従っていました。


あんまり酷いのでお兄様とは口を利いて上げません。


◆1348年7月29日


お兄様がまたやってきて謝って来ましたが、命を育む大地母神の仕える私達が無意味に命を奪うなんていけないことです。まだ許してさしあげません。


◆1348年8月2日


何でもするから許してくれとおっしゃるのでお兄様に本心を尋ねてみました。

やはり私を何処にも嫁に出す気は無いし、恋愛を許す気もなくずっと手元に置いておきたいそうです。


なら抱いて欲しいと訴えましたがそれだけは出来ないとおっしゃいました。

いくじなし。


◆1349年4月22日


春が来るとまたあちこちで戦争が始まり、帝都でも信教が旧教の神殿に火をつけたり勝手な裁判を初めていますが、内務省も法務省も内部に信教徒が増えてままならない状態です。


選帝選挙に大司教が同意しない為、皇家も勝手に選帝争いを始めて内戦状態になりました。

アル・アシオン辺境伯は蛮族の攻勢に対処していて帝都に戻ってこれません。


旧教の護り手であるお兄様に行動を起こすよう求める声が高まっています。


◆1350年3月21日


お母様に会ったのは7年振り。

私に死ぬほど厳しい教育を施しただけあって、幽閉された環境でも昔のままの気品を保っていました。


前に会った時は大国の王子様を射止めて来なさいとおっしゃっていた。

もう、その心配はありません。


◆1350年3月25日


お兄様は挙兵すべきかどうか悩んでいるようです。

今度は家臣や民衆からではなくお母様に焚きつけられたそうです。


法に携わる者、常に高潔であれという家訓が伝わるフォーンコルヌ家は法務省に大きな影響力を持ち、その協力があれば合法的に帝都に兵を入れる事が出来るという事でした。


◆1350年4月1日


仕方ありませんので神器の力でお兄様に勇気を与えました。


◆1350年4月7日


お兄様は全大陸の巡礼騎士に集結を命令しました。

旧都の封鎖をしていた聖騎士達までも招集して。

旧都の封鎖はマリア先生達が代わりに引き受けて下さるそうです。


◆1350年5月19日


フォーンコルヌ家の協力を得て聖堂騎士団の再結成が認められました。

旧帝国の神聖期に圧政をしき、金儲けに走ったと非難される集団でしたが、当時の非道を繰り返さぬよう白銀の鎧には傷を、不名誉印を残すそうです。


昔は自前の金融部門で巡礼者からも集金していたようですが、現代では銀行がたくさんありますのでその必要もありません。多くの皇家からの懸念もフォーンコルヌ家やアルヴィッツィ家が払拭してくれました。


