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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第二章 母の愛(1427~1428)
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第14話 母の愛-ダルムント方伯家編-

 新帝国歴1428年になってようやく帰国したコンスタンツィアを待っていたのは母の訃報だった。父は再婚しておりおどおどしながらコンスタンツィアに詫びるように新妻と息子を紹介した。


「・・・君が大変だったというのに済まない」


コンスタンツィアの父ニコラウスは伏し目がちにそう言ったが、帝国では積極的に再婚を奨励しているのでごく普通の事ではあった。


「構いませんよ、お父様。お母様だって再婚を望まれていた筈です。そうおっしゃっていませんでしたか?」

「あ、ああ。そうだな」


ニコラウスは頷いて、新妻と息子を連れてそそくさと方伯家の領地へ帰って行った。のちにコンスタンツィアは、母が他界してからたったの一ヶ月後に再婚しており子供が生まれたのもすぐだったと知って憮然とする。


帝国では再婚は奨励されているが、配偶者を殺害して再婚する事件や様々なトラブルを防ぐ為に最低限喪に服す期間を定めている。ニコラウスはその最低限の期間が開けるとすぐに再婚していた。つまり母が病床で苦しんでいる最中に浮気して子供までこしらえていたのだ。


ニコラウスも継母になる女性もコンスタンツィアに対して挙動不審だったのは後ろめたいからだろう。


厳格なダルムント方伯家の当主オットー・ビクトル・クリストホフ・ダルムントもコンスタンツィアには言葉少なく「ご苦労だった。これからは好きにしてよい」とだけのたまわった。

遭難して三年振りに会う孫娘に対する言葉がそれだけか、と言いたいところだがこの当主は昔からそうだった。


オットーが差配するダルムント方伯家とアル・アシオン辺境伯家は帝国政府から国家待遇を受けている。宮中序列では200余りの従属諸国の王よりも上位であり、東西南北の大君主と同格以上となる。


冷淡な実家と違って帝都ではこのダルムント方伯家の長女の帰還に沸き返り、大規模なパーティも予定されたが、母の訃報に接したコンスタンツィアはそんな気分になれなかった。


幸い祖父がそれらの開催は全て断ってくれたので、友人の訪問だけ受け付けた。


「お帰りなさいませ、コニー様!わたし、心配して捜索隊に加わろうかと思いましたよ!」


これはセクス・ノエム・リベル。三年経ってもあまり背は伸びていない。

帝国人にしては珍しく黒髪の幼児体型である。


「こらこら、セクス。コニー様はないでしょ~」


セクスをたしなめたのはソフィー・マルグリット・ヴォーデモン。

髪の毛をクリーム色に染めた垂れ目に泣き黒子ぼくろがある女性でコンスタンツィアよりも一つ年上である。


「だって、みんながコニー様には敬称をつけろっていうから・・・。そっちこそわたしの事はノエムさんかリベルさんって呼んでよね」


ノエムは口をとがらせてソフィーに抗弁する。

彼女は平民貴族の出身で、リベル家は貴族社会からは成金の商人の操り人形と化した貴族だと思われ侮られていた。それでもリベル家は聖堂参事会に多額の寄付をしている為、ダルムント方伯家とも関係が深い。


ノエムは子だくさんの家で生まれ、名前も『六番目』という適当なネーミングだったので自分の名前を嫌いリベルの姓で呼ばれる事を希望していた。

彼女は緩い家で育ち、初めてコンスタンツィアに会った際に庶民のようにコンスタンツィアを『コニー』と呼んだ。居合わせた帝国貴族女性達から顰蹙ひんしゅくを受けたのはいうまでもない。



ダルムント方伯家は数万家の帝国貴族よりも遥かに格上の存在であり、コンスタンツィアは有象無象の帝国貴族の子弟とは比較対象にもならない。


人類全体においてもコンスタンツィアより上位にある女性は10人もいない。

というより北方選帝侯アブローラが唯一明確に上位の存在である。

やや上位といえるのがフランデアン王の配偶者マリア。西方候エスペラス王妃、帝国祭祀界の頂点にある女祭祀長エイレーネ。そしてコンスタンツィアの継母にあたる女性が来るが、方伯家の陪臣の娘なので宮中序列が見直される場合紋章院は苦慮する事になりそうだ。


