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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第一章 すれ違う人々(1425-1427)
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第47話 遭難者たち

「そう・・・そう、上手よヴァネッサ。あっ・・・まってそこは優しく・・・。落ち着いて寄せて優しく揉みこむように・・・」


 コンスタンツィアは夜中にヴァネッサに魔術を教えていた。

自力で魔石まで作って簡易魔術杖まで作っている。なんで夜中にやっているのかといえば人目につかないよう土木工事をしているのだった・・・。


ひと段落すると森の中のベースキャンプに戻って朝まで寝る。


「ヴァネッサも大分上達してきましたね」


ヴィターシャも褒めるので、ヴァネッサは照れて謙遜した。


「あの『エイダーナの娘』とやらを助けた頃よりは、まあ。こうして教えて頂いてますし」

「あの時はびっくりしちゃったわね。マナの暴走なんて初めて見たわ」

「暴走するとああなるんですねえ・・・、怪我の功名でしたが」


 三人それぞれくすくすと微笑んだ。

襲われている少女をどうにか助けようとしてコンスタンツィアは風の魔術で大きな音を崖の上から送り込んだ。それにヴァネッサも協力しようとしたが慌てていたせいで周囲一帯に響き渡って反響してしまった。


「そろそろこの辺りも引き払って移動しましょうか」

「そうね。ここまで帝国商人を見かけないとは思わなかったわ。軍団基地ももぬけのからだったし」


 彼女達は帝国東方軍の第33一角兎軍団の駐屯基地を発見したが地元民に略奪されていた。戦闘の後がないので放棄された基地だったようだが、あてにしていた帝国軍までいない事にかなり失望していた。基地はせいぜい数百人しか駐屯できない小規模なものだったが、現地語に対応した帝国の辞典があったのでコンスタンツィアはそこから言葉の読み書きができるようになった。現地人を理解する為の帝国語で書かれた教本は役に立ったが、肝心の地図が無かった。


 部隊付きの魔術師の道具箱もあり、略奪者は何に使うのか分からなかったらしく放置されていたので三人が回収しそれで魔石や杖の作成も可能になった。


 教本で『エイダーナの娘達』の情報もある程度得られた。


「沿岸部は彼女達の領域だから港も全然無いんですねえ・・・苦労して彷徨ったの無駄でしたね」


ヴァネッサが悔しそうに舌を噛む。

そのうち港町があるだろうと思ったのだが、一切無かった。

沿岸部は入り組んでいてほとんど距離を進めず一ヶ月は無駄にしてしまった。


「どうも彼女達は月の女神を信仰しているみたいですね。親戚が似たような風習の部族を知っていました。北方圏ですけど」


ヴィターシャの縁者には北方系の者が多い。


「そういえば、特殊な母系社会なのよね。女性が好きな男を選んで子供作って結婚はしないっていう」

「北方候のいるネヴァ地方だけですけどね。大半は水の女神を信仰している筈ですが、月の女神を信仰する集団の中にあんな風に月夜の番に篝火を焚いて踊り狂う人達がいるそうです。今も狩猟生活を続けているそうな」

「余所者には厳しいみたいなのが残念ね・・・」


駐屯基地に残っていた書物では帝国軍も接触しないよう避けているとのことだった。


「軍にとっても同盟市民連合が沿岸部の開発をしない方が都合がいいんでしょう」


外洋で船を持ち遠征能力を持たれたくないのだろうと察せられた。


「さて、じゃあ今度はわたくしの修行につきあってね」

「はーい」


 野営地に戻るとコンスタンツィアの修行が始まる。

相手の精神に干渉して自分の姿を地元人に見せかけようというのだ。

街道を進んで一気に北上するには人目に付くが、地元人に帝国が嫌われている状況で少女三人の旅はどうなるかわからない。せっかく難破から生き延びたのに地元民に捕まって救助隊から隠されたら困るのだ。


コンスタンツィアはヴァネッサの精神に干渉して自分の幻覚を視覚に被せるよう脳裏に描いた。


「どう?」

「いいですね、今日のは大分現地の人のおばさんっぽく見えます。ただ声かけられた時に一気に戻っちゃいました」


現象界の認識がコンスタンツィアの第二世界からの干渉を上回ってしまった事によって幻覚が解除されたのだった。


「そう・・・。会話しないと欲しい情報が得られないし聴覚も誤魔化さないと駄目ね・・・」


遺跡で古代の知識も得られたがコンスタンツィアだが、独学ではなかなか進展しなかった。


「じゃ、また盗み聞きしましょう」


三人の力を合わせれば遠くの物音を拾い集めたり、望遠鏡のように視覚を強化する事も出来たので彼女達はそれで近くの村を偵察していた。魔導騎士では無いので肉体を強化しているわけではなく、失敗すると目や耳を悪くしてしまうので慎重に術を行った。


