第8話 皇帝暗殺未遂事件の顛末
新帝国歴1428年新春、モアネッド天文台にて皇帝暗殺未遂事件が発生したと帝都の新聞各社は報道した。被害は近衛騎士2名、近衛兵32名が死亡。宮廷魔術師1名が死亡。親衛隊は1名を残して全滅。重軽傷者127名。皇帝陛下に招待されていたフランデアン王とウルゴンヌ女王も負傷者に含まれるが、軽傷で命に別状は無かったとのこと。
識者達は皇帝の無事を喜ぶと共に、これほど大規模な被害を近衛兵団に与えるには相当な軍勢が必要な筈で、王都防衛軍団と内務省が襲撃計画に気付かなかった事を非難していた。
その新聞を大宮殿内で読んでいたシャールミンはマーシャに記事の感想を漏らした。
「うーむ、ちょっとやり過ぎてしまったかな・・・」
被害の2割~3割はシャールミンが出したものである。
てっきりクーデターでも起きたのかと思って、親衛隊以外は全て敵だと想定して容赦なく目についた者は全て斬り殺してしまった。
魔術評議会の調査によるとどうやら精神操作の魔術を掛けられていた者がいるようで、大半の近衛兵に疑わしい処は無かった。皇帝の大宮殿内にはそういった魔術からも防護する結界が五つの門に設けられていて、内部では通用しないから警戒には及ばない。
シャールミンは事情聴取と安全の為に大宮殿で怪我の治療を受けていた。
護衛の騎士達も大宮殿内で武装する事が許されていて、幼い頃からの友人でもあるオルランドゥがやり過ぎたかと反省するシャールミンにそんなことはないと主君を擁護した。
「お前は確実にやり過ぎだがな」
年長の騎士アルトゥールは、死体を検分した時にトドメを刺し死亡者を増やしたのはオルランドゥの所業だと理解していた。
宮殿の使用人の一人が、シャールミンに来訪者を告げ入室させてもよいか確認した。
「どうぞ、入って貰って構わない」
来客は内務大臣ヴィキルートだった。
「お加減は如何かな、フランデアン王、女王陛下」
ヴィキルートは恭しくシャールミンとマーシャにも礼を取った。
「我々は平気だ。そろそろ帰国したいのだが・・・」
「勿論、構いませんとも。その前に少しお話したい事があり人払いをお願い出来ますか」
「いいだろう。アルトゥール、オルランドゥお前達は外へ」
「御意」「承知」
騎士達は相手が武装もしていないヴィキルートだけだったので、特に気にせず外へ出て立ち番をした。
「わたしは?」
「君は傍にいてくれていい」
「ん」
シャールミンはマーシャを側に置いて離さなかった。彼女は爆発時の衝撃で内臓を傷めてまだ少し苦しそうにしていた。
「ヴィキルート殿、彼女も皇帝陛下から暗殺教団の話は聞いている。何か情報があればここで話してくれていい。それと盗まれたウルゴンヌの杖について捜索状況を聞きたい」
天文台で最後の自爆攻撃があった後、大宮殿に到着して看護されている間にいつの間にかマーシャは先祖伝来の杖を失くしていた。神器ではないが、希少な雷獣を狩って強化され続けた貴重な杖だった。
「申し訳ない、杖の行方については不明です。ウルゴンヌの主である事を証明する貴重な物だとか・・・、帝国としてはそのような物がなくとも女王陛下が君主である事を引き続き承認します」
「それはそれは有難いな。盗人は天文台からここまでの間で犯行に及んでいる。近衛兵の中にまだ潜んでいるのではないか?帝国にとってはつまらない物かもしれないが、捜索は続行して頂きたい。どうせ近衛兵団は捜査対象だろう?」
「勿論、手抜きはしません。が、近衛兵団全員を洗うには時間がかかります。それはそれとして暗殺教団の捜査も引き続き行わねばなりません。今回の件と関連があるとは限りませんが、人類全体の脅威です」
