第6話 東方大陸諸国会議
フランデアン王国の首都で東方大陸諸国会議が緊急で開かれていた。
多くの国家の代表が集まる事について事前に帝国の東方行政府にも連絡はしている。
彼らの議題は帝国に対して反旗を翻すべきかどうか。
貢納拒否、帝国軍団基地の撤去、白の街道を帝国領として認めない、さまざまな案が出ているが究極的には帝国に対して宣戦布告することに繋がる。帝国が受け入れる訳がないからだ。
大半の案の提出者は当然ディシア王であり、娘を処刑されたが為である。
彼に誘われて共同提出者となったのはトゥラーン国王。
彼の息子は処刑者リストには載っていなかったが、捕縛対象には載っておりレクサンデリ・アルビッツィと行動を共にしていた為、帝国兵に追われて最後には崖から飛び降りて死亡したと報告が寄せられた。
帝国兵達はレクサンデリと二人仲良く飛び降り、岩場にぶつかって彼らの体が砕け散ったのを見たという。死体は激しい荒波にさらわれて見つからなかった。
フランデアン王は諸王が集結する前に、皇帝のもとへ行き処刑の取り止めを依頼した事、そして皇帝はすぐに受け入れて制止命令を出した事、皇帝が直接この処刑命令を出したわけでなく家臣の暴走だった事を二人の王に説明したが、彼らは納得しなかった。
宣戦布告すべきかどうか、という議題では帝国を恐れて諸王が集まらないので表向きは非難声明を出すべきかどうかで議論をすると東方行政府や世間には告知している。
建前と違い、二人の王は全東方国家が団結して帝国に対し反旗を翻そうと訴えていた。帝国軍犯罪の司法権が各国に無い事、長年の不平等貿易、軍団基地の提供、白の街道を維持する為の労役、大型船舶建造禁止令、新技術・技術者の略奪、もろもろの不満もあわせて同意を求めていた。
フランデアン王が招聘した国の中には異例だがガヌ・メリ人民共和国や東方圏の同盟市民連合都市もあった。彼らはもともと王侯貴族による身分制社会の打破を訴えているので反帝国側である。
皇帝に実際に会って来たフランデアン王は宣戦布告には反対だった。
皇帝に悪意は無く、不幸な事件だった。
しかしディシア王やトゥラーン王にとっては『不幸な事件』で終わらせられては堪らない。東方候が反対するのなら東方候を解任する不信任案さえ提出する構えだった。
フランデアン王は約八十ヶ国ほどに呼びかけたが、集まったのは五十ほど。
遠方なので予定が合わないとか、病気だとかで全権大使すら送らなかった国も多い。集まった国々も大半は宣戦布告には反対であったので不信任案は通りそうもなかった。
外海側の中堅国家であるバルアレス王国の王は仲裁に入った。
「お二方の怒りは理解出来るが、お二人の国には遠征能力は無い。地元の帝国軍駐留基地に嫌がらせをするのが精一杯だろう」
「侮辱するか!」
「現実的な話をしているだけだ。東方候はお二人に頼まれる前にこの話を聞いてすぐ皇帝の所に怒鳴り込んだそうじゃないか。そして帝国の自由都市の新聞社から今回の件を非難させた。出来るだけの事はしてくれたと思わないか?」
「ベルンハルト、お前はフランデアン王と古い友人だから弁護するのであろうが!」
特に怒りの激しいディシア王は血涙を流さんばかりの勢いで諸国に協力を求めた。
しかし帝国と経済的な結びつきが強い内海側の国、メルニア王国やアルシア王国も宣戦布告に反対し、表向きの理由通り非難声明ならば賛成しようと提案した。
フランデアン王に対する不信任案は否決。
帝国に対する宣戦布告も否決。
非難声明については34か国が賛成。7か国が反対、他は棄権。
「無視されるのがオチだ。こんな声明なんの意味も無い。次に自国が理不尽な目に遭った時誰も助けてはくれないぞ。その時、己の判断を後悔するがいい」
ディシア王は不機嫌そうに諸王を糾弾した。
「蛮族戦線への援軍拒否や労役拒否についても議論したい」
トゥラーン王は宣戦布告は諦めたが、帝国にもっと踏み込んで実害を与える事を提案した。
「まあ、そんなところだろうな。後は賠償金と謝罪の特使を送れと提案しようか」
ベルンハルトも追加提案を行う。
「金で娘が戻って来るものか!」
「仕方がないだろう。今はそういう気運にまでは至ってない。こんな悲劇が繰り返され、民衆も帝国に対して敵意を持つようにならない限り戦争なんかできやしない」
「こんな事が繰り返されれば、というが。それがお前の娘だったのならどうだ?フランデアン王もそうだ。もし自分の娘が帝国人に凌辱され、殺害された時も、また今度、で済ませるつもりか!?」
