第6話 選帝侯の孫娘②~自由都市到着~
自由都市に到着したコンスタンツィアに市長が記者を連れて出迎えに来た。
「ようこそお越しくださいました。コンスタンツィア様」
「お出迎え有難う存じます、市長。宿の手配は問題ないかしら」
「勿論ですとも、新築の最高級の部屋を用意して御座います。最上階からの夜景は数多の自由都市の中でも随一だと自負しております」
「不幸な事件があったと聞いておりましたけど、よくここまで復興したものですね。市民は大変な努力を払われたのでしょう」
この地域で大戦があった際に利害関係にある国が補給を止める為か、中立の自由都市も爆破されて港湾設備が使用不能となった。火は市内に飛び火して何千人も焼け死んだという。
「ええ、市民の努力もありますがウルゴンヌからアル・アシオン辺境伯領まで続く大運河の工事で再建の需要も高まりまして」
「前に暗殺された市長はその工事に反対していたのですって?」
市長の取り巻きの記者らがその言葉に一斉にメモを取り始めた。
「そのようですね。さ、歓迎の挨拶に相応しい話題ではありません。まずはホテルまでご案内しましょう」
「お忙しいでしょうし、市長が自ら案内して下さる必要はありません」
「お気遣い有難うございます。では召使に案内させましょう。今夜は歓迎式典を催したいと考えているのですが・・・」
「これは巡礼の旅なのですよ、市長。豪華な式典など神への冒涜です。貧しい市民にその予算をお使い下さい」
「おお、なんと情け深いお言葉。しかしこれは私めの私費でして」
市長はどうにかしてダルムント方伯家と繋がりを持ちたいようだったが、コンスタンツィアは面倒な関係を持ちたくは無かった。それに船旅と長時間魔術を行使したので疲れている。
聖堂騎士達が市長にお嬢様を早く休める所に連れて行くよう口を挟まなければ彼は延々と話を続けただろう。
◇◆◇
「お嬢様方、私は少し銀行に寄って現金を下ろして来ようと思います」
巡礼の旅ではあるが地位が地位なのでコンスタンツィアには身の回りの世話をする侍女もついて来ている。ホテルで主人とその友人達が一息つくと侍女は東方圏の現地通貨に両替する為に出かける事にした。
帝都であれば支払いは後で方伯家の財務官か執事が処理するのだが、他国ではそうもいかない。大店であれば帝国の銀行が発行する小切手も通用するが、巡礼では僻地にも行くので現金が必要だった。
「ヤドヴィカ、外に出るのならパスカルフローの傭兵さんについて貰ってね」
「はい、お気遣い有難う存じます」
ヤドヴィカは頭を下げて主人の厚意に感謝した。
「あれ、ヤドヴィカさん。今日は土曜日ですよ。銀行は開いていないと思いますが」
船旅で曜日の感覚がわからなくなっているのだろうかとヴァネッサは口を出した。
「ヴァネッサ、東方圏じゃ土曜日は休日じゃないのよ」
コンスタンツィアも東方圏に来るのは初めてだが、自宅にある本は読みつくしてしまったので基本的な知識は叩きこんである。
「え、そうなんですか?ノリッティンジェンシェーレ様の聖地もあるのに」
「自由都市は帝国領も同然なのに、そうなんですね」
ヴィターシャも知らなかったようで意外そうな顔をしている。
「表でそういう事は言わないでね、記者になんて書かれるか分からないわ」
「あ、そうですね。済みません」
コンスタンツィアはダルムント方伯の長女とその取り巻きが自由都市は属領だと発言したと書かれてしまう事になる事を危惧した。
「何千年も帝国領だったのに面倒な話ですね」
「ヴァネッサ、直轄統治は何かと面倒なのよ。信仰も文化も人種も何もかも違うとね」
歴代皇帝と帝国政府は試行錯誤した結果、総督制や副帝制度を廃止し現地に自治を与えて手を引いて一部の利権だけを残している。
「そうそう、記者なんて人種は帝国系でも関係無く記事にして面白おかしく騒ぎ立てるぜ」
「アシッド隊長?勝手に部屋に入らないで下さる?」
いつの間にか部屋に入り込んでいたパスカルフローの傭兵隊長にコンスタンツィアは眉をひそめた。
「失敬、忍び寄るのが仕事でね。そろそろ俺も国に返るぜ。フランデアンから護衛が来るまで部下は残しておく」
