第20話 荒くれ騎士の嘆き歌
ノエム達がコンスタンツィアの葬儀を終えた。
エドヴァルドはその間部屋の片隅で蹲っていた。コンスタンツィアは一度も返事を返してくれなかった。訪れた老人が尋ねてもぼんやりしたままだった。
老人は仕方なくノエムに尋ねた。
「こやつはどうしたのじゃ?」
「気が狂ってしまったみたいで・・・ずっとコニー様の名前を呼んでいました。今は疲れ切ってあの通り」
ノエムはエドヴァルドを引っ叩いたり、立ち直れと説教する事は無くただ見守った。
飲まず食わずでは死んでしまうと心配し、無理やり水を飲ませたりはしたが、エドヴァルドは食事はとらなかった。
「そうか。子供達は儂が預かる」
「お願いします」
ノエムはエドヴァルドの故郷からやってきた老人に赤子を託した。
双子は男の子と女の子でソフィーとノエムがが育ててやっていたが、バルアレス王家の血を引く子供達だ。帝国でノエムが引き取るわけにはいかない。
「名前は?」
「子供が生まれたら男の子はアルベルド、女の子はエーヴェリーンにしようと言っていました」
エドヴァルドが無反応なのでノエムが教えてやるしかなかった。
「そうか。犯人はわかったのかの?」
「ええ、わたしも見た事がある奴でした。昔、コニー様に絡んだ三人組のチンピラの一人です」
「チンピラ?」
「・・・昔、アウラの大神殿に寄った帰りの事でした。コニー様は治安の悪い地域に入り込んでしまったんです。チンピラから身を守った時、一人は死にました。後に残りの二人と出会い、その時も襲われて一人は死刑になりました。犯人は最後の一人です」
「では逆恨みか」
「はい・・・」
ノエムはかつてあの三人組に同情的だった。
最初の一人は路上のゴミとして処分された。
次の一人も絡まれたが死刑にするほどでもないだろう、と思って事情聴取では多少庇ってやった。最後の一人はほとんど関与していなかったのでその場に立っていただけでむしろ仲間を抑えようとしていた、無関係だと答えた。
しかし甘かった。
「ずっとつけ狙われていたのか?」
「世間では死んだ事になっていたのでそんな筈はないのですが、度々、記事に『下町のコンスタンツィア』なんて面白おかしく取り上げられていて、実は本物では?とも書かれていました」
「そのせいか」
「・・・たぶん」
エドヴァルドは疲れ切ってずっとぼんやりしていたが、周囲の音は耳に入っていた。
コンスタンツィアの声以外は何も興味が無かった。
しかし、彼らの会話が久しぶりにエドヴァルドの心を揺さぶった。
「そうだ。あの記者のせいだ・・・!」
急にエドヴァルドは立ち上がる。
「おお、エドヴァルド。気が付いたか。心配したぞ」
老人がエドヴァルドに話しかけたが、気付く事も無く飛び出した。
◇◆◇
エドヴァルドが向かったのは出版社の事務所。
警備に止められたが、突き飛ばして目的の人物がいる部屋を突き止めた。
「お前か!俺達の家を暴露したのは」
エドヴァルドは右手でヴィターシャの首を絞めて、戸棚に叩きつけた。
その際戸棚からいくつか紙が舞い落ちた。
「な、何を」
ヴィターシャは首を絞められて苦しそうにしている。
事務所に居合わせたソラもやってきてエドヴァルドに離せと頼んだ。
「おい、エドヴァルド。何する気だ」
「こいつのせいでコニーは死んだ!こいつも殺してやる!!」
「止めろ!こいつのせいじゃない。彼女が恨まれていたのは自分の行いの結果だろう!」
そんな事を言われてもエドヴァルドの怒りに、火に、油を注いだだけだった。
首を絞める力にますます力が入る。
食を断って弱っていなければとっくにヴィターシャの首は折れていた。
力を入れながら下に目をやると、そこにはいくつかの念写の絵姿があった。
レクサンデリとイルハンが裸で映っている。
「まさか、これもお前の仕業か!」
「じ、事実でしょうが」
「殺す!」
こんなものが出回らなければ彼らの運命も変わったかもしれない。
エドヴァルドはますます力を込め、ソラはなんとか宥めようとしていた。
「エドヴァルド、止めてくれ。頼む」
「もっと早くこうしていれば良かった」
コンスタンツィアは仕方ないと友人を庇っていた。
自分の存在故に彼女を苦しめてしまったと。
そして遠い昔、いざという時、友人ではなく仕事を優先してくれと言ったのは自分だと。
