第36話 辺境国家の第四王子⑩ ~歴史年表~
さて、エドヴァルドといえばパラムンと一緒に母から講義を受けていた。
急にイーデンディオスが城に呼び出されてしまったのでその代わりである。
「いつも母上が教えてくれればいいのに」
「エドは甘えん坊ね。ふふ、マーマと呼んでもいいのよ?」
イーデンディオスがフォローしてくれたが、やっぱりあの事はトラウマになっているのでエドヴァルドは呼び方を母上に変えていた。
「歴史って苦手だなあ。こんな年表覚えたくないよぉ~」
パラムンも不平を言っている。
「読み上げて暗記しておきなさい坊やたち。それから興味のある所を少しずつ掘り下げていけばいいわ」
「こんなの憶えてなんの意味があるんだろう・・・」
「みんなが洞窟じゃなくて立派な家を立てて、美味しい物が食べられるのは先達が知識を残してくれたおかげよ。貴方達は大工職人の子ではなく、王の血を引いているのですから、王達の歴史を学びなさい」
そしてエドヴァルド達は母に命じられた通り人類の歴史書を紐解いた。
◆第一帝国期(征服期)
神々の時代の終わりに初代皇帝スクリーヴァが中つ時代、人の時代を導くものとして時の神ウィッデンプーセに指名される。スクリーヴァはコンティーネント半島、すなわち帝国本土を統一し古代帝国による征服事業を始めた。
東方圏の攻略はフランデアン王国に阻まれて中断するも一千年紀の終わりに、南部から迂回した軍が極東に到達し回り込んでフランデアンを追い込んだ為、講和が成立した。帝国にとっても支配地域で反乱が相次いでいた為、これ以上の拡張は限界だった。
◆第二帝国期(神聖期)
一千年かけて東西南北の大陸を制覇した人類帝国においては神殿勢力が政治の中枢に食い込んでいた。初代皇帝が神から指名を受けた為、戴冠に大神官が強い影響力を及ぼしていたのである。神殿や聖地を守る神殿騎士、聖堂騎士は巡礼者を守る名目で各地に私領を有し人が集まる場所を領有していた為、市場を開く権利を有し人々に重税を課していた。
しかし、神々の時代が遠のくにつれて奇跡の残滓も輝きが失せ、世界中の人々が神殿を恨む声が高まった。
神々の忠実な僕として動き、自ら考える能力が弱かった人類も徐々に目覚めていく。政治能力が洗練され官僚が優れた組織になっていくと皇帝の権力も増し神殿勢力は徐々に弱まっていった。
◆第三帝国期(内乱紀)
旧帝国最後の皇帝は聖堂騎士団を解体し神殿の徴税権も取り上げたが、改革は突然終わる。旧帝国の都は最後の女帝の際に疫病が蔓延し、亡者が大量発生して滅んだ。一方、各地の総督は強力な力を残し、引き続き各国に圧政を加えていた。
特にフランデアン王国には討伐軍が派遣されたが、帝国軍は再び攻略に失敗した。
帝国本土では百年かけて新都が建設され、皇帝に従わない総督達が次々討伐されてヴェーナに新人類帝国が誕生した。
◆第四帝国期(混迷期)
旧帝国においてもスクリーヴァの友人として、新帝国においても旧都の人々を導いた近衛騎士の恋人として建国に寄与した帝国宗教界最高権威であり選帝侯の一人、エイラシルヴァ天爵が唯一信教によって爆殺されその系譜が絶えてしまった。唯一信教の大司教によって犯人が古い神々を奉ずる神殿勢力とされ、愛の女神シレッジェンカーマの信徒が槍玉にあげられた。魔女狩りが横行し過激化していくと女神官だけでなく男性の神官にとっても危険な時代となった。
次々と皇帝も怪死を遂げ、エイラシルヴァ天が爆殺されたツェレス島は亡者が蔓延る島となった。この混乱を収拾したのはダルムント方伯である。彼は聖堂騎士団を再結成し、唯一信教を追放した。
支配者階級の統治が混迷し力を失っていくと相対的に市民階級が力をつけ反抗するようになる。北方圏、次いで西方圏で蜂起があったが、かろうじて鎮圧された。
一時は平和を取り戻したが、長続きせず、神話の時代に神々から離反しナルガ河の北東に移り住んだ蛮族の大侵攻が始まった。
北方圏の前線地帯が次々突破され、西部にまで到達するとその地域にあったマッサリア同盟市民連合は武装解除して蛮族に降伏し取り残された帝国軍は何十もの軍団が全滅した。南方圏の王は長年の不満からこの状況を利用して帝国に反旗を翻した。そして時を同じくして東方圏においても最大の国家スパーニア、リーアン、フランデアンらの三つ巴の戦争が始まった。
◆年表
前509年 旧都建設
前27年 旧都に疫病が蔓延。各皇家間の戦争が激化し対策が進まず。
新帝国時代
0年 近衛騎士サガが市民を率いて旧都脱出。臨時皇帝に推される。
36 新帝イシュトバーン即位
98年 南方総督ウィルシュナが皇帝に即位
124年 帝都に旧都を模してアイン・フィンタム万神殿が再建される。新都建設完了
395年 東西南北に皇帝の代理人として副帝を配置
425年 貴族の子弟に対し公教育開始
