第1話 辺境国家の第四王子⑪
新帝国歴1427年、帰国したエドヴァルドを待っていたのは母が病に倒れたという知らせだった。以前から気にしていた肌荒れが酷くなって様子を見ているだけだというので看病に行こうとしたのだが顔を見られたくないらしく許可が下りなかった。
周囲を感染させる恐れがあるということでエドヴァルドは大事を取って久しぶりに王城内で暮らすよう指示された。不平たらたらのエドヴァルドだったが、パラムンも一緒に城内で暮らす事になると聞くと簡単に機嫌は治った。
まだまだ友達と遊びたい盛りの子供だった。
ある日、スーリヤの乳母であるトゥーラがエドヴァルドの元へやってきた。
「母上のご様子はどう?」
「大丈夫ですよ、若様。ウィンズロー先生が付きっ切りで診て下さっていますから。はやく会いたがっておいでです」
「まだ、会いに行っちゃ駄目なの?」
「申し訳御座いません。陛下やお医者様方の指示ですから。本日は近況のお知らせとスーリヤ様のお庭に植える花を探しに参りました」
トゥーラはエドヴァルドの様子を見に来るがてら城の庭師に相談に来た。
「うちの庭師さんは?」
「あいにく暇を出しておりまして」
「あぁ・・・」
離宮は予算不足で庭師も少なかった。今は訪問客も断っているので、完全に解雇してしまっているらしい。
「春にはきっと面会の許可もおります。その頃スーリヤ様が喜んで下さるような花を見繕って下さいませんか」
「いいけど、うーん・・・パラムンに聞いてみようかな」
ティーバ公の家ではこの辺りでは珍しい事にアルシア王国から入って来た大地母神を守護神としていた。そして帝国向けに園芸用の球根の輸出を始めたらしい。
早速パラムンのいる部屋に聞きに行く。
「やあ、パラムン。丁度良かった。どんな肥料を選べばいいのか知ってる?これから街へ買い物に行こうと思っているんだけど」
「僕に聞かれても知らないよ。なんで?」
平民なら既に実家の手伝いで働いている年頃だが、実家が貿易で取り扱っているといっても子供が知っているとは限らない。
「だって肥料とかって大地母神の神官とかの管轄じゃないの?」
「今時は化学肥料だから錬金術師の管轄だよ。イーデンディオス老師に聞いてみたら?」
「へぇー。それは知らなかった。老師は帝都に戻っていて留守なんだ。ところで今忙しい?」
パラムンの部屋には荷造りの最中のようで大荷物がいくつか出来上がっていた。
「もうすぐアルシア王国との交流戦だから」
「ああ、もうそんな時期か・・・ちょっと気が重いね」
クスタンスが嫁いできて以来、両国は友好関係を維持する為に定期的に少年従士達による交流試合を行っていた。
大人の騎士ように馬上槍試合をやるのは危険なので馬を走らせながら盾を掻い潜って槍を木製の的に命中させる事を競う競技だったが、双子の死以来両国の国境間では旅籠や関所で嫌がらせを受けたなどの情報が寄せられていて通行トラブルが懸念された。
「そうなんだ。クヴェモ公は今年は国旗を下ろして訪問した方がいいんじゃないかって提案したんだけど、そしたら陛下が旗を隠して誰と誰の友好だとお怒りになっちゃってね」
訪問団の団長は大人の騎士だが、少年達を率いるパラムンは先の苦労を思って胃が痛そうにしている。
「ご愁傷様。無事に戻って来てね」
「今年は面倒を起こさず、怪我をしない事だけを考えるよ・・・。それにしても肥料かあ。今時はこれで農民にも格差が出るんだなあ」
税収増しを狙った領主が肥料を買って領民に与えたり、共同体で資金を借りて独自に商会から購入したり、逆に商会の方から投資に来たりと地域によって様々である。
恵まれた環境にある農民は富み、そうでない者はさらに困窮した。
従来の肥溜めで堆肥を作った農地で収穫された農産物の買い上げ価格は低くなっていた。
漁村の加工場で余ったものを利用した魚肥料はいいのだが、肥溜めの管理は農民の知識不足で堆肥づくりに失敗して病気の元となる場合もある。近年は帝国商人や西方商人が買い付けに来る事もあり、流通の多様化で遅れた地域はますます取り残されている。
「昔は神様にお祈りすれば収穫は約束されたものと祖母に聞きましたが、世の中変わるものですねえ。今は畑を耕すにも学問がいる時代ですか・・・」
侍女のトゥーラは嘆く、ろくに文字も読めない農民にそんなものを求められても学ぶ余裕と環境があるものは少ない。学のある領主や名士に依存していくほど、小作農家の地位は下がっていった。
「父上の経済顧問はこれからは資本主義の世の中だよと言っていたけど、意味わかる?」
「さあ」
「帝都に留学していたレヴァン兄達ならわかったかもしれないのになあ」
「・・・そうだね。ティーバ公の経済顧問って?」
「自由都市から行政官を雇ったんだ。この国の商人達は遅れてて他国と張り合えないんだってさ」
エドヴァルドとパラムンは世間話をしてから一緒に街中を散歩がてら買い物を楽しんだ。
離宮で使う花の種や肥料は結局店員のおススメに任せてトゥーラに持ち帰らせた。
何と言っても王子と王の妹の息子の二人だ。地元の商店なのでこのくらいの買い物で変に騙される事は無かった。
◇◆◇
パラムンがアルシア王国へ赴く際、クスタンスの忘れ形見、娘のメーナセーラも帯同する事になった。アルシア王にとっても孫娘であり母の死を報告に行くというもっともな理由では誰も止める事は出来ない。
パラムン達少年は例年通りつつがなく交流戦を行っていたが、大人たちはやはり悶着があった。酒の席での事とはいえ、クスタンスと息子達の死は暗殺に違いないとアルシア王の騎士の一人がつい口に出してしまった。
不幸な事故で哀しんでいたバルアレス王国の騎士達にとっては国家の体面に関り、黙って帰っては妻と息子を失って嘆いているベルンハルト王に申し訳が無いと謝罪と発言の撤回を要求した。アルシア王国の騎士は要求を拒み、少年達そっちのけで騎士達は本気の決闘を初めてその馬上槍試合で一人の死亡者が出てしまった。
決闘に参加した騎士はアルシア王国側が4人、バルアレス王国側は3人で死亡者は最初に陰謀論を唱えたアルシア側の騎士だった。
これでさらに問題はややこしくなる。
アルシア王は意図的に我が騎士を殺害したとバルアレス王国を非難した。
少年達の帰還は許されたが騎士達は拘束され取り調べを受け、メーナセーラもアルシア王国へ逗留を続けた。
三ヶ月の間に両国間で小競り合いが続き国境近くに隠居していたベルンハルトの父にも危険が及んだ。バルアレス王国では騎士と姫の奪還、そして先王の保護の名目で諸侯に動員令が出るとの憶測が広まった。今回はアイラクリオ公ら純血派も王に積極的に協力すると思われる為、大規模動員となる。
そしてその噂は耳聡い商人達の間を駆け巡り周辺国の王や都市国家は東方候や東方行政長官に調停を依頼した。