「それを持ち込んだのはジュリアとかいう女だ。彼女じゃない!」
首の骨がへし折れる一歩手前であり、ソラも手を出せずとにかく宥めようとした。
ジュリアは性機能試験台としてあてがわれた女だが、レクサンデリを心から愛していた。
だのに、レクサンデリはある少年を愛していた。
彼女は裏切られたと思い、愛する男を帝国では禁忌とされている『同性愛者』だと新聞社に売った。
「記事を書いたのはこいつだけじゃないだろう?」
「こいつが暴露しなけりゃ他も続かなかったんだ!彼女の友人だったくせに!」
「こいつは彼女に奮起して欲しかっただけなんだ。正当な立場を回復して欲しいと。一緒に戦って欲しかっただけだ」
「無理だ。彼女はとっくの昔に体を壊してた。子供を満足に産めるかどうかもわからないほど弱ってた。それを自分の為に利用しようとしやがって・・・死ね!」
エドヴァルドはもう一度激しく戸棚にヴィターシャを叩きつけて、ガラスで喉を切ってやろうとした。
「待て、彼女を子供の前で殺す気か?」
事務所にヴィターシャが産んだ小さな子供を連れたカルロもやって来る。
幼子は母に振るわれている暴力を見て泣き叫んだ。
「ぐっ」
エドヴァルドに妊婦と胎児を殺してしまった時のトラウマが蘇る。
「彼女は!彼女は自分の子供を見る事も無く死んだんだぞ!」
叫びながらもエドヴァルドの手から力が抜けていく。
しかしまだ殺意は収まらない。わなわなと震えたまま迷う。
ソラとカルロは努めて落ち着いた声で宥め続けた。
「ヴィーが、コンスタンツィアを助けようと一人で尽力していたのを忘れたのか?彼女に不幸になって欲しかったわけじゃない。こんな事になるなんて思ってなかったんだ。巡礼にだって付き合った幼馴染の友人なんだぞ」
「頼む、何でもする。彼女を殺さないでくれ」
ソラとカルロが交互に懇願し、幼子が親の手を離れてたどたどしい歩みでエドヴァルドの膝にしがみついて叩き始める。
幼児の必死の抵抗に、エドヴァルドは悩みに悩みぬいた。
しかし、最後にはとうとうヴィターシャを離した。
「畜生!!」
荒れ狂うエドヴァルドは叫び声を上げながら部屋にあるものを片っ端から壊し始めた。何事かと集まって来る人々をソラが追い払い、彼らだけが事務所に残された。
「何でもするって言ったな」
エドヴァルドの怒りと憎しみの目で見られたソラとカルロが「ああ」と頷いた。
「なら、ダルムント方伯を殺せ。お前らの得意技だろ」
「あいつを?難しいぞ。何故だ?」
「時間がいくらかかろうと確実に殺せ。あいつが彼女の財産を奪って滅茶苦茶にしたんだ。俺達の将来も、帝都も」
「帝都も?」
「帝都を火の海にしたのはあの野郎だ」
◇◆◇
新帝国暦1433年秋。
女祭祀長エイレーネはいまさらのようにダルムント方伯家のコンスタンツィアの遺言状を公開した。
現金はエドヴァルドに遺贈する事。
証券、土地については指定した財産管理人と遺言執行者が売却し慈善事業団体に寄付するよう依頼していた。
何故このタイミングなのかという質問にエイレーネは答えなかった。
財務省は遺言状にある資産はコンスタンツィア本人によって方伯に生前贈与されており、この遺産は存在しないと報告した。法務省は不審に思って調査、質問したが方伯家からの回答は無かった。
ラキシタ家の乱も集結し、平和になり、帝都の再開発も進み、コンスタンツィアが所有していた土地の価格も上がっていた。
分家を滅ぼし、皇帝の片腕としての地位を固め、現当主の権勢は過去最高といっても過言ではなく資産も大幅に増えていた。慈善事業財団は方伯に遺言の執行を求め、方伯家は快く応じた。
表面的には。
この後方伯は度々暗殺未遂事件に巻き込まれたが、どれも成功する事はなかった。
犯人は方伯家のお家騒動で鎮圧された各家の残党だと思われた。
エドヴァルドは内務大臣暗殺を狙ったカルヤナの民の指導者を討伐し、大規模な自爆攻撃を未然に防ぎ表彰された。その後、帝国騎士を補充する為に学院を飛び級で卒業し、後に当代最高の騎士と謳われた。
しかし、常に哀しみを湛え、皮肉気な笑みを浮かべて人を寄せ付けなかった。
自暴自棄な戦いを繰り返し、どんなに過酷な戦場からも生きて帰った。
戻ってきて祝杯を上げた後は酔いつぶれてよく寝言を言った。
「君がいない世界で生きていけというのか」
と。




