第15話 西方候とヴァッシュヴェイン
秋の万年祭が近づき、帝国が正常に戻った事を示す為に世界中から多くの観光客、芸人、剣闘士、楽団など様々な人々が呼び寄せられた。
エドヴァルドはそこまで浮かれた気分にはなれなかったがアーティンボルトを暗殺した事で少しは気が晴れていた。
ある日、学院で人だかりが出来ていたので避けようとしたがジェレミーとロイスがこっちこっちと彼を呼び込んだ。
「なんだ?」
「我々の大君主を紹介させて貰おうと思って」
「西方候、エスペラス王ドラブフォルト陛下だよ」
ロイスに紹介された男は見慣れない服を来ていた。
正面には複数のボタン、袖にも何のためにあるのかわからないボタンがついていた。
怪訝な顔をしたままのエドヴァルドにドラブフォルトの方から挨拶をしてきた。
「やあ、君がエドヴァルド君だね。マックスから活躍を聞いているよ」
「マックス?」
「フランデアン王シャールミンだよ。君らの大君主。少年時代はマクシミリアンという名前で古い友人は彼の事をマックスと呼ぶんだ」
「それは知りませんでした。で、何か?」
「君は父君とも折り合いが悪くて帝国で騎士になるつもりだとか?もし良ければ私の国に来て仕えないか?」
ドラブフォルトはエドヴァルドを西方圏に勧誘しようというのだった。
「有難い申し出ですが、そういうわけにはいかないです」
「何故だい?」
突然の話にエドヴァルドは困惑し、警戒もしていた。
「俺の留学は師シセルギーテが近衛騎士シクストゥス殿に頼み込んで叶えてもらったものです。他にも大勢の人のおかげで自分は今、ここにいます。世話になった人々を裏切って西方には行けません」
「義理堅い事だ。ますます欲しくなる」
感心するドラブフォルトに一人の少年が口を挟んだ。
「ちょっと皆さん、僕を無視しないでください。そんなに有望な騎士がいるなら帝国は離しませんよ。是非我が家へ」
「君は?」
人垣の中から出て来たのはエドヴァルドよりも幼い少年だった。
「フリギア家のヴァッシュヴェイン。少しは名を知られているかと思ったけれど」
「君が・・・!」
10歳になったヴァッシュヴェインはさっそく学院にやってきた。
フリギア家の家臣団はラキシタ領をいまだ攻撃中だが、皇帝と正規軍が本格的に乗り出した事で未熟なヴァッシュヴェインが本国に留まって指揮する理由はなくなった。南方系の血が入っているフリギア家はエドヴァルドとも肌の色が似通っており少し親近感が沸いた。
「有難い話だけど、俺は傭兵みたいな帝国騎士でいいんだ」
「それは残念。だけど我が家は没落してしまってね。有能な騎士がもっと大勢欲しいんだ。今後もよろしく頼むよ」
ヴァッシュヴェインは学院にいる限りずっとエドヴァルドを勧誘してきそうな勢いだった。ドラブフォルトは目くばせをしてジェレミーとロイスにヴァッシュヴェインを他所へ連れて行かせた。
◇◆◇
「まだ何か?」
「ジェレミー達から君が亡くなったイルハン王子の親友だと聞いた」
「・・・・・・」
その名を聞きたくは無かった。
彼は別に死ぬ必要はなかったのにレクサンデリに殉じてしまった。
彼の名を出した事でますますエドヴァルドはドラブフォルトを警戒した。
「ああ、すまない。まだ心の整理が出来ていないんだね。だが、心情をそうやすやすと表に出すのは止した方がいい。十分にコントロール出来るようにならないとこの帝国社会では生きていけない。方伯にも睨まれているんだろう?」
またエドヴァルドの表情が変わる。
この男は何をどこまで知っているのか。
「もし方伯に嫌がらせを受ける事があれば僕やマックスが力になろう。遠慮なく頼ってくれていい」
嫌がらせが無ければ彼は様子見して方伯とは敵対しないという事か。
そして皇帝の次に権力を持つダルムント方伯がエドヴァルドに対して何もしてこないのはコンスタンツィアが実子として生存者として名乗り出ない事、東方候が後援となっていてくれているおかげでもある、と今改めて認識した。
「友人達を巻き添えにした皇帝が憎いかい?」
「いえ・・・」
エドヴァルドは相手の真意が読めず言質を取られるのを避けた。
「僕ら従属国の命運は皇帝達の掌の中にある。カールマーンはまだあれでも善人な方だが、悪辣な男が皇帝になった時、不幸な王子、王女達のような人々を大量に生む事になる」
「あれで、善人?」
エドヴァルドは思わず口にする。
以前、ガルドと長屋の人々にカールマーンが赤子殺しを主導したと聞いた。
今回も無実のカトリネルを処刑させた。
レクサンデリもエンツォらとは無関係だったはずだ。
エドヴァルドももし父ベルンハルトが何か陰謀に加担していたとしても父に殉じる気は無い。無関係なら血縁でも裁かれるべきではないと考える。
「比較で済まないが先代コス帝の時代には僕らは人口の半数を失ったんだ。カールマーンの時代で北方の民が失ったのはせいぜいその半分。次の皇帝の時代には君らの番かもしれない」
「・・・何が言いたいんです?」
「将来の事を考えて勤め先を選択するべきだよ。義理立ては立派だが、自分と家族の事を最優先に考えるべきだ」
「そんな事なら心配は無用です」
「というと?」
「帝国とはあくまでも契約関係。師の代わりに義理を・・・十年の軍務を果たしたら国へ帰ります」
ドラブフォルトはそれが聞きたかったとばかりに頷いた。
「良かった。もし良ければ君が国に帰る頃にまた商売の話をしよう」
「商売?」
「極西の島々を縫い、いずれ我々と君らの国で直接貿易をするんだ。帝国海軍の目を出し抜いてね。ジェレミーやロイス達もそういっていただろう?」
「うちの土地で沿岸部の開発は無理です」
「君が十年で実績を持てば、きっと土地の意見も変わるさ。ま、将来の話でいい。今は覚えておいてくれ」
幼い頃の経験からドラブフォルトの誘いを警戒して提案に乗る事は無かったが、帝国に対して面従腹背をしているのは父だけではないと知る事は出来た。
「ああ、そうそう」
「まだ何か?」
「帝国騎士になったら蛮族戦線への配属を希望するのだろうけど、出来れば他の任務の方にして貰いたいな」
「何故です?」
「戦死率が高いからだよ。金が必要なら僕が援助する。危ない橋を渡る必要はない」
蛮族は会戦方式での決戦に応じず指揮官を闇討ちしてくるので帝国騎士、魔導騎士といえども危ない。前線地帯で毎日24時間警戒し続けるのは難しい。
「変則的な戦いなら他の人よりは得意です。問題ありません」
「頼もしいね。でも出来るだけ下調べするべきだ。それでは邪魔したね。また会おう」
そういって西方候は去っていった。




