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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第七章 終章 星火燎原
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第7話 燎原の火

 エドヴァルドはコンスタンツィアを抱えたまま途方に暮れていた。

彼女は自分の名前を忘れている。エドヴァルドの事も覚えていない。

煙を吸い込んで脳がやられたのかもしれない。


何があったのかわからなかった。

周囲を見渡せば近隣の建物はどこも炎に包まれ延焼が広がっていた。


帝都はヴェーナ市の外港から大宮殿まで南北の長き渡って大きな道がなだらかな斜面で続いており、東西にも大きな道が交わって伸びていた。

海から吹き上げる風が炎をさらに大きく押しやり、北方に達すると乾燥した空気と共に燎原の火の如く広がった。ヴェーナ市からさらに北のヴェンツィー市へ山岳にぶつかって東西に分かれてアージェンタ市、ラグボーン市にも飛び火する。


「くそっ、やりすぎだろ!」


煙に撒かれ始めたエドヴァルドにはそこまでわかっておらず、しばらくはヴィターシャの仕業だと勘違いしていた。


ヴィターシャとの待ち合わせ場所に逃げ込む余裕もない。

猛火に包まれた建設中の建物の一角にあったクレーン、巻き上げ機の土台が焼け落ちて転落し下にいた人々を数十名まとめて押しつぶしていた。

そんな事故が方々で起き始めて悲鳴が帝都に響き渡る。


「ここもやばいか」


ヴィターシャが待ち合わせ場所に残っていた場合、彼女を置き去りにする事になるが自分達の身の安全を優先せざるを得なかった。

まだ被害が少なく、逃げ惑う人でごったがえしていない区画に飛び降りようとしたが、そこには警備の魔導銃兵がいてエドヴァルドを見て賊と勘違いしたようで発砲してきた。

魔導銃には若干の追尾性があり躱すのは困難なのでエドヴァルドはイザスネストアスに貰った欺瞞用の魔術装具をばら撒いた。

魔獣が好むような魔力を含んだ植物の実を元に出来ていて、弾丸がそちらを追尾していく間にエドヴァルドはコンスタンツィアを抱えて慎重に建物から飛び降りて火の無い方向へと逃げた。


 ◇◆◇


「っと!」


角を曲がってすぐに騎士が一人立ち塞がった。

夜も遅く、火災の炎が揺らぐ現場では相手の顔はよく見えなかった。


「その方をどうするつもりだ?」

「お前には関係ない!そこをどけ!!」


後ろからは魔導銃兵達が騒いで追って来る気配がする。

もともとは誰も傷つけるつもりは無かったが、そこら中に焼死体や轢死体がある状況では今さらだ。エドヴァルドは戦って切り抜ける覚悟を固めた。


<<ヴェル・ヴェニ・アム>>


幼い頃に父から教わった古代神聖語の合言葉で愛槍を呼び出した。

念のために近くに隠して置いてあったものでヴィターシャから貰った小道具を召喚する為の魔術装具をつけてあった。合言葉で飛んできた槍を掴んだエドヴァルドは左腕にコンスタンツィアを抱えたまま、右手に持った槍を相手に突き付けた。


「どかないなら殺す!」


目前の騎士は哀しみを湛えた顔のまま、エドヴァルドの横をすり抜けて後ろに現れた魔導銃兵達を切り捨てた。


「行け」

「どういうことだ?」

「目撃者は私の責任において全て消そう。騎士の誇りにかけてこれは本意では無かった。申し訳ありません」


騎士はコンスタンツィアに詫び、抜き身の剣を持ったまま角を過ぎて行った。


 ◇◆◇


悲鳴が聞こえ、何がなんだか分からなかったがエドヴァルドは先を急ぐ事にした。

大河を挟んだアージェンタ市なら大丈夫だろうと思ったが、考える事は皆同じで大橋に人々が殺到していた。


「コンスタンツィア。しがみついてて!」

「はい」

「・・・」


やたらと素直なコンスタンツィアには違和感しかない。

しかし間違いなく彼女である。エドヴァルドは河を行き交う船の屋根に飛び移り、船から船へと飛び移り続けてアージェンタ市に入った。


しかし、そこでもまた火事。


「うっそだろ?」


河沿いの常夜灯神殿群がやけに輝いていると思ったが、よく見ている余裕がなかった。

燃え移るような距離ではない筈だが、空をみると火の粉はヴェーナ市から大きく飛んでいる。北の河端の狭いところからも回り込むように火災は及んでいた。


コンスタンツィアの元の屋敷に返すのが一番安全だが、もう二度と離れたく無かった。

エドヴァルドはコンスタンツィアを元の屋敷には返さず、ナツィオ湖の森の中に匿った。

さすがにここまでは火の手は及んでいない。


領主として火災対策も学ぶ必要があり、エドヴァルドには多少の知識があった。

帝都は十分に対策していたように思われたが、それでも防ぎきれないとは意外に思う。

このあたりで冷静になり、ヴィターシャの仕業では無く近年の内乱の残党が恨んで放火したのではと考えた。当局は犯人探しに躍起になるだろうし、エドヴァルドは情勢がわかるまでここに匿う事を決めた。


