第4話 校内人気投票(女子編)
エドヴァルドはイーヴァルとソラに学院で稽古をつけて貰っていた。
学院に指導に来る帝国騎士もいなくなってしまったし、ツヴィークもロックウッドに従って消えた。親しい間柄で腕が立つのは他にいない。
北方人のイーヴァルは魔術も得意で剣と同時に巧みに操る。
魔石を使って身体能力を強化する魔導騎士とは違う戦い方だった。
北方人は素の肉体が強靭で、魔石で強化する必要も無く、冬季は家に籠って魔術の研究で時間を費やす為、タイムラグなく剣と同時に魔術で牽制してくる。
「エドヴァルド。棒術を鍛えるのはいいが、魔獣退治に出たけりゃもっと多用な武器を扱えるようにした方がいいぞ」
「そういうイーヴァルは多節棍以外も使えるんだ?」
「おうとも」
修練場でイーヴァルは手投げ斧で次々と的を割り、投げ斧も達者であることを示した。他の武芸も十分使えるが都市内でも携帯許可が不要な多節棍を好んでいた。
「いろんな魔獣がいるからな。北国には表皮も固く、寒い地方だから皮下脂肪も分厚い奴がいる。打撃は通らないし、斬撃も駄目だ。丸まって転がってきたりして意外に機動力も高い」
「そんなのどうやって倒すんだ?」
「帝国軍の技術研究所が昔、携帯用の大筒を作ったが火薬の匂いを覚えられて避けられている。こうなると魔術だな」
「なるほどなあ。ゴーラには優れた刃物を作る技術があるっていうけどそれでも無理なんだ?」
「かなりの業物でも厳しいな。魔術でひっくり返して腹を狙ったり、泥沼に嵌めてやったりしてから炎を付けてやるのが一番手っ取り早い。傭兵団が捕えてこっちの闘技場に売り飛ばした事もあるが、狭い闘技場じゃ魔獣の方が強い。熟練の剣闘士も騎士も大分殺されたらしいぞ。将来、そういった魔獣と出くわしてもまともに戦おうとするな」
頭を使って戦えとイーヴァルは説いた。
名誉と誇りがどうのこうのという騎士と違って手段を選ばない柔軟さがあった。
「覚えておく」
イーヴァル達北方の民は魔導騎士のように魔石を使って己を強化せずともエドヴァルドよりも強い。北方の民は生まれた時から蛮族と蛮族が連れている魔獣の脅威にさらされて育つ。魔術の得意な民族なので魔石を体に埋め込むメリットよりもデメリットの方が大きかった。
◇◆◇
修練場には他のグループもいたが、時計を見て引き上げ始めた。
「お、16時20分になるぞ。行こうぜ」
「もうそんな時間か」
時計の針は年々正確になってくる。帝国ではもう時を告げるのに時の神の神殿は必要無い。エドヴァルド達も鍛錬を止めて帰り支度を始めた。
「そういやエドヴァルド。もう投票したか?」
「投票?なんの話?」
「まだか、じゃあこれに一票入れてみろ」
イーヴァルが差し出した紙を見ると学院の女生徒達の名前が書き連ねてあり、隣に棒線が引かれて数を数えているようだった。
「?」
「人気投票だよ。新入生から六年までのな」
「趣味が悪いなあ・・・」
エドヴァルドは呆れるが、この人気投票はもともと各民族、異なる文化的背景を持つ人々が集まる学院で誰にどんな理由で惹かれるのかという調査の為に始められた歴とした学術調査である。
と、新聞部の部長は明言していた。
そして始めたのは女性の先輩なので男子は文句を言われる筋合いはないとそれぞれ好みの女性を推している。
イーヴァルも先輩としてその辺の成り行きをエドヴァルドに説明してやった。
「まあいいじゃないか。どんな異性に心惹かれるかって投票は多用な民族が集う学院ならではの試みだ。各国はおろか帝国内でさえ地方毎に美人の定義も違うしな。肌や髪、瞳の色の好みも違う。文化人類学の見地からも実に興味深いと思わないか」
「もっともらしい事いっちゃって」
学院の了解を得て開催される為に、対象は名目上学院関係者全員とされていた。
教授やら庭師まで含まれるが、最も多い投票者層は学生なので実質学生内の人気投票も同然だった。
「で、お前は誰に投票する?」
