第18話 母の愛-ダルムント方伯家編⑤-
コンスタンツィアはアルヴィッツィの銀行に行き、貸金庫の番号を伝えた。
鍵を入れてあった包みには母の委任状もありコンスタンツィアの身分証明書で問題なく貸金庫まで通された。ノエムは厳重な貸金庫室には入れず受付で待たされる事になった。
貸金庫室は平民富裕層向けの物と貴族用に別れている。
金庫ではダルムント方伯家の髑髏が掘られた聖杯の紋章の身分証明書自体が鍵となって収納用の引き出しが自動的に出てくる。身分証明書は魔力を含む鉱物で作られた特殊な物で、セキュリティカードの役割を果たした。警備員はここまで確認してから魔力を封じるエゼキエル合金製の檻を締めて監視に入った。
「すくなくともわたくしが方伯家の血を継いでいる事は間違いないわね」
裏面の個人紋章にはコンスタンツィアの血で作られた魔石がはめ込んであり、母が登録しておいてくれた事は間違いがない。
引き出しの中に箱が入っていて、警備員に見られながらコンスタンツィアは檻の中で箱に鍵を使い中身を開けた。
いくつかの本と非常に高価なフラメル白金貨が入った袋があった。
皮袋にはこの金貨を使って貸金庫を維持するように指示が書いた紙があった。
「『この金庫は方伯家代々の女性が時には身の回りの物を隠れて売り払い、なんとか維持してきたもの。虐げられてきた女達の魂の記録。必ず維持し続けるように』・・・ですって・・・困ったものね。そんなこと子孫に押し付けるなんて」
しかし金貨の数は残り少ない。皮袋は軽かった。
一番上の本を開けると、また母の手紙があり真逆の指示があった。
===コンスタンツィアへ===
貴女はこの金貨を口座を維持する為ではなく逃げる為にお使いなさい。
この本を読んでもまだ家に残りたいとは思わないでしょう。
方伯家の血統が絶える事に貴女が責任を感じる必要はありません。
この家の女達は子孫を残した後は、口座を維持する為時に秘密の愛人を作って報酬を得ていました。わたくしも夜会で話を持ち掛けられた事がありますが断りました。貴女がこんな家に縛られる必要はありません。
=====================
(と、いわれてももう後継ぎが生まれちゃったのよね。御免なさいお母様)
コンスタンツィアは溜息を吐きながら一応パラパラといくつか本を捲った。
先祖の女達の日記であり、三つ子を産んだ実績を買われて夫と離縁させられて嫁いできた家臣の女性の記録もあった。近親相姦をしていた祖母メルセデス、コンスタンツィアのセカンドネームの由来となった曾祖母シュヴェリーン、彼女達の日記もある。
あまり長くここで全てを読むわけにはいかない。
コンスタンツィアは決断した。
この口座は解約して記録は一度屋敷に持ち帰る事にした。
今は帝都に当主と息子も、使用人もほとんどおらず、管理は彼女に任されている。ノエムに手伝ってもらい自宅へ持ち帰って自分の部屋で厳重にしまい込んだ。
◇◆◇
コンスタンツィアは一晩悩んでこの記録はこのまま見なかった事にする事にした。母がほぼ同時期に両者と肉体関係を持っているのは確かであり、ニコラウスの種である可能性も万が一くらいにはあるかもしれない。母は詳細な日記をつける余裕が無かったらしく、自分がどちらの子かはっきりしなかった。
クリストホフとニコラウスに尋ねても認めないだろうし、自分には何の利益もない。公表しても母の名誉を傷つけるだけになるだろうし、帝都ばかりではなく自由都市の新聞社も取り上げないだろう。結果コンスタンツィアは幽閉されて誰かの子供を産まされるだけになる未来が容易に想像できた。
コンスタンツィアはひとまずヴィターシャに習っていざという時は家を出て自活できるようにしようと考えた。一応婚約者候補が何人か家庭教師になっているがあまり好ましい相手はいない。年寄りや最悪平民と結婚させられるより、マグナウラ院で外国の王子でも探した方がいいかと考えている。
帝国の、父達の影響を受けずに済む大国の王子が好ましい。
誰とも結婚せず、子供をもうけないという選択肢は大地母神を尊ぶ帝国女性貴族の選択肢には基本的に無い。ヴィターシャも随分悩んでいたほどだ。
とりあえず焦る必要は無くなったので当面は学院で将来出来る事の幅を広げる事にした。そしてマグナウラ院入学の準備を進める内に帝都に自分の捜索隊を率いていたイーデンディオスコリデスという魔術師が戻っている事を聞いたので会いに行った。
イーデンディオスは魔術評議会の塔にいた。
先日皇帝暗殺未遂事件があり、その調査に協力しているらしかった。
親衛隊が叛逆しただの、近衛騎士の中に裏切者が出ただのと帝都の社交界も一般市民も大騒ぎなのでコンスタンツィアも興味を持った。
「イーデンディオスコリデス老師、わたくしの事でご迷惑をおかけしたようで申し訳ありませんでした」
「今、かけられている迷惑に比べれば大したことはありませんよ」
「え?」
コンスタンツィアは精神を探る魔術の実験を行っていて、物は試しと皇帝暗殺未遂事件の調査を行っているイーデンディオスにもしかけてみていたのだった。
が、精神の周りに固い感触があり自分と相手の間に繋げようとしていたイメージ上のマナの糸が弾かれた。
「私はこういった魔術部門の評議員なのですよ。若いのに大したものだと感心しますが、この系統の魔術を修めるのは止めておいた方がよろしいでしょう」
いくら才女でも所詮独学のコンスタンツィアの力では高位の魔術師には通用せず看破されてしまった。コンスタンツィアは調子に乗り過ぎたと赤面して謝罪した。
「申し訳ありません、つい試してみたくて・・・その、さしつかえなければ何故止めた方がよろしいのでしょうか」
「人の心の内面は底なし沼のように闇が深く、奥底にはいろいろなものが眠っていて混沌としています。そればかりに注意を引かれ、時としてそれに飲み込まれてしまいます。しかし心の奥底に眠っているものは人の一部でしかありません。理解出来たように思えても人はもっと複雑なものです。一部だけ見て推し量れるほど単純な人間は世の中におりませんよ」
感受性の高い若者には危険な魔術だと説かれた。
ナルヴェッラの詐欺師は自分の心すら騙すからそう簡単に魔術で覗いても真実は分からない、極悪人でも気紛れに優しさを見せる時はあり、慈愛の女神の聖女でも憎悪にかられる時はある。二律背反の感情に駆られている時もあり、混沌とした感情の一部を見てその人を分かったような気になる事は禁物である、とイーデンディオスは説いた。
「本当に申し訳ありませんでした。もしよければわたくしの家庭教師になって下さいませんか?皆、暇を出してしまいまして・・・」
「済みませんが、私には既に教え子がおります。帝都からは遠く掛け持ちは出来ません」
断られてしまったが、コンスタンツィアは彼が帝都にいる間何度か教えを乞いに行った。人の心を読もうとするのは危険な行為だとは理解したが、それはそれとして第二世界に関わる高位魔術を教え得る存在は彼しかいなかった。
イーデンディオスは任地があるので稀にしか帝都に戻ってこなかったが、彼が来るたびにコンスタンツィアは教えを乞いに出かけた。




