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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第二章 母の愛(1427~1428)
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第6話 皇帝と東方大君主②

「それで重い話とは?」


運ばれてきた茶の香りを楽しんでいる皇帝にシャールミンは話を促した。


「うむ・・・。そなたは暗殺教団というものを知っているか?」

「いえ、あいにく・・・。暗殺を請け負う傭兵の話は聞いた事がありますが組織化されたものは知りません」


食いっぱぐれた傭兵が小遣い稼ぎに犯す犯罪はままあるが、『暗殺教団』などという組織化された大仰な者はシャールミンも知らなかった。


「だろうな。娯楽小説の類では安易な悪役として使われるが、現実的にはそんな集団が表面化している時点で組織として破綻しておる。・・・と思っていたのだが、困った事に内務省がそんな組織を発見してしまってな」


カールマーンは内務省が提示した資料をシャールミンにも見せた。

起源は神聖期までさかのぼり、死にまつわる神の数だけ存在し、殺しの技を磨く事で神への奉納としていたようだ。殺せればなんでもいいという訳ではなく、ひたすら死体の山を築くよりも質を重視する。

狩猟の神の信徒がより大きな獲物、仕留めるのが難しい獲物を狙うようなものらしい。


「暗殺者達の信仰があつかった昔と違って今は捕らえられた時、自白する者が出て来た故に露見した。内務省は金の為に暗殺をする一派を世俗派、今も昔のようにひたすら殺しの技を磨いて競っている連中を神秘派と呼んで区別している」


神秘派は自身の死すら神に捧げ、拷問を受けても喜んで死ぬ為口を割らない。

内務省の報告書には拷問の内容まで事細かに書かれていたので、どれどれと覗き込もうとするマーシャからシャールミンは書類を伏せた。


「これによると兄君も暗殺された可能性があるようですね」

「うむ、病死した事は事実だが、あまりにも急すぎた。疫病の神エッラやダナーカを信仰する暗殺者に何か病原体を盛られたのかもしれん。戴冠して皇帝所有の神器を受け継いでいれば毒や病気からは身を守れていたのだが・・・間に合わなかった」


皇帝が使う日用品は全大陸から集められた神器で固められており、隠居しても次の皇帝に引き継がれるので個人の所有物にはならない。シャールミンに提供されているカップも毒物避けの力が込められていた。


「病に倒れた皇帝もいたと記憶していますが」


シャールミンがそういうとカールマーンは頷いた。


「80年ほど前のガドエレ家の皇帝エッドウッドだな。非常に稀な病で神代の英雄アンチョクス王を殺す為、神々が作ったといわれるものだ。神器といえどもそれを上回る力に襲われては耐えられん」


それほどの力で狙われてはどうしようもない、とカールマーンも達観しているようで気にせず茶を飲んでいる。


「報告書によると神秘派はより困難な標的を選ぶとか・・・陛下は危ないのでは?」

「うむ、だが毒殺を恐れるあまり餓死した間抜けな皇帝もいる。余を守るのは親衛隊長の務めだ、彼に任せている。困難な標的といえば君もそうだぞ」


帝国に次ぐ国力を持ち、東方圏を従えているシャールミンは暗殺の腕を競うならば恰好の標的といえる。


「私も騎士達に任せていますよ」

「そうか、十分に気を付けてくれ。それで先ほどの話に関連するが科学調査目的のものとは別に内務省の暗殺教団捜索班も活動する事になる。こちらは済まないが秘匿しなければ意味が無い、故に協力は求めるが許可は求めない」


主権を無視すると宣言されてはシャールミンも苦虫を噛みつぶしたような表情をせざるを得なかった。


「内務省は帝国本土内の治安維持が目的の筈、なぜこちらへ?」

「東方だけではない、全大陸を捜索せねばならん。これは根が深い問題でな、連中には国籍だの国境だのという区別が無い。情報を漏らさず全大陸に跨って一つの組織として横断的に行動が出来るのは我が内務省の部隊しかない」


