第8話 信仰について
コンスタンツィアが学院に戻ってからエドヴァルドとコンスタンツィアは礼拝堂で密会している。コンスタンツィアは昔から清掃を買って出ていたし、彼女の屋敷だと侍女達の人目があるので都合が良かった。
清掃を終えて祈っている間、ヴァネッサが出入口で見張りに立ちエドヴァルドはじっと待っていた。その間心の中でコニー、コニー、コニーと呼んでイメージトレーニングする。
どうやったら彼女と対等になれるのだろう?
ラキシタ家の軍勢に毅然と立ち向かい、さらにナトリ大橋の再建でコンスタンツィアは方伯家の長女という以外にも個人的な名声を得た。実績で離される一方でとても彼女と対等になれる気がしない。
「エド?エド?どうかした?」
コンスタンツィアは祈りを終えて立ち上がっていた。
話しかけられてるのに気付かずぼんやりしてまま愛称を口に出す。
「コニー、コニー、コニー」
「なあに?」
エドヴァルドが気が付いた時にはコンスタンツィアは目の前で首を傾げていた。
「あれ?」
「考え事かしら?」
目の前で小首をかしげているコンスタンツィアが可愛らしくてエドヴァルドは真っ赤になってしまう。
「まあ可愛い」
コンスタンツィアは思わずエドヴァルドの唇を奪ってしまった。
いや、逆だろと思うエドヴァルドだが、勿論甘んじて受け入れる。
しばらくしてコンスタンツィアが離れたが、やられる一方では悔しいので珍しくエドヴァルドが追い打ちして彼女の細腰を抱き、唇を奪った。
「ふふ、ようやくエドから来てくれたのね」
コンスタンツィアは嫌がらずに受け入れてくれた。むしろ嬉しそうにしている。
「け、敬虔なんですね。いつも神と対話していると伺いました」
「敬虔?うーん、そうなのかしら」
頻繁に祈りを捧げている割には、敬虔といわれるのはどうもしっくりとこない。
「違うんですか?」
「敬虔という言葉の定義はそう単純ではなくてね。人によって信仰の現し方が違うから」
「?」
「13世紀に信仰の自由が法によって認められ保証された後は皆それぞれ信仰の形を現すようになったのよ。巷の裸人教徒みたいな変な人達もいるわ。あれでも本人達は真面目で敬虔な信徒のつもりなのよ」
「より神に自然に近い姿で生活するのが信仰の現れっていう?」
現代の常識では破廉恥極まりない姿だが、法によって認められた権利なので当局も取り締まりづらかった。
「そう。あそこまで突飛なのはどうかと思うけど、尊重はしなくてはね。私の話に戻るけど、私は人に敬虔っていわれるとどうしてもしっくりこないの。ただ大いなる力に敬意を表しているだけ。子供が両親を尊敬したり、身分の高い人に敬意を現す事を敬虔とはいわないでしょう?」
「コンスタンツィアさんは神々を身近に感じているんですね」
「不敬かしら?・・・ところでもうコニーとは呼んでくれないの?」
先ほどまでと打って変わりコンスタンツィアはわくわくした顔で言葉を待っている。
一方のエドヴァルドはそんな気分になれなかった。
「どうしたの?」
「・・・僕は貴女に比べると汚れてると思って」
対等になるどころかエドヴァルドの目には気後れがより一層強くなった。
「どういうこと?」
「守護神トルヴァシュトラは戦いの神です。兄の暴風を司る神、ガーウディームは破壊神、弟のトルヴァシュトラは雷神。壊し、殺す事だけが取り柄です」
極論をいうとエドヴァルドにとって信仰の道とは殺し屋の道だ。
その技術を磨き上げる事こそが修行である。
「それが汚れている事になるの?破壊神というけれど、風の神様がいてくれるおかげで種子を大地に運んでくれるのだし、雷がよく落ちた年は作物の実りがよくなるのよ?生と死は表裏一体なの。卑下する必要は無いわ」
