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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第一章 すれ違う人々(1425-1427)
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第7話 大公女セイラ

 コンスタンツィアを迎えに行くよう言われたイーネフィール大公女セイラには野望がある。スパーニア戦役が集結した後、母国のイーネフィール大公国はウルゴンヌ王国に編入されてしまったが、もともとはウルゴンヌの方が格下の家柄だ。


イーネフィールは世界最大の食糧生産地域であり帝国にも輸出し、大陸全体の商業活動を牛耳る西方圏とも良い関係を築いてきた。

イーネフィール大公国側としては戦役で戦犯とされたスパーニア側に与していたにも関わらず領地の召し上げも無く講和条約が結べたことは何よりだが、本来格下の女王の家臣として仕えなければならないのは不愉快である。


「いい、みんな?フィリップ様とコンスタンツィア様が二人きりにならないようにするの。協力してね」


セイラの野望を叶える為にはコンスタンツィアの来訪は障害となる。

個人的にもフィリップを他人に取られたくない。

侍女達はセイラの想いを知っていたので黙って頷いたが、護衛についてきた騎士は困惑している。


「しかし姫、私ごときの身分ではお二人の仲を邪魔しても陛下からプリシラ様がお叱りを受ける事になりかねません」

「マルティン様、貴方のおっしゃる陛下というのはどちらの陛下?」

「・・・それはもちろんフランデアン王の事であります」


ウルゴンヌ女王はフランデアン王の伴侶であり、自力でスパーニアから国土を回復する事は出来なかった為、戦争終結にあたりフランデアン王がウルゴンヌの共同統治者となっている。その為、現在は同君連合体制にある。


「そうよね。将来ウルゴンヌはフランデアンから切り離される事になるでしょう?シャールミン様は妖精の民だからまだ100年は生きるでしょうけど、ウルゴンヌ女王は違うわ。ウルゴンヌはフィリップ様が継ぐ事になる」


セイラはフィリップと結婚しウルゴンヌを支配し、中身をイーネフィール大公国で塗り替えたいのだ。


「姫、フィリップ様を射止めたいのであればご両親にお願いすればきっと話を進めて下さると思いますが」


セイラの父はシャールミンの従兄であり、騎士である。


「そんなはしたない事出来る訳ないじゃない!もう七つを過ぎたのに婚約の話しを進めて下さらないんだもの。きっと別にアテがあるのに違いないわ」


セイラは嘆く。

彼女も幼児の頃はフランデアンの王宮で暮らし、戦争が終わってからはずっと自国で暮らしているのでフィリップとは会う機会が少なくなってしまった。


ウルゴンヌの貴族達は旧スパーニア側の貴族を嫌っているのでセイラにも冷淡に当たって来る。それでもフィリップは常にセイラを庇ってくれていた。

国の帰属問題とは別に頼もしい幼馴染として慕ってもいた。

大貴族の娘として父は自分にそろそろ婚約者を見つけきてくれてもいい年頃なのに、仲のいい王子との縁談を進めてくれない事にセイラは嘆いている。

騎士の方はそんなセイラを慰めた。


「姫のおっしゃる通り、フィリップ殿下は将来ツヴァイリングから西を治める事になるでしょう。その場合こちらの貴族から妃を得るのが賢明です。殿下に相応しい家格の家柄はイルラータとイーネフィールしかありません。そして殿下に近い年齢の女性は姫だけです。他にはあり得ません。焦る事はありませんよ」

「そうよね。でもフィリップ様はマグナウラ院に入ってしまったし、帝国貴族の女性にうつつを抜かすようになるんじゃないかしら」


東方の男達は自由恋愛が許容されている帝国の女性達に心を惹かれがちだった。東方圏の女性達は父親を気にしてアプローチに応じてくれないのでめんどくさがる傾向にある。


「そういう男ばかりでは御座いません。御父上、リカルド様も帝都で出会ったプリシラ様を一途に慕い、敵味方に別れても添い遂げられました」


リカルドはプリシラを庇って片腕を失ったが、主君に仕え続け、プリシラも彼女の祖国の自治権も守り抜いた。


「お母様が羨ましいわ。片腕を失っても守りぬいて下さる騎士がいて。フィリップ様はそれくらい私を愛してくれるかしら」

「まずはお役目を果たしましょう」

「ええ、精一杯歓待しましょう。そして早く出て行って貰うの」


侍女達は主人の恋を叶える為、そして旧スパーニア貴族復権の為ダルムント方伯令嬢の追い出し作戦を講じ『歓待』作戦を開始した。


 ◇◆◇


 セイラ達が自由都市ヴェッカーハーフェンに着いた時、巡礼船の同乗者達は既に各地に散っているが待機を要請されていたダルムント方伯は市のホテルに滞在していた。セイラが訪れた時、宿泊先の最上階の部屋には騎士が一人、従者が数名、奉公人らしき少年と少女がひとりずつ。そして帝国貴族風の女性が三名いた。


「初めましてコンスタンツィア様。海賊に襲われたと聞きましたがご無事で何よりです」

「ありがとうセイラさん。こちらはアルヴィッツィ家のレクサンデリ殿下です。ご紹介しておきますね」


紹介された少年は奉公人の小間使いでは無かった。


「ご紹介にあずかったレクサンデリだ。お初にお目にかかる」


面食らった様子のセイラに慇懃無礼にレクサンデリは礼を取った。


「それで・・・どうして皇子殿下がここに?もしやコンスタンツィア様を護るために

?」


セイラは少々期待を込めて聞いた。


「皇帝陛下の子ではないから皇子という呼び方は相応しくないな。レクサンデリでいい。たまたま立ち寄っただけだが、うちの支店の手続きが面倒すぎると彼女が怒鳴り込みに来たんだ」


