第44話 捜索隊③
父達に余計な事をするなといわれたとはいえ、長旅にいい加減退屈してきている少年達である。休憩時間中はメッセールやシセルギーテに剣や槍術を習い、夜はイーデンディオスに学業と魔術を習っているので離宮にいた頃のように勉学は進んでいる。
大人たちも夜に会議をしているのだが、段々苛立ちが募って来ているようだ。
「通行証はあるんだぞ!なんで入市できない!!」
ラグランが明日入市予定だった同盟都市のパルタスへ先行させた従者に当たっている。
「それが・・・なんでもパルタスはイナテアと戦争中だそうでして、我々が敵の密偵かもしれないと疑っているようです」
街道は勝手に通ればいいが、市内には入れないし帝国人の捜索にも協力しないと言っている。
「なんて奴らだ!帝国駐屯軍の報復が怖く無いのか」
憤るラグランにイーデンディオスが従者を庇ってとりなした。
「まあまあラグラン殿。『マッサリアの災厄』以来東方軍の大半は北部に送っている為、近隣の砦は空なのです。彼らに情報を与えなかったせいで帝国が弱体化して撤兵したと思い込んでいるのでしょう」
これは繊細な問題だった。
帝国政府の全権大使がいない限り勝手に強引に出る事は出来ない。
「とにかく彼らの代表者と明日交渉してみましょう」
翌日、パルタスの正門に執政官という代表者に来て貰った所彼らの言い分はこうだった。
「我々の交易商人がそちらで犯罪に巻き込まれた時、公平に扱われたか?行方不明になった時国をあげて協力したか?なぜ我々が戦争中に危険を冒してまで貴様らを招き入れなければならんのだ。入りたければイナテアを滅ぼしてこい」
態度の大きい執政官を前に騎士らは憤るがイーデンディオスは冷静に交渉を開始した。
「通商上の問題は行政府とお話ください。巡礼者達が行方不明になってから三ヶ月以上が経ちました。行方不明者の家族はその間ずっと哀しみ、張り裂けそうな胸を抑え、苦しみ続けているのです。帝国がその気になれば何十万という大軍を派遣して徹底的な捜索活動を行う事も出来るのにそうしないのはあなた方を尊重している事のあらわれです。我々を信用して頂けませんか」
「今度は脅しか?我々は軍神を奉ずるもの。脅しには屈しない」
「脅しではありません。事実です。帝国は常備軍を100万も抱えているのですよ。あなた方の都市の人口は一万ですか?二万ですか?全ての人間に武器を持たせても一個軍団にも叶いませんよ」
下手に出ても耳を貸しそうにも無い為、イーデンディオスは態度を少し強くした。
「ははは!我々が何も知らないと思っているのか。北の果てで獣人共に大敗しその軍団を失ったくせに。近くの駐屯地に配置していたたった三百の兵士も戻ってこないではないか」
「それは十年以上前の話で、既に勝利して終わりましたよ」
厳しい制限が課されているとはいえ同盟市民連合の商人も帝国の領域を行動可能だ。それでいくらかの情報は持ち帰られている。ただしあまりにも古かった。
「ほう。それはそれはめでたいことだ。祝勝会でもしようか?で、駐屯兵が戻ってこないのは?」
これはイーデンディオスも答えられなかった。
帝国政府は赤字財政で軍事費を縮小しており、財務省はこんな辺境の果てに軍団兵を駐留させておく必要を認めなかった。
イーデンディオスに助け舟を出す必要を感じたエドヴァルドが珍しく会話に口を挟んだ。
「ねえ、執政官といいましたっけ?同盟市民連合は神を信じない人の集まりだって聞いていたけれど軍神を信仰しているの?トルヴァシュトラ様のこと?」
「なんだ坊主は」
突然前に出てきて口を挟んだ子供をあからさまに見下した目で執政官はぎょろりと睨み、下がれと手でしっしと追い払う仕草をした。
「バルアレスの王子だよ。一応礼儀は守るつもりだけど、子供だからって舐めるとぶちのめすよ」
執政官が大言壮語を吐くガキだとハッと笑うと、次の瞬間エドヴァルドはラリサから持ってきた棍をくるりと回し先端を執政官の顎に叩きこんだ。
エドヴァルドの姿勢は一切変わらず持ち手だけでその動きをやってのけたので、執政官は虚を突かれてしまった。
「このクソガキ!」
執政官は顎を抑えてエドヴァルドを睨む。