「そういうところが敵わないなって・・・」
エドヴァルドが苦笑する。
「ねえ、エドはわたくしの事ばかり気にするけどわたくしだって貴方に敵わないなって思う事があるのよ?」
「僕に?貴方が?」
信じられないという面持ちでエドヴァルドは見つめ返す。
「そうよ。貴方パン屋さんで働いていたりするでしょう?わたくしには市井で働くなんてとても無理」
「必要だからしているだけです。貴女はそんなことする必要ないし」
「必要になっても出来ないわ。どうしても外聞が気になってしまうし、身分を隠して行動するなんてとてもじゃないけど無理。貧しい国から来た方なんて他にもたくさんいるけど、貴方みたいに逞しくめげずに困難を潜り抜けて生き抜いてきた人なんて誰もいないわ。誇りに思っていいのよ」
「めげてしまう事はありました。でも貴女が支えてくれた」
「わたくしも貴方に支えられたわ。忘れちゃった?夫婦ってお互い支え合って生きていくものよ、きっと。父と母は違ったけれど、わたくしの理想はそう」
「そうなんですか?」
コンスタンツィアはさすがに『祖父』が母に自分を生ませたとはいいたくない。
あの歪んだ関係をみるとエドヴァルドの純真さ、まっすぐさは眩いものに思える。
ヴァネッサになんであの子なのかと問われた時、「純真」「まっすぐ」なんて評価を聞いて大笑いされたが、コンスタンツィアは真剣にそう思っていた。
エドヴァルドがあの『祖父』や『父』から自分を娶る承諾を得るのはかなり難しい。
だが、とりあえずやってみるしかない。世間は味方になってくれると思うし皇帝が戻りさえすればマーダヴィ公爵夫人から口添えを頼んで貰ってもいい。
やはり世の中コネだ。
「どうかしましたか?」
「ううん、何でもない。エドの事だからわたくしと対等になる為に無茶しようとか考えていたのでしょうけれど、地道にね。まだまだ若くて機会はたくさんあるのですから」
「やっぱわかります?」
「心を読まなくてもそれくらいわね。わたくしは貴女がお母様を恋しがる末っ子の甘えん坊のままだって気にしないのですから、何も引け目に感じる必要なんてないのよ。とにかくひとつひとつ実績を積み上げていけば自然と自信はつくでしょう。大丈夫、時間が解決してくれるわ」
コンスタンツィアもかつてイーデンディオスに叱られた時は自惚れていた。未熟さを痛感して努力しどうにか最近は自信がついてきた。
エドヴァルドも同じくらい・・・あと二年も努力していれば自信がついて振舞いも変わるだろうと見込んでいる。同年代の男子の中ではエドヴァルドの実力は抜きんでている。上級生になれば魔導騎士を目指す他の学生との模擬戦や現役の騎士との訓練も増えてさらに自信がつくだろう。
「どうにも我慢という奴が苦手な性分で」
「そのうち身につくわ。・・・ねえ、さっきエドはトルヴァシュトラ様にかけて壊し、殺す事が自分の信仰の道なんていったけどわたくしの守護神シレッジェンカーマの信仰とはなんだかわかる?」
「さあ?」
「あれよ」
礼拝堂にある姉妹神をコンスタンツィアは指差した。
両手いっぱいに子供を抱えた姉神ノリッティンジェンシェーレと妹神シレッジェンカーマ。豊穣を象徴としている大地母神なので穀物を抱えた像などもあるが、帝国人に人気な彫像は子供達と共にある像だ。
「わかる?愛する者の子をたくさん産むのが信仰の第一歩なのよ。エドは何人欲しい?」
「こ・・・こ・・・」
「こ・・・?コニー?それとも子供?ノエムの家は9人兄弟なんですって。わたくしもそれくらい欲しいな。頑張りましょうね」
真っ赤になって言葉にならないエドヴァルドにコンスタンツィアは笑い、からかった事を詫びていつもより少しだけ深く口付けをした。




