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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第六章 死灰復燃~後編~(1431年)
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第11話 秩序の崩壊②

 新帝国暦1431年10月。

新宰相アンドラーシュはストリゴニア州から連れてきた政策顧問やトゥレラ家の家臣達からの報告を受けていた。


「ラキシタ家とオレムイスト家の戦いは大詰めです。既に10以上の城が落ち、当主は籠城しました。冬には決着がつくかと思われます」

「早いな」

「魔導騎士だけの部隊を作り損害度外視で城門を次々と強行突破しているようです。雪でも降らない限り来年早々には大軍を連れて戻って来るかと。その場合、閣下を排除に動くと思われます」

「いきなりそこまでやるかな?まずは皇室会議にかけるなり議会に図るなりして自身に権力を集中させようとするのでは?」

「閣下。ご自身の命を賭けにのせるおつもりですか?軍事力において誰も対抗できなくなった状態で面倒な手続きをするとは思えません。軍務省内にはスヴァストラフ大元帥から皇帝陛下ご逝去との情報が出回っております。皇帝陛下の代理としてトゥレラ家がしばらく政治を預かるという名目も破綻します」


政務官の一人は「では直ちに選帝選挙の開始を宣言しなくては」と提案したが、その場合アンドラーシュに出る幕は無くなる。二代続けてトゥレラ家から皇帝候補者は出せない決まりだ。


「他の皇家もラキシタ家が圧倒的な軍事力を握っている状態で帝都に来るとは思えません。実質的にラキシタ朝が始まります」

「状況は分かった。ではどうすべきか提案してくれ」

「まずはオレムイスト家討伐軍への兵糧供給を止めます。軍務省を握っているのはラキシタ家ですが、道路や港湾施設、資金はこちらが握っています。軍事行動を遅らせている間にシクタレスを討ち取り、ファスティオンを人質に取り諸皇家と連合を組みラキシタ家に対抗するのです。」

「いきなりそこまでやるのか?」

「閣下はかねてより帝位をお望みでした。アールバード様の無念を晴らしたいと。もし老臣の考えが違っておりましたらご容赦ください。帝位をお望みでないのなら議会でシクタレスを帝位に推挙されるがよろしいでしょう。手をこまねいている間にシクタレスは動きます。何もしなければボロスと同じ惨めな最期を遂げる事になるでしょう」

「わかった。俺もそう思っていた所だ。しかし、大義名分が無ければ排除する事はできんし我がトゥレラ家の騎士達でどうにかなる相手だろうか」


結局のところ問題はそこだ。純粋な力の差が激しい。

大半をオレムイスト家討伐に差し向けてもシクタレス直卒の騎士は十分な数がいる。

そして質も高い。


「いくつか策は御座います」

「言って見ろ」

「まず今ラキシタ家の本国はガラ空きです。事前に周囲の州を攻略し、臣従を誓わせてきたからこそですが、大陸南端のフリギア家だけは別です。彼らを離反させること、そして本国で騒ぎを起こす事。それで分散する事になるでしょう。おそらくファスティオンめを戻す事になると思われます」

「他には?」

「ベーラ様と仲直りなさいませ。あの方が閣下の後釜を狙っているなどというのはシクタレスめが流した讒言です。信じてはなりません。逆にラキシタ家の力を割き、トゥレラ家の力をひとつにする必要があります」


ベーラは叔父のカールマーン同様学者肌の人間で乞われて補佐しにやってきたのに、ウマレルらに対する取り調べが不十分だとアンドラーシュから叱責を受けていらいへそを曲げている。

確かに忖度はしたが、兄を助ける為であって文句を言われる筋合いはないと出仕を拒否していた。


「わかったわかった。俺が謝ってこよう。しかしそれでもまだ、不安が残るな。数を揃えられてもやはり質では劣る。輪が騎士達には不満があろうが、さすがに当主自ら最前線や世界各地で魔獣を倒した家柄と我が家では比べようもない」


