第46話 捜索隊⑤
捜索隊はデリアンに向かう途中で首輪と手枷をつけられて引きずられている少女を見た。エドヴァルドは義侠心から少女を引きずっている男に文句を言った。幸い東方共通語が通じる相手だった。
「おい、お前何をしてるんだ!」
「何って?これは俺が買った奴隷だ。てめえに文句をいわれる筋合いはねえ」
エドヴァルドの周囲には大勢の騎士や従者がいるが、その男は強気に言い放った。
対するエドヴァルドも言い返す。
「奴隷だからって無意味に苦痛を与えていい法律は無い!」
「はぁ?なにいってんだおめえ」
バルアレス王国も帝国に従属する国家群のひとつであり、帝国が定めた万国法に従っている。帝国は奴隷売買を禁じたが、帝国傘下の諸国にはそれを強要していなかった。その代わり、ある程度奴隷への処遇改善を命じている。
エドヴァルドはその処遇改善に従った国家で育ったので、砂利道で引きずられて血まみれの少女への対応が許せなかった。しかし、引きずっていた男は帝国傘下の者ではない。なんで彼女を虐待している!?と言った所で、調教しているだけだと言い返される。
常識が違い過ぎた。
ほとんど会話が成立しなかったが、一応雇われの身のキャスタリスやトレイボーンが間に入った。トレイボーンが仲介した所、この引きずられていた娘は『エイダーナの娘達』と呼ばれる少女だったらしい。
「彼女達の領域には不可侵の取り決めを交わしているのでは?」
「それが・・・この娘の話では成人の儀式の最中に何者かに邪魔されて一族から追い出されてしまったそうです」
この少女が『エイダーナの娘達』の領域外を彷徨っている所を人買いに捕まってしまったらしい。
「成人の儀式とは?」
「狼を殺して生還すること、だそうです。成功すれば正式に一族として認められ、失敗すれば狼に殺されるか、追放されるそうです。その儀式の最中に他者の助けを借りた者は追放刑に遭うそうでして・・・」
トレイボーンはエドヴァルドにそう説明した。
この少女は追放されて弱っている所を捕えられたのだ。彼女達を助けたのは例の『魔女』だということは容易に想像がついた。地元の人間はこの儀式を邪魔したりはしない。
「さて、少年よ。無知が罪であることが理解できたかな?『魔女』達の無知ゆえに結果としてこの少女は奴隷に落ちた。聞けば橋の修復を請け負っていた業者は『魔女』が勝手に直したせいで仕事を失い路頭に迷った」
キャスタリスがまたもや賢しげにエドヴァルドに語りかけた。
「善意からしたことじゃないか」
「善意が籠っていれば罪も許されるのかね?」
「うっせーよ、お前!結果がなんだっていうんだ。軍神達だって勝敗に関わらず戦う事自体に意味があるといってる!」
窮地を助けようとした行為が罪であるとはエドヴァルドには納得しがたい。
「少年よ。そう憤る事はない。私は議論の積み重ねによってより高度な知の高みに達したいだけである」
「ああ、もう。僕は議論になんか興味無い。結果が重要だってんならこの子を奴隷から解放すればいいいんだろ?シセルギーテ、この子を買い取って!」
「え?私がですか?」
エドヴァルドには個人的な財産はないのでシセルギーテを頼った。
「そうだよ!母上だって奴隷を買って保護したろ?僕もこの子を買い取る。『魔女』の善意に心打たれたからだ!無知が罪だなんて言わせない!」
エドヴァルドにとってはシセルギーテは生まれた頃からの付き合いで、母の乳姉妹なら叔母、家族の一員と考えていた。他人に縋るのを情けないとは思わなかった。
まぁ多少は感じたが、今は心の片隅においやってシセルギーテを頼りにした。
「仕方ありませんね。まぁいいでしょう。私も善意の結果は善意に導かれてあって欲しいですから」
こうして少女は解放された。
突然解放された少女は状況が把握出来ておらず呆然としていた。とりあえずもう自由で好きにしていいと伝えたかったが、エドヴァルドには彼女の言葉は話せない。
「ねぇトレイボーン。彼女の言葉は話せる?」
「少しの単語だけなら」
「じゃあ、もう好きにしていいって伝えて」
もう好きにしていい、行けと身振り手振りを交えてトレイボーンは伝えたが、彼女は泣き出してしまった。
「『イクアテガナイ、カゾクニモステラレタ。ダレカガギシキ、ジャマシタ』と言っています」
彼女を買った男はこれでわかったろとエドヴァルドに言った。
「こいつらは今まで男とみれば殺してきたんだ。うちらはあいつらの領域に入らないが、向こうがこっちに来たなら殺そうが、奴隷にしようがうちらの自由だ」
家にも帰れないし、放っておいたら奴隷商人に捕まるか殺されてしまう。
褐色の肌に銀の髪というこの周辺ではこの『エイダーナの娘達』固有の特徴なので隠す事も出来ない。仕方ないのでエドヴァルドは自分が連れて行く事にした。
「トレイボーン。どうにかして僕らの言葉を教えてあげて」
「承知しました。私も彼女達の言葉を学びたいですから」
まともに言葉が通じるようになるまでしばらくかかるが取り合えず名前はヴァニエということは分かった。
◇◆◇
デリアンではキャスタリスの知人の学者が『魔女』について詳しく教えてくれた。
「イナテアから来た遊説家が対パルタス戦の同盟に加わる様、私達に演説していましてな。そこで彼女達が現れて論破した為、今の所同盟には加わっていません。容姿はこの地方では珍しい赤髪や金髪でした。肌の色も違うので目立ちましたね。どこで学んだのか未知の知識を持っていたのでもう少し話したかったのですが、帝国人と疑われると姿を消してしまいました。一ヶ月半前の事です」
