第45話 捜索隊➃
パルタスが意外と協力的になった為、滞在は三日ほどで終わった。
何か情報が見つかったら捜索隊かバルアレス王国へ通報してくれることになった。
三日間の間でエドヴァルドはパルタスの少年達と模擬戦をして勝率は7割ほどだった。パルタスから出発する際に見送りに来たヴァレリウスがエドヴァルドを褒めた。
「たいしたものだ。うちの戦士見習いたちに勝つとは。産まれて三年で親元から引き離され毎日訓練を行う選りすぐりの戦士達なんだぞ」
戦士達は親の名も知らずに育つ事になるという。
ヴァレリウス自身もそうだった。
「どうだ?大きくなったら我々と共に帝国を倒さないか?」
帝国人のイーデンディオスがいる前でこれである、なかなか気さくで豪快な人物だった。うちの王子を悪だくみに誘われては困るとシセルギーテが口を挟んだ。
「気を悪くしないで欲しいのですが、今の帝国は直接支配に興味はありません。倒す必要などありませんよ」
反抗すれば懲罰戦争で叩き潰しに来るが、帝国経済に影響がなければ放置される。相手にする価値すらないのだ。パルタスには銃も無いし精錬技術も古代のまま止まっている。
「そうかな?連中は優秀な人材を次々引き抜いていっている。陸も海もどこにでも帝国人は出没して我がもの顔で振舞い、欲しい物を奪っていく。俺は疑っているんだ、あいつらは軍隊は送ってこないかもしれないが暗殺者は送って来て引き抜きを断った人間を殺して回っているんじゃないかと。故意に伝染病を蔓延させて我々に力をつけさせないようにしているんじゃないかと」
考えすぎだとシセルギーテは呆れた。
「今の帝国は自分の事で手一杯ですよ」
イーデンディオスは前の皇帝の宮廷魔術師だったイザスネストアスの弟子だ。
彼でも広範な知識に触れる機会がありながらこんな辺境の同盟市民の事は何も知らなかった。シセルギーテは被害妄想だという言葉を飲み込んで当たり障りのない言葉で返し、彼らに協力の礼を言い、別れを告げた。
◇◆◇
イーデンディオスは捜索に進展は無く、何も情報は得られなかったがパルタスの協力を得られた事は喜びエドヴァルドが意外によく働いてくれた事を嬉しく思った。夜にシセルギーテの弾く竪琴を聞きながら珍しく酒を嗜み彼の事を褒めた。
「フランデアン王に比べると学業に熱心ではなく、今一つ覇気にかけると思いましたが機転は利くようですね」
「比較対象が妖精王ではちょっと可哀そうでしょう。あの方は特殊ですよ」
「彼は初めて会った時から努力していましたから特殊な才能のおかげで大成したわけではありませんよ。四歳の時点で裁判に出て相手をやり込めていたほどですから、幼い頃から意思が強い方でした」
イーデンディオスが担当する前の話だったが、彼は思い出深そうに言った。
「エドヴァルドの場合、まだ将来進む道が決まっていない事が熱心さを欠いているのではないでしょうか。フランデアン王は学院でお会いした時に既に王位つく決心をしておいででした」
「彼が唯一の男子で既に御父上も亡くなっていましたからね。摂政殿にいつまでも国を任せておきたくないとお考えでした。・・・なるほど。エドヴァルド王子があまり優秀だと困るかもしれませんね。王位を目指す事も出来ませんし、領主としての赴任予定の地域も提示されていませんし。実は陛下に帝国で生きていけるように育てておいてくれと頼まれていたのですが、彼には何が向いていると思いますか?」
問われたシセルギーテだが、あまり彼女は考える事が得意ではない。物事は剣で片付ける方が得意だった。
「ふうむ、あの子は甘えん坊ですしスーリヤ様の生き甲斐です。帝国にやるのは勘弁して貰いたいですねえ・・・。戦いの才はありそうですが、帝国騎士は死亡率の高い危険な任務ばかりです」
「帝国騎士でなくても帝都の防衛軍団とかでも構わないかと思いますが」
「無理でしょう。パルタスでも勝手に喧嘩を始めたように侮辱を許す子ではありません。喧嘩沙汰ばかり起こしていずれ帝国貴族と事を構えるでしょう。向いていませんよ」
そういわれるとイーデンディオスもそんな未来予想図を思い浮かべる事が出来た。
宮仕えが向いていない人間というのはいるものだ。
◇◆◇
続くイナテアでもやはり入市を断られた。
戦争中のパルタスから来た事が問題視された。一応知人のキャスタリスに用があるので呼び出して貰いたいと告げたが彼は郊外の家で思索に耽っているという。
執政官が入市を許可するかどうか、民会で投票を行うというので彼らは先にキャスタリスに会いに行った。