一つの家が持つ兵力自体はアル・アシオン辺境伯の持つ40万の軍が最大ですが、聖堂騎士団のような大兵力の騎士団を持つのは我が家だけです。


◆1350年5月20日


お兄様が帝都に聖堂騎士団を入れるにあたり争いが予想される為、私に領地に戻っておくように言われました。

お母様もお兄様もいるのに帝都から離れる事はできません。

それにお腹の子もいます。ほとんど行った事のない領地で産むのは怖いです。

そういうとお兄様は驚きました。

まさか、一晩の過ちで、と。


◆1350年9月1日


帝都の制圧は順調です。

野盗を追跡し山賊から民を守るのになれた巡礼騎士も、聖騎士達も平民の信教徒達は相手ではありません。

お母様に会いに行ってそれを伝えました。

お腹に子供がいること、気付いたかしら。


お母様の願い通り、大身のご領主様を射止めましたよ。


◆1350年10月27日


お母様はとても穏やかに過ごされていた。

昔はあんなに恐ろしかったのに。


大人になったせいでしょうか。

今は会うと寧ろ安心します。


お兄様の奥様は初産で二人とも亡くなってしまったので私も不安でした。

お母様に励まして貰えて良かった。


無事に産まれたら真っ先に会いに行きたい。

最愛の息子と娘の子供だもの。

どれほど喜んでくれるでしょうか。


◆1351年2月2日


何という事でしょうか。

無事生まれた男の子とお兄様を連れて会いに行ったらお母様が喜びすぎて卒倒してしまい、そのまま帰らぬ人になってしまいました。


◆1351年2月28日


お母様の葬儀はまだ終わっていません。

お兄様が帝都の制圧を優先しています。


◆1351年3月5日


使用人に命じて聖騎士を呼ばせた所、お兄様はお母様を既に火葬にしてしまっていました。お母様は自殺したといって葬儀も行わないつもりのようだと聖騎士は言いました。


孫の誕生に喜び、正しい信仰に立ち返っていたお母様が自殺なんてする筈ありません。自殺した者の魂は月の女神アナヴィスィーケが受けとってくれないのです。

どんなに正しく生きたものでもその最期が自殺なら、地獄に落ちます。


地獄の女神アイラカーラの釜で煮られて永劫に苦しむのです。

運が良ければ妹神のアイラクーンディアの宮殿がある地獄の花園ムイセリオンの滞在を許されるかもしれません。


◆1351年10月17日


冬が来る前に帝都の制圧も終わり、地下に潜伏していた大司教は捕らえられました。エイラシルヴァ天が爆殺され聖女が惨殺されたツェレス島は亡者の島となってしまったようです。


直ちに裁判が開始され、議会が招集されて選帝選挙の開始が宣言されました。

お兄様はあれ以来ずっと屋敷に戻って来てくれません。


いつまでも名無しでは可哀そうなので、子供の名前は聖騎士と相談してオットー・ビクトル・クリストホフ・ダルムントと決めました。


お兄様と相談して決めたかった。


◆1352年2月24日


選帝選挙と第十五回人類法廷が終わりました。


新皇帝アウレリウスの名の下に唯一信教は全人類圏から永久に追放されます。

帝国追放刑が適用された為、家族とは絶縁して子供は孤児院へ送られます。


今後は省略されていた選帝手続きも通常に戻る事になりました。


聖堂騎士団もお兄様の直属から聖堂参事会に移りました。

お兄様が組織の長である事に変わりありませんが大兵力が過ぎるということのようです。

聖堂騎士団は旧都の亡者を封じていた部隊と、神殿警備と巡礼の擁護者の部隊の三隊に分かれるそうです。

聖堂騎士団の総長は私にお母様の事を教えてくれた聖騎士が就任しました。


彼らの掟はただひとつ。


「汝の信じたいものを信じ、為したいように為すが良い」


古き神々が復権し、お母様の信じていたシレッジェンカーマへの偏見も少しづつ改められますように。


◆1352年2月25日


戒厳令も解除された為、エイレーネ様のつかいがやってきてお母様の遺言があると伝えられました。

幽閉される前に残したもののようです。


遺言は私一人が確認しましたが、エイレーネ様が執行責任者になっていた為、エイレーネ様は遺言の通りお母様の遺産は全て私に託すようお兄様に要求されました。


◆1352年3月12日


お母様の遺品が少しづつ、私が住む屋敷に運ばれてきています。

その中に日記もありました。


◆1353年3月13日


一晩かけてお母様の日記を読みました。


お母様は狂ってなどいらっしゃらなかった・・・。

お婆様を殺してしまった私を必死に守ろうとしてくださっていた・・・?


フォーンコルヌ家を頼るようにお兄様を説得していたお母様の頭脳は明晰でとても狂っていらっしゃったようには思えない。


幼い頃の記憶はどうもあやふやです。

確かにジュディッタ叔母様に何かを渡されて食事の中に練り込んでしまっていた気がします。


◆1353年3月14日


お兄様を呼び、今一度エロスの力を使って何もかも正直に話して下さるようお願いしました。


やはり、本当に私がお婆様を殺してしまったようです。

皆が私を守ろうとしてくださっていた。

お母様も。


お兄様は全てを正直に話してくださいました。

お母様が本当に自殺した事も。


◆1352年3月15日


お母様は近親相姦を嫌っていたそうです。

でもお兄様は私をずっと閉じ込めて誰とも結婚させるつもりは無いと宣言していたし、そのくせ自分が抱く気も無いとおっしゃっていた。そして挙兵を決意した時、慰めを求めてきたのはお兄様のほうです。


