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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第六章 死灰復燃~後編~(1431年)
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第26話 皇帝の帰還

 シクタレスは次々と悪化する状況を前に、為す術も無かった。

帝国正規軍は大宮殿に攻め寄せてきており彼らは籠城するしかない。


「クシュワント、何か策はないのか?」

「・・・全軍で突破して本国に戻り再起を図るほか御座いません」

「そんな事をしたらサビアレスは、ベルディッカスはどうなる?」

「致し方御座いません。ファスティオン様がいらっしゃる本国ならフリギア家が攻めてきても持ちこたえているでしょう」


サビアレスは敗北したと伝わってきたが戦死したという情報は伝わっていない。

神器の戦槌も持ち、この時代で最強の騎士でもあるからそう易々と討ち取られはすまい。

ベルディッカスにしても優れた騎士で将軍としても判断力に長けている。

七万の大軍も保有しており、敵に囲まれても簡単に負けはすまいとシクタレスは期待していた。彼らが戻って来るまで帝都を保持しておかなければ、とシクタレスは帝都から離れる事に反対した。


「そもそも皇帝は蛮族に討たれて死亡したと前線のスヴァストラフ大元帥から報告にあったではないか。方伯が皇帝の名を騙っているだけに違いない。そこを突いて事態を打開すべきではないか」

「それもギィエロ師経由での情報で今となっては疑わしく思います。時間が経てば状況はさらに悪化します。本国の要塞なら敵が仮に三十万の大軍でも持ちこたえられます。そのように設計したではありませんか」

「我が身可愛さに我が子二人を見捨てられようか。私はここを動かない。その前提で策を講じよ」


ウマレルらと違ってシクタレスは大宮殿の地下の貯水施設を十分に満たさせており、長期間の籠城が可能だった。


だが、クシュワントがどう考えても籠城している限り打つ手は無かった。

幸いにして天柱五黄宮の守りは盤石で、以前サビアレスが最新火器を動員してもその門は打ち崩せなかったほどだ。クシュワントはシクタレスが考えを改めるまでひたすら待ち、他の将軍たちにも脱出を進言するよう説いて回った。

しかし、皆主君のご判断に従うとだけ言ってひたすら迎撃に専念するのみ。


クシュワントは数を頼みに説得するのを断念せざるをえなかった。


「我が君、敵の攻勢にも衰えが見えます。どうか今のうちに脱出を」

「脱出などしないと何度も言ったであろう。敵が攻めあぐんでいるという事は勝機が生まれたという事ではないか。所詮本土軍は十万程度。ここに攻め寄せているのは五万も無い。出撃して司令官を討ち取ってしまおうぞ」


状況が悪化してつい守りに入ってしまったが、よくよく考えれば目前の敵は大した脅威ではない。ひとつひとつ勝利を積み上げて状況を打開しようとシクタレスは考えを切り替えた。

クシュワント以外の側近達はさすが我が君とその判断を歓迎した。


が、クシュワントには異論があった。


「我が君、我々の優位は局地的なもの。この宮殿から出ればすぐに不利になります」

「突破を進言していたのはお前だろうに!」

「本国に帰還するという前提です」


彼らの口論に側近の騎士達は口を挟まない。

主君の判断が絶対である。例え死地に送り込まれようが名誉と考え、無謀な戦いなどむしろ大歓迎だ。この大宮殿を枕に討ち死にしようと歴史に名が残ればよい。


 ◇◆◇


 二人の口論は長く続いた。

クシュワントの孤軍奮闘に援護はあったが、彼の為ではなかった。


「多忙な所済まないが、口を挟んでも良いかな?二人とも」


本来は皇帝に謁見を求める百柱の間で駒を並べて戦況を解説していたクシュワントに助け舟を出したのは宮殿の本来の主だった。


「カールマーン!何故ここに」

「ここは余の宮殿だ。余がここにいて何の不思議があるか」


百柱の間に近衛騎士、親衛隊が次々と姿を現した。


「突破された報告など聞いていない。どうやってここへ・・・」


驚愕するシクタレスと違いクシュワントは冷静に状況を察した。


「転移されていらっしゃいましたか」

「当然だ。復旧した以上なんの障害もない」


皇帝が生きていた以上、宮廷魔術師も敵に回る。

アル・アシオン辺境伯領からでも方伯領からでも帝都までは直通の転移が出来る。


「で、あれば大軍ではありますまい」

「おお、その通りだ。クシュワント。ここでカールマーンめを捕らえればそれで終り」


帝国正規軍だけならばラキシタ家の総力を結集すれば対抗出来なくもない。

主君の意を汲んでラキシタ家の騎士達も一斉に剣を抜いた。


「ふむ、分かっていた事だがこの通りだ。方伯」

「そのようですな。孫の件だけなら懲らしめれば済んだ話ですがこうなっては大逆の徒。族滅もやむなしでしょう」


大きな柱の影からダルムント方伯も姿を現した。


「クリストホフ、貴様まで何故ここに・・・」


サビアレス軍を撃破したといってもベルディッカスが方伯領の北を抑えている以上、本人が直接乗り込んでくるとは信じがたい。


「シクストゥス、ジェラルド」


皇帝から指示を受けた近衛騎士と聖堂騎士団総長がそらっと生首を二つシクタレスの足元に投げ込んだ。その首の主はベルディッカスとサビアレスだった。

驚愕に目を見開き、悲嘆の声をあげてシクタレスはそのふたつの首を抱え込んだ。


「お、おのれら、よくも我が子らを・・・!」


シクタレスは変わり果てた我が子を抱き、血涙を流して皇帝を睨んだ。


「それはこちらの台詞だ。我が兄の子二人を謀殺しておいてよくも人を恨めたものだな」


皇帝は冷然とシクタレスを見下ろした。


「しかけてきたのは向こうだ!こちらは我が身を守っただけ。恨まれる筋合いではない!!」

「ま、その辺りは捕らえてから聞こうか」


皇帝と方伯が連れて来た騎士達も剣を抜いた。


「数はたかがしれている。やれ!」


クシュワントやシクタレスが考えた通り、転移陣では大軍を送り込めず皇帝が引き連れて来た兵は少数だった。しかし、宮殿にはさまざまな防衛装置があり、騒動を聞いて加勢しようとかけつけてきた応援は突然降りて来た扉によって隔離されてしまう。


