第42話 パラムンと捜索隊
パラムンはバルアレス王の妹婿ティーバ公の第二子である。
以前は健康に不安を抱えていたが、エドヴァルドの家庭教師のおかげですっかり健康になった。ティーバ公はその縁で息子をエドヴァルドの元に通わせた。同じ年齢という事もあって二人はすっかり仲良くなっている。
その日もいつも通りエドヴァルドの所で一緒に教育を受けていたのだが、突然国王に呼び出されたエドヴァルドが行方不明になったダルムント方伯令嬢の捜索を命令され、彼もついていくことになった。
「外国に行けて嬉しいけど、何で僕らが?」
パラムンは父親に問うた。
言葉通り彼は旅行気分である。実際の捜索はお供の人達が行う事になっている。
「そうだな・・・お前もそろそろ理解出来る年頃かな。皇帝は帝国軍を動員せず責任を押し付けようとして東方候に依頼した。東方候もやはりそうだ。周辺国に依頼してきた。しかし我らが国王陛下はたまたま休暇で里帰りしていた帝国騎士に捜索を依頼し、帝国人の学者にも同様の依頼をした。責任を投げ返したわけだな。皇帝は現地人らを刺激しない為とでも言ってこちらに丸投げしてきたのだろうが、そこらを駐屯軍団が闊歩しているのに今更だ」
はぁ、とパラムンは生返事する。
なんだかよくわからないが、皆高位の帝国貴族であっても女性の命はどうでもいいらしく大規模な捜索活動は行われないようだ。
「陛下にとっては一石二鳥だ。帝国人にも責任を負わせて、うまくいけば息子の立場も強化できる」
「はあ、それで父上にはどんな得が?」
「うむ。今の所は得など何も無い。むしろカトリーナらに睨まれる可能性もあるな。だが、エドヴァルド王子は最近帝国人が絡む案件が増えたようだ。将来何かに繋がりは生かせるかもしれん」
ティーバ公は既にこの国の旧弊な体質にうんざりして娘らにも高度な教育を施している。平和になって帝国商人が国内に販路拡大に来ている事もあって独自の生き残り策を講じており今回協力するのもそれに絡んでいた。今の所息子にそこまでは話していない。
まだ理解出来ないだろうし、純血派のアイラクリオ公は外国勢力を嫌っている。
「ねえ、ジラーモも連れて行っていいですか?」
ジラーモはパラムンに与えられている火狐の魔獣の子の名前である。
「ああ、いいとも。鼻が利くし何かの役に立つかもしれないからな。しかし余計な事はせず大人たちに任せておくんだぞ」
「はい」
◇◆◇
そしてパラムンらは馬に乗ってバルアレス王国の東の端にあるエッセネ地方から北東へ進み捜索を始める事になった。
そこまでは馬車で一週間以上かかるのだが、エドヴァルドやパラムンも乗馬が出来るようになっていたので馬で行く事になった。やや遅れて荷馬車を引きつれたバルアレス王国の騎士メッセールと従者が続いている。長旅に備えた野営道具や食料、水などを彼らは運搬していた。
捜索隊のリーダーは名目上はエドヴァルドであるが、随行員には騎士達が混じっている。フランデアン王国からは『血煙の騎士』ラグラン・グレゴール・マグリスと白銀の鎧を来た騎士フランツ・ユーゲン・デュルパンとその従士達。
「『血煙の騎士』だなんてかっこいい二つ名だよね」
エドヴァルドがパラムンに話しかけ、彼も同意する。少年達に人気のフランデアン王の騎士物語の登場人物で戦場では常に血まみれになってスパーニア兵を殺しまくっている場面が描写されている。
憧れの視線を向ける少年達に照れるラグランだったが、デュルパンは「あいやまたれい」と口を挟んだ。
「この男は邪神アイラクーンディアに仕える騎士ですぞ」
「邪神とはなんだ。デュルパン、元聖堂騎士のくせして」
デュルパンは契約の神アウラを信仰する聖堂騎士だったが、離脱してフランデアン王に仕えている。
「『聖堂騎士のくせに』?」
エドヴァルド達は意味がわからず鸚鵡返しに問いかけた。