「俺なら他人に頼まずさっさと挙兵してるね」
ベルンハルトはディシア王を暗に臆病者めと嘲った。
ベルンハルトと親しいメルニア王は怒りのあまり口をぱくぱくさせたディシア王を制して窘める。
「口が過ぎるぞ。バルアレス王。とにかく、ディシア王の怒りは大いに理解出来るが我々も国民を巻き添えには出来ない。帝国が混乱していた時期ならやりようがあったがその時は過ぎた。全国が一致団結出来ない限り帝国とは戦えない」
そして諸国はそれぞれ利害関係で対立しており、帝国よりも隣国の方が憎い。
「一致団結なんて夢物語さ。そんな事が出来たのは五千年前の一度だけ」
古代帝国によって東方圏の神々が侮辱された時は団結して戦ったが、神々の恩恵が薄れた現代の人々はそこまで信仰熱心ではない。
フランデアン王はディシア王を宥める為に、少し時間をおいて再度審議を開始する事にした。その間同じく子供を亡くしたトゥラーン王に軽挙妄動を慎むよう説得を依頼した。
◇◆◇
「白の街道の労役拒否は難しいな。通行税は高くつくが、経済発展には役立っている」
「・・・うむ」
旧知の仲のシャールミンとベルンハルトは再開された後の賠償金額の請求額について休憩中に話し合った。しかし、シャールミンはあまり会話に興が乗らない。
「そんなに暗い顔をするなって。尽力してきたのに非難されて不満だろうが、向こうもすぐに忘れるさ。もともとアルビッツィの金欲しさに娘を連中に売ったのは自分なんだからな」
「そんなんじゃない。別に不満とは思っていない。あ、いや少しはあるかな」
シャールミンは恥じ入るように答えた。
「そりゃそうだろう。それが人間ってもんだ」
「しかしな。今後も同じ事が繰り返されて、泣き寝入りは続くかもしれない。もし私に娘がいたらと思うとぞっとする」
「息子はいいのか?」
「息子だったら、自分で切り抜けて来いという」
「そりゃあいい。さすが妖精王だ」
ベルンハルトの娘は嫁いでしまった。
息子は二人が殺し合い、一人は病弱、もう一人は粗忽もの。
今は何をしているやら。
「娘か・・・欲しかったな。いたら心配で目も離せないだろうが」
「妖精の王女か。世界中からどうか妃に、と求められて人気者になるだろうな」
「絶対にやるもんか」
珍しい容姿の妖精の民は昔から犯罪者に誘拐されて奴隷として売り飛ばされる事も多く、その王女が拉致されでもしたらどんな値段がつくかわからない。
「もしカトリネルと同じ目に遭わされたら、お前ならどうする?」
「私もお前と同じだよ。幸いにして生まれなかったが」
「王妃さんはまだまだ産める年齢だろ?頑張ったらどうだ」
「最近ちょっとな・・・」
「なんだ、あれだけ熱愛してたのに倦怠期か」
ディシア王国の件ではあまり会話が弾まないのでプライベートの会話を続けていたが、そちらでもちょっとまたシャールミンは暗い顔になった。
ベルンハルトはどうしたもんか、と次の話題に困りしばし静かな時が流れた。
その静寂を破ってフランデアン王の騎士が一人報告に来た。
「陛下よろしいですか?」
「ああ、なんだ?」
「帝都で大規模な火災が発生したとのこと。既に一週間が経ち、死傷者十万人以上だとか」
「確かか?」
「はい。まだかなり混乱しているようで詳細な情報は少ないですが、帝国議会の議長や要人達も多数焼死したとか」
「おやま。内乱の残り火かな?」
ベルンハルトはのんきな声を出すが騎士は否定した。
「いえ、特に交戦は発生していないもようです」
「ふむ・・・災難続きだな。帝国も」
古代から大都市にとって火災は致命的な被害をもたらす。
木造家屋の多い東方圏では特に大惨事となるのであまり人口の密集した大都市は作らない。
「宣戦布告どころじゃないな。お悔みの使者を出さなければならなくなったぞ」
「・・・そうだな」
シャールミンは重い溜息を吐いた。
そんな情勢では賠償金も難しいだろう。
彼らが会議を再開し、この件を伝えた時諸王も同じ感想をもった。
ガヌ・メリや同盟市の代表団は既に帰国していた。
宣戦布告しないのなら用はないとばかりに。
諸国会議ではひとまず非難声明のみ東方行政長官に託し、帝都大火についての反応は各国に任せた。解散後最後にもう一度ベルンハルトはシャールミンに会って短い会話をした。
「ガヌの連中はいいのか?情報が帝国に伝わるぞ」
「いいんだ。我々が宣戦布告寸前までいくほど激怒していると伝わればいい。そしてガヌの連中にも我々が王制を取っているとはいえ帝国と共同歩調にあるわけでもないと知って貰えればいい」