「そう、これまで有難う傭兵さん。パスカルフローの女王陛下にも感謝を」
「感謝より礼金が頂きたいが」
「海賊から取り立てて下さいな」
護衛の契約を交わしていないのでコンスタンツィアは払わなかった。
女王の厚意に対しては礼だけで十分だ。
「しっかりしてるな。ああ、そうだ。記者といえば知り合いの女記者がいる。良かったら取材に応じてやってくれないか?」
「わたくしは家を代表する立場にないし、ただの巡礼の旅よ。取材されるいわれは無いわ」
「ダルムント方伯家の長女のあんたが?女としては帝国の宮中序列じゃ実質二位だろ。あんた。おふくろさんは病気で倒れてるって聞いたぜ」
皇帝に愛妾はいるが、妻はいない。その為、次の地位に当たる人間の妻が女性の中では最上位に来る。選挙による皇帝制であり、これまで皇帝を輩出してきた皇家といえども宮中では一貴族。長年選帝侯の地位を務め、これまで皇帝に継ぐ序列だったエイラシルヴァ天爵家が断絶してしまった帝国ではダルムント方伯とアル・アシオン辺境伯の序列が最も高い。
「情報通なのね」
コンスタンツィアは感心する。
「そうでなきゃ傭兵はやってられないからな。記者は面倒な連中だが、何も発言しなければ勝手に思惑で発言を捏造される。世間が望む言葉を伝えてやりな」
そういって傭兵は出て行った。
◇◆◇
「どうしたものかしら。面倒ね」
コンスタンツィアは友人達に善後策を相談した。
得意げに自分の魔術で逃げ切ったと答えるのも恥ずかしい。見知らぬ記者に謙虚に振舞って見せるのも面倒だ。
「海賊に襲われて恐ろしかったですか、心細かったですか、どうやって逃げ出したんですかって聞かれるだけでしょう?そんなの聖堂騎士の方にでも答えて貰えばいいんじゃないでしょうか」
ヴァネッサもコンスタンツィア同様めんどくさがった。
「私、女記者という方に興味があります」
ヴィターシャは記者に興味を持ったようだ。
「物書きになるつもり?」
「社会で自立して働く女性を見てみたいだけです。確かに物を書く仕事なら男性の助けは不要だと思いますけど」
女神を守護神としているだけあって、帝国では女性の地位は決して低くないが家庭的な女神も多くあまり社会に出て働くイメージは貴族の女性にない。しかしヴィターシャは家の助けを借りずに自力で生きていきたいようだった。
「自立だなんて・・・」
ヴァネッサにとっては夢物語にしか思えなかった。誇りある名家の貴族女性が自ら働くなど恥ずかしい事だと思っていた。
コンスタンツィアは巡礼の旅について来てくれた友人の為に、少しだけ会ってみる気になった。
「いいわ、会いましょう。どうせしばらく暇ですしね」
◇◆◇
「初めまして、オットマー社のベルベットと言います」
やってきたのは彼女達より年上だがまだ中年にもなっていない若い女性記者だった。コンスタンツィアほど綺麗な赤では無いが、やや赤い髪をしている。
ホテルの最上階の個室へ料理が運ばれてコンスタンツィアとヴィターシャ、ヴァネッサが食事を終えた後に待たされていた記者がやってきた。食事は見慣れないがなかなかおいしい肉と野菜のスープがメインだった。異国料理は楽しみでもあり、多少怖かったが彼女達の舌にも十分あった。
記者は食後の茶会に同席し侍女や護衛は隣室に控えていた。
「初めまして!ベルベットさんはどうやって記者に?」
挨拶もそこそこにヴィターシャが切り出した。
「あらあら、私が取材されるのかしら」
「わたくしの友人の質問に答えてあげて下さる?貴方は記事を書いて報酬を得るかもしれないけれど、わたくしには何の利益もないのですから」
コンスタンツィアはヴァネッサに目くばせをした。
ヴァネッサも意を汲んでヴィターシャを援護する。
「貴女がどんな方なのか知らなければ、迂闊にお答えする事も出来ません。ダルムント方伯が政治的に絶対中立を貫いている事はご存じでしょう?お館様に迷惑をかけるような事を書かれては困ります」
「ええ、勿論。でも貴女達のような貴族の純真な少女にどこまで教えていいものかしら」
ベルベットは妖艶に微笑んだ。
