第12話 賞金首
新学期が始まる前には多くの留学生が戻って来ておりソラも帝都に戻った。
エドヴァルドは彼に相談し、貧乏生活から脱却すべく生活費を稼ぐ事にした。
仕事の内容は賞金稼ぎで、仕事自体はなかなか順調に進んだ。
「次の賞金首は目潰しネロ。ちょっと厄介だぞ」
「どんな奴なんだ?」
エドヴァルドは凶悪犯罪者、テロリストなどの賞金首を追っている。
賞金首は大分狩ったが、いまいち稼げてはいない。捜査を優先する当局は生け捕りでないとあまり報酬は支払ってくれないのだ。
エドヴァルドは投降されても逮捕して連行し、引き渡すまでが一番危険だと考えているので、最初から殺す気でやっている。
手順として一応は投降を呼びかけているものの、最初の勧告で大人しく投降するようなら賞金首になっていない。誰も従わないので今の所皆殺しだった。
「錬金術師、魔術も使う厄介な奴だ。医者でもあったが、目玉をくり抜いてコレクションにしているのがバレて地下に潜った」
「悪趣味な奴だな。なんで目を狙うんだ?」
「生存者の情報によるとネロはもう目が見えていないらしい。だが、俺みたいに義眼を埋め込んでいる」
よく見るとソラの右目の眼球が少し色が違う。
「本物の目を魔術装具として改造している筈だ。で、もっといい目を欲しがってる」
「よくそんな事まで調査出来たな」
「情報通の知り合いがいてな」
「なら、頼んでいた件はどうなってる?」
「アーティンボルトの件か」
「そうだ」
「こいつは別に賞金首でもなんでもなかったぞ。どうする気だ?」
「関係ないだろ。居場所は?」
エドヴァルドは迫ったが、ソラはなかなか口を割らなかった。
「関係ないってことはないだろ。お前こいつ殺す気なんだろ?世間にばれたらこっちにだって飛び火する」
「・・・コンスタンツィアを連れ去った犯人だ。それで十分だろ」
「なるほどね。じゃ、俺も付き合おう」
「ソラも?こんな奴、俺一人で十分だ。そっちは別に恨みも無いだろ。巻き込みたくない」
「俺のダチを助けてくれた礼だ。失敗されると困るしな」
ソラが話してくれたところによるとアーティンボルトは方伯家との契約が切れた後、ガドエレ家の傘下に入りアトリエをもって作品作りに没頭しているらしい。
「とりあえず先にネロをやろう。潜伏先から移動されるとせっかくの調査が台無しだ」
「どうやって突き止めたんだ?」
「目玉を保存する為の薬品の調達先からさ」
◇◆◇
「そんなわけで、今日はちょっと遅くなる」
エドヴァルドはコンスタンツィアに賞金首を捕らえに行く事を伝えた。
「危険な相手なんでしょう?」
「油断しなければ犯罪者なんかにやられたりはしない」
コンスタンツィアが料理の最中にそんな話をしていたので、気がそれたのか彼女は火の扱いを誤ってすこし火傷してしまった。
「御免、食事時の話じゃなかったね。冷やそう、水を・・・って魔術とかで冷やしたり出来ない?」
エドヴァルドは水を用意しようとしつつ「おや?」と疑問に感じた。
「それがね、どうも魔術を上手く使えないみたいなのよ」
コンスタンツィアは何でもない事のように言う。
「そんな!どうして?」
「別にいいじゃない。日常生活に必要無いわ」
彼女はそれでよくてもエドヴァルドにとってはよくはない。
てっきりコンスタンツィアは自分で自分の身を守れると思っていた。
魔術が使えないなら本当にただの平民だ。
彼女は護身術を学んでいるわけでもなかったし、魔術がないと心配で仕方ない。
地位や力を失おうと彼女は美人であることに変わりない。
誰かに襲われたらと思うと気が気でない。
どこかに隠してしまいたかった。
「大丈夫よ、近所はみんないい人だし。これでも結構腕っぷしも強いのよ」
出産同盟で子育てを手伝っていたし、今は前のエドヴァルドの勤め先のパン屋で仕事をしてわりと体力もついている。だが、エドヴァルドは自分のように本気で暴力を振るえる男には敵わないだろうと心配になった。
「みんなそうやって愛する人を心配しながらも日常を送っているのよ。でもちゃんと自分のこともしっかりしないと。・・・それともわたしを何処かに閉じ込めちゃう?」
父のように。
自分に都合よく利用する為に。
