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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第六章 死灰復燃~後編~(1431年)
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第23話 異変

 エドヴァルド達が帝都に戻ってきた時には既に戒厳令が敷かれていた。

帰り道にソフィアに帝都で起きた政変を聞き急いで自宅に戻ったが途中で検問に遭い夜も大分遅くなってしまった。


ヴァネッサは聖騎士の一人に自宅に送り届けて貰い、エドヴァルドは念の為自宅までついて来て貰ってから門前で別れコンスタンツィアだけ自宅に戻った。


広いダルムント方伯家の敷地内は何か所か警備が篝火を立てていてたが、静かだった。寒さは日に日に本格化し、凍える夜に吐く息が白く出ては消えていく。


使用人は既に業務を終えて帰宅していたのでグラーネを聖騎士に預けて、コンスタンツィアは自分で玄関の扉を開けた。


 邸宅の中はいつもより暗い。


コンスタンツィアは帝都に戻って来て政変に驚くも自宅に戻ってほっと一息ついた。

屋敷周辺は聖騎士達が固めているのでもう安全だ。


ただ、使用人が既に業務を終えているとはいえ、玄関に灯りがないとはおかしい。


「ヤドヴィカ?どうして灯りをつけていないの?」


コンスタンツィアは自分で照明用の魔術装具に「灯れ」と命じたが反応しない。

故障だろうか、と首を傾げていると正面の大階段に青い灯と人影が見えた。

その人影が話しかけてくる。 


「いけません。いけませんねえ・・・お嬢様。ご当主に伺った通りです。年頃の娘がこんな遅い時間まで遊び歩いて」

「誰?」

「婚約者ですよ、お忘れですか?」

「わたくしに婚約者などいないわ」


父に紹介された候補者なら何人かいたが、コンスタンツィアは全て突き返した。


「失礼、元婚約者候補でしたね。残念ですが」

「誰?」

「私の贈り物は気に入って頂けませんでしたか?」


贈ったまま部屋にも入れられず無造作に搬入された場所に放り捨てられていた像を愛おしそうに男は撫でていた。犬の頭の部分がぱかっと開いて脳の部分は花で飾られている。

妙に精巧で剥製以上に本物のようで生命が宿っているような気がして気持ち悪がったコンスタンツィアは捨てるよう使用人に命じていたものだった。


男の持つ杖には蒼い宝石が光り輝いている。

その灯りに映る痩せて不健康そうな顔をみればアーティンボルトだった。


「貴方はもう解雇した筈です。修理も終えた筈ですし勝手に人の家に入らないで下さいます?」


ヤドヴィカったら何で招きいれたのかしら?とコンスタンツィアは疑問に思う。

アーティンボルトは慇懃無礼に頭を下げただけで動かない。

出ていく気はないらしい。


「死にたくなければ出て行きなさい」

「そうはいかないのです。ご当主に新しい婚約者殿を受け入れさせるように躾けよと仰せつかっておりまして・・・。ですがヤドヴィカ殿には痛烈に拒否されたと伺っております」

「お断りよ。パーヴェル家の男なんて」

「田舎王子と随分親密だとか?とてもじゃありませんが方伯家は貴女が嫁ぐのを認めませんよ?」

「後継ぎは弟なのだからわたくしが誰と結婚しようが構わないでしょう。放っておいて」

「そうは参りません。五千年もの間血統を守り続けて来た方伯家の血が外国に流出するなどあり得ない事です。お嬢様もご存じでしょう、方伯家直系の魔力でなければ反応しない神器がある事を」


方伯家の血が濃くないと開かない扉もある。

神代から古代帝国期に作られた宝物庫には貴重な宝もあり、5,000年間皇帝の片腕として仕えて来た方伯家はそれを皇帝に召し上げられる事もなく維持してきた。

領地に豊穣の恵みをもたらす神器もあり、それを扱える能力が外国に渡るなど許せることではない。コンスタンツィアもそれは理解しているが、別に資産を持ちだす気はないし、子孫が盗賊になる事もないだろうし、別に構わないではないかと言いたい。