それに対してデュルパンが説明する。
「聖堂騎士団は様々な神々を信仰する騎士達の集まりです。お互いに争いあわない為に『汝の信じたいものを信じ欲する所を行え』という決まりがあるのです」
古代帝国の神聖期と違い他人の信仰を重んずる聖騎士の集まりなのだと説明した。
「アイラクーンディアといえば復讐、嫉妬、憎悪などを司る神ですからね。世間では邪神というのが一般的な評価です」
イーデンディオスが補足の説明を行った。彼とシセルギーテも旅に同行している。ちょうどいい時にいてくれたものだとベルンハルトが名指しで送り込んだのだ。
「また老師に会えるとは光栄です。ともに御令嬢を発見いたしましょうぞ!」
ラグランは主君から受けた使命に燃えていた。
「陛下方にご迷惑をおかけしないよう頼みますよ」
「合点承知!お任せください」
「まもなくエッセネ地方です。雷雨が盛んな地域だそうですから金属鎧は荷馬車に預けて下さい」
む、むう?と唸ったラグランだったが、雷に撃たれてはたまらないので大人しく鎧を脱いで革鎧に着替えた。デュルパンは神がお守りくださるとそのままで通した。
◇◆◇
エッセネ地方に入ると早速雷雨に襲われた。
火狐が怯えて動こうとしなくなったのでパラムンが抱いて移動する。
分散して雨宿りしながら移動した為、最初の目的地ラリサに着いたのは出発から10日後になった。
「うっひゃー、でっけーー!」
パラムンはラリサにそびえたつ何十もの塔を見て感激している。
城まではまだもう少し距離があるが既に見上げるように高い塔が並んでいた。
事前に下調べしてきたイーデンディオスの説明によるとこのラリサは古代のエッセネ公の居城で城というより神々に捧げられた神殿が元だったようだ。
一つ一つが神に対応しており特に高い塔は、神代の終わりにシレッジェンカーマとの争いで神々の争いを招いてしまった森の女神達に捧げられている。森の女神達は神喰らいの獣を自ら犠牲となって封じ、古代エッセネ公は彼女達の信奉者だったようだ。
「現地の国の王子達に説明するのも妙な気がしますが、このエッセネ地方は王朝が変わっても代々国王の直轄地だったそうで今もベルンハルト殿の支配地だそうです。代官がいらっしゃるそうですからまずはそちらの方に会って協力をお願いしましょう」
メッセールが先触れとして入城し、それから一行を引き入れた。
遠くから見ると威容を誇っていたラリサも近づくと城壁に亀裂が入っていて修繕も進んでいない様子が伺えた。
「ちょっとここに住むのはいやだな・・・」
「うん・・・」
都市を囲う外壁は無く、城下町の中央には犯罪者のものであろう死体が吊るされていた。ここまで来る街道筋でも見かけたが、さすがに街中に普通に死体が吊るされている事は無かった。街道沿いに死体が晒されているのは山賊や犯罪者たちへの警告の意味合いが強い。
少年達は不気味に思い早く次の街に行きたくなった。
◇◆◇
ラリサに派遣されている代官が早速エドヴァルド達を城門まで迎えにきた。
彼は王家の遠縁でナイアス家のザリウスという。
一応捜索隊長であるエドヴァルドが彼に行方不明者について協力を依頼した。
「勿論、協力させて頂きますとも。陛下から先に使者が来ておりまして、民衆にも聞いて回っております」
「あ、なんだ。そうなのか」
じゃあ、わざわざ自分達が来なくても良かったんじゃないかとエドヴァルドは思った。
「ただ陛下の使者も詳しい容姿をご存じなくて人相書きなどはないでしょうか」
「ああ、なるほど。ラグラン殿」
ラグランが詳しい容姿などを伝えて用意していた人相書きも渡した。
複数枚あるのでほうぼうに高札を立てて知らしめることになった。
「ただ、エールエイデ伯などはあまり調査に積極的ではないようでして殿下からも彼らに言い含めて頂けますでしょうか」