そのアンドラーシュの不安に応えられる政策顧問や騎士達はいなかった。

そこで経済顧問の一人アルバートを呼んだ。


「西方商工会から来た経済顧問のお前に問うのもなんだが、我々がラキシタ家に潰されないよう生き残る策はないか?優れた魔導騎士の前には一千の雑兵も案山子も同然であるように、近衛騎士に匹敵するような質の高い魔導騎士を前にしては我々も似たようなものだ。もし帝都で戦いになってこちらが数で上回っても、強行突破されて俺の首を取られては全てが終わる」


経済顧問アルバートは以前は西方商工会の幹部だったが、フリーになり経歴を買われて代官や経済顧問などを生業としていた。


「たしかに。そして本国に逃げ帰られても厄介ですな。でしたらひとつ妙案が御座います。以前、方伯家を襲撃した責任を問われて解任されたアルワリフ少将がシクタレスへの恨みを募らせています。彼と職務を共にした帝国騎士も同情的で少将が兵を上げれば協力してくれるかもしれません。アンドラーシュ様は彼に内々にお墨付きを与え、罪には問わないと約束してやればよいのです」

「名案だ。大義名分がなくて困っていた所だった。彼にやらせるのが一番いい。では老師、手配を頼む」


アンドラーシュは自分の政策顧問でもある魔術師に手配を頼んだ。


「御意、閣下は今後どうなされますか?」

「俺はその間にベーラの所に行ってこよう」


アルバートはぜひ自分もご一緒に、と申し出た。


「ベーラに何の用だ?」

「閣下は巷の状況をご存じないかもしれませんが、内務大臣も決まっておりませんし法務省も機能不全。巷では貴族の犯罪が取り締まられないので自警団が独自に治安を維持しようとする為、警察とも対立しております。ベーラ様に法務省を正常な状態に戻して頂けないといずれ市民の怒りは閣下に向かいますよ」

「では、ちょうどいい。一緒に行くとしよう。世の中もっと人材が多いかと思ったが、皆任命を拒むのでな」

「次に誰かを裁く時はもう少し時間をかけて審理した方が良いですな。ラキシタ家にせかされるまま急ぎ過ぎました。ウマレルらの最期を見ては後任を嫌がるのも当然です」

「しばらくすれば蛮族戦線の軍も戻って治安も回復する。落ち着けば空いた地位に皆群がってくるだろうさ。その時になってすり寄って来ても遅い」


 ◇◆◇


 ベーラは官邸を出て私邸におり、アンドラーシュは騎士達とアルバートを連れて彼の屋敷を訪問した。病気だと散々渋られたが最後には通す事になった。


「兄上、私の事はもう放っておいて貰いたい。仕事は次官に任せました。門外漢の私より上手く処理してくれるでしょう」

「そうはいかん。今はお前の権威が必要なのだ」

「私のではなく、皇家の権威でしょう。誰か他の方に頼んでは?いっそファスティオンにでも」

「嫌味をいうな、あと一年かそこらだけ我慢してくれ。その後はお前のやりたい事を何でも支援しよう。今はどんな研究をしているのだったか?」


ベーラの書斎には多くの書類が積みあがっていてアンドラーシュは何気なくそれを手に取った。


「地震の報告書か。お前の専門は天文では無かったかな」

「ええ、そうです。専門外ですが、知り合いの学者から多くの情報が寄せられるようになりました。大臣などの地位についたから分野外でも政府に取り上げて貰えると期待しているんでしょう」

「で、興味を持ったのか」

「近年の地震はかなり局地的で何故かすぐ隣の州ではまったく観測されず、それが北から南へ徐々に移って来ているそうで・・・」

「ああ、待て待て。そんな話をしにきたわけじゃない」


アンドラーシュは側近達と話した内容をベーラに告げ、職務に復帰してくれるよう頼んだ。


「シクタレスを信じて私を遠ざけたのは兄上ではありませんか。何を今さら」

「悪かったと思ってるだからこうして直接謝罪に来たんじゃないか。俺もあまりにもあっさり宰相の職にあった者達が死んで少し気が動転していた。権力というものは恐ろしいと実感したよ。これから増長しないよう気を引き締めて法を正しく運用し良い皇帝になる。お前も力を貸してくれ。他の職はともかく法務大臣を他家に任せるわけにはいかんのだ」