しかし、それを聞いてくれるような実家ではないから困る。


アーティンボルトはコンスタンツィアに睨まれても余裕綽々といった風だ。


「お嬢様と子孫には責任がおありです。ここの資産は方伯家に帰します」


この屋敷は母達が維持してきたものでそれを継承したコンスタンツィアの個人資産であり、アーティンボルトの発言は誤りである。


「いいわ」


だが、あっさりコンスタンツィアは頷いた。


「わかって下さいましたか」

「ええ。じゃ、わたくしが出ていくからここの管理は任せるわね。さよなら」


コンスタンツィアは会話にならないとさっさと踵を返した。

アーティンボルトから何とも言えない不気味さを感じてここから逃げろ、と囁く本能に従った。


彼女はもう遅い時間だがヴァネッサの所か、ソフィーの所にでも転がり込めばいいと思った。アーティンボルトは虚をつかれて慌てて駆け寄るが、コンスタンツィアは素早く短杖を抜いて魔術で彼を弾き飛ばそうとした。

しかし、魔術は発動しない。


「一体、何が・・・」


魔術が発動しなかった為、数歩後退し杖の発動具を確認するコンスタンツィア。


「んー、体つきはご立派でも術式はまだまだお子様ですねえ。これでも私は魔導生命工学の分野ではそこそこの魔術師でして構成の荒い魔術などさっと散らせてしまうくらい訳はありません」


嘲笑うアーティンボルトにコンスタンツィアも本気になる。


「そろそろふざけるのも止めないと殺しますよ。お爺様が何と言おうとわたくしには自分の身を守る権利があります。ここで殺してもいいし、内務省なり法務省に訴える事も出来るのよ」

「ご当主の命令だと言ったでしょう?家庭内の問題には彼らも首を突っ込めませんよ」


帝国貴族には自分の領内において一定の司法権を今も許されている者がいる。

ダルムント方伯家はこの程度の問題なら司法介入を拒む事が出来た。


「貴方に襲われたと言うわ」


とはいえ、保護を求める女性は自力で領外まで逃げ出せれば裁判に訴える事も出来る。勝てるかどうかはともかく騒ぐくらいは出来る。


「まだ襲っていませんよ?」

「じゃあ、これから襲うつもりなのね?」

「再教育を『襲う』と言い換えるのならばそうなりますかねえ。貴方は教育しがいがありそうで楽しみですよ」


彼はコンスタンツィアをどうあってもパーヴェル家の男を結婚させるつもりらしい。


<<貫け>>


ぎりと奥歯を噛みしめ、コンスタンツィアはこの男を抹殺する命令を出した。

この館にはあちこち装飾用の武器が飾られていたが、それらはただの装飾ではなく遠隔操作可能な魔剣でもある。これまで盗賊やラキシタ家の兵士を撃退してきた。

しかし、館の主であるコンスタンツィアの命令に反応しなかった。


「弟子として恥ずかしいですよ。灯りがつかなかった時点でおかしいと思いませんでしたか?以前より随分察しが悪くなりましたね」

「一体何が・・・、まさか修理に来た時に手を入れたの?」

「とんでもない。そんなことをしたらすぐに貴女は気付いていたでしょう。んー、いやいや、今の察しの悪さからするに気付かなかったかもしれませんねええ」


アーティンボルトは侮蔑の笑みを浮かべた。

コンスタンツィアはこれまで他人に見下された事など無い。

周囲にあらゆる分野で圧倒的な才能を見せつけてきた。逃げるべきだという本能より怒りの感情が勝ってしまう。


「どうやら本気で死にたいみたいね」

「貴女には無理無理無理無理無理、到底無理ですねええ」


嘲笑うアーティンボルトに対しコンスタンツィアは再度館の防衛機構に命令する。


<<貫け>>


しかし、いくら命令してもコンスタンツィアの指示は届かず、あいまいな指示ではなく自分で直接魔力を注いで操ろうとしても反応しなかった。手持ちの短杖では先ほどと同じ結果になり、マナを散らされてしまう。そういえば自分の衣服に護身用の魔術装具が有ったと思い出してそれを起動しようとした矢先。