執政官の護衛は相手が子供なのでいきなり暴力を振るったエドヴァルドに武器は向けなかったが、シセルギーテやメッセールを警戒し始めた。
「軍神を奉じてるのに油断しすぎじゃない?僕は警告したでしょ」
「む?むぅ、それはたしかに。これは私の失態だな。坊主、名前は?」
執政官が自分の落ち度を認めると護衛も警戒を解いた。
「トルヴァシュトラの使徒エドヴァルド。おじさんは?」
「ヴァレリウスだ。そして我が神の名はアレス」
トルヴァシュトラでは無かった。
「ああ、南方圏の軍神だね。じゃあアレス人なんだ」
「そうだ。よく知っているな。バルアレスの人間は俺達の事をもう忘れたと思っていたが」
「エッセネ地方の人達に習ったんだよ。昔は一緒に戦ってたって」
「その通りだ。エッセネ人は最後まで抵抗したがザカル人とフージャ人は帝国に屈服した」
ヴァレリウスの言葉には若干軽侮の念が込められていた。
「アレス人が大陸の南からこっちに逃げて来た時、この土地の人は受け入れてくれたでしょ。少しは協力してくれてもいいんじゃない?僕の母は南の大陸のヴァルカ出身なんだ。行方不明になっている子達も早く親元に帰りたいだろうし。僕も母上を一人で残しておくのは心配なんだ」
さっさと帝国人を発見して家に帰りたいとエドヴァルドは言った。
「ふうむ、しかしな。俺の一存で市内の人間を危険に晒すわけにはいかん」
態度は軟化したもののヴァレリウスの決定は変わらない。
唯一南方圏出身者のシセルギーテがあと一押しとばかりに口を出した。
「アレスの使徒ならば戦って決めませんか?一騎打ちでこちらが勝てば要求を飲んで貰います。負ければ退去して我々は次の都市へ向かいます」
「ふむ、ではしばし待て。相談してくる」
一刻後ヴァレリウスは上半身は裸なものの武装して戻って来て告げた。
なにやら香油を塗りたくっているようで体がてかてかしている。
「入市する時に武器を封印すること。そして三人までなら許す。それでよければ決闘を受けよう!」
どうもヴァレリウスは自ら決闘を受ける気のようで既に戦意十分のようだった。
市壁の上には市民達が鈴なりになって戦いの時を待っている。
「老師どうします?これ以上の交渉は望めない気がしますが」
「そうですね。シセルギーテ殿、決闘は誰が応じるのが最適だと思いますか?」
イーデンディオスは恐らく最強であろうシセルギーテが決闘に名乗りをあげるのを期待したが彼女は首を横に振った。
「アレスの戦士に女性はいません。私が出れば向こうは侮辱されたと思うでしょう」
「では俺がやろう」
名乗りを上げたのはラグランだった。
しかしデュルパンがそれを止める。
「お前では相手を殺してしまうだろう。私がやる」
メッセールも名乗りを上げたがシセルギーテが止めて、デュルパンに決まった。
◇◆◇
「我は偉大なる妖精王の騎士フランツ・ユーゲン・デュルパン。そして契約の神アウラの敬虔な使徒である。我が神に誓ってもし私が負ければ命を賭して神聖な契約に従い、一行をアレスが守る都市から退去させると誓う。さて、汝は我が勝利した場合神かけて契約を遵守し誠心誠意哀れな婦女子の救助に全面的に協力すると誓うか?」
「誓おう、アウラの使徒よ。さあ行くぞ!」
ヴァレリウスは強かったが、デュルパンは大戦を潜り抜けた猛者であり勝利の女神は彼に微笑んだ。ヴァレリウスの剣はデュルパンの白銀の鎧に有効打を与えられず弾かれ、デュルパンは戦槌で相手を殺さないように致命傷にならない部位に打撃を与える余裕があった。
手加減されている事がわかるとヴァレリウスは膝をついて潔く降参した。
「もういい、私の負けを認めよう」
「事が済んだら再戦を受け入れてもいいぞ」
デュルパンはそういって手を差し伸べて助け起こした。
「任期を終えたらな」
ヴァレリウスの剣は殺意が無かった。
全身全霊で神に助力を求めて、力を借りて戦っていれば結果がどうなっていたか分からない事をデュルパンは感じていて、ヴァレリウスの方も彼がそう感じている事を察していた。
「では偉大なるアレスに守られた都市に友人を招こうか。誰が入るか決めるがいい」
入市する三人は相談の結果イーデンディオスとデュルパンにシセルギーテと決まった。そして子供のエドヴァルドとパラムンは人数制限に関係無く入市が認められた。




