第9話 皇帝暗殺未遂事件の顛末② ~御前会議~
皇帝は一年振りに御前会議を招集した。
御前会議は目的に応じて選帝侯を招く事もあれば、各地方圏の行政長官や軍団司令官達も呼ぶことがある。今回は閣僚とアル・アシオン辺境伯、そしてダルムント方伯の二人の選帝侯だけ呼ばれていた。閣僚達の内、法務省だけは司法長官と法務大臣の二人が参加している。
これは法務省の権限が強すぎるので二人に分譲させている為だ。
民衆の反乱を防ぐ為、帝国は覇権国家にしては公正な法制度を維持している。
少なくとも建前上は。
「さて、諸君。忙しいところを済まないな。先月の事件について皆にも情報の共有を行わなければならない為、呼ばせて貰った。それと今後は本事件についてヴィキルートに全権を委任する。諸君は余の代理となる内務大臣に全面的に協力せよ」
皇帝の勅命に一同頭を下げて了解の意を示した。
「では、報告を」
促されたヴィキルートが現在判明している事件による被害を説明した。
「・・・結果として、近衛兵団は当面武装解除させ王都防衛軍団の憲兵隊預かりとなっています。近衛騎士も生き残りがシクストゥス殿のみとなってしまった為、近衛騎士長のヴォイチェフ殿には現場復帰して頂きました。親衛隊もサビニウス殿を残して全滅しております」
「では現在、陛下の護衛は?」
辺境伯から疑問の声が上がる。
皇帝がこの質問に答えた。
「トゥレラ家の私兵を入れている。他にも今回はちと特殊な事件で人手が足りぬ故、アイラグリア家の私兵も特別に帝都内での活動を許している」
アイラグリア家はヴィキルートの出身皇家であり、皇室会議の了解を得てカールマーンはトゥレラ家とアイラグリア家の私兵を投入していた。反対する家もあったが、帝都で活動可能な皇帝の直轄部隊が減っていたので仕方ないと全体の了解は取れた。
「ガリウス殿はそれでよいのか?」
アル・アシオン辺境伯が軍務大臣に尋ねた。
「仕方ない。王都防衛軍団二万だけで近衛兵団五千を監視しつつ首都の治安を保つには手が足りない」
他の閣僚からも疑問の声があがる。
「法務省の部隊はやはりまだ再建中ですか」
「うむ。不祥事をしでかしてまだ日も浅い。軍の幹部もまだ彼らの監査を受ける事には抵抗がある。近衛兵達も憲兵にはあまり協力的ではない」
そこで皇家から直接人を出す必要が出て来た。
通常は帝都に私兵を入れられる数は制限されているが、今はトゥレラ家とアイラグリア家だけは無制限だ。選挙型の帝制の為、二代続けてひとつの皇家から皇帝に選ばれる事は出来ない。皇帝在任中でも帝都に地盤を確保して特定の皇家が実質帝国を乗っ取ることを防ぐ為、こういった制限があった。
「皇室会議の席上でもアルビッツィ家からは我々の自作自演では?などという疑いが提議されるほど皇家の間では深刻な疑心暗鬼に陥っている。これを解消する為、諸君には積極的に捜査に協力し、ヴィキルート殿には短期間で結果を出して貰いたい」
内務省からは普段は本土外の最前線にいる為、情報に疎かったアル・アシオン辺境伯の為に書類も用意して詳細な情報を提供された。
「これを見ると一人だけ生き残った親衛隊長もシクストゥスも疑わしく思えてしまうな」
辺境伯は書類を指でパンと弾いて机に投げ出した。
皇帝もまあ理解は出来ると頷いたが、現場にいた者として裏切りではないと否定した。
「当時、近衛兵団から五個小隊を連れてきていたが、そのうち小隊長が二人死亡している。近衛兵以外の死亡者の内三名ほどに襲撃者らしきものがいたが、三名ともアル・アクトールの聖印をつけていた」
「狂神アル・アクトールですか・・・それは厄介ですな」
アル・アクトールは道化の神、予言者として知られている神で、彼の予言には神々といえども逆らえない。逆らおうとすれば予言は最悪の形で成就してしまうといわれている。
アクトールは世界は神々の時代、人々の時代、終わりの時代の三区分に別れ神もいつかは滅びの時を迎え地上を失うと予言した。不吉な予言に怒ったモレスはアクトールを鎖で拘束して海中に投じたが、実際に神々はお互いを殺し合い、神喰らいの獣が現れて神々の時代を終わらせてしまった。
神代の人間の王にもいずれ自分の子供に殺されると予言された王がおり、ならばと自ら子供達を全員殺して墓穴に投じたが、子供達は地獄の門を潜り抜け、亡者の軍勢を率いて国を滅ぼしてしまった。
――予言に逆らえば最悪な形でそれは成就される、人も神も平等に――
辺境伯はアクトールの狂信者の厄介さをよく知っている。
突然神の指示があったといって縁もゆかりもない人間を殺害せしめたりする事件があるからだ。どんなに拷問しても何の裏も無く、痛みを感じていないように狂笑されるので拷問官でさえ精神を病んで音を上げてしまう。
辺境伯の渋い顔にヴィキルートも頷いた。