いちおうこのナツィオ湖はアージェンタ市内だが皇帝がツェレス候イザスネストアスに与えた私領であり、当局も正式には立ち入る事が出来ない。以前は狩人が好き勝手入っていたが、今は立ち入り禁止の看板を立てている。


「コンスタンツィアさん。しばらく不便をおかけしますが僕とここに留まって貰えますか?」

「・・・はい」


少し間をおいてコンスタンツィアは頷いた。

エドヴァルドの後ろに控えるダーナを怖がっている。


「ダーナ。頼むから彼女に危害を加えないでくれよ」

「ハイ。任セテ」


不安だが、しばらく隠れ潜みイザスネストアスの使い魔が来たら相談することにした。

コンスタンツィアが正気なら永遠にここで暮らしてもいい。


 ◇◆◇


 一週間が経ってもまだ火災は収まらなかった。

正確には何度収まってもまた再燃していた。


その間コンスタンツィアはダーナに調達して貰った服に着替えたが、みすぼらしい恰好でエドヴァルドは申し訳なく思う。


十日経つとようやく鎮火されたが、復興作業中に地震があり、脆くなった建物が崩れまた死傷者が出た。


コンスタンツィアは子供のように無邪気で素直で怖がりだった。

ダーナは石鹸や化粧品の類を一切持っておらず、コンスタンツィアは日に日に薄汚れていく。


ダーナを市内に使いに出してノエムを連れて女性用の生活必需品一式を調達してくれるよう頼んだ。ソフィーだと方伯家の家臣に追跡される恐れがあったのでノエムが一番だと思われた。


「おー、まさかちゃんと生きてたとは上出来です」


ノエムはいつも通りあっけらかんとしていた。

彼女は被災しておらず、周辺住民の救助をして日々を過ごしコンスタンツィア達の事を心配していた。


「生きていますが、この通り自分が誰なのか忘れちゃってるみたいで・・・」

「ふむ。お医者さんには?」

「済みません、まだ。健康ではありますから」

「うーん。まあそれなら仕方ないですね。お医者さんからお父さん達にバレちゃいますからね」


ノエムも何かのショックでこうなっているなら様子を見る事に同意した。


「世間はどうなってます?」

「まだまだ混乱していますが、それほど酷くも無いですね。あ、そうそうミハイルさん亡くなったそうです」

「そうですか。まああの場にいた人はほとんど亡くなったでしょうね」


正直言ってざまをみろという気分だったが今は些事だ。


「ヴィターシャさんはどうしてるかわかります?」

「ええ、こんな事態なので取材を優先しています。困った事に議長も亡くなってしまいました。お二人を支持してくれそうな人だったのに」


十万人以上の死傷者が出て被害のほとんどがヴェーナ市なのだから、確率的には亡くなっていてもおかしくない。


「どうしたもんか・・・」

「このまま静かに暮らしちゃえば?」


彼女の自我がはっきりしていればそれでもよかった。

しかし、今は彼女を彼女足らしめている部分がない。

毅然とした態度、優しさ、強さ、温もり。それを取り戻さない限りエドヴァルドはコンスタンツィアを助け出したとは言えない。


「コニー様が従順だからっていけない事してないでしょうね」

「まさか。見損なわないで下さい」

「御免なさい。でもなんか妙に懐いてません?」


コンスタンツィアは隙あらばエドヴァルドの背中にすり寄ってきた。

弾力のある彼女の体だったが、エドヴァルドは別に嬉しくも無い。


「怖いんでしょう。幼児のようだ」


言葉は理解していてむっとしているが、簡単な受け答えしかできない。

こんな彼女と暮らしても苦痛でしかない。

もちろん、それでもずっと彼女を守り続けるつもりではある。


「はー、とりあえず様子を見ましょう。あんま変な人呼ぶわけにもいかないし」


ノエムがヴィターシャに尋ねた所やはり大規模な放火テロが疑われているらしい。

火元が一ヵ所ではないと。

当局も夜間外出禁止令を出しており、ノエムも目を付けられないようにする必要がある為、数日おきに来てくれる事になった。


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2022/2/1
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