第49話 捜索隊⑥
「え、もう見つかってたの?マジで?」
「まじまじ、だよ。パリィー」
イルハンはパラムンに付き合って軽く答えた。
「パリー?」
「愛称、駄目?ボクの事はイリィって呼んで」
「おう、いいぜ!じゃあエドヴァルドはエディだな」
下に生えているものが生えている事を忘れてパラムンはイルハンの可愛らしさにすっかりのぼせ上ってしまった。
「おいおい、勝手に決めるなよ。母上はエドって呼ぶのに」
「まあまあいいじゃない。それより君達も一緒にここの生神様に会ってみない?コンスタンツィアさん達が絶賛していたんだよ。ここの生神様はイナテアの学者達よりも知恵と知識があるって、そのおかげで広大な東方圏で再び生きて聖堂騎士と再会して巡礼の旅を再開できることになったって」
「へー、いったん帝国に帰ればいいのに。随分敬虔なんだなあ」
イルハンに話を聞いた所聖堂騎士は漂流してもう少し北に流れ着いてコンスタンツィア達を捜索していたようだ。彼ももっと北にいると考えていたから随分あてが外れたらしい。
「勿論帝国に一旦帰ろうとしてたんだけど、この付近に転移陣を持っている国はバスターキン王国しかないし、そこも今故障中みたいなんだ。もう一度海を通って帰りたくないし陸路で帰るのにどうせ巡礼の道を行く事になるからだってさ」
「せっかくここまで探しに来たんだから一度くらい顔を会わしておきたかったな。なぁエド」
「僕はいいよ。早く家に帰りたい」
「ここまで来たんだから君達も占ってもらおうよ」
イルハンにとっては評判の占い師みたいなものだという認識だった。
◇◆◇
エドヴァルドはイルハンにも来て貰ってイーデンディオス達にもうこれ以上旅を続ける必要は無くなった事を告げた。
「そうですか。ですが帝国軍の駐屯基地か使い魔から連絡が来るまで確証が取れないのでしばらくはイデルファに滞在しましょう」
イルハンはトゥラーンの王子で信用できる地位があったが公職にある帝国人を連れていなかったのでイーデンディオスは確認を取りたかった。
「使い魔?」
「我が師イザスネストアスの使い魔ですよ。仕込んだのは別人ですが、連絡は取れます」
そんなわけでしばらくエドヴァルド達はイデルファに滞在する事になってその間暇なので噂の生神への面会も依頼した。キャスタリス達も是非会ってみたいというので随分な数になった。
遭う為には供物を捧げねばならないというのでキャスタリスとトレイボーンが調達しに行った。イルハンとパラムン、そしてエドヴァルドは生神がいる天幕の行列に並んで待っていたのだが、パラムンの火狐が天幕を掻い潜って中に入ってしまった。
「あ、こらジラーモ!」
パラムンに続いて、これ幸いとエドヴァルドとイルハンも中に入って行ってしまった。
◇◆◇
エドヴァルド達が追う火狐ジラーモは天幕の奥にいる生神の所まで辿り着いてしまっていた。生神のスカートの下に潜り込もうとして彼女に抵抗され抑えつけられていた。
「こ、こら何をするか!えぇい、この、この!」
口とは裏腹になんだか楽しそうだった。
ヴェールをつけて表情を隠していてもなんとなく伝わってくる。
エドヴァルド達に気がつくと、急に襟を正して座り直し、火狐を抱き上げて膝の上に置いた。
「何じゃ、お主らは?呼んだ覚えは無いぞ、定命の者よ」
「生神さんですか?せっかくだから何か占って貰えません?」
エドヴァルドは一応礼儀正しく尋ねたつもりだったが、相手の返答はつれないものだった。
「妾はトルヴァシュトラの使徒なんぞに用はない。とっとと去ね」
「おー、凄い!当たってる!」
退去を命じられたエドヴァルドだったが、気にせず自分の守護神を言い当てられて喜んだ。
「・・・妾を芸人か何かと勘違いしておるじゃろ、無礼なガキめ」
「次!次!僕にも何か当ててみて!」
不満そうな生神だったが、パラムンも目を輝かせて占いを頼んだ。