このように、それほど高貴な女性を庶民のように『コニー』などと呼ぶ人はこれまで誰もいなかった。


ノエムは帝国貴族の社交界から爪弾きにあう所だったが、コンスタンツィアがフォローして友人グループに入っている。


「わたくしは構わないわよ。コンスタンツィアって長いものね。ところでヴィターシャはまだ髪を染めたままなの?」


ヴィターシャは同盟市民連合内で髪染めを入手して黒く染めていた。


「こっちに戻ってからもなんだか、皆と同じような髪の色だとつまらなく感じてしまいまして」

「わかるわぁ~、髪型もとっても面白くしたのねぇ」


ソフィーがヴィターシャの巻髪をしげしげと眺めて言った。


「髪型は事故です・・・」


魔術の練習がてら自力で髪型を整えようとしたのだが、うまくいかずに暴走してしまって髪型に癖がついてしまっていた。ちなみにヴァネッサも今は金髪巻き毛状態であるがここにはいない。コンスタンツィアは巻髪にはならなかったが、ウェーブのかかった乱れ髪になってしまい、ストレートに直している。髪の色も赤からやや色が薄い白金に変化していた。


「魔術で繊細な調整って難しいのよね・・・。美容師はこれでいいんじゃないかっていうからこのままにしてみようと思うけれど・・・ところでヴァネッサはどうしたの?」


今回の帰還祝いはノエムの企画で帝都のダルムント方伯邸で催されている。

当主は忙しく大宮殿と領地を往復しており、帝都の本宅も別邸の管理も全てコンスタンツィアに任せていた。


「ヴァネッサさんも誘ったんですけど、なんだか具合が悪いみたいです。といってもみた感じ単に疲れが出ただけっぽいですけどね」

「そう・・・そのうちお見舞いにいかなきゃね」


コンスタンツィアは第二世界の魔術の奥義ともいえる領域に達していたのでヴァネッサがコンスタンツィアの巡礼が長くなるよう仕向けていた事は看破している。顔を合わせた時、どんな態度に出たらいいものかはまだ考えている最中だったので今日来なかった事に内心安堵していた。


「お見舞いといえば、エウフェミア様の事・・・本当に残念でした」


友人達は一同揃ってコンスタンツィアにお悔みを言った。

もともと病がちだったので、コンスタンツィアに代理巡礼を頼んでいたのだが、いつもの事で深刻な病ではないとされていた。

まさかそのまま亡くなるとは思われていなかった。近しい人は度々エウフェミアが病と称して実家に戻る事は夫婦喧嘩のほとぼりを覚ます為だとも知っている。


まだまだ若かった母の死に目にあえなかったコンスタンツィアを友人達それぞれおもんばかった。


死者を悼んでしばらく思い出話をしていたが、そういえば、とノエムが声を上げた。


「私とソフィーさんで何度かお見舞いしていましたが、病院にはまだエウフェミア様の遺品が残っている筈です。新しいお母さんよりコニー様が受け取るべきじゃないかなって思うんですけど」

「そうそう、方伯家の皆さんどたばたしてお忘れになってるみたいなの~」


父達は後ろめたかったのかわざと受け取らなかったんだろうとコンスタンツィアは想像した。


「そう・・・教えてくれてありがとう。さっそく明日にでも取りにいくわ」


 ◇◆◇


 翌日、コンスタンツィアは母がよく好んで着ていたドレスを着て一人で馬を走らせて病院まで行った。

供をつけずに一人で出かけたのは人手不足だからである。

巡礼についてきた侍女も生きていたのはヤドヴィカだけで彼女も一旦、実家に戻っている。

屋敷に常駐していた他の使用人は新しい継母とその息子に仕えて領地に帰ってしまいコンスタンツィアの親しい使用人はみな不在になってしまった。

今朝の朝食も昨日の残りを使って自分で準備している。


先日の帰還祝いもセクスとソフィーが使用人を出して準備してくれていた。

帝都の本宅にまだ使用人は補充されておらず、馬丁がお供しようかと申し出てくれたものの断った。ちなみに門には警備員が雇われているのでそのままだが、家臣の兵士はいない。


庭師は契約で月に一度来るだけだった。

聖堂騎士団は本業があるので私生活の護衛はしない。巡礼について来てくれたのはそれが彼らの本業の一つだからだ。


コンスタンツィアはこれはこれで行動の自由が出来てよいと切り替え、母が最後の時を過ごした病室に遺品を取りに行った。


 そこで受付から彼女が来ている事を知った担当医がお悔みを言いに来た。


「この度はご愁傷様でした、コンスタンツィア様。私の力が及ばず母君の御力になれずに申し訳ありませんでした」

「・・・?貴方は?」

「私はオスラー。麻酔医のウィリアム・オスラーといいます」


痛みを紛らわせる芥子の実はよく使われていたが、医療先進国の帝国でも麻酔はまだ最近出て来たばかりの技術で麻酔医というのはコンスタンツィアもよく知らなかった。


「母がお世話になりました。昔から病がちでしたので、先生のせいではありませんよ。それにいろんな先生のお世話になっていたようで・・・わたくし、オスラー先生の事を覚えておりませんの。申し訳御座いません。」