 ◇◆◇


「うっそ!今日も見つめ合うだけなの!?」

「どうしてそこで押し倒さないのよ!」

「あ、でも今日は手を握りました。大進歩ですよ!」


毎晩村を抜け出して逢引きしている恋人達がいるのだが、さっさとやることやって子供をつくる帝国人と違ってこの辺りの人はどうにも奥手で三人娘は毎日やきもきしていた。


本来は言語のヒアリングの勉強目的なのだが、最近は出歯亀に夢中になっていた。


「男ならもっと強引に行きなさいよね。情けない」

「えー、そこは女性の方から愛の女神を見習って誘惑したっていいんじゃないですか?」

「誘惑ならしてるじゃない。向こうが気づかないのが悪いのよ」


いやいやまだ彼女の手管が甘いのだとヴァネッサは言う。


「もうすこーし鎖骨でも見せて引き込むようなうっとりした眼差しで、相手の袖に触れるんですよ」


今にも倒れ込みそうにこうだとヴァネッサは演技する。自分達より年下とは思えぬ色っぽい演技にコンスタンツィアとヴィターシャは恐れおののく。


「これは確かに押し倒したくなるわね。わたくしが男だったら帝国に戻る頃にはヴァネッサのお腹は大きくなっちゃってるかもね」


そういえば前にもそんなこと言ってたなあとヴィターシャは思い出す。あれはいつ頃の話だったが、もう一年くらいは経ったのだろうか・・・。


 翌日うっかり三人そろって泉で水浴びをしている時、くだんの男にのぞかれてしまった。三人で協力して魔術で鳥を狩るようになっていたが、魔術の助けを借りているだけで所詮は素人、本物の狩人のように身を潜めたり、周囲の物音に敏感ではなかった。


開き直った三人は試しにめいめいに誘惑するような視線を送ってみた。

夜に逢引している娘の魅力が足りないのか、男が奥手すぎるのか試してみようと咄嗟に考えた。手招きさえしてみせたのに男は悲鳴を上げて逃げて行ってしまった。


「おかしいわね。好みじゃないのかしら」

「魔女か何かかと思われたんじゃないですか?」

「実際魔女ですけどね・・・」


今までの狩の成果がずらりと並んでいるので何も知らずにみると結構異様だった。


相手が鳥であれば、ヴィターシャが石を投げてコンスタンツィアが魔術で軌道を修正し、ヴァネッサも飛び立てないよう風の檻を作りなかなかの命中率を誇った。

鹿がいれば魔術で落とし穴と石の槍を作って自重でそこに突き刺さる様仕向けた。


火の玉を繰り出すような攻撃的な魔術は火の属性が強い魔獣の体の一部などを使う必要があるが、現地にあるものを利用して使える魔術だと負担も少なく済む。


「鹿さんの頭はさすがに不気味ですよ。コンスタンツィア様」

「それはわかるけど、現金が欲しいんだもの。立派な角だし、きっと高く売れるわ」


帝都の貴族でも狩りの成果を自慢して自宅に剥製をおいたりするものがいる。

コンスタンツィアも見事な雄鹿の角が気にいっていたので言葉が通じれば高値で売りつけたいと考えていた。


「無口な人を装えばどうにかなるんじゃないです?」

「そろそろ試してみようかしらね・・・。馬でも買えればいいのだけれど」


手持ちの物ではさすがにそこまで高値で売れそうなものはない。二人に説得されて重い物は置いていきこの場所は引き払う事にした。くだんの男がそのうち村人を集めて突き止めてしまうだろう。

遺跡から持ち出した不思議な光沢の布やサンダルは見るものがみれば高値がつきそうだが、この辺の住民に価値がわかるとは思えなかった。


「ああ、早く本土に帰って旅行記を出してみたい」


ヴィターシャもすっかりこの生活に慣れているが、いつまでも続けるわけにはいかない。


「本土じゃ検閲されるかもしれないわよ。自由都市連盟の例の記者さんや出版社の方がいいんじゃない?」

「それはそうなんですが、やっぱり本土で成功して親を見返してやりたいです」


しばらく周辺地域の人々を観察していたおかげでどうにか振舞い方を覚えた三人はつに街道に足を踏み入れて、先を急いだ。多少奇異な視線を向けられたがどうにか大丈夫なようだった。


行商人にカラフルな鳥の羽やこしらえた燻製肉を売って現金や現地の衣服を手に入れると少し大きめの街へ踏み込む事にした。


「いい?自然に、自然に振舞うのよ?都市に入るのを拒まれたらそれはそれで構わないわ。まずは反応を確かめてみましょう」


コンスタンツィア一人で三人分も偽装しなければならないので不自然な動作はフォローしきれない。

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2022/2/1
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