第27話 内乱終結にむけて
「ベルディッカス様の軍はどうやって打ち破ったのですか?」
クシュワントはまだ生かされていた。
宮殿での戦いの際には一切無抵抗で武装もしていなかったので近衛兵団からただ現場にいただけの官僚と解釈して放置されていた。主君がサビエヌスに殴打されていた時も完全に他人事のように見ていたので、無関係だと解釈された。
ラキシタ家の騎士は全員その場で死ぬまで戦っていたので生き残りは彼一人だけ。
シクタレスが連行された後、一人佇む彼は自分から「私は?」と名乗り出た。
シクタレスの懐刀だったので処刑する前提だったが皇帝はこの男を面白がり、当面は生かした上で話を聞いていた。
「ベルディッカスの部下だったロヘーリオという男がいてな。旧スパーニア領の出身で旧主を含めた三大公達と連携してこちらに寝返ってきた。蛮族戦線の本隊と連中に囲まれてあっさり全滅したよ。あの男は気に入っていたのだが残念だ」
サウカンペリオン大王を名乗っていたヴィルヘルムは行きがけの駄賃代わりに始末されていた。所詮命令通り戦っているのを装うために生かされていた男に過ぎない。
「蛮族戦線を放棄したのですか?北方圏はどうなさる」
「心配いらん。フランデアン王が援軍を派遣して代わりを務めてくれた」
内乱が片づくまでという条件でフランデアン王は援護に入った。
今はフランデアン軍と辺境伯、呼び寄せた東方軍が長大な蛮族戦線を維持している。
「なるほど。で、ロヘーリオとやらはスパーニアの復興が望みでしょうが与えるおつもりですか?」
「まさかな。三大公それぞれの独立は許すが元の大国として復帰させるのはありえん」
「それでもあの大公国はどれも十分強力です。連携される怖れもあるのでは?」
「わかっている。ガルストン議長は王権を制限し、当面は各市長達に実権を与えてお飾りにしておくよう提言してきた」
「そのくらいが妥当でしょうね」
カールマーンはふっと笑う。
「後継ぎを全て失った余にはどうでもよい。トゥレラ家も帝国も」
側で聞いている親衛隊長はぴくりと眉を上げた。
もともと厭世的で好きで皇帝をやっているわけでもなさそうだったが人前でこうもはっきり口にした事は無い。
「そなた、シクタレスの顧問だったそうだが今はどんな気分だ?鎧の着方さえ知らぬ男にこうも惨敗を喫した事について」
ラキシタ家の総兵力は皇帝のそれに比べて大差はなかった。
全軍を集めて正面から決戦していれば勝敗はわからなかった。
「まだわかりませんよ」
「ファスティオンに期待しているのか?優れた少年とは聞いているがいつまで保つかな」
「いえ、我々の目的はこの時代を変革する事でした。現状維持が続いた結果、帝国が滅亡への道を辿るのであれば我々が正しかったという事になります」
クシュワントはもっと大きな視点で自分達は行動していたのだと訴えた。
「筋を曲げ、名誉を捨てて非道な行いに走ったのは大義の為と申すか」
「左様」
「しかし議長の意図は見抜けなかったようだな」
「なんですと?」
まあよいと皇帝は頷いた。
デュセルに国事を投げ、少し距離を置いて世の中を斜めに見ている彼には彼なりの視点があった。しかし、厭世的な性格から見えているからといって口を挟むわけでなくそれぞれのやりたいようにやらせていた。
◇◆◇
「陛下、お話し中申し訳ありません。東方候と西方候が火急の用事とお目通りを願っております」
「通せ」
クシュワントが退室する暇もなく、すぐに侍従が皇帝の執務室に二人の選帝侯を連れてやってきた。怒鳴り込むように入ってきた東方候は早速用件を告げた。
「陛下。カトリネルへの処刑命令を直ちに止めて頂きたい!」
東方候シャールミンの表情には若干怒りが見える。
務めて冷静になろうとしているが、それでも全身から濃厚な魔力が発散されており親衛隊は警戒した。
「カトリネル?」
誰だ、それはと皇帝は首を傾げた。
「ディシア王国の王女です」
「ほう、王女が何をやった?」
皇帝は特に心当たりがなかった。
そんな命令を出した覚えはない。フランデアン王はすっとぼけるのかと怒ったが、本当に心当たりがない。本来口を挟む立場では無かったが、シャールミンとは少年時代から顔見知りでもある侍従長が恐る恐る口にした。