「何故、協力的ではないのか聞いていますか?」
「たぶんですが大規模な捜索活動を行って、情報を広めると高位の貴族女性ということで先に発見して報奨金を要求したり、場合によってはそのまま拉致して身代金を要求するような賊が集まってくるのを警戒しているのでは無いでしょうか」
ふーん、そういうものかとエドヴァルドは納得した。
とはいえ近隣地域で捜索活動が始まるのでどうせ彼の領地にも波及するのだが。
しかし、騎士や従者らがエッセネ地方の各地に散って行くと同様に非協力的な領主が多く地道に聞き込みを行う事になった。
現地語だけで東方共通語が使えない民も多く文字すら読めない為、高札も無駄となりザリウスの部下がフランデアンの騎士やメッセール達に同行する必要があった。
イーデンディオスやエドヴァルド達はラリサで集まってくる情報を整理した。
しかしイーデンディオスは想像以上に難航する調査に思い悩んでいた。相談できる相手がシセルギーテくらいしかいないのも困ったものだ。
「シセルギーテ殿、ベルンハルト殿は王として中々優秀な方だと思っていましたが彼の権力でもここまで通じないものなのですね」
「この国の場合、王も貴族の一人に過ぎませんから。そうですね・・・帝国で言えば知事が町長に命令を出しているようなものでしょうかね」
「しかし森への立ち入りを拒否されるとは思いませんでした。どうしたものでしょうか」
フランデアンから派遣されてきた人間達は徐々に苛立ちが高まっていた。
「このラリサ周辺は聖エイペーナの聖域の森だそうですから守って頂かないとベルンハルトにも迷惑がかかる事になります。我々も含めて全員退去を命令される事になるかもしれません」
王の命令で聖域を汚したとなれば民衆が王に不満を持つ事になる。
「聖エイペーナとは?」
「征服期に侵入して来た帝国軍が周辺の森を焼き払って我々の先祖を森から追い出そうとしましたが、エイペーナの奇跡によって森は立ちどころに元通りになり帝国軍は進軍が出来なかったと言われています」
故に人々はこの付近の森の開発を禁じている。野の獣でさえ森の奥には入ろうとしない。パラムンが連れて来た子狐も好奇心旺盛な割にラリサの裏にある森へは入ろうとしなかった。
「悩ましいですね・・・」
「森には人々が神獣と崇める白蜘蛛がいるそうです。古来から何人もの騎士が名声の為に討伐にやってきて返り討ちにあったとか。それで民衆も外から来る人間を警戒するようになったそうです」
「なるほど、フランデアンのクーシャントのような存在ですか・・・」
現地人の協力無くして広範囲の捜索は無理だが、肝心の沿岸部に近づけないのは困る。
「行ってみたいとか考えてませんよね?」
シセルギーテは釘を刺した。
「まさか。イザスネストアスではあるまいし」
といいつつもイーデンディオスも学者魂が心惹かれている。
「エドヴァルド達もそろそろ退屈し始める頃でしょう。どうせ海流に流されて生きていてももっと北に漂着しているという話しだった筈です」
シセルギーテもイーデンディオスも哀れな御令嬢が年齢以上に魔術に長けていて、海流に逆らって近くの浜辺に辿り着いていた事は想像出来なかったのである。
「ええ、今の所は東の同盟市民連合の通行証を取得するまでの時間潰しですね」
「では現地貴族が非協力的であっても放っておきましょう」
「・・・せめて噂話くらいは広まっていないか期待したのですが」
ザリウスばかりかシセルギーテにも警戒され、イーデンディオスはエッセネ地方での捜索を諦めて出発を検討し始めた。
※注釈
『汝の信じたいものを信じ欲する所を行え』
ラブレー著「ガルガンチュア物語」テレーム僧院の規則から
生来立派な人間である聖職者に規則は必要ないですよねぇというラブレーの皮肉
暗黒神の教義ではない