そして百柱の間には英雄達の石像が多数あった。

装飾と思われてたが、これらは古代帝国期最後の騎士サガが旧帝国の宮殿から持ち込んだ防衛兵器でもある。


古代の英雄達の像も皇帝の命によって参戦し、ラキシタ家の騎士達を次々と討ち取った。もちろん近衛騎士達も活躍している。

シクタレスの護衛を排除したシクストゥスは余裕の表情で同僚に振り返った。


「サビエヌス。譲ろうか?」

「かたじけない」


トゥレラ家の騎士であり、旧主最後の頼みによってカールマーンの親衛隊を率いていたが、隊長サビエヌスの本来の忠誠はカールマーンの甥アンドラーシュにあった。そのアンドラーシュが謀殺されたと知ってもっとも恨みを募らせていたのは彼だった。紫の鎧を着たサビエヌスは一騎打ちでシクタレスを叩きのめし、カールマーンの前に引きずり出した。


「殺せ!」


シクタレスは顔を上げ、血の泡を吹きながらもはやく止めを刺すよう言った。


「無論処刑する。だが、今回の事件の全容を吐いて貰ってからだ。随分と余の悪口を市民に吹聴してくれていたようではないか」

「この私が命惜しさに喋ると思うか?お前が思い悩むのならそれだけを楽しみに死んでやるわ」


将来を期待していたベルディッカスの死に、シクタレスはもはややぶれかぶれとなっている。彼は賭けに出て、敗れた。

賭けに成功した者は歴史に名が残るが、彼は敗者として暴挙を起こした者として名が残り、大勢の人々からいずれ忘れられる。


「まだファスティオンが生きているだろう。貴様の前で寸刻みにしてやってもよいのだぞ」


甥だけでなく妻子も抹殺されて怒り心頭のカールマーンは即座に処刑してやりたかったが、全容解明を求める方伯に対する遠慮、そして市民の反感を避ける為に所定の手続きは踏まねばならないという理性は残っていた。


「ファスティオンには何の罪もない。あの子は私の命令に従わなければならなかっただけだ」

「何故儂の孫を襲ったのかも話して貰おうか。いつからどこまで計画していたのかも」


控えていた方伯もずいと前に出てくる。


「エンツォに聞け!奴と奴の息子の差し金だ!!」


皇帝と方伯はまあそうだろうな、と頷いた。

ラキシタ家の資金力ではここまで大規模な計画は立てられない。

ここで問題だったのはシクタレスが『エンツォとその息子』と言ってしまった事で、誰もがレクサンデリのことだと思った。次男坊ベルナルドはさほど有名ではない。


「後でゆっくり取り調べるとしよう。連れていけ」


シクタレスはすぐには殺されず散々拷問され抵抗の意思を削がれた上で民衆の前でカールマーンの望み通りの言葉を告白させられてから処刑された。

民衆はひさしぶりにシクタレスが公の場に出て来た時その変わりように驚いた。

歯も抜け、髪も乱れ、長く汚い髭で表情もよくわからなかった。


処刑の際、シクタレスはトゥレラ家の兄弟にわざと自分の命を狙う用に誘導し、前政権の閣僚達には無実の罪を捏造した事を告白した。

彼を知る者はどんなに痛めつけられてもああも素直に告白するだろうか?と疑問だったが、皇帝や方伯に疑義を呈する事が出来る者はいなかった。


エンツォと息子ベルナルドも同様に引きずり出され、新聞社を買収し皇帝に対して出鱈目な噂を流して自分達への支持を煽った事を白状した。私怨によって前政権の閣僚達本人のみならず無実の息子や娘達まで処刑していた事が知られると民衆の彼らに対する評価は地に落ちた。

皇帝に対して批判的だった人々も、皇帝が戻り方伯が皇帝を支持するとあっさりラキシタ家を見捨てた。


シクタレスとエンツォ、そしてベルナルドもしばらく晒しものになった後、全員処刑された。アンドラーシュ、ベーラそしてマーダヴィ公爵夫人と幼い子供二人を殺されて復讐に燃えるカールマーンの怒りはまだ収まらず行方不明のレクサンデリ・アルビッツィの捜索をデュセルに命じた。


数年振りに皇帝の懐刀として復帰したデュセルは関係者の執拗な追跡を行った為、レクサンデリの婚約者カトリネルも逮捕され先日の皇帝の命令に従い処刑が布告された。


帝国正規軍とフリギア家はラキシタ家の本国に対して猛攻を加えるもファスティオンは意外な抵抗をみせた。クシュワントが予期した通り、彼らの要塞は現代の要塞建築学最高権威であるプレストル伯が設計したものであり砲撃に対してその強固さを誇った。

新式の銃も配備されていてその火力を最大限に生かせるようにも設計してあった。


先にアルビッツィ本国の占領が終り、その資産は被害を受けたガドエレ家にも与えられた。

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2022/2/1
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