第40話 ヴァルカのシセルギーテ
少年達は夕方の体育の時間になると起きて、メッセールやシセルギーテの訓練を受ける事になっている。以前はひたすら体を虐めるような訓練だったがイーデンディオスが拳聖ヨハンネスの『人体機能論』を持ってきて効果的な訓練法を伝えるとトレーニング方法もあっさり変わった。口出しされるのを嫌うウィンズローと違ってシセルギーテらはその辺頓着しなかった。
レヴァン、ヴァフタンの事件以来狩りを避けていたエドヴァルドも体術だけでなく弓の技量が上がってくるにつれ実戦で試したいと思うようになってきた。そこで師匠に質問してみた。
「ねぇねぇ、シセルギーテ。初めて狩をしたのはいつ?」
シセルギーテは様々な動物や魔獣を倒し、身近で最も高名な騎士だ。そういった人物の武勇伝を聞いて戦い方を学ぶのも修行のひとつ。
「最初の狩は八つの時でしたね。父に連れられて荒野の狐を狩りました」
「狐かあ。狼とか虎とか獅子は?」
「ヴァルカは砂漠や荒野ばかりでそういった動物はあまりいませんね」
「じゃあ今まで戦った中で一番手こずった魔獣は何?やっぱりラール海の竜?」
「いえ、あの竜は意外と楽でした。逃げようとするのを海中まで追いかけるのが面倒だっただけです」
「海中に?鎧姿で?」
エドヴァルドもパラムンも疑問に思う。鎧を着て海に入るなんて自殺行為だ。
「話すと長くなりますが、いろいろ理由があるのです。昔の私は少し病がちでして、イーデンディオス老の妹弟子がそれを治療してくれたのですが、水棲魔獣から作る宝玉が大量に必要でした。その副作用というかついでというか、私の鎧には水気の保護がつけられて水中でも呼吸が出来るようになったのです」
本来のシセルギーテは火神の加護で火の特性が強く出過ぎていて、高熱にうなされる事が多く、中和するのに水棲魔獣の力が必要だったと話した。
「へー。それで一番厄介だった魔獣は?」
「岩竜テイルラレックですかね。最初に戦った時、実の所自力では倒せませんでした」
「シセルギーテが?ねえ、どんな奴!?」
シセルギーテは全身がほとんど岩のような皮膚に覆われているオオトカゲが変化した魔獣だと説明する。
「闘技場で金を稼ごうと留学時代に帝都で戦ったのですが、とにかく固くて武器がまったく通りませんでした。死にそうになった所をフランデアン王や友人達に助け出されました」
「おー、さすがは大君主様だね!どうやって倒してた?」
「フランデアン王は強引に持ちあげてぶん投げて自重で傷を負わせてから最後にテイルラレック自身の尻尾を頭にぶつけて粉砕して倒しました」
エドヴァルドとパラムンはその光景を想像してみたが、馬鹿でかい魔獣を持ちあげる時点で想像が追い付かなくなった。
「えーー、そんな事出来るの?ほんとう?」
「魔導騎士が己の肉体を強化すれば出来なくはない事ですが、まあ普通の騎士では無理ですね。妖精王といわれるだけあってかなり特殊な魔力をお持ちの様です。ご友人は別の戦い方をしていましたので、私も次からはその真似をして倒しました」
「どうやるの?」
「体の柔らかい処に尖った物を刺すんです」
シセルギーテは槍で刺してえぐる仕草をしてみせた。
「柔らかい処?」
「ケツです。ケツに刺すんです。反射的に暴れますが、しばらく待てば動きは縮こまります」
動きを止めたら油を撒いて火をかけたり、銃や大砲で滅多討ちにしたりして倒すとシセルギーテは説明した。
「え、冗談でしょ?」
それが騎士の戦いかとエドヴァルドは信じなかった。
「本当の事です。討伐し周辺住民の安全を確保すること、そして賞金が目的です。手段はどうでもいいのです。勝たなければ全てが無です」
シセルギーテは美しく勝とうなどと思っていない。そも何人もの騎士が戦いに敗れて野に屍を晒しているが、戦い方に拘って任務に失敗すれば何も残らない。
「でもトルヴァシュトラの教えは戦う事自体に意味があるって・・・」
「トルヴァシュトラは軍神というよりどちらかというと闘神ですね。南方圏の軍神達は勝利を優先します」
シセルギーテとスーリヤは南方圏出身なのでそちらの考えの方が体に染みついている。スーリヤも少しだけ口出しをして息子とシセルギーテのフォローをした。
「まあ、ひとそれぞれよ。でもお母様は貴方に生きて欲しいから無謀な戦いはしないで欲しいわ。貴方は王子なんですから自分で無理に戦わなくてもいいのよ。フランデアン王の真似をしちゃ駄目ですからね」
「でも皆フランデアン王みたいな立派な人になれっていうよ?」
スーリヤはどうもエドヴァルドが混ぜっ返すようになったのはキャスタリスの影響が濃い気がしてきた。彼なら『立派』とは何だとさらに問い返してくる。
「トルヴァシュトラ様は戦いの技を残してくれたでしょう?戦い方も工夫していいっていうことよ」
スーリヤはそういった後、すこしけほけほと咳き込みシセルギーテを心配させた。
「風邪ですか?」
「そうねぇ・・・最近ちょっと治りが遅くて。肌荒れも酷いし、もう年なのかしら」
「何をおっしゃいますか」
まだ20代でしょうとシセルギーテは呆れる。
「さて、少年達。体の具合はどうですか?」
「まだちょっと痛むかなあ」
昨日筋力トレーニングをやり過ぎたので二人とも筋肉痛が激しいようだ。
「じゃあ、たまには水泳でもしますか」
もう夕方だが、近くの川原ならいいだろうとシセルギーテは二人を水練に誘った。少年達は喜び勇んで離宮を出て行こうとしたとき、騎兵がやってきて二人を呼び止めた。
「殿下、お待ちください!陛下がお呼びです。シセルギーテ殿もお願いします」