「あぁ、それは当然です。お嬢様が例の旅に出られた後で私に任されましたので」

「そうでしたか・・・。それで麻酔医とはどのような治療をされるのでしょうか」

「治療・・・だったら良かったのですが私は母君の痛みを和らげただけです。本来は感覚を麻痺させた上で外科手術などを行うのですが、あいにく母君の病は他の医師達では手の打ちようがありませんでした」


オスラーはひたすら痛みを和らげる薬を処方し続けただけだったが、それもまだ開発中の麻酔薬の副作用で徐々にエウフェミアは、反応が鈍くなり最後にはほとんど意識が混濁したまま夫にも義父にも会えずに憔悴して他界してしまった。


「母は治療を受けられなかったのですか?」

「はい・・・、皆手の施しようが無いと。当院では手に負えないと他の病院に運ぼうかという院内会議も開かれましたが、方伯よりこれ以上苦しめず安らかに眠らせてやって欲しいと依頼されまして転院の話は流れました」


コンスタンツィアは話の途中で相手の心情を探ってみたが、どうやら嘘は言っていないらしい。


 家の方針の予想はついていた。医師達に責任は無い。


彼女が巡礼の旅に出ている最中に母は死に、父は再婚し子供までこしらえていた。一夫一婦制であるし、名誉ある高位の貴族はそうそう簡単に離婚出来ない。

父や祖父は早く母に死んでほしかったのだろう。男の後継ぎを欲していた為に。


「オスラー先生、他のお医者様達にもコンスタンツィアがご尽力を感謝していた事お伝えください。では、これで・・・」


コンスタンツィアは胸の前で円を描いて、軽くスカートをつまみ左足を下げ礼をした後、身を翻して病院を後にしようとした。


「あ、お待ちください!」


そのコンスタンツィアの背にオスラーがまだ話しがあると声をかけた。


「何か?」

「エウフェミア様から遺言があります」

「遺言?父達からは特に何も聞いておりませんし、先ほど母は最後は意識が混濁したまま静かに息を引き取ったと・・・」

「ええ。ですからまだ意識がはっきりしていた頃に、娘が帰って来たら口頭で伝えて欲しいと頼まれました」

「口頭ですか?」


帝国では貴族や富裕層、重職にある官僚の中には突然死を迎えた時の為に遺言書を毎年更新して他人に預けておく習慣がある。法や税制がきっちりしている為、故人の遺志を優先したい場合、文書に認めておかないとしばしば裁判沙汰に発展してしまうのだ。

その為、コンスタンツィアは口頭での遺言に疑問を感じた。


「ええ、既に手も震えるようになっていたからかもしれません。ただ、遺言書自体は事前に法と契約の神の大神殿に預けてあるそうです。それだけを伝えて欲しいと頼まれました」

「ああ、エイレーネ様のところの・・・。そのことは他には?」


選帝侯の息子の妻の遺言なので場合によっては政治的な影響も出てしまう。内容次第では個人ではなかなか責任を負えないので家の助けを借りる必要も出て来るかもしれない。


「いえ、母と娘の個人的な伝言なので誰にも教えないで欲しいと頼まれました。私も医師のはしくれですから他人には伝えておりません」

「クレアスピオスの誓いですね」

「ご存じでしたか。さすがに若くして東方巡礼に出ただけの事はありますね」

「確か、医神ファウナの師である神だとか。巡礼中しばしばファウナの名前を耳にしました。クレアスピオスはその力で死者すら蘇らせ天地の理を乱したと太陽神モレスの怒りをかってしまったのでしたね」

「そうです、そうです。東方圏の守護神でしたから神代では東方の方が医療先進国だったというのに今では随分と様変わりしてしましました」


クレアスピオスは神であろうと人であろうと獣であろうと差別せず平等に訪れたものにその力を振るったという。


「クレアスピオスなら蛮族でも同盟市民でも気にせず治療を施したのでしょうか」

「そう思います。さすがはダルムント方伯家の御令嬢、お優しい心お持ちだ。ですが、他では口にしない方がよろしいかと」

「これはこれはお気遣いありがとうございます。つい口が滑りました」


基本的に帝国は従属国の間にも戦争においてはルールを守るように帝国大法典を定めて要求している。降伏した者を傷めつける事を禁じ、勝敗が決した後は息のあるものに治療を施す事、毒物を使ってはならない事、などである。

しかしながらこれは帝政を認めない同盟市民連合や蛮族に対しては除外していた。


「ああ、済みません。つい話し込んでしまいました。私は今度別の病院に異動する事になりましたのでもし母君についてまた話がありましたらそちらにお願いします」

「承知しました。ご丁寧にいろいろと有難うございました」


コンスタンツィアは礼を言い、その足で遺言書がある大神殿へ向かった。


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2022/2/1
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