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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第一章 すれ違う人々(1425-1427)
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番外編:パルタスの戦い

 パルタスには執政官が二人いる。

彼らは毎年交互に選挙によって選出される。


彼らは市民の代表として軍を組織してイナテアと戦っていたが、イナテアは大規模な都市国家連合を組んだものの多くの人から尊敬を集めていたイデルファの聖職者を連行して裁判で死刑にしてしまった。死刑はイナテアで廃止されているので護送して別の都市で殺害したのだがこれに反発が巻き起こり同盟は解体された。


パルタスは弱体化したイナテアを攻め滅ぼしたのはいいものの、そこで同盟市民連合本部から連絡があった。イナテアに対して帝国東方行政府から、ダルムント方伯令嬢の捜索を拒否した事について誰何すいかの使者が来た。


しかし、困った事に既にイナテアはパルタスの占領下にある。

パルタスの執政官は、行政府からの使者に対して旧イナテア指導部の引き渡し要求を拒否した。


執政官達はもう済んだ事だと思っていたのだが、隣国の伯爵から東方軍接近の報が寄せられた。その報を聞いて執政官の一人、クレオメネスが同僚に話しかけた。


「早まったかな?」

「我々の支配下に入った以上、イナテアはもはや我々の同胞。帝国への引き渡しなどできるものか」


クレオメネスも「うむ」と頷いた。


「懲罰軍などとうそぶく連中をまずは一戦して撃破してくれよう。そして中原諸国と連携して大陸から帝国を追い出すのだ」

「連中はまず旧駐屯地に入ってそこを拠点に軍の集結を計るだろう。東方全軍が集結する前に各個撃破しなければならん」


パルタスは近隣都市との連合軍を結成して帝国軍の進路に待ち伏せした。

パルタス単体では3,000程度の軍しか持たないが、奴隷やイナテア同盟傘下の都市から応援に来た部隊を合わせれば10,000を超えた。


 ◇◆◇


「敵の数は500だと?」


偵察騎兵から寄せられた報告に執政官ヴァレリウスは数を疑った。

こちらが引き渡しを拒否して迎撃態勢を整えている事は帝国に伝わっている筈。

こちらの戦力も把握しているだろうに、500しか寄越さないとは・・・。


「戦に来たにしては少なすぎる。外交交渉に来たにしては多すぎる。どうしたものかな」


クレオメネスは判断に迷った。


執政官二人は同盟諸国とも相談した上で待ち伏せに使おうとしていた地点から前進して包囲しやすい平原にある丘に移動を開始した。


が、その丘には帝国軍の方が先に到着し陣地を構築していた。

それを見て先任執政官のクレオメネスが作戦を決定した。


「まあいい、この数の差なら問題あるまい。同盟軍には後方に回って貰い、我々は正面を受け持とう」


配置の時間を稼ぐ為に、使者を敵軍に送ったが使者は首を切断され馬に体を縛りつけられて返ってきた。


「野蛮な連中め!全軍前進!!」


怒ったクレオメネスはパルタス軍の前進を命じた。遅れて近くの同盟軍も体勢が整う前にばらばらに前進を開始する。


パルタス軍は先に奴隷を押し立てて前進させたが、突然轟音が鳴り響き、彼らは地面ごと爆散した。帝国軍の新式野戦砲だったが、同盟軍には未知の兵器だった。

被害はほんの数十人だったものの、奴隷達は恐れをなして逃げ出してしまう。


同盟軍の中にも前進を止めてしまった者がいた。いくつか勇敢な都市国家軍は前進を再開したが、帝国の陣地は固く、塹壕も掘ってあり、思いのほか堅固な防柵の後ろから撃たれる銃によって兵士達はばたばたと倒れた。