「そうはいっても今年はようやく始まったばかりだし」
数人だけ見覚えがあるが、有力候補の絵姿が念写されたリストを見ても知らない人ばかりだった。
「仕方ない奴だな。じゃ、去年の結果を元に俺が解説してやろう」
エドヴァルドは付き合いでイーヴァルの話を黙って聞く事にした。
エドヴァルド以上に学院の事を知らないソラも黙って聞いている。
「第十位は我が北方圏出身のパヴェータ族の姫ペレスヴェータだ。北方候の一族の近縁でな。帝都は暑いらしくていつも薄着、毛皮の下には何もつけてないから脇から覗く横乳がたまらんと思わないか?」
「う・・・」
姿写しの魔術装具で念写したらしいが、確かに横合いから撮影されていて胸が覗いている。
「きょ、許可は?」
「そんなもん貰える筈ないだろ」
「彼女はネヴァ地方の女性では?」
ゴーラ地方とネヴァ地方の部族はあまり仲が良くないとされている。
「それでもいい女はいい女だ。変わった魔術の使い手でな、男の戦士達を補佐してくれる。帝国の交響魔術楽団から勧誘されているらしいが、絶対やるもんか。あの細腰を抱いて連れ去りたいぜ」
あまり仲が良くない地方間でも異性の好みは好みで別問題らしい。
結構な事だが、夫でもない男に肌をさらす女性は好みでないのでエドヴァルドは次の紙を捲った。
「そっちは第九位、ディシア王国のカトリネル・モルドヴァン。うーむ。理解できん。これは幼女じゃないのか?」
「ボクと同い年ですよ」
イルハンが失礼な、と口を挟んだ。
「人気投票なら仕方ないんじゃないかな。彼女の笑顔は俺も好ましいと思う」
女生徒や職員、低学年の男子生徒達からの票が入っているようだった。
投票の目的がイーヴァルとは違ったので彼に理解出来なくても当然だ。
エドヴァルドは次々と紙を捲る。
「それは第八位。昨年から大幅上昇のセクス・ノエム・リベル」
「なんで人気が上がったんですか」
「去年までは容姿は子供っぽかったからな。カトリネル枠だ。だが、ここ一年で急に大人びてきてな。帝国人にしては珍しく小柄な割に妙な色気がある。そして何より面倒見がよくて優しくてしっかりものだと評判だ」
アンバランスな魅力のせいで人気が上がったらしい。
彼女なら納得するが、エドヴァルドの心はもう決まっているので次の紙を捲った。
「そちらは第七位。フリギア家に仕える帝国貴族のシュランナ。俺にはちょっと太り過ぎに見えるんだがなあ・・・」
「帝国人は豊満な女性が好みっていいますからね」
エドヴァルドも好みではないのでまた捲る。
「第六位ネーナ・アウストリア。昨年学院から追放された教授と出来てたって噂の最上級生。そんな噂が出てくるだけあっていい女ではある。借金があるわけでも無し、いいとこのお嬢さんが体を売るわけないだろうが」
「火の無い所に煙は立たないっていいますよ」
「そんな事言ったら噂を流したもん勝ちじゃないか。不公平な言い分だぞ」
「あぁ、それはそうだな」
素直なエドヴァルドにイーヴァルはよしよし、と頷く。
彼女の魅力を認めない訳では無かったが、そんな噂を持つ女性は問題外だった。
次を捲る。
「第五位、ユースティア・シャルカ。皇家のシャルカ家で・・・」
イーヴァルはちらとレクサンデリを見た。
「気にするな、無礼講だ。どうせ女性陣も俺達の品定めをしているさ」
「ああ、どいつもこいつも玉の輿に乗りたがってる。顔が良くて、金があって、権力もあり、長男で、持参金を求められず一生働かずに楽して贅沢出来る夫を求めてな」
二人ともそんな女性に辟易としているようだった。
エドヴァルドは自分を顧みる。
顔、人並み。
財力、無し。
権力、名ばかり公爵。自分がエッセネ公爵である事さえ時々忘れる。
相続、四男で上記を貰っているのでこれ以上はもう無い。
持参金、切実に欲しい。
性格、自分の事は評価したくない。たぶんあまり良くはない。
「エディを愛してくれる女性はそういうの気にしないと思うよ」
「おう、ありがとさん」