「ですが、これは突発的な犯行でもありません。狂信者のフリをした計画的な犯行です。近衛兵の生き残りは親衛隊や近衛騎士を排除するよう小隊長から命令を受けた者がいました。近衛兵の中には命令に従わずそこで同士討ちを始めてしまった者もいます。どうも小隊長は親衛隊が叛逆して陛下を拘束しているという妄想に囚われていたようです」
「・・・本当に妄想かな?私は陛下が最近宮殿を避けて政務を投げ出しているという噂を耳にした事がある。親衛隊が陛下を離宮に縛り付けていたのではないかな?」
辺境伯は扉の裏にいるであろう親衛隊長の方へ目をやった。
何度か離宮の皇帝の所に報告に言っているデュセルやヴィキルートはそんな事はあり得ないのを知っているが、普段帝都にいない辺境伯には通じない。
辺境伯の方もあるいは皇帝への嫌味で信じてもいない事を言っているだけかもしれない。
このアル・アシオン辺境伯ルプレヒトは前大戦の英雄で帝国最大の軍事力を持つ。帝国軍のどの方面軍総司令よりも、指揮下の兵力が多く配下の貴族達も全員当主は帝国軍で軍務を10年は務めなければならない決まりがあり、帝国貴族の中でも特に尚武の気風が強い。
北方圏と東方圏の中間、蛮族領と接する所に広大な領地を持ち兵士ばかりか民間人も剛毅な者が多かった。もともと退役軍人が入植して作った領土なのでそれも当然だった。
常備兵力にして40万、大将たる貴族達も皆軍務経験があり、兵隊も民間人も皆自分の家、領土は自分で守る気概がある。
「ルプレヒト、大概にせい。あり得ぬ事を論じて時間を無駄につぶすな」
皇帝でさえも一目おく辺境伯に苦言を呈したのはダルムント方伯だった。
彼も普段は帝国北部の領地にいて、帝都には息子を置いていたが今回は本人がやってきた。アル・アシオン辺境伯が現代の辺境覇王ならばダルムント方伯は古代帝国時代の辺境覇王である。
この中では最も高齢であり、ルプレヒトにとっても同格以上の相手なので彼も多少は遠慮して発言を修正する。
「これは失礼。だが、全ての可能性は検討する必要がある。親衛隊員十一名が死亡とはにわかに信じがたい。一騎当千の魔導騎士以上、選りすぐりの戦士である親衛隊が十名となると攻略するには通常戦力なら一万は必要だ」
「フン、質が落ちたのであろうよ。親衛隊は精鋭といえど実戦経験はない」
話が不毛な方向にそれていくので途中でヴィキルートが口を挟んだ。
「まあまあお待ちください、二人とも。報告書にも書きましたが、最後の戦闘では近衛騎士と近衛兵が親衛隊に襲い掛かり、親衛隊は壊滅しています。そこでフランデアン王が救援に入ってくださって賊を殲滅しました。親衛隊長も宮廷魔術師によって精神暗示など魔術による介入を受けていない事ははっきりしています」
「近衛騎士オケアロスについては?」
再び報告書を手に取った辺境伯が疑問を投げかけた。
「彼も近衛騎士、陛下を討つ機会はいくらでもあったと考えますが・・・あくまでも可能性としては親衛隊が邪魔で犯行に及べなかった可能性はあります。普段は兵団長の指揮下にある近衛兵に命じて親衛隊を害し暗殺を狙った可能性は否定できません。私生活においても借金がかなり膨らんでいたようで、背景が疑わしい問題があります。そして複数の目撃者の証言から最後に賊が爆発物を使って彼を爆殺した事は確認が取れています」
状況的には口封じの為に抹殺されたように見える。
「近衛騎士の鎧は神器級、そう簡単に爆殺できるものかな?」
「鎧の内側に所持していたようですから」
オケアロスの死体は原型も残っていないが、鎧は残っていた。
ヴィキルートは暗殺教団についても話し、狂信者が帝国の治安を乱そうとしている点について全員と情報共有を行った。
辺境伯も自分の領土内で内務省の官吏が活動する事は許したが、一点ヴィキルートに忠告を行った。
「狂信者の目的など支離滅裂で追っても無駄かもしれんが、連中にも爆発物を合成する程度の知能はある。そこから追ってみてはどうかな?」
「そのつもりです。が・・・帝国本土だけでも爆発物の合成認可を受けた工場、工房は792あります。保管所、運送を請け負う業者、そして各皇家で抱えている業者を考慮すると万を超える事業者になり、追跡するのに人員が足りません」
「時間をかけるしかなかろう」
どんなに面倒でも捜査は地道な作業の繰り返しだ。
だが、皇室会議もトゥレラ家とアイラグリア家の活動については無制限で永遠に許可したわけではない。早めに結果を出さなければならなかった。
アルマキウスに代わる新任の宮廷魔術師は精神に関わる魔術に詳しい者達の招集を始めてヴィキルートに協力した。
呼ばれた魔術師の中にはバルアレス王国で王子の家庭教師を努めていたイーデンディオスコリデスもいる。
◇◆◇
親衛隊唯一の生き残りサビニウスは忠誠も報われず、その後も各方面から疑われ続けた。皇帝は親衛隊を解散し彼にトゥレラ家の領地に帰郷する事を薦めたが、承諾せず彼は親衛隊の再建を始めた。近衛騎士も大幅な増員が決まり、帝国騎士も増員しなければならないのに資金不足となって財務省と軍務省を大いに悩ませた。




