第48話 遭難者たち②
「さ、次。通行証を提示せよ」
番兵は事務的に仕事をこなし頭からすっぽりフードを被ったローブ姿のコンスタンツィア達の姿に疑問を感じずに通行証を要求した。対してコンスタンツィアは相手に魔術をかけて第二世界から命令した。
<<通行証を確認する必要は無いわ>>
「うむ、通行証は必要無い。通って良し」
番兵は頷いて道を開けた。
「おお、すっご」「しっ」
ヴィターシャとヴァネッサは顔を伏せてさっと通り過ぎた。
中に入ってしまえばなかなか大きな都市で通りも掃き清められて清潔だった。
賑わいのある市場の近くでは何やら寸劇が繰り広げられていたので三人娘もそれを見物する。とにかく情報が欲しいのだ。
さて、その寸劇の内容だが・・・
「聞くがよい、デリアンの民よ。今、まさに帝国の手先がこの都市に攻め込もうとしている!!」
その発言を聞いた三人娘は首を捻る。
近くに軍隊はいなかったし、帝国はこんな辺境の同盟都市に興味はない。
民衆の一人が進み出て、演説を行っていた人間に問うた。
「帝国の手先とは?」
「パルタスだ!奴らは武器を集めて槍を研ぎ澄ませここへ攻め込もうとしている!諸君らに備えはあるか!?」
「いや、無い」
出て来た男はそういって首を振った。
「だろう、連中は明日にも攻め込んで来て諸君の妻を犯し、子供を攫い、人々を奴隷にする。我々イナテアには武器がある。共に戦おうデリアンの民よ!我々には武器がある。諸君らにも安く提供しようではないか!」
「おお!!」
演説していた男は馬車に積み込んだ武器を示して、欲しい物は並んで買う用促した。
コンスタンツィア達が見ているとどうも民衆から出て来た男もサクラだったようで武器を求めて並んで買うように煽っていた。
「いつかレクサンデリが言っていたけど、本当に恐怖っていうのは商売になるのね・・・」
「ですねえ、連合ってもう少し平和な所かと思ってました」
「武器といっても投げ槍とか斧じゃないですか・・・農具よりマシかもしれませんがあれで帝国と戦うつもりなんですかねえ・・・」
民衆の中からまた一人進み出て演説家に問う。
「ところで何故パルタスが帝国の手先なのだ?我々の同志では無いか」
もっともだ、と三人娘は頷いた。
「ははは、君は知らないのか。パルタスはアレスなどという偽神を奉じている。神によって地上の生物の支配権を与えられたとほざく帝国の仲間なのだ!」
(そんなの神聖期の話じゃない・・・何千年前の話よ・・・)
(というか偽神って?)
「この世に神などいないのは君も承知しているだろう?君は確か学者のアンゴラサックスだったか。言ってみるがいい、君を創ったのは誰だ?神か?」
「いいや、違う。両親だとも」
「では我々の日々の糧を作っているのは誰だ?神か?」
「いいや、農夫たちだとも」
「だろう?帝国に我々の財産を、子供達を取り上げる権利はない!!」
「もったくもって君に同意する。しかし我々も作物も全ての根源は種子であり、これを創造したのは何者であるかはまだ答えられない」
学者は演説家に一部同意し、一部は否定した。
「種子だと?」
「そう、種子だ。服も紙も、木も我々の体も細かく千切る事が出来る。それを繰り返し限界まで物質を細かく千切った原子の存在だ。君はどうやって原子が作られたと思うね?神以外の何が作り得るというのだ?」
アンゴラサックスは同盟市民連合の限られた情報の中から原子論を導き出していた。帝国においても世界樹の種子によって世界に多様な生命が誕生したという推論は五根統一聖典から発展させた神学者から唱えられている。
「そ、そんなものは知らんが少なくとも地上に神はいない!存在しない、いれば問いかけにも答えない神ではあるまい!大地の母だか何だか知らんがこの世界の根源は神とは無縁だろう。帝国がいう大地母神など所詮恥知らずな淫婦の伝説に過ぎん!!」
母なる神を侮辱された三人娘の怒りたるや、隠れていなければならなかったのに思わず進み出てしまうくらいであった。
「それは違うわ!母なる神はいるのよ!」
歩み出て来たコンスタンツィアに演説家は不愉快そうな顔をするが、アンゴラサックスは好意的に受け止めた。
「ほう、ご婦人。どうやってそれを証明する。我々に日々の恩恵を与えてくれているのは両親であり、作物ではないのかね?」
「それは否定しないわ。物質的根源は確かに種子でしょう。神話にあるように世界樹は既にこの世界にないかもしれないけれど神は確かにいるの。霊的根源 によって確かに繋がっているのよ!」
「霊的根源 とは?」
コンスタンツィアも例の遺跡で手に入れた付け焼刃の知識が元なので話しながら考えを整理していった。
「れ、霊的根源とは・・・つまり・・・物質は細かく千切り、小さく細分化していくことが出来るかもしれないけれど、精神は・・・わたくしをわたくしたらしめる魂は切り刻んで小さくすることは出来ないわ。この根底たる霊的存在をマナスというのよ」
「ふむ、初めて聞く考えだがもう少し拝聴したい。それと神がどう関係がある?」
「『エイダーナの娘達』という民を知っているでしょう?彼女達は男をあちこちからさらっていろんな民族が混じっているのに産まれてくる娘達の容姿には一律の特徴がある。北方圏にもそういう特徴があるし、コンティーネント半島でも世界中からいろんな民族が流入したのに一定の特徴に収まるのは母なる神の特徴を受け継いでいるからよ。新しく生まれた命にも影響を及ぼすのは霊的根源が物質的根源に影響を及ぼし得るという事。第一世界の住人たる神が第二世界、そして第三世界へ、すなわち現象界の生物に影響を与えているということなんだわ」
「では五根よりもさらに深く・・・」
アンゴラサックスは具体例をいくつか上げられるとなるほどと納得してさらにコンスタンツィアに質問した。他の学者も合流しいつしか演説家は忘れ去られて学究の徒が集まって賑わうのだが、周囲の人の中にはコンスタンツィアに疑いの目を向ける者が出始めていた。
(ちょっと、コンスタンツィア様、コンスタンツィア様?)