535年 オット・パンゴ火山噴火、世界の気候が変化する。南方圏貧困化
711年 蛮族大侵入時代始まる。北方、東方各地へ侵入される
730年 唯一信教による神像破壊活動多発
838年 皇帝セオフィロスが蛮族領地へ逆侵攻、大勝するが凍り付いた大地で北上に失敗し帰還前に死去
849年 皇后マグナウラの離宮を学院として女性の公教育開始
858年 政治に関与しすぎた皇后エンスヘーデを近衛騎士が殺害。一時的に女性の権利後退
868年 印刷技術が普及。本の値段が低下。製鉄所も増え森林面積が減少していく。
930年 帝国議会創設
1000年 西方諸国再編し連合軍を編成。西方諸島侵攻開始
1031年 侵入した蛮族が各地で小国を建国
1075年 皇女コムネッナが西方圏自治都市エネクシアの市長と結婚。市民階級の勢力増大が露わに
1096年 唯一信教の義勇軍が蛮族国家群を壊滅させ、勢力拡大
1198年 副帝廃止・選帝侯の時代へ 軍制変更 総督府廃止 行政区へ
1215年 帝国大法典成立 改めて信教の自由が確認される。万国法を各国が承認
1241年 イグニッカの戦い 高地地方の部族が蛮族に大敗するが、ゲリラ戦で撤退させる
1254年 唯一信教大司教の反対で皇帝選出されず。近衛騎士長が代理皇帝へ
1273年 皇帝リッドリックが即位する
1287年 ラール海で聖ヴァルマン祭の大洪水が発生
ヴェッターハーンで建設中の運河にて外海と内海が繋がる。
歴史上最後の大奇跡とされる。
以降第4帝国期と分類される
1337年
魔女狩り開始、堕落した神殿の宗教活動弾圧、エイラシルヴァ天爵死去により天爵家断絶。国教化を画策しようとしていたとされる皇后に側近に唯一信教の疑いがあった模様。この頃から神術の使い手が途絶え始める
1345年
唯一信教の国教化を進めた皇帝オンスタインを親衛隊が殺害。次の皇帝も就任まもなく病死した。オレムイスト家、ガドエレ家の有力な皇帝が次々と死亡し帝都は騒然とした。
1347年
新帝エッドウッド、奇病フルーア病により死去
1352年
ダルムント方伯らの活動により本土から唯一信教完全追放。
帝国追放令が大陸中の全信徒に適用される。神聖期を模して聖堂騎士団再結成。
巻き添えになった旧来の神殿を統廃合
1358年~1360年
第一次市民戦争。北方市民の反乱。各国の遠征軍により即座に鎮圧される
1378年~1385年
第二次市民戦争。西方市民の反乱。各国の遠征軍は勝利するも精錬技術の発達し量産された現代武器の前に多くの魔術師、魔導騎士を失う
1412年
北方圏同盟市民連合の無条件降伏により蛮族が大侵入。
『マッサリアの災厄』開始
スパーニア軍がウルゴンヌ侵攻
リーアン連合王国軍がウルゴンヌ侵攻
1413年
フランデアン王子マクシミリアンがウルゴンヌ公女マリアを救出し結婚
王として即位しシャールミンに改名
フィアナ神聖王国をはじめとするリーアン西部諸国連合がピトリヴァータ神聖王国として独立戦争を開始
1414年
ガヌ・メリがフランデアンへ侵攻
ダルムント方伯長女コンスタンツィア誕生
1415年
フランデアン王子フィリップ誕生
フランデアン竜騎士隊がスパーニア降下兵団を撃退
1416年
フランデアン王国とピトリヴァータ神聖王国が同盟を結びリーアン連合王国を撃破
フランデアン軍が強行軍にて蛮族に襲われていたアル・アシオン辺境伯領を救出
イーネフィール大公女セイラ誕生
1418年
『マッサリアの災厄』終結
東方諸王国間の戦い 終結
エドヴァルド誕生
1420年
スパーニアに対する軍事裁判終了。国王に対して帝国追放刑を適用。
ガヌ・メリ人民共和国成立。
ラール海の水竜をシセルギーテが討伐
1426年
バルアレス王国にてレヴァン・ヴァフタン兄弟死亡
◇◆◇
「おや、眠っていますね、二人揃って。この子達にはやっぱり退屈だったのでは?」
休暇で戻っていたシセルギーテが汗をタオルで拭きながら修練場から戻り、スーリヤに話しかけた。エドヴァルドもパラムンも彼の火狐も午後の陽気に誘われて仲良く居眠りをしていた。
「いいのよ、子供は寝るのも仕事だもの」
「それにしてもスーリヤ様はよくこんなものを暗記していますね」
シセルギーテは教科書を拾い上げてペラペラ捲る。
「シャールミン達と何度も読み上げてる間に覚えちゃったわ。本当に覚えて欲しいのはこれからだったのだけれど」
この地方の歴史についてはまだ語られていない。
「シセルは忘れちゃった?一緒にいたでしょう?」
近衛騎士の口利きで試験もすっ飛ばしていたシセルギーテは明後日の方向を向いて答えた。
「騎士に必要なのは敵を倒す力です。教師達は偉そうに歴史から学ばぬ者は愚者だといいますが、結局歴史なんて人の過ちの繰り返しじゃないですか」
スーリヤに返す言葉は無い。
所詮神々も過ちを繰り返した果てにとうとう地上を失った。