それをみて救出すべく二人の執政官も中央の主力を前進させた。

パルタスの戦士はさすがに精鋭で砲撃を受けても銃撃を受けても怯まず大盾を構えたまま前進を続ける。所詮帝国軍は500、持ち込んだ兵器の数もたかが知れている。


陣地内に入り込んでしまいさえすれば最新兵器を持っていようが、いかに頑丈な鎧で身を守っていようが槍を喉に突き刺して殺してしまえばいい。


パルタス兵が殺意を高めながらじりじりと接近すると、帝国軍も陣地から出てきて迎撃に来た。数の差が出る乱戦よりも指揮統率がいかせる組織的な戦闘を選んだようだ。


パルタスの精鋭戦士達は皆アレスの使徒で、上半身は裸で香油を塗っている。

古来から軍神アレスは勇敢な戦士を好み、鎧と飛び道具を嫌う。


執政官二人は二つに分けた部隊のそれぞれ中央の最前列にいた。


帝国の持つ銃の威力はパルタスの大盾を砕き、戦士達を一撃で死に至らしめたが装填に時間がかかり、命中率も低く執政官達は無事だった。

倒れた者に代わって、後列が前に出て盾を構えさらに前進する。

すると弓矢が射かけられたが、これは盾で防ぐ事が出来た。


 ◇◆◇


 クレオメネス率いる左軍1,500は十分な戦力を保ったまま帝国軍に接敵した。

最左翼の戦士が数的優位を生かし、包囲する為中央よりも速足で敵側面に回り込もうとしたとき、敵軍から騎兵が突撃してきた。


パルタスの戦士は成人し、戦士として認められた時、みな大盾を与えられる。

この盾は自分の身だけでなく隣の味方を庇う為の盾だ。しかし、部隊の最も端にあたる戦士は庇う味方がいない為、最精鋭の者が選ばれる。


その戦士が帝国騎兵に一撃で討ち取られた。

パルタス最精鋭の戦士があっさりほふられ、周囲の戦士達は仇を打つべく騎兵に向かうも機動力が違う。クレオメネスの左軍の隊列は乱れ、前進もままならず雨あられと降りかかる矢弾に打ち倒されていった。


騎兵を無視しようにも、その騎兵はあまりにも強く速すぎた。

槍を投げる者もいたが、帝国の軍馬は馬鎧を身に着けていて半端な投擲では傷も付けられない。騎兵の鎧も強固で通じなかった。

騎兵が駆け抜ける度に、左軍は何人も絶命していく。


なまじ勇敢な戦士を尊ぶパルタスの気風が仇になった。

パルタス兵は我も我もと騎兵に挑戦に向かい、クレオメネスの命令を聞かない。

パルタスは全軍の総司令官を後方におかなかった事も災いした。


既に同盟軍は崩壊して算を乱して逃げ出している。

幼少の頃から戦士としての訓練を受けている職業軍人のパルタス兵と違って同盟軍は皆、普段は農作業をしているような村人である。

クレオメネスは全体の状況を把握出来なかったが、あの騎兵を倒しさえすれば帝国軍は崩壊すると踏んで自ら挑戦に向かった。


「そこの騎兵、我との一騎打ちに応じよ!我はパルタスの司令官クレオメネスである!!」


彼の大声が通じて、騎兵は馬首を返した。

パルタス兵は一度武器を下ろし、一騎打ちの為の場所を開けた。


「敵ながら見事、名をうかがおう」


クレオメネスは東方共通語で尋ねた。彼は帝国の共通語は知らない。

敵の騎兵も意外と流暢な東方共通語で返してきた。


「翼端の騎士ケレスティン」


帝国軍も翼端を重視して帝国騎士を配置していた。


「ほう、帝国騎士か。相手に不足はない。そちらは馬に乗ったままでもいいぞ」

「いや、構わない」


ケレスティンは馬から降りて槍を捨て、剣を抜いて盾を構えた。

その盾には黒いコローネの紋章が刻まれていた。


「では、いくぞ!」


クレオメネスは駆け寄り飛びあがって全力を込めて槍を突いた。

ケレスティンの盾は蒼白い火花を発してその一撃を止めた。

クレオメネスは続いて大盾を構えて、体当たりをするもケレスティンは微動だにしない。さらに槍を突くも派手に火花が散るだけで鉄壁の防御は崩せなかった。


「どうした、来ないのか?こちらを舐めているのか?」


荒い息をついてクレオメネスは問うた。


「少し確認したかっただけだ。では、行こうか」


ケレスティンが攻撃に出て剣を振るう。クレオメネスは盾をかざして受け止め、そのまま押し返して体勢を崩してやろうと思ったが、アテが外れた。


ケレスティンの剣はやすやすとクレオメネスの盾を切り裂いてしまったのだ。

クレオメネスの盾は長年、パルタスの戦士として執政官同士の決闘にも打ち勝ってきた盾である。これまで一度も攻撃を防げなかった事は無い。


が、容易く斜めに切り裂かれて半分が地面に落ちてしまった。

その向こうにケレスティンの哀れむような顔が見える。


「悪いな。この剣は友人達が魔力を込めて打ってくれた魔導騎士の剣。その盾がいくら頑丈でも魔力の籠らない鉄では枯れ木も同然。さらばだ」


ケレスティンがもう一度剣を振るうとクレオメネスの首は宙を舞った。


 ◇◆◇


 ヴァレリウスの受け持つ右軍には帝国騎士はいなかったが、帝国の軽装騎兵の集団がいた。騎兵らは銃を所持していて横を駆け抜け様に射撃してはまた陣地に戻って行く。

正面には対蛮族戦用に開発された連弩があった。

弩兵が持つものは機械式で連射が可能な弾倉構造になっており、動きの素早い蛮族が相手でも当てる事が可能だった。もっとも厄介なのは弩砲で一度に30発の太矢を打ちだすものが十機以上もあった。その一撃はパルタスの盾を撃ちぬいて戦士を殺害せしめた。


