第43話 捜索隊②
エドヴァルドとパラムンは実際、娯楽のないラリサに飽き始めていた。
シセルギーテからは訓練の一環として一番高い塔に毎日登って海の方を偵察するよう言われている。何百段もある階段に疲れて、途中で手に入れた変わった材質の杖を突きながら毎日上がっているが登り切っても天気が悪くてろくに見えなかった。
杖があった部屋の扉は開かずの扉と言われていたらしいが、エドヴァルドの血に眠る魔力に反応したらしく簡単に開いた。たまたま寄り掛かった際に勝手に開いたのでエドヴァルドは有難く失敬した。
男達はあちこち走り回っているのでこの気ままな少年達の面倒を見たのはラリサの代官ダリウスの妻やその使用人の女性達だった。
「せっかくいらしたんですからこの土地の歴史も学んでくださいな。王国自体にとっても大事な事ですよ」
「そうなの?」
「ええ、そうですとも。この地方の歴史は異なる人種の団結と信頼の歴史です。昔、この東方圏南部地方は帝国からザカル・フージャ地方と呼ばれていました。森の民ザカル人と海の民フージャ人です」
「あ、知ってる。フージャ人の末裔が作った国がアルシアでしょ?」
パラムンは病で寝台に縛りつけられていた期間が長かったので本ばかり読んでいてそのあたりは詳しかった。
「そうです。ザカル人の末裔が作った国がバルアレス王国ですが前の国はアレス王国といってアレス人が支配階級にありました」
「アレス人って?」
「南方から渡って来た民族ですね。帝国に対する抵抗活動を続ける為に東方へ渡って来た人達です」
帝国は征服期においてスクリーヴァが帝国本土つまりコンティーネント半島統一後に北方圏南部に侵入し次いで陸路東方圏の北西部へ侵攻した。
そこでフランデアン王国に阻まれて、一旦東進を中止して一千年かけて反時計回りに北方圏、西方圏、南方圏を制圧した。
各地を制圧した後、東方圏南部に侵攻しそこで東方圏の人々と南方圏から逃げて来たアレス人が抵抗活動を繰り広げた。
「アイラクリア公やエールエイデ伯はザカル人で殿下達はアレス人の血が濃いですね。今はそういった民族ごとで対立していますが昔は皆で協力して帝国と戦っていたんですよ」
エドヴァルドやパラムン達もこの頃には大人たちの雰囲気で王妃達を中心とした権力争いは大分理解している。
「昔は仲が良かったんだね」
「そうですとも。殿下達には昔のエッセネ地方を取り戻して頂きたいと存じます」
「僕らが?」
「殿下達がこちらに来たのは将来正式な領主として来てくださる為でしょう?」
ダリウスの妻達は今回の件はエドヴァルドかパラムンが将来正式な領主として赴任する布石だと思っていた。エドヴァルド達はそこまで理解が追い付いていない。
「ダリウスさんは?」
「夫ではエールエイデ伯らを抑えられません。私達はもうここに長く居ついたエッセネ人だと思っていますが、彼らはあくまでもザカル人のつもりです」
「エッセネ人?エッセネ地方だから?」
「そうですね・・・私達にはフランデアンの人達の様に征服期の最後まで帝国に抵抗し続けた誇りがあります。そして私達を見守っていて下さる神獣様やご開祖様やエイぺーネ様のもと皆で民族に関係無くここに住む人は皆がエッセネ人なのです。ですからお二人ともここの決まりを破ってはいけませんよ?」
二人ともこっそり森の奥の聖域を探検しようと相談していたので、釘を刺される結果となった。子供の考えそうな事は大人はだいたいお見通しなのである。
自分達が通って来た道なのだから。
◇◆◇
「やっぱりバレちゃってるかなあ」
カンカンカンとエドヴァルドとパラムンは木刀を打ち合わせていた。
エドヴァルドの方は気に入ったのか杖代わりに使っていた階段を上る為の棍を使っている。エドヴァルドが持ち出した棍はラリサの塔の宝物庫にあったものだが、ダリウスではその扉を開けられなかった為、謎の部屋とされていた。
「かもね。聖域だかなんだか知らないけど魔獣がいるんだろ?退治すればいいじゃないか。こんなに騎士が集まってるんだし」
エドヴァルドも少年らしく武勇譚に憧れていた。
