第11話 再出発
エドヴァルド達は再びナツィオ湖の廃屋に戻った。
ノエムとヴィターシャがそこを訪れた。
ノエムは結果を聞いても特に感慨は持たなかった、むしろ歓迎さえした。
「じゃあ、ダルムント方伯家のコンスタンツィアと名乗らなければ好きに生きていいってことですよね」
が、ヴィターシャは不満を口にする。
「信じられません。それで引き下がったんですか!?」
「そうよ。別にもうどうでもいいわ」
「お母様方から受け継いだ資産を全部奪われたんですよ!」
「猫は返して貰えたからもういいの」
グラーネは行方不明のままだが、猫の方はノエムに譲って面倒を見て貰う事にした。
「これまで議員として立派にやっていたじゃないですか。他の議員達を味方につけて訴えればいい。エイレーネ様だって味方になってくれる筈でしょう。確か遺言状を託してましたよね」
「エイレーネ様を巻き込むなんて申し訳ないわ。あの方は世捨て人のようなものよ」
「じゃあ、議員達は?彼らはこれまで随分貴女の世話になって来たはずです」
「議長も亡くなったんでしょう?駄目よ、もう」
コンスタンツィアと親しかった議会の主な派閥の長は近年の混乱で全員姿を消した。
他の小者たちに方伯に対抗しようという気概のある人間はいなかった。
「自分の権利ですよ!戦わなくてどうするんです!!」
「戦いたいなら自分で戦えばいいでしょう。ヴィターシャ。貴女はわたくしを議長の代わりに民衆派の代表にしたいのでしょうけれど御免だわ」
ヴィターシャはくっと歯噛みする。
「じゃあ、これからどうするっていうんです?」
「エドと結婚してたくさん子供を産んで幸せに過ごすの。決まってるじゃない。ねえ?」
コンスタンツィアはみすぼらしい服装ながらもこれで肩の荷が降りたと明るい顔をしている。長年、しなくてもいい苦労を背負いこんできた。責任感の強い彼女は、実家の指示には出来るだけ従っていたが、どうしても議員達の相談を断わりきれないこともあった。
彼女の個人資産に目を付けてほうぼうから寄付を求められた。
問題ない団体かどうか調査して寄付金を出し、使途の監査にも気を配った。
もうそんなことをしなくてもいい。
「信じられない。貴女ほどの才能があって家庭に収まる?」
「それが幸せでしょう?わたくしはエドを支えて生きていければそれで満足だわ」
「馬鹿馬鹿しい。他人の為ではなく自分の為に生きて、その才能に相応しい評価と賞賛を浴びてこその人生でしょう。貴方には同性の多くの人が期待してたんですよ。この世界をひっくり返すほどの力があるんです」
「自分の価値観にわたくしを巻き込まないで。あら、これからは平民として生きるのだからわたくしなんておかしいわよね?エド」
コンスタンツィアは一般人らしく振舞うのにはどうしたらいいか、エドヴァルドに尋ねた。
「ほんとにそれでいいんですか?コンスタンツィアさん。僕ではあまり贅沢をさせてあげられません」
「贅沢なんて要らない。それより奥さんに『コンスタンツィアさん』は無いでしょう。ねえ?」
コンスタンツィアは次にノエムに話を振る。
「まあ、そうですねえ」
「ね、エド。わたくしの事は『コニー』って呼んでみて?その方が呼びやすいでしょう」
「こ・・・コニー」
エドヴァルドとしても確かにコンスタンツィアと呼びつけにするより愛称の方が良かった。
最近切羽詰まって『さん』をつけない事はあったが、素ではまだまだ言いづらい。
エドヴァルドのまだまだぎこちない呼びかけにコンスタンツィアは優しく微笑んで返事をする。
「はい、あなた」
彼女にこう返されただけでエドヴァルドはもうこれでいいかと幸せな気分になった。
これ以上なにも言葉を紡ぐ気にならず、彼女を抱き寄せる。
以前よりエドヴァルドも日々体つきは逞しくなっている。
厚い胸板に抱かれてコンスタンツィアも幸せそうだった。
「良かった、これで解決ですね」
ノエムも二人が落ち着くべきところに落ち着いたと喜んだ。
ヴィターシャは不満を抱えたまま帰って行った。
◇◆◇
エドヴァルドは予定通り学院に戻る事にしたが、コンスタンツィアはそうもいかない。葬儀も行われており、学生には戻れない。
帝国市民権もなく不法居住者になってしまう。
エドヴァルドはバルアレス王国エッセネ公爵領の市民権を与えて在留許可証を取った。
役所も普通に対応してくれて方伯家の横槍は無かった。
「ねえ、エド。わたしパン屋さんで働いてみたいの。口を利いて貰える?」
「わかりまし・・・わかった」
ぎこちないが二人は少しずつ夫婦らしくなっていった。
ソフィーやノエム、コンスタンツィアの友人とエドヴァルドの友人も集めてささやかな結婚式もあげた。帝国とバルアレス王国の風習に習って米と小麦を皆が持ち寄って雨あられと振りまいて祝福した。
ヴィターシャは招かれたが来なかった。