エドヴァルドとコンスタンツィアの仲を公表すると大騒ぎになるのでイルハンはそれだけいって微笑んだ。
無礼講と言われたイーヴァルは会話を戻した。
「ま、皆構わないようだから話を続けよう。畏れ多くも第五位はシャルカ家のユースティア嬢。こちらも人気急上昇だな。きつめの女性かと思われたが、ここ一年で大分砕けて来たらしい。だが、先日の報道以来休学してる」
またどこかで盗撮してきたのか上着を脱いで肌着だけになったユースティアの写し絵だった。
「おお、これは貴重な。何処で撮ったんだ?あの女がこうも無防備な姿を見せるとは珍しい」
ジュリアを何処かに置いてきたレクサンデリは大いに喜んでいる。
「いやー、とある女生徒に頼んでね。交換条件は高くついたが」
「なるほど。同性ばかりが集まる所で油断したか」
エドヴァルドにとってはきつめの女性という印象は無かった。
フィリップとの決闘の際、味方してくれた思いやりのある優しいお姉さんである。
それゆえ先日の事件は事実であろうとなかろうと残念でならない。
「来年もやるんだったら盗撮とかは止めてくれ」
「おっとエドヴァルドはユースティア殿が好みか」
「違う。彼女には恩義がある」
エドヴァルドは憮然とした。
「悪い悪い、もうしない。交渉も面倒だったしな」
「彼女については話すと変な輩が寄って来るから次にいってくれ」
「んじゃ、第四位ソフィー・マルグリット・ヴォーデモン。頼めばやらせてくれるって噂だが、今年は休学したみたいだな。対象から外そう」
去年のリストをもとに品定めしているので情報がやや古い。
「じゃあ、次。ちょうど向こうに通りがかっているが、あの通りの爆乳。牛かっつーの。あれ、絶対わざとこれみよがしに揺らしてるよな。第三位はあの牛乳女、オリヴィア・アシュリー・グラハム・クラヤノヴィッチ。実は牛系の蛮族との混血なんじゃないか?」
「投票した連中は胸しか見てないだろうな」
「いや、別に顔も悪くないぞ。帝国貴族だが、あちこちの血が混じって魅力的だ」
段々他の男子も集まって絵姿を覗き込んできた。
「まあ、次。というかほぼ同率。エドヴァルドも知ってるだろ?セイラ・イーネフィール。ほどほどの露出が溜まらないよな。あの下乳はペレスヴェータに匹敵するといっても過言ではない」
撮影したものは昨年の夏のもののようだ。今のセイラは露出度の高い恰好はしていない。
「オリヴィアほどじゃないが、デカいから蒸れるらしい。そんな顔をするな」
汗が溜まって胸の大きな女性は大変なのだとイーヴァルは偉そうに訓示を垂れた。
「まあ、男には分からない事だよね」
イルハンも同調するとエドヴァルドもそれなら仕方ないと納得した。
バルアレス王国の女性は大概痩身だった。体型も慣習も違うので服装が奇抜に見えても世の中自分の常識を押し付けてはいかん、とようやく受け入れるようになった。
「さて、まあ次も似たような感じだな。コンスタンツィア・シュベリーン・ダルムント。生粋のお姫様。ダルムント方伯家の長女。家柄といい、あの容姿、あの体。人気が高いのも納得だがもうちょっと愛想が合ってもいいと思わないか?キツめの女性が帝国人の好みなのか?」
もっとも多い投票者は帝国貴族の男性なので女性の一位が帝国貴族になるのも当然だった。エドヴァルドは内心で彼女は別にきつくない、それどころか正反対だと言いたかったが、「ほう、よく知っているな」と突っ込まれると面倒なので黙って心の中で反論しておいた。
「キツめの女を支配したいという現れじゃないか?」
レクサンデリが一応投票の裏を読んでみる。
「みんなそうじゃないのか?」
「逆に支配されるのが落ちだ。どんな隠し技を持っているか知れたものじゃない。あらゆる神を奉ずる聖堂騎士団を率いる家柄だぞ。神術も思いのままだろうさ」
毎年一位、どうせ今年も一位だろう、投票するまでも無いと皆言っていたがエドヴァルドは一応彼女に一票入れる事にした。




