第5話 皇家の第一王子②
レクサンデリは北方軍団基地を早々に後にした。
最前線は危険な事もあるがジュリアがこの寒くて暴力的な土地を嫌がっていた。
軍団基地で起きた不愉快な出来事もある。
物資の搬入に時間がかかり、レクサンデリはついでに軍団兵から戦利品の買い付けも行っていた。蛮族は魔獣を連れている事も多いので爪や牙、魔力の籠った血、毛皮などは帝国本土や東方諸国で高額で取引される。手ぶらで帰国しても輸送力が勿体ない。
レクサンデリが軍団基地にいる事は末端の兵士達には知らされていない。
箝口令をひいているわけでは無かったので多少の噂は漏れていたが、皇家の御曹司が自ら来ているとは真面目に考えていない者の方が多かった。
滞在中に天幕の向こうで兵士らが自分の噂話をしているのを聞いてレクサンデリは足を止めた。
「なあ、アルビッツィ家のお坊ちゃんが来てるって聞いたか?」
「いや、・・・聞いたがどうせ嘘だろ。次男坊、三男坊ならともかく長男だろ。拝金主義者のアルビッツィがこんな危険な所まで来るわけがない」
「そうそう、軍人ばかりのオレムイスト家ならともかく」
「いやいや、金になるなら親でも子でも妻でも売り飛ばす連中だ。儲かるなら来るだろ」
レクサンデリも自分の家がそういう風にいわれる家系なのは弁えていたので、これ自体には別に怒らなかった。
「妻でも売るのかよ。じゃあ子供も本当に皇族の血を引いてるか分からないな」
「そういうこった。俺達に口座開かせたのも俺らの給料を投資に使いたいからさ。休暇でこっちに金を落とされると帝国が儲からないから困るんだよ」
これには少しばかりレクサンデリも失望した。
確かに投資に転用するが、口座の管理には膨大な人員が必要で経費もかかるというのに。最大の目的は退役兵を困窮から救い帝国の治安と経済を安定させる為である。
ジュリアがレクサンデリを慮って口添えをした。
「帝国人ではありませんね。市民権目当ての従属国の兵士でしょう」
前線の軍団には帝国人以外に帝国の軍務省が各国に割り当てた兵役による派遣軍と義勇兵が参戦している。
「分かっている、行こう」
その場を後にする彼らに兵士達の笑い声が聞こえた。
「今のご当主も種無しだから他所の男に頼んでお后に種付けして貰ったらしいぜ」
「じゃあ、本当にお坊ちゃんかどうかわかんねえな」
「金を稼げる子供が一族に加わるんなら、なんでもいいんだろ」
主家への侮辱に対して憤慨に燃えるジュリアを今度はレクサンデリが宥めてその場から引きずりだす事になった。
◇◆◇
レクサンデリはゴーラ地方を後にして、南下し北方候が居住するスヴェン族の都に入った。周囲を山脈と崖に囲まれた土地だ。
東側には北ナルガ河があり、その向こうには蛮族の居住地があるが、断崖絶壁なので蛮族といえでも容易くは登攀できず攻撃は散発的である。
いちおう北方候には挨拶をしていく事にした。
「よく来たね、坊や」
「壮健なようで何よりです。アヴローラ様」
皇家の御曹子と分かっていても北方候はこれである。
先の大戦よりも前、60年前の戦争でも活躍していた魔女でレクサンデリに対抗できるような人物ではなく大人しく礼儀を払った。
「あまり壮健ってほどでもないね」
「何かありましたか?」
「蛮族の怪物と戦った時にちょいとね。寿命が半分は縮まったかもね。ヴォイチェフにも手伝って貰ったが、あっちは引退する事になるかもね」
「近衛騎士長が怪我を?」
ああ、とアヴローラは頷いた。
近衛騎士長も北方圏出身であり、現皇帝カールマーンお気に入りの騎士だった。
「戦況は悪かないが、一部の個体はわたしらじゃないと手に負えない。帝国に戻ったらせいぜい魔導騎士を増やすよう上申するんだね」
「私などから言ったところで・・・」
「魔導騎士の武具を用意するには金がいるだろ。あんたがやらなきゃガドエレ家がやるだろうさ。次の皇帝はあっちの家になるかね」
レクサンデリが成人してある程度経験を積んだ頃に、現皇帝は高齢になり引退するだろうと予測されている。世代的には現当主の父ではなくレクサンデリが次の皇帝選挙に出る事になるだろう。レクサンデリは礼儀の点でも、将来の打算からも北方候に会いに来たのだがどうやら返答に失敗したようだ。
◇◆◇
その夜、凍える北方圏の都ヘリヤヴィーズでレクサンデリは一泊し一人寝室で火を起こしている所にジュリアがやってきた。
「このまま本土に帰りますか?」
「・・・いや、お前には悪いがもう少し寄り道をしたい」
「構いませんよ。実家に戻っても給料は出ませんから」
この旅の間はレクサンデリからジュリアは給与を得ているが、家に戻れば給与は彼女個人にではなく家に払われてしまう。
「十分稼いだから、帰っても俺が個人的に出してやるよ」
「貰えるのなら金銭より他のものを貰いたいです」
「他のもの?」
「種無しではないと証明して下さいませんか?」