「でも聖域の魔獣だか神獣だかは何千年も侵入者を拒み続けて来たらしいよ」
「おいおい、パラムン。何千年も生きられる魔獣なんているわけないじゃないか」
帝国本土では帝国騎士達が魔獣の出現情報が出るやいなやすぐに征伐に向かって倒している。帝国外では強力な魔獣にも関わらず土地の人に無暗に危害を加えないような魔獣は神獣と呼ばれてラリサの白蜘蛛のように畏れ、敬われていた。
「あの遺跡って塔の上からぎり見える距離じゃん。日帰りでちょっと行って帰ってくるくらいできるんじゃないかな」
「境界線くらいは土地の人も野草を取りに行ってるみたいだしね。大丈夫かも」
そんなエドヴァルド達の悪だくみを知ってか知らずか、シセルギーテがやって来て出発を宣言してきた。
「この近くにはいなかったの?」
「残念ながらそのようです。さ、行きますよ。次の目的地は同盟市民連合です。キャスタリスの所を訪ねて協力を依頼しましょう」
あの人かーと思ったが、他に現地人に知り合いがいないので選択肢はない。
捜索隊はエッセネ地方の東端にあるエールエイデ伯の領地に向かった。
そこの関所から同盟市民連合の領域に入る。
捜索隊にとっては面倒な事だがエールエイデ伯が歓迎の宴を催したいというとそれには反対出来なかった。これ以降はバルアレス王国を出る事になり、後方支援を行うのがエールエイデ伯になるからだ。
◇◆◇
「これはこれは若君達、ようこそおいでくださいました」
「あーうん。伯。世話になるぞ」
エドヴァルドは一応代表者として偉そうに振舞うも隣でパラムンがくすくすと笑って肘で横腹をついた。
「連合からの通行許可はおりていますが、何処にでもという訳ではありません。ご注意を」
「というと?」
「彼らも彼らで都市国家間の争いがあります。そして何処にも与せず古くからの生き方を続けている部族もあり、彼女達は東方行政府との交渉も出来ない野蛮な連中です」
「彼女?」
エドヴァルド達にとっては知らないことばかりだった。もう少しラリサで情報収集をしても良かったかもしれない。
「『エイダーナの娘達』といわれる謎の部族です。一族には女しかおらず他人と一切交渉しない為、全てが謎に包まれています。連合も彼女達の領域には手出し出来ないそうです」
パラムンはその説明に疑問を憶えて口出しした。
「女の子しかいないのに一族が続くの?」
「ははは、ごもっともな疑問です。何でも女達は男を攫って子供を作るそうです。そして男の子が産まれた場合は森の中に捨てて運命を森に委ねるのだそうです」
「出会いたくないなあ・・・」
「しかし、沿岸部側が彼女達の領域だそうで・・・女性なら見逃して貰えても男は子種を絞り取る為に利用された後殺されてしまうのだそうです。つまり捜索隊が入るのは不可能です」
これはまた厄介な事になったと捜索隊の面々は思った。
捜索隊の参謀格であるイーデンディオスが代表してエールエイデ伯に問うた。
「本当に一切の交渉は出来ないのですか?」
「出来ません。そもそも言葉も通じません。強引に踏み込めば『エイダーナの娘達』の領域不可侵の取り決めを交わしている連合都市群の通行許可も取り消されてしまいます」
うーむ、とイーデンディオスは唸る。
沿岸部を捜索出来ないのでは来た意味がない。
「ぼくたちでも駄目かな?」
子供なら見逃して貰えるのではとパラムンは期待した。
「若君達くらいの年齢なら見逃して貰えるかもしれませんが、言葉がわからないでしょう?それに若君二人だけで行かせることなどできません」
メッセールらお守りの騎士が頷く。
「ひとまず連合都市を通ってもう少し北の沿岸部の都市を目指しますか。その部族の領域の広さは?」
イーデンディオスは地図を用意してエールエイデ伯に問うた。
帝国もこの辺りの正確な地図は持っていない。
「イナテアまでは続いていますね」
「キャスタリス先生の出身地だね」
エドヴァルドがめんどくさい前の教師の事を思い出した。
「やはり、そこまで行ってキャスタリスに協力を仰ぐのが一番のようですね。通訳になって貰いましょう」