私の喜びはお兄様と共にあった。

お母様にも理解して欲しかった。

何も自殺されなくても・・・。


◆1352年3月15日 追記


お兄様はあの夜を『過ち』と言っていた。


◆1352年3月16日


お母様の醜聞は事実だったかもしれないけど、お爺様や、お兄様達の誰か一人でももっと親身になってお母様を守ってくださっていればああはならなかったかもしれないのに。


お母様は寂しかっただけ。愛を求めていただけ。

お母様も私も男に慰めを与える事は出来るけれど見返りはない。


◆1352年4月1日


お兄様は私から息子を取り上げて、ご自分の養子にしてしまいました。

以前、手打ちにしてしまった家臣の家を再興させてそこから養子に迎えたと発表しています。


◆1355年10月21日


評議会からエロスの弓矢の返却要請が来ました。

もう必要ありませんのでお礼を添えてお返ししました。

お母様の形見ですが仕方ありません。


◆1356年5月22日


方伯家の領地と接するサウカンペリオン地方の住民達が水害に困っているようです。

小王達の動きが鈍いのでお兄様や私の所にまで救援を求めて来ました。


◆1357年1月1日


お兄様は帝都の郊外に宮殿を設けて私を閉じ込めて年に一度の親類の集まりにしか私を世に出しません。私が息子の事を暴露しないかずっと怯えていらっしゃる。


私が愛するお兄様の不利になることをする筈がないでしょうに。

でも、信じて下さらない。


◆1363年1月1日


クリストホフもすっかり大きくなりました。

あの子の初恋は私らしいです。


お兄様に教えてあげると驚いて二度と会わせないなんておっしゃいました。


◆1363年1月2日


本当にお兄様はクリストホフを連れて来てくださいませんでした。


◆1364年1月14日


お兄様が亡くなりました。

50年と少しの人生。なんて悲しい日なんでしょう。


遺言書にはクリストホフに家督を継がせるよう書かれていたのは不幸中の幸いです。


◆1364年1月21日


養子のクリストホフの継承を許さなないヨハンお兄様とオットーお兄様が家督は自分が継ぐといって争っています。


もちろんそんな事は許しません。

お兄様はとても名誉を大事にされた方なので、クリストホフが紛れもなく実子である事は表明できません。それを知るのは私だけです。


でも家系図を遡れば家臣の家も我が家に通じています。

薄くても血は繋がっているとお兄様達を説得して、心を変えさせました。


◆1364年4月1日


親類達が集う中、ヨハンお兄様とオットーお兄様がクリストホフに忠誠を誓い、継承が認められました。


◆1364年4月2日


クリストホフはさっそく私を解放して妻に迎えたいと言い出して来ました。

でもだーめ。


私が愛するのはお兄様だけ。

お兄様が嫌ったお母様のように後悔したくもありません。


◆1376年9月25日


アイラグリア家から新帝が誕生しました。

彼は法の穴をついて実質的な奴隷化した人々を囲っていた富裕層への取り締まりを始めました。

劣悪な奴隷制を維持している西方圏との対立も深まっています。


◆1376年10月21日


シャフナザロフは逃げましたか。

まあもう用済みですから放っておきましょう。


◆1380年8月21日


北方に続いて西方でも市民戦争が起きているようですね。

どうですか先生方、魔力を持たない市民達が次々と力をつけています。

彼らの世が来てこそ人の時代が始まったといえるでしょう。


クリストホフも結局お兄様同様わたくしを監禁しています。

でも周囲の圧力に負けて結婚せざるを得なくなったみたい。


◆1385年11月21日


クリストホフに西方市民を支援させていましたが、彼らはとうとう敗北してしまいました。


少々市民側が勝ちすぎて、革命が波及する事を恐れた帝国政府は軌道修正を行いました。体制側と市民側双方への経済封鎖をした結果人口の半分が餓死してしまったようです。


なかなか望んだ結果は得られませんね。

スパーニアから食料を買い付けて西方圏へ輸送してあげないと。


◆1389年1月2日


クリストホフが息子のニコラウスを連れて来ました。

女の子のように可愛らしい孫です。


◆1399年1月2日