「と、おっしゃいますと?」
「私、以前の仕事は高級娼婦なのよ。ウルゴンヌ公国の都で働いていたわ。お客さんには皇族の方もいてね。バルディ家のギルバート様ってご存じ?」
コンスタンツィアに心当たりがあったが、その人物の祖父は選挙で不正を行い帝国本土から追放されて一族ごと流刑の身。政治的問題が絡むので会いたくない人物だった。
「・・・そんな方がどうして自由都市連盟の中でも特に有力なオットマー社の記者に?」
ヴァネッサも娼婦がどんな仕事をしているのかくらいは知っている。
帝国では一夫一婦制で家庭がある者同士の不倫は厳禁だが、そういう遊びは許容されていた。
「フランデアン王とウルゴンヌのお姫様の物語を書いてね。途中からオットマー社で連載されることになったの。帝国本土でも少しは売れたと思ったのですけれど知らなかったかしら」
「妖精王の物語はいろんな人が書いていますから、さすがに個人の作者の名前までは・・・」
帝都でも妖精王を称えて華々しい勲章授与式が行われたので彼女達もいける伝説の王の物語は知っている。
「恥ずかしげもなくいうと自分があの物語の第一人者なのよ。他の人は皆私の書いた作品を真似たの」
コンスタンツィアとヴァネッサは疑わしそうな顔をする。
「作品というと脚色でも入っているんですか?」
ヴィターシャはまだ目を爛々と光らせて質問攻めにした。
「あら、興味あるの?」
「ええ、どうやってオットマー社の記者となったかもっと細かく教えてください」
ベルベットは信じてくれないだろうと思って口にした事に興味を持たれてヴィターシャが気に入ったようだ。喜んで彼女に答えた。
「社長に教えたのよ」
「何をですか?」
「私がとある国の密偵で個人的にフランデアン王にもウルゴンヌ女王にも繋がりがあるって」
「本当ですか!?」
ベルベットはふふっと笑って誤魔化した。
「密偵が素性を明かすものですか。物語の読み過ぎよ」
コンスタンツィアは呆れてヴィターシャを止めた。
「そうね、それで社長とも相談したのだけれど売りたければ真実をありのまま書くより、脚色を加えた方がいいとなってね。いくつか事実から変更したのだけれど真似した人達の作品はその嘘まで真似してるからすぐに分かるのよ」
「なるほど。貴女が本当に大元の物語を書いたかどうかはわかりませんが」
疑るコンスタンツィア達には頓着せずベルベットは話を続けた。
「吟遊詩人達が歌にして広めてくれている最初のうちは良かったのだけれど、それをまとめて出版しようとする連中がいてね。オットマー社で専属契約を結ぶ代わりにそいつらを始末して貰ったの」
「始末って・・・殺しちゃったんですか?」
ヴァネッサはなんて恐ろしい事をと非難する目で見る。
「まさか、物書きとして、よ。貴女も自力で世の中を渡って行きたいのなら利用できるものは利用しなさい。自由都市なら帝国貴族でも少しは生きやすいわよ」
もともと帝国が直轄領として治めていた自由都市は世界各地に点在し、どこも人口数十万人という巨大な都市を形成している。都市はもともと帝国軍基地から発展してきた為、白の街道という軍用高速道路で結ばれていた。
「大したものね、自由都市最大の新聞社と若くして専属契約を結び、パスカルフローの傭兵隊長とも繋がりがあるなんて」
コンスタンツィアは女性記者だけに独占取材を許し、他の新聞社からの取材は受けなかった。これもヴィターシャのような女性の為、女性貴族でも働ける場所を増やす一環になればという意図からだった。
※注釈
白の街道
旧帝国時代に魔術による地形改変を行い最短距離で軍団を派遣する為に建設されたもので、現在では各国に開放されているが通行料は高い。
一部区間は街道周辺の土地を盛り上げて城壁のようにしており、帝国兵が巡回している。街道上での犯罪は帝国法で裁かれる。
※注釈
白の街道
旧帝国時代に魔術による地形改変を行い最短距離で軍団を派遣する為に建設されたもので、現在では各国に開放されているが通行料は高い。
一部区間は街道周辺の土地を盛り上げて城壁のようにしており、帝国兵が巡回している。街道上での犯罪は帝国法で裁かれる。