<<捕らえよ>>


アーティンボルトの命令によって館の防衛機構が反応しコンスタンツィアを絡めとった。


「そんなっ」


盗賊に身を落とした元貴族、魔術師を捕らえる為の特殊な縄にコンスタンツィアは縛られた。これで魔術も衣服の護身具も使えなくなる。


「私はご当主の命でやってきたのです。そして魔導生命工学の力を使って全て書き換えさせて頂きました。状況が理解出来ましたか?」

「出来る訳ないわ。この屋敷はお婆様からわたくしが個人的に受け継いだもの。お父様達だってわたくしの許可なしに勝手に足を踏み入れる事は出来ないのに。ましてや書き換えなんて」

「貴女以外に一人だけ出来る人がいるでしょう?」


コンスタンツィアはそれだけは信じたく無かった。

可能性としては勿論考えたが、自分を幼い頃から見守ってきてくれた相手が自分を裏切ってこの男に売り渡すなど・・・。


「おわかりですか?使用人に管理者権限を与えるなんて愚かですねえ」

「ヤドヴィカがわたくしを売ったというの?」

「ええ、随分悩んでいましたよ。貴女への忠義とご当主への忠義との狭間でね。ご当主のご命令だといってもなかなか私に権限を委譲して頂けないので困りました」

「彼女をどうしたの!?」

「ま、軽く調教させて頂きました。少しばかり脳に障害が残るかもしれませんが、その方が幸福でしょう。実の娘のように大切に守ってきた子を自分が売り飛ばすなんて覚えていたら悲惨ですからね」

「わたくしも洗脳できると思ったら大間違いよ」

「でしょうねえ。貴女は第二魔術も既に極めていらっしゃる。わが師の研究書は助けになりましたか?」

「師・・・?」


アーティンボルトは自分の家庭教師だった。

彼が芸術家でもあり特異な魔術師だったのは理解している。だが、彼の師のことなど何も知らない。


「ほんとに血の巡りが悪くなってしまったんですねえええ。何を浮かれてたんです?魔導生命工学部門の前身が死霊魔術だった事をお忘れですか?我が師シャフナザロフの研究書を紐解いた事は分かっているのですよ」


この館の管理権限をヤドヴィカから譲り受けている以上、この男は留守の間にコンスタンツィア秘蔵の研究書にも目を通しただろう。


「我が師の調教術の前には貴女の精神がどんなに強固でもいずれ屈服するでしょう。蛮族でも耐えきれなかった責め苦に何処まで貴女が耐えられるか楽しみで仕方ありませんよおお?」


青い火花を発する杖を握りしめたアーティンボルトが再び下卑た笑みを浮かべコンスタンツィアににじり寄る。


「それはウルゴンヌの杖・・・」

「さすがによくご存じですねえ」


コンスタンツィアにもその杖がかなりの力を秘めているのが手に取るようにわかる。火花が雷光になり、コンスタンツィアの魔術の障壁を貫通していくつか衣服の装飾を弾き飛ばした。


 勝てない。


コンスタンツィアは魔術戦ではかつてヴィジャイに遅れをとった。

何の準備もなく相手のテリトリーとなったこの屋敷で、神器級の宝物を前に護身用の短杖では対抗できない。


縄に上半身を絡めとられたままでもまだなんとか膝から下の足は動く。

コンスタンツィアが逃げようとすれば、今度は床がせりあがって後ろの扉を塞いだ。

コンスタンツィアはどうすればいいか僅かな時間で何十もの逃走方法、打開策を考えたが結論はひとつ。


 絶対に勝てない。


「父はクリスティアンと講和したの?どうしてもわたくしを拘束してパーヴェル家と縁組させるつもりなの?なら、婚約披露宴でも何でもすればいいけど皆の前で絶対にお断りと宣言して恥をかかせてやるわ」


逃げる事も抵抗する事も不可能だと悟ったコンスタンツィアは破れかぶれに言った。


「ご心配なく、披露宴までには皆に祝福される事を喜び、ミハイルを夫にすると誓うようになります」

「婚約披露宴で記者達に貴方に何をされたかぶちまけてやるわ。清廉潔白なダルムント方伯家の評判も終わりね。お爺様もお父様達も皆道連れよ」


記者には知人もいる。権力で圧力をかけてもどうにかしてやる、と。


「言えればいいですねえ」

「なに?方伯家ほどの名家が列席者を集めないで式を挙げるつもりなの?」


自分の不利を悟りながらもコンスタンツィアはセイラのようにいっそ拳で殴りつけてみたらどうだろうかと夢想する。しかし縄できつく戒められ、体当たりくらいしか出来そうにない。コンスタンツィアに護身術の知識は無かったがアーティンボルトにも無い。


