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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第六章 死灰復燃~後編~(1431年)
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番外編 騎士達の戦い

 サビアレス軍はオレムイスト家の領都を落とした後帝都からの指令に従い、急遽元の道を戻っていた。兄、ベルディッカスはその連絡が来る前にサウカンペリオン方面へ移った。

遍歴の騎士として高名だったサビアレスには皇家の勢力争いとは無縁に同様の旅暮らしをする無名の騎士も協力していた。


「やったな。フレディ。これで我々は百州を制覇したぞ。もはや敵はいない」

「ではまた旅暮らしに戻りますか」

「そうしたいのは山々だが、今度はガドエレ家を潰せときた」

「なんとまあ人使いの荒い」

「大した敵ではない。ちょっといって首を狩って来るだけだ」

「あちらに戦う気があればいいのですが」


フレディの疑問にサビアレスは首を傾げる。


「どういうことだ?」

「連中はオレムイストと違ってこっちが攻めたらさっさと船に乗って逃げますよ」


武門のオレムイストと違ってガドエレ家は正面切って抵抗するわけがないとフレディは考えた。


「何処へ逃げるというのだ。我々が帝国を制したら連中に逃げ場などない」

「匿う者はいくらでもいますよ。閣下も諸国を旅してそれを実感したのでは?」

「むう・・・」


確かに各地で魔獣狩りをした時、出身を隠した時は感謝されたが皇家の名を出すと怯えたり憎しみの目で視られたこともある。帝国の分裂を喜ぶ者が後の世の為にガドエレ家に援助する可能性はあった。


「それに閣下は子供を殺せないでしょうに。バンスタインめもわざと見逃されましたな」

「バンスタインは籠城した砦で焼け死んだ。家臣が遺体を確認しただろう」

「まさか本気で信じられたわけではないでしょうに」

「いうな」


オレムイスト家のバンスタインは父の軍から離脱して幼い弟達が立て籠もる砦に救援に入った。サビアレスは兄の指示でそこを攻撃し火を放って焼き尽くしたが、占領後地下道を発見した。砦の生き残りはオレムイスト家の子供達はこれで全滅だと言ったが、信じない者も多かった。


しかし、サビアレスは兄に砦は包囲して殲滅し一族は抹殺したと報告した。


「ま、いいでしょう。敵を全て狩り尽くしては我ら猟犬の出番も無くなってしまいますからな」

「その通り!一強の時代などつまらんことだ」


情に深いことは惰弱と取られる。

サビアレスは弱さ故に見逃したと言われるより、己の力に自信があるから将来の敵となっても子供らを見逃したと受け取られる方が良かった。

サビアレスに仕える騎士、将軍達もそんな彼を愛した。


サビアレス達魔導騎士は銃弾をものともせず強行突破を繰返して次々と落城させた。

当時普及していた小口径の銃弾では彼らの装甲を貫通出来なかったが、魔石の浪費は激しかった。基本的には自分の血で作った魔石で共鳴させるのが最も防御力を上げるのに都合が良いのだが、長い戦争ではそう頻繁に魔石を補充出来ず代用品を使わざるを得ない。