イルハンは一応この二人を窘めに回った。
「ちょっと、二人とも駄目だよ。ボクら行列を無視して横入りしちゃったんだからさ」
「まぁよい。ダナランシュヴァラの優しき子よ。どうせ並んでいたのなら後でも先でも同じじゃ」
ダナランシュヴァラはトゥラーンの守護神だった。
「済みません・・・あれ?ボクの事も分かるんですか?」
「死と再生の二面性を司る神は特有の気配がする。優しきそなたに祝福を授けよう。時が来たら再び我が元へ来たれ」
生神が祝福を授けるというと彼女の体から光の環が波紋のように広がって、イルハンの体に当たると収束して消えた。
「え?何々今の?僕にも頂戴!」
パラムンが自分にも祝福を授けてくれと願ったが、生神はしっしっと手を振って追い払った。
「男に用はない。もう終わりじゃ、失せろ」
使用人に追い出させて、次の客を入れようとした時キャスタリス達が戻ってきた。
まあ、いいかと生神は結局全員を中に入れた。
◇◆◇
そして供物を調達してきたキャスタリスからさっそく生神と話したい事があるという。
「さて、万能の生ける神とやらよ。あらゆる学識の徒よりもその知は優れるなどというその宣伝文句は少し高慢が過ぎるのではないか?」
「愚物には理解できまい。さっさと問いたい事を問うがよい」
男が嫌いなのか、生神はエドヴァルド達よりもさらに辛辣な態度でキャスタリスの応対をしている。
「では訊ねよう。人は死ねば何処へ行くのだ?」
「この地上ではない場所へ」
「地上ではない場所とは何処だ、曖昧な言葉で返事をするのは詐欺師の手口だとは思わないのか?」
「曖昧な質問には曖昧な言葉で返る。お主の無知さゆえに。返事が気に入らぬのはお主自身の浅はかさがもたらしたものに過ぎぬ」
生ける神は鏡を指さした。そこには太ったキャスタリスの赤ら顔が映る。
「では、改めて問おう。我がいつどのように生まれてどう死ぬのか答えてみるがいい」
「そなたの父はニロスコス、母はネレテーと言われているが、実は違う。父親は帝国兵で不倫によって生まれた子。そしてお前は家庭の不和によって死ぬ」
「侮辱するのか?父母は死んで確認など出来ない、そして私に家庭などない」
鏡に映るキャスタリスの顔がさらに赤くなった。
「いいやあるとも。お前には以前この地にいた帝国兵の愛人がいた。そしてヴェッターハーンの行政府にも男がいた。全ては帝国市民権を得る為に彼らを利用したのだ。将来帝国兵が戻って来た時に全てが暴かれて痴情のもつれで死ぬのだ、神の理を蔑ろにした愚か者よ」
「お師匠様・・・」
まさか、と弟子のトレイボーンが疑いの目を向けた。
「雛鳥よ、心当たりがあるであろう?」
トレイボーンは頷いて、少し後ずさりをした。
「だからなんだというのだ!帝国と違いここでは同性愛は罪ではない!」
「お主の欲望は愛ではない」
生ける神はそういってキャスタリスを断罪した。
既に相手の言葉を否定できなくなったキャスタリスは逆上する。
「では、お前はなんだというのだ!イナテアの権力者から金を受け取って都合の良い預言を授け、名士に同盟に加わるよう促しているお前が。名声を利用して金儲けをし、イデルファも戦争に巻き込もうとしているだけの俗物が!」
「証拠があるならば法廷に出すがよい」
キャスタリスが衆人環視の中で『生神』を糾弾したことにより騒ぎになってしまった。『生神』の支持者によってイデルファも追い出されてしまい、一行はトゥラーンまで行ってそこでフランデアンの別の捜索隊から既にダルムント方伯令嬢が発見された事を直接聞いた。
エドヴァルド達はトゥラーンで船に乗り、海路からラール海を通って自由都市連盟のヴェッターハーンまで行き、バルアレス王国へ戻った。
国に戻った時、エドヴァルドは母が病に倒れて隔離されている事を知ることになる。