細かく容姿を聞いた所、その少女達が帝国人であり遭難者であることは察しがついた。
「もう三ヶ月以上遅れをとっていたかと思いましたが、少し追い付きましたね」
イーデンディオスは胸を撫でおろした。どうにかして生きているようだ。
彼女達が帝国軍の駐屯地の場所などを尋ねて回っていた事も判明した。
疑われて姿をくらましてしまったらしく、その後の足取りは掴めないが目撃談からすると北上しているようだった。いろいろ話を聞くと街道筋で馬車の車輪が壊れてしまった人の為に、道路を直していたりすることもわかった。修復工事を受け負っていた業者は工事にとりかかる前に直っていた為、工事費が受け取れず、『魔女』を恨んで悪いうわさを流しているようだ。
「ねえ、イーデンディオス先生。このままだと帝国人が悪者にされちゃいますよ。工事費を払って上げてはどうですか?」
「ううむ。確かに」
エドヴァルドはキャスタリスへの当て付けでたとえ無知でも善意の結果が恨みを招かないようひとつひとつフォローしていくことにした。
イーデンディオスにとっても同盟市民が帝国に悪意を持つ事は避けたいので、私費で業者を援助した。ついでに架けられた橋をみてもう少し修正する必要を感じたので業者と発注者に指摘しておいた。負荷分散をしなければこの橋は数年で崩壊してしまいそうだった。
魔術による架橋ということは評議員である彼にはすぐにわかり、魔術だけでやった場合に特定の部位に要補強箇所が出てくる事も熟知している。
自殺してしまった遊説家はキャスタリスの知人の詩人に頼んで優れた弁舌を称えた碑文を残した。他のものは別口の犯人がいて逮捕されたからもう二度と無いと噂を広めた。
この近隣ではイナテアは大都市で情報収集するのに最適な都市だったが、既にこの辺りにはおらず北上しているらしいので一行も追って北上しイデルファという都市に向かった。
イデルファでは入市に際してイナテアのように拒否はされなかったが、刃物に封印措置を施して貰いたいという事だった。鎖で縛って容易に抜けないようにし、槍など刺突武器は覆いを被せて同様に封印措置をする事になった。
入市の手続きをとっている間、エドヴァルドとパラムンはしばらく周辺を散歩して暇を潰す事にした。ぷらぷらしている間にパラムンの火狐が他人の足元にじゃれつきはじめてしまった。それを叱って、また歩き出しているうちにパラムンが一人の子供に目を付けた。
「お、凄い美少女がいるぞ」
近くには他にも手続き待ちの人がいて、手持無沙汰な娘が同じようにぶらついていた。
「んーどれどれ?」
エドヴァルドもそろそろ年頃なので異性が気になって目をやる。
「かっわいいよなあ、あの子。うちの国にはあんなの全然いないぜ。連れてかえりてー!」
パラムンがいうようにバルアレスの人々とは肌の色も大分違う。
バルアレスは東方圏最南端で南方の国々とも交流があるのでわりと小麦色、褐色の肌の人種構成となっている。フージャ人は割と帝国系に近くザカル人、アレス人などは大分南方圏の影響が濃く残っている。そしてだいたいの一般人は虫にでも噛まれたように肌が荒れていた。
パラムンが目を付けた子供は艶やかな象牙色の肌に綺麗に梳かれた黒髪でお洒落な飾りをつけた服を纏い明らかに一般人とは違っていた。
顔料は多分に使われているので街中は割とカラフルなのだが、服を染める為に使う染料は高価なので庶民は擦り切れるまでずっと同じ服を使い大体ぼろぼろになるまで使っている。
「僕は肌を露出してるような女は嫌だ」
バルアレスでは蒸し暑くとも長袖長ズボン、あるいはスカートだが、凝視している子は半そで半ズボンですらりとした太ももが覗いていた。
「スーリヤさんは?」
スーリヤは今も踊り娘のような衣装で舞い踊る事があるのでパラムンも鑑賞させて貰った事があった。
「母上は南方圏の人だし、家の外では隠してる」
エドヴァルドも身近な王族の女性にメーナセーラなどがいたが、身内びいきの視点で見ても今見ている子の方がかなり上回っていた。
しばらくぼんやり二人が見とれているとその子はおもむろに立小便を始めた。
「・・・男じゃん。パラムン、連れ帰ったらティーバ公が泣くぞ」
ぶはっとエドヴァルドが吹き出し、パラムンは赤面した。
その子は斜め後ろを振り返って、立小便をじっと見られているのにさすがに恥ずかしそうにした。終わると顔を赤らめたままエドヴァルド達に寄って来た。
「もう・・・見つめないでよ。恥ずかしいでしょ」
エドヴァルドは悪い悪いと謝り、お前も謝れとパラムンを小突いた。
パラムンも謝ってついでに気になった事を聞いた。
「君は何処の子?この辺りの人じゃないよね?」
「うん。ボクはトゥラーンのイルハン。君達は?」
「僕はバルアレスのパラムン。こっちは王子のエドヴァルド。行方不明になった帝国人の巡礼者を探しているんだ」
それを聞いたイルハンはあぁ、と納得して彼らに衝撃的な事実を告げた。
「巡礼者ってダルムント方伯のお嬢さん達?それならもう見つかったよ。ボクらは君達を探してたんだ。フランデアンのフィリップ王子が連れ帰ったから君達ももう国に帰っていいよって」




