第18話 キャンプに行こう
今年の学院は学年末試験も無く早々に打ち切られる事になった。
エドヴァルドにも課題は山ほど出ている。
来年から三年生となり、軍人志望者向けに開放される学科を希望しているので事前に適性検査もある。
田舎に生まれ育ち、幼い頃からシセルギーテや指南役の騎士達に野営、行軍、武器の取り扱い、乗馬などは教わって来たのでそれなりにこなせるエドヴァルドの場合は問題ないが、都市暮らしの帝国貴族の中にはまったく経験がない者もいる。学院側もエドヴァルドの経験を考慮して帝国貴族向けの緩い課題ではなく冬山登山のレポートを要求してきた。
確かに蒸し暑く高山もない国から来たのでエドヴァルドにそんな経験はない。
困った事があったら大抵イルハンの所に相談しにいくのだが、彼も今回はそういう知識は無いし他の人に相談して、と断られた。
知人の中では北国出身なのはイーヴァルだけなので彼に相談する事にした。
「へぇ、学院も結構難しい課題課するもんだな」
「難しいのか?」
「あぁ、北国出身でも油断すると死ぬ。経験者と一緒に行った方がいいな。単独で登山しろなんて要求されてないんだろ?」
「ああ、特に聞いてない」
「じゃあ、俺らと行こうぜ」
イーヴァル達は週末にしばしば狩りをする為に登山に出かける事があった。
「帝都を離れるのはちょっと不安だなあ・・・」
「なんでだ?」
「コンスタンツィアさんをおいていくのはちょっと」
先日の事もあるが、割と頼りにされているとエドヴァルドは自惚れている。
何かあった時駆け付けられないのが不安だ。
「そんなら一緒に来て貰えばいいじゃないか」
「彼女を野営に?」
お嬢様の中のお嬢様だというのに、狩りだのキャンプだのに誘うのはちょっと気が引けた。
「昔は遭難中に何ヶ月も放浪して自力で生き抜いてたんだろ?平気だって、誘ってみろよ。帝国貴族も割とよく来るんだぜ。帝都の近くだから軍団基地もあるし設備も整ってるし」
帝国貴族でも物好きの登山家やら、学者やら以外でも都市生活の息抜きなどで割とキャンプを娯楽として楽しむらしい。イーヴァル達も山中で火を使ったり狩りをするのに帝都近隣だと保護法もあるので野営先はどこでもいいわけでなく、そういう場所を利用する。
「そんな遊びみたいな感覚で課題をこなしたことになるのかなあ」
「大丈夫だって。あんまり遅くなって雪が降り始めるとマジで危険になるぞ。さっさとこなしちまえ」
そんなわけでエドヴァルドはコンスタンツィアを誘いに行った。
◇◆◇
エドヴァルドはヴァネッサに案内されてコンスタンツィアの私室に通された時、彼女は編み物をしていた。
「これ?友人に赤ちゃんが生まれるの」
贈り物にするおくるみを編んでいた。
「ほんとに何でも出来るんですねえ」
「言ったでしょう。子育てに必要な事は何でも出来ないとね」
うーん、さすがだとエドヴァルドは唸った。
この女性をほんとにキャンプに誘っていいものかどうか迷う。
「どうかした?」
「実は学院側から冬山登山をしてこいと課題を出されまして、イーヴァル達と行く事にしたんですが良かったらご一緒しませんかとお誘いに。でもやっぱり無理ですよね」
「いいわよ。家に閉じこもってるのもよくないし」
駄目もとで頼んでみたらあっさり快諾して貰えた。
「いいんですか?」
「せっかくのエドからのお誘いですもの。家じゃあんまり二人っきりになれないし。たまにはね」
「あの・・・冬山登山ですよ?」
「学院の課題の事なら知ってるわ。三年生向けの課題ですもの、そんなに本格的なものじゃなくていいのよ」
キャンプ場まで乗馬して行って帰って来るだけでもよい。
雪の降る中、登頂して来いとまで課題に出している訳ではない。
来年講義で始める前までに初歩的な事は自分でこなせるようになっておけという程度だ。
「周囲の方から止められたりしませんか?」
「誰もわたくしを止める事なんて出来ないわ。それにイーヴァルさん達が一緒なら安全だし」
「前に襲撃された時にも北方戦士達が駆け付けてくれましたけど、割と親しいんですか?」
「ええ、ペレスヴェータさんとは以前から交流があるの。彼女も一緒かしら」
「聞いてみます」
男性だけでなく女性陣も一緒に来るならコンスタンツィアも安心だった。
「ヴァネッサはどうする?」
「勿論ご一緒します」
「あらあら、昔は何を好き好んで不便な生活をしたがるのか、なんて言ってたのに」
「お姉様を男達ばかりと一緒に行かせる訳ないじゃないですか。それに私だって気分転換したい時くらいあります」
今年も悲惨な事件ばかり続いていて気が滅入っている。
冬が近づいて乾燥してきてオレムイスト家の残党が放火騒ぎまで起こしていた。
コンスタンツィアの結婚相手について新聞でも取り沙汰されているし、外堀を埋められて行っている気もする。この二人もくっつくならさっさとくっつけばいいのにとヴァネッサは思っているが、自分からは言い出さず見守っていた。
「じゃ、皆で行きましょうか。家じゃヤドヴィカの目もあるし、なかなかエドに時間作ってあげられませんしね」
世話になってばかりで便利に使っている事にコンスタンツィアも気兼ねしていた。
コンスタンツィアが嫁いでも世間が祝福してくれるような業績をエドヴァルドが上げてくれれば、交際を公に出来るのに。それにはアドリピシアのような事件や厄介な魔獣で被害が出てエドヴァルドが討伐に成功するとかの実績がもっと必要だ。
「誰かの不幸が自分の幸福に繋がるってことよね・・・」
武人のエドヴァルドが活躍するとはそういうことだ。
「何か?」
「いいえ。何でも、さ、準備をしましょうか」
◇◆◇
少し帝都をあけて旅行に行くというとヤドヴィカは猛反対した。
「男性達と共に登山だなんてお嬢様のなさることではありません。それに帝都の事、議会の事はお館様に任されている筈です」
「今時珍しくもない趣味だし、数日の事よ」
「お嬢様には婚約者がいらっしゃるんです。また例の外国人達と一緒だなんてお立場というものを考えて下さい」
「婚約者候補は居た事があっても婚約者なんていないわ。パーヴェル家に嫁ぐなんて絶対あり得ないし、婿に貰うのもお断り」
父らが方伯家内乱で敗北した場合は確かに嫁ぐと約束したが、あれは口約束で最初から守る気は無い。パーヴェル家はヴィターシャが嫌がって逃げ出した敵の有力な家臣で遠縁でもある。嫁いで子供を生んだら取り上げられて父と戦っているクリスティアンが養子にするだろう。
コンスタンツィアは自分で産んだ子は自分で育てるつもりなので取り上げられてしまうような環境は絶対に御免だった。
「話が違います。ご主人様にいいつけますよ」
「どうぞ御勝手に」
長年仕えてくれた侍女とはいえ、口出しが過ぎるとコンスタンツィアは不快気に返事した。この苛立ちと最近思う事があり複数の仮想脳で物を考えるのを止めていた事で侍女の話が少しおかしい事に気が付かなかった。