彼女の意思を無視して。
「そんなことはしない。でも気を付けて」
「はいはい」
心配性ねえとコンスタンツィアは笑った。
大きな事件も減ったし、日常生活を送っているだけの一般市民に危険はない。
むしろ力を失っているからこそ、方伯は見逃してくれたのかもしれなかった。
◇◆◇
ネロの隠れ家は郊外の放棄された農家にあった。
アーティンボルトの件だけでなく、ソラはこっちも手伝ってくれた。
出入りを監視し、在宅中であることを確認して入り口をソラが固めてエドヴァルドが突入する。
家の中に忍び込み、屋内戦闘用の小剣を構えて捜索を始めると一室に大量の瓶と薬液につけられた目玉が見つかった。
<<悪趣味ねえ、気持ち悪いわ>>
「えっ?」
不意にコンスタンツィアの声がしてエドヴァルドは周囲を見渡した。
しかし、コンスタンツィアはいない。
もしついて来ていればエドヴァルドに分からない訳がない。
<<いま、貴方の後ろにいるわ>>
くすくすとコンスタンツィアの笑い声がする。
<<視えない?仕方ないわね>>
不意にエドヴァルドの体温が上がった気がした。彼女の暖かい体に包まれているような気がする。
<<さあ、行きましょう。いくつか魔術の罠が仕掛けられているから教えてあげる>>
「どうして?魔術は使えない筈じゃ」
<<これは魔術でなく特技みたいなものよ。壊れた体を捨てれば不可能はないわ>>
コンスタンツィアの指示で、部屋の各所にある魔術の起動装置をエドヴァルドは破壊して行った。エドヴァルドはそんなに魔力の容量が大きくないので常時張りつめていると消耗が激しく、コンスタンツィアの助けで消耗は最低限で済んだ。
ネロは地下にいた。
警報装置を解除したおかげで気付かれていない。
「お前がネロか。ゆっくり振り向け」
エドヴァルドは後ろに回り込んで、剣を突きつけた。
ネロが指示通り振り返ると、両目とも歪で白濁していた。
「誰だ、お前は」
「賞金稼ぎだ。さあ、跪いて自分で縛れ」
何度か賞金首を始末して当局の信用を得たエドヴァルドは魔術師捕縛用の特殊な手錠を貸し与えられていた。それでを地面に転がす。
<<エド、後ろよ>>
コンスタンツィアが飛来する魔力の籠った短剣に警笛を鳴らす。
エドヴァルドは振り返りもせず、剣でそれを叩き落した。
自分の目でみなくてもコンスタンツィアの視点が正確に教えてくれていた。
エドヴァルドは返す刀でネロの首を狩る。
<<エド?>>
あっさりネロを殺してしまったエドヴァルドに対しコンスタンツィアは少し咎めるような声を出した。
「勧告は一度で十分」
エドヴァルドはそんなに自己評価は高くない。
気を抜いた一瞬だと非力な魔術師相手でも遅れを取りかねない。
自分は重装甲の鎧をまとった魔導騎士ではない。
もし、自分が死んだら無力になってしまったコンスタンツィアだけがこの世に取り残される。絶対に死にたくなかった。
<<そうね、慎重に行きましょうか。どうせ死刑ですしね、この男>>
「うん」
背後関係だとか、心理状態だとか正確な犠牲者について知りたい当局としては生け捕りにして貰いたいのだがエドヴァルドは知りたければ自分で捕らえろと言いたい。
<<それにしてもエドったら、わたくしにあんなことやこんなことをしたいと思っていたなんてね。人は見かけに寄らないのね>>
本人はここにいないのにくふっと笑うコンスタンツィアの吐息を感じた気がした。
「!」
エドヴァルドはびくっとしてしまう。
家に帰ってコンスタンツィアを抱きしめて、ベッドに連れ込もうと考えていた事を見透かされた。気が緩んだらコンスタンツィアの温もりを感じるのに、触れられない事がもどかしくなっていた。
「また心を読んだのか!それは止めて!お願いだから!ちょっと考えちゃっただけだから!!」
エドヴァルドは慌てて弁解した。どうか軽蔑しないでくれと。
<<あら、したくないの?わたくしは結構やってみたいことたくさんあるのよ。『愛の技巧』って本知ってる?>>
「なにそれ?」
<<帰ったら教えてあげるわ。明日はお仕事ないし?>>
こんな感じで少しばかり危険な魔術師が相手の時はコンスタンツィアも協力してくれることになった。




