第35話 バルアレス王③
エドヴァルドが大人しく家で講義を受けている間に国の状況には変化があった。
愛息の死にクスタンスは嘆いて病に倒れ、ベルンハルトは行動を監視出来なかった双子の小姓らを職務怠慢と怒って自ら処刑した。法務官と検視官、そして宮廷魔術師のヤブ・ウィンズローが医師達には責任が無かった事を宣言し、彼らは無罪とされた。もう一人の宮廷魔術師アステリオンはその判断に異を唱えたが、容れられなかった為、辞任して国を去った。
双子の小姓にはクスタンスと縁が深いアルシア王国の人間もいた為、二国間で厄介な問題となった。ベルンハルトがクスタンスを妃として受け入れるまでこの二国は小競り合いが相次いでいたが、この20年はそれも無かった。
しかし、アルシア王国系の王子二人が死にその従者まで処刑されたとなるとアルシア王国側から見れば何かの陰謀かと疑い、事の次第を明らかにせよと特使が高圧的に出てくるのも当然である。
だがベルンハルトも他人に高圧的に出られて大人しく話を聞くような人間ではない。逆に息子二人を失ったところに弔問に来るどころか、暗殺の疑いをかけられて憤激に駆られた。
「この外道が!貴様に手塩にかけて育てた息子を失った痛みが分かるか!そんなに俺の後継者にアルシアの血が入った人間がつくのが望ましいか!」
アルシア王の甥であるデイトン大公の家臣がクスタンスと親しかった為、特使としてやってきていたのだが、ベルンハルトの怒声に恐れ入って縮こまった。
周囲の者が止めなければベルンハルトは大勢の前で殴りつけていた事だろう。
「も、申し訳御座いません。つい口が滑りました。我が王にとっても孫にあたる王子達です。どうか真相を明らかにしたいという想いを分かって頂きたく・・・」
クスタンスの立場を守ってやろうとしたのか、或いは国力の劣るバルアレスだと侮ったからか最初に高圧的な態度に出てしまった特使はベルンハルトに赦しを乞うが、このような口ぶりでは王のいら立ちは収まらなかった。
「その孫を守れる能力のある従者を送ってから物を言え!アルシア系の王子が欲しければまた作ってやる」
30歳のクスタンスはまだまだ出産可能な年齢だった。再婚が奨励される帝国では引き受け手も多い年齢だ。ベルンハルトは自身の騎士に決闘用の槍に細工はされていなかったかと念の為調査はさせていたが、特に怪しい点は見当たらないと報告を受けた。
クスタンスを慰め、励ましてどうにかまた一人の子を設けたが、病気がちになっていたクスタンスは次の出産に耐えきれず亡くなってしまう。
新帝国歴1427年。
バルアレス王国はさらなる哀しみに包まれ、一年中喪に服した。
クスタンスにはまだ娘があり、婚約者も決まっていなかった為クスタンスが存命中の頃からベルンハルトは良縁を探し始めた。アイラクリオ公と関わり合いの無い国内の実力者をと求めたが、そんな人物はそうそう見当たらなかった。パラムンが健康を回復しつつあると聞いたのでそれも考えたが年齢の釣り合いが取れない。
塞ぎこんでいる妻や娘の為、国外にも使者を出し始めた。クスタンスの死亡後は嫁に出すのではなく婿を取って手元に置こうとした。
この動きはアイラクリオ公らの不安を煽ってしまう。ベルンハルトが自身の後見人でもあった現紋章院総裁に過去の系譜を調べさせている事を貴族間の繋がりから知ったカトリーナはその目的を訝しんだ。
「ベルトロット様、夫が何をしようとしているのか突き止めて頂けません?」
ご婦人達は女の付き合いで自由都市まで買い物に出かけたり、茶会やら朗読会やら孤児院の慰問やらの独自の繋がりがある。王都の場合は貴族の女性向けの浴場で集まったりもするのでどうしても派閥に寄らず顔を合わせる事も多い。
総裁が中立的な存在でも夫人がそうとは限らないのだった。
かくしてベルンハルトの思惑は筒抜けになりクスタンスの娘メーナセーラにも危機が迫っていた。
◇◆◇
ある日ベルンハルトの下に東方の大君主フランデアン王シャールミンがやってきた。
「やあ、息子さんの事は聞いたよ」
「・・・わざわざ弔いに来てくれたのか」
ベルンハルトは家庭内の問題に苦慮し、外交問題にもそれは直結していたので多忙だったが、自ら足を運んでくれたフランデアン王との面会に応じた。
「もちろんだとも、長年の友人の後継ぎが亡くなったというのに私が弔いに来ないわけがないだろう。墓所に案内して貰えるだろうか」
「ああ。誰かに案内させよう」
ベルンハルトは鷹揚に頷いたが、シャールミンは積もる話もあるので直接ベルンハルトに案内を頼んだ。
「忙しいところを悪いが、こちらに派遣したイーデンディオスも呼んでくれるだろうか」
「もちろん、構わないさ。お前の為ならいくらでも時間を割こう」
城下からイーデンディオスコリデスを呼び出し、それから王達は双子の墓所へ向かった。墓所の入り口には迷子の守り神アノプデアとアノエデアの双子神の像があり、レヴァンとヴァフタンがせめて冥界では仲直りして幸福に暮らせるよう捧げられていた。