(何よ、今いいところなんだから邪魔しないで)
同盟市民連合に対しては知識が制限されているとはいえ彼らの知性は馬鹿にしたものではなくコンスタンツィアも議論を楽しんで夢中になっていた。
(偽装魔術が解け始めていませんか?)
(え?あらやだ)
すっかり魔術の集中を忘れていた。
そもそも一ヵ所に留まるとマナが薄くなって行使出来なくなる。
慌ててコンスタンツィア達はその場を後にした。
幸い変わり者揃いの学者達は議論に白熱していたので、正体や容姿を気に留めなかったが周囲の人には見かけない異人の娘は印象に残った。
再び術に集中し、持ち物を市場で現金化して地図と筆記用具を買い徒歩でさらに街道を北東に進んでイデルファに入った。
◇◆◇
コンスタンツィアは読み込んで大分皺がついた教本を捲った。
「軍団基地の教本によるとイデルファには生神様とやらがいるらしいわね」
「へー、なんだかんだ言って神様の存在信じてるんじゃないですか」
「違うのよ、ヴァネッサ。たぶん人間が神に匹敵するということで『神』が高位の存在ではないといいたいんだわ」
むしろ存在しない『神』よりも現実の神の方が役に立つ、というのがイデルファ市民の考えのようだ。なるほどそういう発想に至ったのかとヴァネッサ達は納得した。
「ちょっと会ってみたいですね。占いとかしてくれませんかね。生神様の実力をみてみたいものです」
どうせ詐欺師の類だろうと一行は結論付けて、コンスタンツィアの魔術の訓練も兼ねて再び市内に潜入した。
◇◆◇
生神とやらがいる神殿はその予言を頼りにやってくる人々で大勢の行列が出来ていたが、コンスタンツィア達は生神様の意向で先に通される事になった。
そこでは陶酔効果のあるシバンカの実を使った香が焚かれ油断すると意識を持っていかれそうな部屋だった。
「女性・・・?」
煙で視界が閉されているが、シルエットからすると女性だった。
「いかにもその通りだ。愛しき娘よ」
「私の母は貴方より年配よ」
「そういう意味ではない」
馬鹿正直に答えたコンスタンツィアに『生神』は苦笑する。
「お主の母の名はエウフェミアじゃな」
「何故分かったの?いえ、これは・・・」
コンスタンツィアは自分の精神に触れようとしてくる第二世界の浸食を感じたが、それはすぐに後退していった。
「分かったかな?」
「ええ、何かわたくしにご用事?」
相手は『生神』といわれるような徳の高い女神官や預言者の類では無い、魔術師だとコンスタンツィアは理解した。コンスタンツィアより遥かに格上の恐るべき魔術師だ。一瞬で母の名を探り取られた。
「ここにイナテアの学者達を招いて貰いたい。その代わりそなたが次に何処へ行けばいいのか教えよう」
「何故そんな事をしなければならないの?貴女が何を知っているというの?」
「そなたが知る必要はない。成すべきことをするがよい」
「死にたいの?」
「望む所じゃ」
ヴィターシャとヴァネッサは香の力で意識が飛びそうになっていて不可解な問答だったが、次に向かうべき場所を指示された後に退出を促されて三人は外に出て新鮮な空気を吸って気を取り戻した。
「今の会話はなんだったんですか?」
ヴァネッサは何とか会話が成立していたようなコンスタンツィアに問うた。
ヴィターシャも頭にもやがかかっていたような感じで口を挟めなかったのでその返答を待つ。
「さあ、わたくしにもよくわからなかったけど彼女は魔術師だったわ」
コンスタンツィアは習得したばかりの第二世界の魔術をあちらから行使されるのを感じた。何らかの干渉は受けたが、精神操作まではされていない。
「ええ?本当ですか?同盟市民連合はただの人ばかりで魔術師や魔導騎士なんていない筈でしょう?」
「そうね、ひょっとしたらわたくし達のように古代の遺跡で何か特別な知識でも得たのかもしれないわね」
コンスタンツィアは半信半疑ながらも言われた地点に行くと彼女達を捜索中の聖堂騎士エイヴェルに出会った。




