第10話 対決
コンスタンツィアはいつぞやのキャンプの時のようにナツィオ湖の森での暮らしを楽しんだ。二人は既に夫婦も同然だったが、エドヴァルドは幸せに感じつつもそれがいつまで続くのか恐れていた。
ある日、コンスタンツィアは決意した。
「戻りましょうか。エド」
「何処へ?」
「エドは学院へ。わたくしは自宅へ」
「離れませんよ。絶対」
「じゃ、一緒に行きましょう」
コンスタンツィアのいう自宅とは自分が母達から譲り受けた屋敷ではなく、ヴェーナ市にある方伯家の本宅だった。
「また、捕らえられるのでは?」
「どうせいつかは対決しなければならないのよ」
コンスタンツィアとしてはいつまでもここに留まればエドヴァルドは帝国騎士への夢を断たれる。自分に付き合わせる訳にはいかなかった。
エドヴァルドとしても、いつまでも彼女に貧しい暮らしをさせる事は心苦しく、彼女に相応しい立場と居場所を取り戻したいと考えていた。
そして二人はまだ復興作業中の帝都を通り抜け、方伯に面会を申し込んだ。
◇◆◇
「お嬢様。亡くなられたと聞いておりました」
「ご無事でなによりです。これまでどちらに?」
門番や使用人達はコンスタンツィアの帰還を喜び、すぐに方伯に話を通した。
幸い、在宅中だったので二人ともすぐに通された。
「儂に何か用か?」
方伯は平然と何事も無いように振舞っている。
「何かって・・・孫が見つかってその態度は!」
「エド」
くってかかろうとするエドヴァルドをコンスタンツィアは止めた。
「で、何の用だ?」
「わたくしの家を返して欲しいの」
「それだけか?」
「それとエドとの結婚を許して」
「エド?バルアレス王国の第四王子か?」
「そうよ」
方伯は鼻で笑う。
「馬鹿馬鹿しい。許すはずがあるまい」
「なら勝手にするまでよ。そんなことより、お母様達の家については?アーティンボルトなんておぞましい魔術師にくれてやるなんて」
「奴の役目は済んだ。もう解雇した」
「厄介者は全てお払い箱にしたわけね。でもあれはお母様から譲り受けたわたくし個人のものなのよ。貴方に好きにする権利はないわ」
コンスタンツィアの抗議を方伯は完全に無視した。
「あんた孫娘の資産を横取りする気か?」
コンスタンツィアには十分な個人資産がある。
しかしそれを方伯に差し押さえられたままでは困る。エドヴァルドは彼女に相応しい待遇を用意出来ない。
「儂に孫娘などおらん。既に死んだ」
相手が相手なのでエドヴァルドも歯ぎしりするしかなかった。
「そうよね。『孫娘』じゃなくて実の『娘』だもの」
「なに?」
「知っているのよ。お父様・・・いえ、兄かしら。彼が種無しだから貴方がお母様を孕ませてわたくしを作った事を」
「馬鹿馬鹿しい。何を血迷った事を」
「お母様から日記を託されたのよ。そこに全て書いてあったわ」
エドヴァルドは驚愕に目を見開いた。
そんな事は今まで聞いた事が無かった。では目の前にいる男は祖父ではなく父親?
「エウフェミアか。彼女は気の毒だった」
「よくも一度は抱いた女にああも惨めな最期を与えたものね」
「勘違いするな。気の毒だといったのは彼女は発狂していたからだ」
「何ですって?」
「なかなか子供に恵まれず、苦しんでいた。妄想で周囲の人間を敵視するようになり、病院に入ったが最後には自殺した」
「自殺?兄、ニコラウスを再婚させる為に貴方達が死に追いやったんでしょうが!」
方伯は哀れむような顔で溜息をつく。
「彼女はお前が遭難して戻ってこないと知ると精神の状態がさらに悪化した。そしてある日、自分で薬物を過剰摂取して死んだ。お前に伝えなかったのは遭難して戻って来てさらに母親が自殺したなどという不名誉を教えてやるのを憚ったからだ」
コンスタンツィアは眦を釣りあげて方伯を睨むが彼は動じなかった。
彼女では彼の鉄面皮を崩せない。
本人が自白しない限り、これ以上はどうにもならない。
「そんなにお婆様の家が欲しかったの?」
「なに?」
方伯の表情が少し変わった。何のことだかわからんという疑問符が浮かんでいる。
「貴方が懸想していたメルセデスお婆様。ご存じかしら、彼女は貴方の本当の母親なのよ」
「は?馬鹿馬鹿しい。儂は義父ゲオルクによって後継ぎに据えられた傍流の子。だからこそクリスティアンらは反旗を翻したのだ」
「違うわ。唯一信教を討伐して救国の英雄と言われたゲオルクには秘した恋があったの。彼は妹のメルセデスを母の虐待から庇ううちに愛し、貴方を産ませて自分の後を継がせた。だからクリスティアン達が掲げた実子の家系に方伯家を取り戻すというお題目なんか最初から間違っていたのよ。無意味な内戦だったわね」
「お前も母に習って妄想の虜となったか」
「わたくしの家にお婆様達の日記も残っているから自分の目で確かめればいいわ。尊敬していた父の兄弟達の子孫を根絶やしにした気分はどう?」
コンスタンツィアはずっとこういってやりたかった。
こんな事を告げても何の意味もないと思っていたが今は満足している。
鉄面皮の方伯の表情を大きく崩せたからだ。
「行きましょう、エド。もうこの男に用は無いわ」
この後、コンスタンツィアの死が正式に公表された。
この日、方伯家で彼女に会った人々は火災に巻き込まれて死亡したという発表に疑問を感じたが彼ら個人が疑問に思った所で世の中には影響が無かった。
帝都の人々は哀しみ、方伯家で行われる葬儀とは別に彼女が長年住んでいたアージェンタ市の自宅に献花して長年の慈善事業に感謝した。