シャールミンは慎重に言葉を選ばなければならなかった。

返答を誤れば、東方諸国からシャールミンが突き上げを食らう。主権侵害が露見した時、知っていて黙っていたのかと。


「理解はします。が、国内法を破られた場合、逮捕した時は帝国人であろうと我が国の法に依って裁きます」


シャールミンは違法な活動は許さない旨をきっぱり宣言した。カールマーンも生意気な従属国めと怒るような事は無く頷いた。


「当然だな。だがひとつ思い出して貰いたい。昔、そなたが留学中にフランデアン大使館に勤める兵士が殺人事件を犯した事があったな」

「・・・ええ、よくご存じですね」


故郷に妻子がいる武官が帝都の女性と親しくなり、帰国する際に痴情のもつれで殺害してしまった事があった。本来死刑になる所だったが、被害者女性の方がもともと持っていた武器で正当防衛と偶発的事故というフランデアン側が雇った弁護士の主張が通り減刑された。


「王が最高裁判官を勤める国もあるようだが、ここでは独立している。しかし、当時の司法長官と法務大臣の意見が対立して余に意見を求めてきてな。多少手心を加える事になった。法は大事だが、あまり厳格にしてもより多くの被害をもたらす事がある。そうは思わないか?」


恩を着せるようであり、同時にこれは脅迫だった。

帝王教育を受けていない天文官上がりの新人皇帝だったのに、かなかのやり手だった。


「時と場合によるでしょう」

「他の国々もそなたのように柔軟であればよいのだが」


そこまではシャールミンの知った事ではない。

公式には同盟国、実質的には従属国の悲哀で諸国も帝国の言いなりになるしかないだろうが、あまりに傲慢に振舞われれば先代南方候のように反旗を翻す事もある。

シャールミンは内務省の捜査班が謙虚に振舞ってくれるよう願った。


 ◇◆◇


「さて、では食事にしようか。お待たせして申し訳ないなマーシャ殿・・・?どうかしたか?」


話を終えてカールマーンは気分を変えて夕食に誘おうとしたが、マーシャが錫杖を手に持って周囲の音に耳をそばだてていた事に気がついた。


「嫌な予感がする・・・。その暗殺教団ってより困難な目標を殺害する事が信仰だって思ってるんですよね?」

「そうらしいな」

「じゃあ、今は?」


最も困難であろう標的が二人同じ場所にいる。

カールマーンとシャールミンは顔を見合わせた。


「来るのか?」

「邪悪な気配が近づいて来ている気がするの」


シャールミンの問いにマーシャは頷いた。

マーシャは猫が毛を逆立てて警戒しているような状態だった。

シャールミンとマーシャは通じ合っていたが、カールマーンにはその緊張が伝わらない。


「気配といわれてもな。東方候よ、信頼できるのか?」

「ええ、彼女はリーアンの暗殺者に狙われていた事があります。死霊魔術師にも。雷神の加護のおかげか、彼女はどうも気配に敏感なようです」


雷気が空気中を伝わってマーシャの第六感に第二世界から警告を促していた。


「そうか。では親衛隊を呼ぶとしようか。そなたも騎士を招き入れるがよい」


カールマーンは武器を持った人間を室内に入れる事を許したが、遅かった。


爆発音が天文台に鳴り響き、誰かが侵入者に対して警笛を鳴らした。

今、この天文台には皇帝が滞在しているだけあって周囲は親衛隊以外にも近衛兵団が詰めている。


「爆発物があるのか・・・マーシャ、その杖の力は使うな。相性が悪い」


シャールミンはマーシャに指示を出した。雷気は爆発物に過剰に反応してしまって巻き添えを食らう恐れがある。


「仕方ないけど、どうするの?」

「君は皇帝と一緒に隠れているように。私が始末してくる。皇帝陛下、何処かに隠れる場所は?」


シャールミンは皇帝に水を向けた。


「ここはただの天文台だ。宮殿と違ってそんなものはないが、頑丈な地下室はあるな」

「では、そこへ」

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2022/2/1
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