「我らの行軍が早かったせいか、補給隊がまだ来ません」

「帝都で補充すればよい」


伝令の報告にそう答えサビアレスは強行軍を取った。

兵士は疲労していたが、最大の敵は既に葬って道中に危険は無く帝都に戻れば休暇を約束されて不満も言わずに従った。

軽騎兵、軽装歩兵が先頭を行き、サビアレス達騎士に重装歩兵は中陣、砲兵や輜重隊は後陣の長蛇の列となった。


白の街道は高速移動に適していたが、道が細く、魔術で荒れた土地でも強引にくり抜いて道を通していた為、視界が悪い箇所もあり奇襲には弱かった。

点在する帝国軍基地によって安全を保証されているのが前提で強行軍を行うのが常である。


 ◇◆◇


「閣下、帝都よりの急報であります!」


駆け足で進む兵士達の間を縫って早馬がサビアレスのところへやって来た。


「何事だ」

「はっ、ダルムント方伯からの宣戦布告であります。これを」


書状の内容はシクタレスからで方伯が敵に回った為、警戒せよとのことだった。

ひとまず講和を試みる為、交戦は避けベルディッカスと連携を取れる位置に移動するようにとの指示もあった。


「父上にしては弱気だな。倒してしまえばいいのではないか?」


側近は疲労も見せず闘争心を剥き出しにしているサビアレスを笑った。


「父君は方伯の御令嬢を貴方か兄君に嫁がせたいのですよ」

「兄には妻がいるのだぞ?」

「じゃあ、貴方の後添えですね。ご存じですか?アドリピシア様が亡くなった時、ご遺体を守ろうとした東方の王子を御令嬢が庇ったそうです」

「ほーう。それは知らなかった。であれば本当に我々は彼女に悪い事をしてしまったな」

「まことに」


サビアレスの周囲の騎士達は和気藹々としていたが、フレディはそんなことより、と彼らに釘を刺した。


「閣下。まずは行軍隊形を改めませんと。敵が襲ってくる可能性があります」


その言葉にサビアレス達もすぐに表情を引き締めた。


「その通りだ。全軍停止命令を。プレストル伯、次にどうすべきだろうか」

「我々は後衛を守り、先陣にはすぐに戻らせて全軍後退し、近くの軍団基地を徴発するべきです」


クシュワントに代わってサビアレスの補佐についているプレストル伯は、次々と献策した。

彼らのところに方伯が帝国正規軍に中立を指示したことまでは連絡が来ていなかったが、彼は先んじて安全な軍団基地を占拠して様子を見るべきだと考えた。


サビアレスはプレストル伯の言う通りすぐに先陣と後陣にも指示を送った。


「閣下は後陣を直接指揮してください。私は先陣と合流してからすぐに参ります」

「よし」


何万もの大軍が細長い行軍隊形を敷いていると命令が伝達されるまで何時間もかかる。迅速な判断と行動によって方伯軍の奇襲直前に命令が伝わり、致命的な損害は免れた。


「むう、やはり来たか」

「ええ、敵は確かに方伯軍のようですが・・・」


フレディは昔の遍歴の旅の道中で入手した望遠鏡を持っており、それで敵の旗と装備を確認した。


「聖杯、髑髏・・・おやおや、つむじ風に蛇、亀の旗、つるはしだの太陽だの随分と多様ですな」

「何だと?」


土地によって守護神は違うが主人と家臣も大神の眷属の系統の旗を掲げるのが常なのでまったく関連性の無い紋章が並ぶのは普通はあり得ない。


「白銀の鎧の騎士達です。聖堂騎士団が敵に回りました」


聖杯と髑髏の紋章は方伯家の家紋だが、他は東方系や北方系の神々の聖印だった。

敵は方伯家だけではない。


「こいつは参った。はっはっは。聖騎士が敵か。我々は悪役だな」

「何がおかしいので?」

「いくら腕試しをしたくともあのお高くとまった連中は一度も応じてくれなかったからな。これで堂々とぶちのめせるというものだ」


強襲を受けた兵士達は当初動揺していたが、豪胆なサビアレスの態度を見て落ち着きを取り戻した。


「伯が戻るまで我々はここを維持する。砲兵隊は準備出来次第ぶちかませ」


方伯の部隊は強襲してきた為、砲兵隊は引き連れておらず応戦が間に合った分サビアレスが優位に立った。


 ◇◆◇


 一方、軽騎兵、軽装歩兵、銃兵が中心のプレストル伯の部隊は合流前に前方に重騎兵に割り込まれ、後方にも敵が断続的に襲撃をしかけてきていた。

強行軍の途中だった為、銃兵は携行している銃弾しかない。

貴重な銃兵だったが、伯は銃兵を捨て駒に使い街道上の要所要所に残して敵の指揮官を狙撃させて時間を稼ぎ自らは重騎兵達をすり抜けて強行突破を敢行しサビアレス軍を攻撃している敵の後背を突き破って合流した。


「おお、無事だったか」

「はい。申し訳ありませんが銃兵は半分ほど失いました」

「よいよい。敵も相当被害を負った筈。奇襲が失敗して後退している今のうちに軍団基地を占拠しよう」


彼らはすぐに手近な軍団基地に赴き、基地司令と部隊を追い出して物資を奪った。

しかしながら軍団基地は最大で一万の部隊が駐留出来る規模しか無く、平時は三個大隊くらいしかいなかった為、物資は不足していた。


「物資は致し方ありませんが、全軍を収容するには手狭ですね。拡張工事が必要です」

「工事は任せる。俺は周辺の偵察に行こう」


要塞建築学の権威でもあるプレストル伯が側近としてついていた事はサビアレスにも幸運だった。塹壕を掘り、土嚢を積み、残り少ない砲弾、銃弾で効果的な火線を引いて敵を撃退し続けたが敵にも砲兵隊が到着すると徐々に基地の包囲は狭められた。


