第50話 皇帝カールマーン③
カールマーンにも無事第二子が生まれてすっかり子煩悩な父親になっている。
しかし相変わらず皇帝としての政務は大臣任せになっていた。
ある日軍務大臣が皇帝が滞在している寵姫の離宮へやって来た。
「陛下、ご報告が遅くなって申し訳ありません。いくつか報告が御座います」
「なんだ。余は忙しいのだ」
皇帝はどう見ても赤ん坊をあやしているだけで忙しそうには見えないが、大臣は頭を下げて話しを続けた。
「東方軍から報告がありまして二ヶ月前、ダルムント方伯の御令嬢が発見されました。現在はフランデアンの王子殿下と帯同して帰国の途にあります」
「ほーう、そうかそれは良かったが、随分報告が遅かったな」
「申し訳御座いません。転移陣の不調で全大陸中で情報伝達に遅れが発生しております」
「またか。ハイラルに修理を急がせよ」
以前に蛮族が北方圏に攻め込んで来た際に転移陣の一つを破壊されて、その影響が全体に波及して使用不可に陥った事がある。それ以来時折不調になるのだった。
「は、そしてもう一件報告が御座いまして東方圏南部の同盟市民都市の中で多少強力な都市国家同盟の派閥が誕生しました」
「ほう、どれくらいだ?」
「合計の戦力で2万ほどにはなるかと」
「それで?」
たったの2万か、とカールマーンは興味を持たなかった。
「軍の規定に基づきまして処理をしてもよろしいでしょうか?それと長く開けていた駐屯基地に部隊を戻したく・・・」
「もう蛮族は良いのか?」
「は、敵に動きはありません。東方圏の境界線は平穏そのものです」
「では、好きにせい。規定があるのならそれに従え。いちいち小部隊の移動の確認まで余にする必要は無い」
カールマーンはしっしっと大臣を追い払い、再び我が子を可愛がり始めた。
そして帝国東方軍に指令が下り、現地に向かった頃には軍が弱体化工作を始めなくとも既に同盟市民連合は内輪揉めで崩壊していた。
イデルファの指導者は法廷で死刑が下っており、イナテアの同盟は崩壊してパルタスに攻め滅ぼされ、東方軍の現地部隊司令官は大隊を一つだけ派遣して後始末をさせた。
◇◆◇
新帝国歴1427年、かつては有力皇家だったが南方騒乱介入時に帝国軍を率いて敗退したフリギア家の当主らが病死し、その後の内紛で有力者達も死んでしまった。
その冬のある日、内務大臣のヴィキルートが再び皇帝の下に報告に来た。
「陛下、暗殺教団について一部情報が得られました」
「聞こうか」
「はい、情報が漏れて来たのは最近フリギア家の内紛によって召使達が逃げ出し、前回の選挙で暗躍していた者を確保出来たからです」
「と、なると卿にとっても他人事ではないな」
ヴィキルートも前回の選挙の当事者である。
「ええ、皇帝を目指しているからといって暗殺に走るなど非現実的ですがフリギア家はそう考えなかったようです」
「では連中が教団に依頼して兄を殺したのか」
「いえ、アールバード殿を暗殺したのは別口のようです。ただし教団に打診はしたものの彼らには払えない金額だったとか」
「フリギア家は古代帝国の遺産を受け継いでそれなりに裕福だったと記憶しているが・・・」
古代帝国最後の皇帝はフリギア家から誕生しており女帝だった。
「資産は受け継いでいても皇家の誇りから、それを現金化するのは避けていたようです」
「そうか。で、教団については?」
「口を割った男の情報から追跡しましたが、すでに消されていました。本部の者では無かったようです」
「そうか、で、フリギア家はどうする?」
「一族のほとんどは殺し合ったり流行り病で病死していて生き残っているのは生まれたばかりの息子や愛人の間に出来た娘しかいません。溜め込んでいた資産も使用人が持ち逃げして取り上げるほども残っていません」
幼児らに罪を問うかとヴィキルートは尋ねた。
「いや、よい。今更叩いた所で落ち目の家に対して私怨で報復しただけだと余が笑われよう。済んだ話だ、これ以上は構うまい。教団の追跡に的を絞ってくれ」
「承知致しました」