「双子が縁起が悪いというのは本当だな・・・」
ベルンハルトは寂しげに呟く。
「明確な長幼の序をつけられる根拠が薄くなるからな」
シャールミンも頷いた。
「それで、ここにイーデンディオス老を伴った理由は?」
ベルンハルトとシャールミンは並んで歩き、その後ろにイーデンディオスが続いている。従者らはそれより後ろを歩いていた。
「老師には視覚の欺瞞と遮音魔術をお願いしたい」
シャールミンは目で構わないか?と確認しベルンハルトも頷いた。
依頼されたイーデンディオスがその通り魔術を行使する。
「では、話そう。君の息子らの死を聞いたのは偶然だ。別の用があってきた。しかし、私がここに来た事で君の立場を強化できるなら好きに使って欲しい」
以前の内戦の経緯も聞いていたシャールミンはベルンハルトに味方する諸侯がいなかった事を憂いていた。
「そうさせて貰おう。転移陣を使ってまで東方候がやってくる事態なんて滅多にないからな。で、用事とは?」
「実は皇帝から私に直接依頼があった。何でもダルムント方伯の御令嬢が乗った船が外海で行方不明になったらしく捜索を依頼してきた」
「何でお前に?帝国海軍にやらせればいいだろうに」
バルアレス王国の街道も帝国軍が我が物顔で通行するし、海もそうだ。
いつも通り軍事力を見せつけて依頼があるなら直接帝国軍の司令官が協力を要請してくればいい。
「今回、帝国軍は捜索活動を行わないそうだ。あくまでも我々に主導して欲しいという」
「ほーう、そりゃまたどうして?」
「南方戦乱や『マッサリアの災厄』で近辺の帝国軍の駐屯基地の人員を極限まで削っていること、そして東方諸国の自治権を重んじて人心を刺激しないようにと配慮して下さっているそうだ」
「その口調から察するに信じていないようだな」
ベルンハルトはイーデンディオスを意識して言葉を選びながら言った。
「まあな。イーデンディオス老の事なら心配ない。帝国人だが私の幼少時からの師であるし、私がスパーニアと戦っている時、帝国が横槍をいれる気なら帝国とさえ戦う気だったのを知っている」
「ほう、そんな帝国人もいるのか」
ベルンハルトはイーデンディオスに目を瞠る。
見つめられて居心地の悪くなったイーデンディオスが口を開く。
「師の意向もありました。イザスネストアスが援助してやるようにと」
「そりゃまたどうして」
ベルンハルトはイーデンディオスに次々と問うた。
「我が帝国が陛下の奥方の国、ウルゴンヌ公国に対して独立保障をかけていたにも関わらず、スパーニアが侵攻した時見過ごされました。蛮族と戦うのに帝国にとってより重要な同盟国はスパーニアだったからです」
条約を履行しない帝国に業を煮やしたシャールミンは単独で婚約者を救いだしスパーニアを滅亡に追い込んだ。
「王位を捨てて敵地に潜入し、周辺国が全て敵となっても誓いを守り通した陛下に心服してかような人物を補佐する事は帝国の利益にもなると考えております」
「あまり褒められると面はゆいな」
シャールミンはこめかみを掻いて照れる。
「フン、まあ、いいだろ。皇帝がお前に責任を押し付けたにせよ、捜索したければ勝手にやってくれ」
「手伝ってくれないのか?」
行動の自由を得られても遠いフランデアンからではあまり多人数は捜索に送り込めないので現地の協力を欲しがった。
「俺に出来るのは諸侯に協力するよう書状を書く事くらいだ。で、どこらへんで行方不明になったんだ?」
「ヴェッターハーンに着いた商船の話ではバルアレスの東の沖合を二ヶ月くらい前に北上していたそうだ。神々の旗を掲げた巡礼船は目立つからな」
皇帝の依頼で大急ぎで調査を開始したものの、既にかなりの時間が経過してしまっている。
「ふーん。ならトゥラーンの岬から南へ漂着遺体の捜索をした方がいいだろうな。海流に流されてうちの国にはいないだろうし、我が国では沿岸部の開発は禁じられている」
「聞いたよ。古代からの掟を守っているとは大したものだ」
「伝統を破るのが恐ろしいだけだ。もう何故開発してはいけないのかという理由さえ忘れている」
ベルンハルトは一応真面目に検討し捜索範囲を絞って伝えた。
「運よく生きていても同盟市民連合の勢力圏だ。向こうから報告して来ないって事は帝国貴族のお嬢さん方の状態は期待するなよ」
帝国ではとうの昔に禁じられた奴隷制も東方圏ではまだ続いているし、ろくに言葉も通じない貧民に発見されたらまともな扱いを受けてはいないだろうと推察された。
「皇帝に頼まれたのは捜索だけだ。捜索隊を二手に分けてトゥラーンから南と、ここから北に出そう。地元に詳しい人間を補佐につけてくれるだろうか」
「悪いがウチの国にも同盟市民連合と親しい奴は・・・ああ、そうだ。ひとつ心当たりがあるから捜索隊を支援させよう」