その場では業務妨害になるのでいったんお帰り頂きレクサンデリが説明に来ていた。


「ま、失礼な言い方!」


コンスタンツィアの取り巻きの貴族女性がレクサンデリに対してまなじりを上げる。コンスタンツィアのほうはにっこり微笑んでレクサンデリに毒を吐く。


「レクサンデリ、わたくしね、期待されると応えたくなるの。もう一度ご訪問してもいいかしら。今度は忍んで行ったりしないわ」

「常識を学んで出直してくれると助かるね。君の侍女は1000エイクを下ろして両替を要求して来たんだぞ。こちらの通貨では億単位だ。いったい君らは何年巡礼する気なんだ。他にも支店はある。必要な時に必要な場所で下ろしてくれればいい」

「侍女から聞いた話と齟齬そごがあるようですから、今度は記者達の前で話しましょう?」


セイラが期待した関係ではないらしい。彼女は内心がっかりした。


「レクサンデリ様は将来の皇帝候補でしょう?票を投じて下さるダルムント方伯家の方にそんなに強気に出て大丈夫ですか?」

「方伯は子供に振り回されるような方では無いさ」

「でも心配していらっしゃったんですよね?」


まだ諦めきれないセイラは少しばかり誘導してみた。


「いや、ただの商用だ。個人口座を作ってはどうかとね。手続きが面倒なら自分の口座を持てばいい」

「女性が自分の口座を持てるのですか?」

「勿論。君もどうだ?イーネフィール女公には秘密にしておこう」


側仕え達の前でそんな事をいわれても困る。


「私には収入なんかありませんからご期待には添えません」

「君ならいくらでも貢ぐ男が現れるだろう。売り飛ばして口座にいれてくれればいい、父親が何といおうとうちの口座から強制的に取り上げる事は出来ない」


セイラにこの提案はカルチャーショックだった。家父長制が根強い東方圏において、女性は父親の資産であるので資産が勝手に資産を持つ事になってしまう。


「駄目よ、セイラ様。そんなみっともない事」

「勿論です、コンスタンツィア様」


価値観の違う地域出身の女性達といえどこの点では合意した。


「貸金庫でも構わないぞ」「そういう問題じゃないわ」


食い下がるレクサンデリにコンスタンツィアはぴしゃりと断った。


「あ、私はお願いします」

「ちょっとヴィターシャ!」


コンスタンツィアが友人の女性をたしなめたが、ヴィターシャはそしらぬ顔だ。


「口座には維持費がかかるが稼ぐアテはあるのかな?」

「旅行記を書いてあの記者さんに売り込んでみます。もちろん匿名にして貰うのでコンスタンツィア様には迷惑をかけません。将来自立するのに必要なんです」


そう言われるとコンスタンツィアはしぶしぶながら頷いていた。レクサンデリはそれを面白がっていた。


「なるほど、帝国貴族女性の旅行記か。帝国から外の世界に出てみたいが、勇気が出ない女性の助けになるかもしれないな。応援しよう。ついでに盗難保険や海賊保険にも入ってみないか?」


セイラは保険の事はわからなかったが、自立を志向する女性を助けたいというレクサンデリに好意を持った。


「さて、諸君。まだまだ話したい事もあるし食事でもご一緒にどうかな。せっかくイーネフィール女公の愛娘にもお会いできた事だし是非、麗しのプリシラ殿にも知己を得たい」

「もちろん喜んでご招待に預かります。コンスタンツィア様もよろしいでしょうか?」

「ええ、よろしくてよ。それでレクサンデリ、どんなものを御馳走して下さるのかしら。世界中を見て回った貴方の招待だから期待してもいいのよね?」


そんじょそこらの男ではなく皇家の長男相手なのでコンスタンツィアは遠慮なく招待に応じた。


「無論、帝都ではそうそう味わえぬ現地ならではの厳選された新鮮な特選品をご賞味いただくとしよう。セイラ殿に、コンスタンツィア、ヴィターシャ殿に、ヴァネッサ殿、ここまで美姫に囲まれては私も張り切らざるを得ない」


レクサンデリは自信たっぷりそういった。

女性に囲まれてやたらと機嫌がいいレクサンデリにコンスタンツィアは釘を差す。


「言っておきますけど、妙な珍味とかは御免ですよ。特に爬虫類とか、人に忠実な犬とか馬の類も・・・」


あと、兎も止めて下さいとヴァネッサが追加した。帝国人にとっては多産、安産の象徴となる動物を食料に使うのはタブーとされている。だが、本土外に旅行に行くと楽しむ不埒ふらちものはいた。


「ふむ、私も帝国人のはしくれだ。いくら興味があっても犬、猫、兎は喰わん。爬虫類はそうそう悪くは無かったがな。ところで蛙は大丈夫か?」

「駄目に決まってるでしょう。乙女がそんなもの食べますか」


コンスタンツィアは呆れてそう言った。

言わなければレクサンデリはそういうものを出す店に案内するつもりだったようだ。あてが外れて「そうか」と残念がるレクサンデリだったが、コンスタンツィアの侍女が進み出て巡礼三人娘に耳打ちした。


「お嬢様。申し上げにくいのですが、先日記者さんがいらっしゃる前にお召し上がりになっていたスープには蛙が使われていた筈で御座います」


片栗粉をまぶして元の形が分からなくなっていた小さな肉片だったのでコンスタンツィア達は気付かず「美味しい、美味しい」と舌鼓を打っていた。


侍女の告白の後「ぐぇっ」という乙女らしくない声が漏れたが、それが誰の喉から発されたものかはいうまい。

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2022/2/1
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