「陛下、デュセル殿が王女の死刑を命じられております」
「何故だ?」
「アルビッツィ家の嫡男レクサンデリの妻でありますから」
皇帝は確かに一族根絶やしを命じた。
正確にはまだ婚約者の彼女が一族に入るかどうかは微妙な所だ。しかし皇帝には別にどうでもよい。ディシア王国といえば東方の中でも外海側で極東北にある国だ。領地の面積は広いが田舎国家である。
「東方候がいうならとりあえず処刑は止そう」
「皇帝陛下が物分かりの良い方で良かった」
フランデアン王もほっと胸を撫でおろす。
しかし、現場に居合わせたクシュワントが口を挟んだ。
「帝国の皇帝ともあろうお方が東方候の言いなりになって一度出した命令を取り下げるのですか?」
「なんだと?」
カールマーンとシャールミンがこいつは突然何を言い出すのかと眦を上げた。
「我々が挙兵したのはこのままの帝国が続けばいずれ東方候の力は帝国を追い抜くという計算があってのこと。この帝国を優れた皇帝のもとに統一する必要があると考えていたのです。やはり我々が正しかった。皇帝が既に東方候の言いなりだったとは嘆かわしい」
「陛下、何者ですか。こ奴は」
後ろで傍観していた西方候が問うた。
「シクタレスの側近だったクシュワントという男だ」
クシュワントはフランデアン王の脅威を説いた。
七百年振りに純血の妖精の民から女王がやってきて、王子を生み、その子は妖精王となって超大国のスパーニアを打ち破った。たったの十年で迷信深く、時代遅れの国を生まれ変わらせて発展させ帝国に次ぐ国力を持った。
恐ろしい事にこの妖精王の治世は今後数百年続く、と。
「フランデアン王は余の友人である。讒言は止せ」
「そうとも私も彼も皇帝陛下の良き友人だ」
西方候も肩を持つ。
「陛下にとってはそうでも次の皇帝にとってはどうでしょうか」
「そんな事まで余は知らぬ」
カールマーンは憮然として正直に答えてしまった。
西方候は梯子を外されちょっとそれは困る、と口を挟んだ。
その間にもカトリネルの処刑の準備は進んでいた。
官僚達は皆、皇帝の怒りに怯えてすばやく事務的に処理を進め、ラキシタ家とアルビッツィ家の中心人物に近い人間ほど優先的に処刑を執行しており、フランデアン王が訴えを聞きつけて転移陣で急いでやってきてぎりぎりという所だった。
皇帝が話を打ち切って改めて執行停止を命じた時には手遅れだった。
クシュワントはこの後処刑されたが、彼が投げた波紋は数十年後に大きくなって帰って来る事になる。
◇◆◇
東方候であるフランデアン王シャールミンと西方候エスペラス王ドラブフォルトは帝国留学時代からの友人関係にあり、それぞれ帝都を去る前にドラブフォルトがシャールミンを慰めた。
「マックス、今回の件は残念だったが、短慮を起こすなよ。僕らの力では帝国には勝てない。それにカールマーンは処刑停止を命じてくれていたじゃないか」
「・・・そうだな。だが、ディシア王はどう思うだろうか」
シャールミンはディシア王の立場になって考えてみた。
彼がありのままを伝えても帝国と敵対したくないから皇帝に忖度し、宥めようと東方候は嘘を吐いていると考えるかもしれない。
「説得するんだ。今回の件でやはり僕らは所詮従属国で、帝国には一定数僕らの事を危険視している連中がいる事は分かった。いつかこの関係を打破する日が来るかもしれないが今じゃない」
「だが取り合えず大陸会議の招集をしなくては」
東方諸国の代表者である東方候にとってカトリネルも我が子のようなもの。
彼女の仇を取らねばならないが、今回は皇帝にはさして非は無い事は分かっている。
皇帝に怯えた官僚達が事務的に処理してしまったので、怒りのぶつけ先が無い。
しかし何もしないわけにはいかず諸国を集めて対応を考える必要があった。
「もし決起するなら事前に教えてくれ」
「協力してくれるのか?」
「さっきいった通り、今じゃないけどね。やるなら帝国本土から近い南方圏も巻き込む事。辺境伯を抑える事。北方候と帝国北方方面軍を動けない状態にすることが必要だ。さらにいえば君らには海軍力が無い。遠征も出来ないだろう。今は大人しく息をひそめるんだ。怒りを溜めて、噴火前の火山のように」