残りの物資が節約してもあと三日という段になってプレストル伯は己の判断ミスを認めた。

敵は増える一方だが、こちらに援軍は一切無かった。


「申し訳ありません。思考がつい守りに入ってしまいました。このままでは全滅してしまいます。閣下だけでも脱出し帝都へお逃げ下さい」

「謝る必要はない。俺が猪突猛進の度が過ぎるから伯を傍につけられたのだ。伯の役目柄、この判断は仕方ない。俺だけであれば突破はたやすいが、故郷から遠く離れてついて来てくれた部下達を見捨てては我が家はこの戦いに勝利する事は出来ないだろう。決戦を挑み、勝利してこの兵力を父上にお返ししてこそ事態は打開できる。伯は決戦の準備を進めてくれ」

「御意」


プレストル伯だけでなくサビアレスも兄が方伯の後背をついてくれる、或いはそのうち帝都から援軍が来ると期待していたのだが一向に到着しなかった。


彼らが籠城を諦めて基地の外へでて決戦の準備を始めると包囲の為に散っていた方伯軍も集結を開始して対陣した。


 ◇◆◇


「ふふ、一度こういった正面決戦をやってみたかったのだ。これはこれで楽しそうじゃないか。なあ?」


サビアレスは轡を並べるフレディにこの状況でも陽気に話しかけた。


「オレムイスト家とは攻城戦ばかりでしたからな。しかし魔石の助けはもうありませんぞ」

「銃兵には気を付けねばならんが、幸い伯が軽騎兵は温存してくれた。敵を迂回して後背に回らせて乱戦に持ち込もう」


サビアレスは軽騎兵を集中運用して正面の銃兵を避け、後背に迂回させて陣形を攪乱させてから自分達魔導騎士が敵の本陣を衝く作戦をたてた。

魔導騎士達は鎧の魔石は失ったが武器の分は残してあり、打撃力はまだ十分にある。

疲弊していても大将の人望は高く兵の士気も高かった。

兵力差も何倍もかけ離れているわけではなく彼らはここで方伯を討ち取る気概に満ち溢れていた。


決戦の気運も高まり、さてやるかと突撃の準備を始めた所でその熱気に水を差されてしまった。伝令が後背からの敵襲を告げた。


「後背の敵はオレムイスト家のバンスタインであります。無念ですが、既に後方で戦闘が始まっており隠していた軽騎兵が襲われております」


彼らは軍団基地を出た所で前方と後方を挟まれてしまった。

足を止めていた状態の騎兵が囲まれて圧倒的に不利な状況にある。


「もう来たか・・・」


将来敵となって立ち塞がって来ても構わないと思っていたが、さすがにこうもすぐに軍を統率してくるとは思わなかった。物見台からの報告ではユンリー将軍もいるという。


「クシュワントめ、抱き込みに失敗したのか」


プレストル伯は舌打ちした。


「まあいい。かくなる上は正面突破して一人でも多く帰還しよう」

「後背の敵の方が少ないぞ?」


フレディは正面でいいのか?と確認した。

他の騎士達も情けをかけたのに裏切ったバンスタインの首を上げる事を希望していた。


「奴に命乞いをされたわけでもない。恨む筋は無い。それに十五の小僧を相手にするより方伯の方が戦い甲斐があるというもの」

「確かに。だが俺は小僧に世間の厳しさを教えてやってくる。諸侯はサビアレス殿に従うといい」


サビアレスはバンスタインを許したが、部下達は方伯よりもバンスタインを討ち取る事を希望していた。フレディは彼らの代わりに自分が行くと申し出て、ラキシタ家の騎士達はあくまでも主人に従うよう勧めた。


「かたじけない。フレディ殿、長年共に旅が出来て良かった。いずれまた軍神の戦場で会おう」

「うむ。ではな」


フレディは騎士の突撃槍をサビアレスは軍神の神器である戦槌を合わせて小気味よい音を鳴らして別れ、二人はそれぞれの戦場へ向かった。


 ◇◆◇


 重装騎兵、魔導騎士達の軍馬は屈強だったがその歩みは遅かった。

補給が乏しく軍馬もやせ衰え、速度が出ず正面から敵陣に突撃しても銃兵によって次々と打ち倒されていく。何週間も基地を包囲されている間に馬防柵も用意されていて、その間をすり抜ける際に鎌槍を突き出されて馬は足を取られ、馬上の人々は次々と落馬していった。