痩せたアーティンボルトなら全力で体当たりして地面に倒せば頭を地面に打ち付けて気絶くらいはするかもしれない。

セイラならエドヴァルドならこの状態でも魔術師相手に打てる手は有った。

しかし、コンスタンツィアには相手が油断した一瞬に体当たりか頭突きでもするくらいしかない。アーティンボルトは杖を構えたまま油断なくにじり寄って来る。


「そういう意味ではありませんよ。貴方は婚約を祝福される事を喜ぶようになると言ったでしょう?」

「馬鹿にしないでくれる?わたくしの心を自由に出来はしない」

「いいえ、心を自由にすることなど簡単です。我が師シャフナザロフは蛮族の族長ですら調教し意のままに操る事に成功しました。死霊魔術師としての彼の業績は否定されましたが、彼の残した人心操作術はもはや芸術といっても過言ではありません」


アーティンボルトの余裕の態度は揺るがない。


「わたくしを魔術で操れると思ったら大間違いよ」

「ははは、とんでもない。貴女には精神暗示をはじめとする第二魔術は通じないでしょうからね。そんな魔術は使いません。人を心から変えるのに必要なのは愛です」

「愛?お前には到底似合いそうもない言葉ね」

「恐怖では人を変えられません。もちろん変わる人もいますが、貴女は変わらないでしょう。恐怖と愛、苦痛と快楽、飢餓と飽食、不眠と安眠。貴女を厳しく教育する日もあれば、優しく扱う日もあるでしょう。わかっていても徐々に磨り減る精神。失われる理性。貴女は双極する拷問、安堵、愛される喜び、記憶を失う恐怖に耐えられるでしょうか。自己が壊れる前に大人しく従うなら今のうちですよ?ヤドヴィカはこの杖の力で脳を破壊されてしまいましたからね。廃人を嫁がせて文句を言われても困ります」


コンスタンツィアは脅されても何をされても屈服しないだろう。

これから始まる楽しい宴を想像してアーティンボルトは狂ったように笑い、コンスタンツィアもとうとう怯え慄いた。


アーティンボルトは彼女が恐怖した事を確認し、笑いを止めると杖の魔力を発動し、その激しい電撃を浴びてコンスタンツィアは気を失った。


 ◇◆◇


「どうやら私の出番は無かったようだな」


室内には一人の騎士が隠れていたのだが、何もせず見守っていた。

コンスタンツィアが倒れるとようやく姿を見せた。


「私も拍子抜けでしたね。何か奥の手を隠しているかと思って待機して貰っていたのですが。貴方もそれでやられたのでしょう?ルーファス」

「黙れ」


ルーファスは倒れているコンスタンツィアが冷えないよう、自分のマントで包んで抱き上げた。


「おやおや、紳士的ですね。彼女にしてやられたというのに。彼女に意趣返ししたくて誘いに乗って頂けたのでしょう?」

「ゲスの勘繰りはやめろ。彼女をラキシタ家に皇妃として利用させないよう保護し親元へ返すだけだ」

「私は方伯から再教育を命じられたのですよ。何なら貴方も教育に参加しますか?」


不本意な負け方を喫しても、ルーファスも名誉ある騎士。アーティンボルトの誘いには乗らなかった。


「先ほどの話は彼女の精神抵抗力を削ぐ為の脅しと解釈してやるが、邪魔をするなら貴様も斬るぞ。方伯には私が直接お渡しし、彼女の扱いは方伯にお任せする。」


コンスタンツィアを抱えたままでもルーファスはアーティンボルトを魔術の発動前に一瞬で打ち倒すくらいは出来る。


「その必要はありません」

「なに?」

「ギィエロ師は間もなく帝都に主が戻る、と」

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2022/2/1
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