「ようこそ無知の徒よ。再び私に教えを乞う為にやってくるとは殊勝な事だ。だが、歓迎しよう。失敗から学べる事の方が多いのだから」
イナテアの住民が案内してくれたキャスタリスの家で彼に出迎えられたが、その言葉にエドヴァルドはかちんと来た。
「失敗から学ぶ?レヴァン兄上とヴァフタン兄上はもう学べることはないよ。あんたとタルヴォの差し出口のせいで死んじゃったんだから」
「いかにも私の言葉は武器となりうる。言論の力は研ぎ澄まされた短剣よりも鋭く胸に突き刺さるだろう。故に持つものには分別が必要だ。弟子よ、分別は得られたかな?」
「このっ・・・」
エドヴァルドの心にしばらく燻っていた怒りが再燃する。
あいかわらずなんとなくむかつく言い方をする男だった
エドヴァルドが暴発する前にイーデンディオスが割って入る。
エドヴァルドが子供といっても魔力に芽生えて一般人よりはかなり強力だ。憎しみに駆られてキャスタリスを殺しかねない。
「王子、今は役目を果たさなければ。キャスタリス殿には我々に協力して頂きたい」
イーデンディオスは旅の目的を話し、同行を依頼した。
「よかろう。だが条件がある。私の弟子を連れて行っても構わないかね?」
「もちろん協力者は大いに越したことがありません」
「それから任務完了後に弟子にバルアレスの市民権を与えて欲しい」
「そういった権限はありませんが、陛下にお伝えしておきましょう」
キャスタリスは自分の市民権は要求せず、弟子の物だけを頼んだ。
弟子の名はトレイボーンといって、外の世界に憧れている青年だった。
◇◆◇
一行はイナテアに戻ったが、まだ民会は開催されておらず入市は許可されていない。キャスタリスが入市して確認してくると民会にかける議題を決める為の投票が一ヶ月後に開催されるという。
パルタスでは一刻で解決したというのにこちらでは何の進展も無かった。
「武装した帝国人やバルアレス王国人の入市は全区に及ぶ問題となる。全市で投票するには各地区の同意が必要なのだ」
キャスタリスは捜索隊にそう説明した。
「同盟市民連合本部から許可は下りているんだぞ!」
またしてもラグランが憤る。
「執政官は通行を交渉する許可だと解釈している。各都市に便宜を取り計らうよう要請しているだけだと。故に民会で民主的に判断する事にしたのだ」
「民主的、民主的ね!『執政官』は民の代表者では無いのか」
「そうだ」
「では、何故自分で決められない?民衆に仕えているのか?」
「その質問にもそうだ、と答えよう」
「はっ、民衆とは何だ?一体何人いる?全員の承諾を得るまで話しが進まないのか?仕える主が多すぎるのではないのか?」
「投票権を持つものは三千ほどだ。さほど多くは無い」
おや、とイーデンディオスは疑問を感じた。パルタスと五分に戦っている割には少ない。
「うむ。疑問はもっともだ。一万五千ほどは奴隷だな。そして女性や子供にも投票権は無い」
それを聞いてエドヴァルドがさらに口を挟む。
「奴隷?前に奴隷に批判的な事をいっていなかった?」
「私は質問しただけだ。批判されたと思うのならば心に咎める事でもあったのではないか。そして私は知の探求者であり、市の行政官ではない」
「あっそ!」
イーデンディオスは感情的になるエドヴァルドを下がらせてキャスタリスと相談した。ひとまず彼に学者仲間を通じて執政官らに民会を早めて貰えるよう頼み、それとは別にキャスタリスとトレイボーンに人の多いところで聞き込みもして貰った。
捜索隊の半分はイナテアに見切りをつけて先行させた。
キャスタリスはイナテアでも煙たがられて噂を集められなかったが、トレイボーンはなかなか優秀でいくらか疑わしい情報を入手してきた。
情報1)
魔女の目撃談。
奇抜な服装をまとった魔女がおぞましい事に神の名を語って堕落の道を切り拓いた。
情報2)
やはり魔女の目撃談。
森の中で鹿の首を吊るし、鳥の羽をまとった魔女たちが踊り狂い邪悪な宴を催して奇怪な歌声を上げていた。
情報3)
またまた魔女の目撃談。
森の泉で全裸の魔女たちが、破廉恥な事に通行人を泉へと誘い意識を奪っていた。
情報4)
やはりまた魔女の目撃談。
近隣の同盟都市デリアンで遊説家が魔女に論戦を挑まれて敗北し、面目を失って自殺した。呪いをかけられたに違いない。
情報4についてはキャスタリスの知人の学者仲間も知っていた為、いったんイナテアを諦めて捜索隊はデリアンに向かう事にした。