馬が倒れ、兵士達が騎士の首を狩ろうと一斉に群がった為、戦場は土埃で視界が閉ざされた。サビアレスはこの時までプレストル伯の指示に従って待機していたが、彼から総攻撃を許可されると遂に彼も出陣する事にした。


「以降の指揮は伯に任せる。一兵でも多く故郷に帰してくれ」

「故郷へ?帝都の父君に合流ではなく?」

「ここで時間をかけすぎた。敵は街道上に陣取って待ち構えているだろう」


サビアレスは正規軍の基地を奪った事で、近隣の正規軍も敵に回っているであろうことを考慮した。数千名は突破可能と思われるが帝都への道中で必ず落ち武者狩りに遭う。


「で、あれば脱出部隊は閣下が率いてください。私が殿となります」

「駄目だ。連中はどうあっても俺の首を狙うだろう。俺が率いればがむしゃらに追って来る。俺がここに残れば敵は追ってこないさ。山中に逃げて姿をくらまして本国に直接帰投してくれ」


サビアレスは暗にここで戦死する覚悟であることを伯に示した。

プレストル伯にもその覚悟は伝わり、これ以上翻意は迫らず指揮を引き継いだ。


「必ずや皆を本国に連れ帰りましょうぞ」

「頼んだ」


こうして軍をさらに分け、プレストル伯は離脱し多くの兵士を故郷に帰す事に成功する。さらに彼はラキシタ家の本国に攻め込んだ帝国正規軍を後々まで苦しめた。


 ◇◆◇


 サビアレスは僅かな供周りと共に、方伯の本陣まで突撃を敢行した。

彼の鎧には魔力がまだ残っておりそこまでは銃弾を弾いたが、他の魔導騎士達は魔力が持たず次々と撃ち倒されていった。幼い頃に指導役だった騎士も、遍歴の旅の最中に友となった騎士も皆、銃弾によって倒れた。彼も同じ運命になることを覚悟したが、その前にやや薄汚れた白銀の鎧をまとった男が現れた。


「聖騎士か・・・それにしては少々禍々しく感じるが」

「憎悪を司る女神を信仰しているものでな」


その騎士が抜いた剣も赤黒く血のように濡れて瘴気を撒き散らしていた。


「そんな聖騎士もいるものだな」

「聖堂騎士団の掟として汝の欲する所を行えとある。我々はあらゆる神に敬意を払う騎士の集まりだ。さあ、卿の首を頂こうか」

「ふ、たとえ地獄の女神に仕える騎士でも騎士は騎士。相手に不足はない。感謝するぞ、アイラカーラの騎士よ」

「礼には及ばん。貴様がアレスの戦槌を持つ故、銃兵風情にやらせるには惜しいと思ったまで。私が勝利した暁には汝の肉体はアイラカーラへの捧げものとして使わせて貰う」

「勝てれば好きにするがいい!」


 サビアレスは馬を捨て戦槌を猛然と振り上げて聖騎士に襲い掛かった。

サビアレスの前に立ち塞がった男は聖堂騎士団総長ジェラルドであり、既に消耗していたサビアレスでは勝ち目が無かった。それでも二人の戦いは日が暮れるまで続き、その戦いを見物する為に多くの兵士が集まった為、プレストル伯は追撃を躱して逃げ切る事が出来た。


 この日サビアレスは討ち取られ、後に帝都に首を晒されたが、彼は騎士としての名誉を守った。名誉も尊厳も奪われたシクタレスと違い、サビアレスは騎士の模範として帝国騎士の間でも語り継ぐ事を許されアドリピシアと並んで墓を建てられた。

※プレストル伯の名の由来

ヴォーバン領主セバスティアン・ル・プレストル

いわゆる星形要塞を発展させた攻城戦の名手から。


本作においてもやはり要塞建築学の権威で、以前にサウカンペリオン要塞について記述した事がありますが、その設計をしたのが彼です。火砲の発達によって従来の高い城壁は守兵にとってかえって危険になりました。

攻城砲への対策として対人戦闘では低く分厚くなりますが、そうすると今度は超人的な能力を持つ蛮族、魔導騎士が侵入しやすくなるという欠点があります。

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2022/2/1
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