ふーむ、とシャールミンは唸る。
先日の皇帝との会談でも出たが暗殺教団自体をあまり気にしても仕方ない。これは王や皇帝の立場からで、治安維持を担当する役所の感覚とは違う。
「精神を操られた可能性があるという話だったが、確証は?」
「数人であれば何か弱みを握られて、襲撃者を引き込んだ可能性もありますがさすがに何十人も近衛兵団に不届きものが紛れ込んでいたとは考えていません。部下にはあらゆる可能性を踏まえて捜査はさせますがね」
大勢が脅迫されて反乱に加わるよりは精神でも操られた可能性の方が高いとうのが内務省の見解だった。内務省の調査では死体から部外者の襲撃者自体はわずか数名だったと判明している。かなりの威力を持つ爆発物を持っていて魔術師、錬金術師の類が関与していることも間違いない。
「精神を自在に操る・・・か。それもまた低い可能性ではないかな。目的がなんであれそんな力があるならもっと簡単に皇帝陛下を殺せただろうに」
「かもしれませんね。マーダヴィ公爵夫人の宮殿ならもっと簡単にやれたでしょう。何かしら制約があるのかもしれません。魔術評議会から神器の情報を頂いた所、神聖ピトリヴァータにそういった神器を持っている方がいるとか」
「セシリア姫だな。彼女が皇帝の命を狙う事はありえないぞ」
セシリア姫は慈愛の女神に使える聖女で盲人に奉仕し、巡礼者を保護する事で名高い。
「実際にお会いしたことがないのでなんとも言えませんが、参考人として帝都に連行する事になるかと思います」
「私は彼女と会った事がある。神器に人の心を操るほどの力は無かった。聞くだけ無駄だ。それにもともとは先王が持っていた物」
「では彼女は使いこなせなかっただけかもしれませんね。とにかく帝都に来て頂きます、構いませんね?」
「私の知った事ではない。ピトリヴァータ王と交渉してくれたまえ」
皇帝にも言ったがシャールミンはまとめ役であっても彼らの主でも何でもない。
シャールミンとヴィキルートの話を隣で黙って聞いていたマーシャだったが、「あのー」とおそるおそる口を挟んできた。
ヴィキルートは気を悪くせずどうぞ、と先を促した。
「セシリアさんなら恋人が出来て失踪中ですよ?」
ヴィキルートもそれはさすがに想定外だったので、少々間が抜けた顔をしている。
「え、そうなのですか?」
「ええ、例の水滴状の神器”アルカン"なら御父上のパトリック様に返却されている筈です」
「よくご存じですね?」
ヴィキルートは探りをいれた。彼の職務上やむを得ないと理解してマーシャは苦笑しながら説明した。
「お隣の国の年齢の近いお姫様ですよ?普段から交流があります。彼女は生涯結婚をしないという誓いを立てていたのに、恋人が出来て失踪だなんて御父上のパトリック様は激怒するし信者の方々は失望するし、パトリック様はわたしのところまでおしかけてきて何か知らないかと聞かれるし大変でしたよ」
「なるほど、それもそうですね。ではパトリック殿の所に伺いに行きましょう」
この場の話しはこれで終わり、フランデアン王夫妻は帰国した。
後日、大宮殿内で窃盗を行っていた者が逮捕されウルゴンヌの杖も既に盗品市場に流された事が判明したが、回収は出来なかった。
◇◆◇
マーシャはヴィキルートにひとつ説明しなかった事がある。
セシリアの駆け落ちに協力したのは彼女だった。
セシリアは昔から子供が出来ない事を悩んでいたのだが、とある恋人の子を妊娠した。
だが、それは帝国側からは決して許されない相手の子だった。
『天の白百合』と讃えられた聖女は獣人の子を身籠り、それを相談できる相手はマーシャだけだった。マーシャは母の故郷の伝手を使い彼女を男子禁制の神殿に隠した。