後列が前に進み出て盾を構える前に連弩が後列も打ち崩してしまう。


帝国軍と同盟軍では兵器の技術差があまりにもありすぎた。


 ヴァレリウスは周囲の味方が倒れても前進を続けて帝国軍の陣地に突入した。

縦横無尽に暴れまわって弩兵を次々と倒したものの、後に続く兵士は誰もいなかった。


そのヴァレリウスの前に大剣を持ったひとりの帝国軍人が歩み出た。


「やるなあ、パルタス人。だが、その辺にして貰おうか。面倒なんだよ、戦没者の遺族に手紙書いたり、軍団司令部にいろんな書類出さなきゃいけくてな。軍人の仕事の大部分は書類仕事だとは思わなかったよ。正直、それに忙殺されてろくに戦い方を考えている暇も無い。お前らのところはどうだ?」


たどたどしい共通語だったが、どうにか意味は通じた。

ヴァレリウスは全身血だらけになりながら返答する。


「・・・我らの土地を汚さなければそんな心配をする必要はない」

「お前らがうちらの姫さんに対して人道的に接していればこっちもこんな辺鄙へんぴな所まで来なくて済んだんだよ。まあ、お前に恨みは無いが死んで貰う。何人か代表者の首を持って帰らないとならないんでな」

「やれるものなら」


ヴァレリウスは疲労困憊ひろうこんぱいだったが、もう一度気力を奮い起こして敵に立ち向かった。

口調は軽いがなかなかの使い手で、ヴァレリウスの槍は簡単に躱されてしまう。

大剣で槍が半ばから折られ、柄で殴られてヴァレリウスは盾も取り落して地面に両膝を突いた。


勝敗は決したと、帝国軍人は剣を構えて首を落とそうと振りかぶったが、ヴァレリウスは短剣を抜いて敵の太ももに刺し、体を回転させてその場から離れた。


「くっそ!いてえな!!」

「油断するからだ、愚か者め。・・・だが、なかなかやるな。雑兵ではあるまい、どこの騎士だ?名前を聞こうか」


ヴァレリウスは自分の盾を探しながら息を整える。


「名前、名前ね。・・・俺は騎士でも何でもない。ただの肉屋のせがれ、家名もないゼラシュだよ。一応小隊長だがな」

「肉屋・・・。何年軍にいる?」

「あぁ?三年だよ。何か文句あるか?」


帝国軍の士官は本来高度な教育を受けていてこのようにガラの悪いものは少ない。

しかし、大戦後に退役する兵士が相次いで質の低い新兵をまとめるため、少々タチの悪い者も隊長として必要だった。


「私は四十年戦士として生きてきた。肉屋如きが!」


息が整ったヴァレリウスは短剣を構えて再び撃ちかかったが、ゼラシュは足を庇いながらもそれを避けた。ヴァレリウスはそのまま自分の盾を拾う為、ゼラシュに背中を向けてしまう。


十分に距離は取っていたのだが、ゼラシュは投げナイフを抜いてヴァレリウスの裸の背中に投じた。


「おのれ!」


飛び道具は卑怯というパルタスの常識は帝国人には通じない。

傷を負った状態ではヴァレリウスは大盾を構えられなかった。

ゼラシュは接近し、再度大剣を振りかぶる。


「じゃあな」

「アレスよ!」


ヴァレリウスの最後の全力を込めた一撃はゼラシュに届かず、大剣によって首を落とされた。


 ◇◆◇


 ヴァレリウスとクレオメネスの亡骸は帝国駐屯地の近くに肛門から喉まで串刺しにされた状態で晒された。亡骸の側には晒し首と罪状が高札で掲げてある。奪い返しにこようとした者は帝国の銃撃にあって殲滅された。これは帝国軍が蛮族相手によくやる戦術だった。


帝国軍がこの地に戻った後、イナテアのある学者が兵士と揉め、死体で発見された。帝国軍の軍規に従い兵士を処罰しようとしたが、その前にイナテアの市長から愛人との揉め事だったと申告があり兵士は無罪となった。

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2022/2/1
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