ニコラウスはいつかわたくしを解放したいのですって。

それにしても今時の帝国人には優男が随分増えましたね。


◆1406年3月9日


死霊魔術が完全に禁止されたようですね。

東方騎士はアラネーアを倒せるでしょうか。


◆1407年1月9日


クリストホフからニコラウスの事で相談されました。

いまだにわたくしに懸想していて婚約者を受け入れようとしない、と。


彼を説得してくれたら屋敷から解放してもいいのですって。

でもわたくしはお兄様から頂いた屋敷を出る気はないのですよ、お馬鹿さん。


お兄様の血統が絶えてしまうのも残念なのでニコラウスを呼んで他の事ならなんでもいう事を聞いてあげる事にしました。


◆1408年9月1日


ニコラウスはわたくしに似た少女を選んだようです。


◆1415年1月2日


ニコラウスが選んだ女性、エウフェミアが娘を産んで連れてきてくれました。

エウフェミアさんを我が家に縛り付けるのは哀れだからこの孫娘に遺産を相続させるとしましょう。


◆1418年5月22日


コンスタンツィアも大きくなった。

この世でやり残した事は無い。


地獄の女神達からお母様を救けに行かなければ。



■”夢魔”メルセデス(1332-1418)


第四帝国期においてもっとも恐るべき魔女である。

最年少で賢者の学院に入り、最高評議長や他の評議員達からも可愛がられて精神と時を操る術に熟達していたといわれる。考え方の違いから帝国魔術評議会と袂を分かった時、評議長の落胆は一入ひとしおだったという。


彼女は二十歳になる前に閉じ込められた屋敷から一歩も出る事は無かった。

しかし時折、バルコニーに日傘を持って出て来て帝都を睥睨していた。

その可憐な容姿に年々信奉者が増えていき、貴族達までもが鈴なりになって彼女が出てくるのを待つようになった。


年に一度の方伯家の新年の集まりに潜り込む為なら信奉者達は使用人への賄賂、脅迫など何でもやった。


意外と気さくであり、念写の魔術装具を持つ者が頼めばポーズを取って応じてくれることもあったという。彼女の肖像画、念写画、映像は高値で取引された。


メルセデスへの莫大な貢物のおかげで祖母コンスタンツィアが始めた孤児院の運営は改善し、方伯家の慈善事業も軌道に乗った。メルセデスは医学の発展の為、病院や大学の建設、そして西方圏への投資も行っており、その縁でメルセデスの死後孤児院の経営が放り出されても西方商人がこれを引き継いだ。


メルセデスは多才であり、学院時代には魔術による広域通信技術の基礎を築いていた。屋敷に閉じこもった後は、そこから気球の開発、鉄筋コンクリートの開発を行い、魔術で螺旋階段の塔を敷地内に建設してよく帝都の東に広がる海を眺めていた。暇つぶしなのか陶器の制作も行っており、出入りの商人に逆に売りつけた。


彼女が恐れられている理由の一つとしてメルセデスの容姿は生涯変わらなかった。

これは魔術を極めた者は肉体の時を止める事が出来るといわれており、彼女も同様の事が出来たと思われる。しかし、寿命を延長する魔術を習得した者は全て老年の魔術師であるが彼女は例外的に幼いままであった。


もう一つの理由としてはメルセデスは確かに屋敷から一歩も出なかったが、帝都の各地で目撃情報が寄せられた。神器による結界で護られた大宮殿内でもみかけた者がいるという。

目撃は全て夜であり、メルセデスの信奉者だった事から全て夢として片付けられた。彼らを診断した医者は目撃者が夢の中でメルセデスに精力を吸い上げられ非常に衰弱していたと証言する。


彼女は最期の日、いつものようにバルコニーに出て来て群衆に微笑んだ後、毒を呷って倒れた。

その後、遺体に火がついて骨も残さずに消えてしまった。

部屋に残されていた遺書によれば家族に火葬させる手間を自ら省いたのだという。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、ご感想頂けると幸いです

2022/2/1
小説家になろうに「いいね」機能が実装されました。
感想書いたりするのはちょっと億劫だな~という方もなんらかのリアクション取っていただけると作者の励みになりますのでよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