アンドラーシュはアルバートに目くばせをしてお前も何か言えと促した。


「閣下、皆も閣下の復帰を待ち望んでおります。近年の混乱続きで強力な自警団が組織されてしまい行政側の命令を聞かないのです。貴族犯罪の捜査を司る監察隊も機能しておらず、皇家の方が陣頭指揮を取り、法が正しく機能してこそ市民達もいうことを聞くようになります」

「そうだ、それにスヴァストラフ大元帥からは叔父上が亡くなったという情報が寄せられているのに軍を司るシクタレスは報告しようとしない。オレムイスト家征討に出した軍が戻るのを待っているのだ。お前が調査旅行に出たくとも今後はトゥレラ家の騎士を貸せないし、軍もそうだ。研究に専念したいなら、俺の治世が安定するまでどうかお前の力を貸してくれ」


アンドラーシュは本来父の役割だった皇帝の座を叔父に奪われて、いつか見返し、その座を取り返そうとしていて権力欲が強く、多少傲慢な性格だったが、弟には頭を下げて協力を頼んだ。


「兄上がそこまでおっしゃるならやぶさかではありませんが、貴族達が本気になって抵抗されると監察隊以外に対抗できる者がおらず実働部隊がありません。それに人がいても帝国騎士や監察隊に支給できるような武器もないでしょう」


蛮族討伐軍や近年の政争で市場から魔剣の類が買い占められていて、在庫が不足していた。


「それでしたら私が個人資産からいくらかお渡し出来ます」

「どのくらいです?」

「ざっと数百は。帝都全域に部隊を組織して派遣するくらいは出来るでしょう」


帝都には何十万もの貴族がいるとはいえそこまで犯罪者は多くない。

税の滞納や、違法な店舗経営の捜索にあたり武力による強硬捜査を行うチームを編成するには足りる数だろうとアルバートは言った。


「どうしてそんなに?個人で収拾可能な量とは思えませんが」

「ああ、正確には私だけでなく知人の蒐集家からも協力を得られた場合です。西方の第二次市民戦争の結果、数多の名族が死亡しましたが武具は残りました。美術品として商人達が買い漁っております。一定期間お貸しする、破損した場合は弁償して頂くという条件でなら相当数を差し出せるかと」

「モノさえあれば資金はアルビッツィに言ってどうにかなるだろう。では実働部隊は我が家の騎士に任せるからアルビッツィ家との交渉と武具の収集を頼む」

「トゥレラ家の騎士だけでは足りないでしょう。人材はどうします?」

「修行中の魔導騎士や自警団とやらにお墨付きを与えて雇えばいいだろう。我が家の騎士達は隊長とする。とにかく公権力による秩序の回復を断行しよう」


監察隊に代わる新組織として武装警察を発足させて手駒にしようとしたアンドラーシュとベーラだったが、シクタレスは警戒して反対した。

法務省には既に監察隊があるし、不祥事があって機能停止状態とはいえそこはベーラが監督して再生すべきであると。


議会もシクタレスの発言に同意していたので、彼らはアルビッツィ家を抱き込んだ。

エンツォ・アルビッツィが指揮する財務省に所属し税務警察を発足させると。


『税務警察』となっているのはもともと金融犯罪を捜査する財務省の国税庁に力がなく貴族の犯罪だからと法務省を経由する事で取り締まりに遅れが出ていた為である。

この件に関する権限を法務省ではなく財務省に与える事でエンツォの支持を得た。


法務省の資金管理を疑問視していたガルストン議長は捜査対象を市井だけでなく、役所の内部にも適用する事としてアンドラーシュの提案を了解し、議会の協力も得てすばやく組織作りが行われた。


迅速に発足させる為、当面はアンドラーシュが直接指揮し軌道に乗った所で財務省に移管する事になった。


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2022/2/1
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