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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第六章 死灰復燃~後編~(1431年)
316/372

第2話 スヴァール植物園

第2話が投稿されていないのに気付かず第3話を投稿してしまい、修正しています。

 エドヴァルドはイルハンと共に学院内にある植物園を散策していた。

たまの息抜きだ。


「こことラグボーン市にあるレイデン植物園に大陸中の植物を集めて植物の種を全て保存して品種改良の実験をしたり、絶滅を防ぐ為の研究をしてるんだって。帝国って考える事が凄いよね」


温室を作ったり、魔術で気温を調整し、土壌も改良し世界中の植物にあわせて環境を作っている。


「へー」


園内の空気は澄んでいて気持ちがいい。

エドヴァルドにはそれだけで十分だった。レイデン植物園と違って一般開放もされていないので人も少ない。イルハンの知人の学生ヨアヒム・ロッジーズが何やら薬品を使って記録を取っているのが見えたくらいで他に誰も視界にいない。


世間はどうにもこうにもやり辛い事ばかりだ。自分の故郷でも帝都に来ても何処へ行っても気苦労はつきまとう。


「気の無い返事だなあ」


ぼんやりしているエドヴァルドにイルハンが不貞腐れる。


「悪い悪い。でもあんまりにもいい空気だから」


人口が多く騒々しい帝都で安らげる時は少ない。

貴族の少年達も将来の競争相手達といがみあっている事もある。


「そうだねえ、レックスも来れば良かったのに。忙しいんだってさ」

「そか」

「ねえ、エディ~」

「なんだ?」


ぼんやりしているエドヴァルドにイルハンがさらにむくれていた。


「やっぱり疲れてるんじゃない?」

「んー、そうかもなあ。でも土日はまとまった時間働けるからなあ・・・」


一攫千金の大仕事は狙わず、地道に働いて生活費くらいは自力で稼いでいる。


「じゃあ、少し座って休もうか」

「おう」


 ◇◆◇


「やあ、イルハン。お友達は昼寝かい?」

「うん。静かにね」


エドヴァルドはベンチに座るや直ぐに眠ってしまっていた。

イルハンも隣で大人しく座っていたが近くにいたヨアヒムが話しかけてくる。


「じゃあ、目が覚めるまでちょっと調査を手伝って貰っていいかな」

「いいよ。どうするの?」

「この辺の林の樹液を取って貰いたい。僕は向こうの温室で花の蜜を集めるから」


エドヴァルドがうたたねから目を覚ました時、彼らは採取を終えて試験紙につけていた。


「何やってるんだ?」

「マナの汚染度の調査だって」

「汚染度?」


エドヴァルドが鸚鵡返しに問い返すとヨアヒムが解説を始める。


「うむ。これは重要な研究でね。土地のマナが汚染されると果実も汚染される。それを食べた草食動物に汚染されたマナが溜まり、それをさらに食べた肉食動物が魔獣化する。汚染度が濃いと実から成った植物の時点で奇怪な成長を遂げて怪木と化す。自力で根っこを引き抜いて移動すら出来るんだ。知っているかな?」

「いや、全然」


バルアレス王国には自力歩行する木など存在しない。


「そうか、フランデアンと自由都市の間にある森でそういう木が確認されたらしい。帝国内でも発見されてね。退治はされたんだが、寄生植物で犠牲者は燃やすしか無かったそうだ。擬態して普通の木のフリもするしタチが悪い事この上ない。魔獣の発生を防ぐ為にも早期にマナの汚染を発見する事は重要だ」

「エディも知っておいた方がいいんじゃない?帝国騎士はあちこち派遣されて魔獣退治するんでしょ?」

「俺は戦えればいい。学者は学者の仕事をして貰う」


思考放棄する友人にイルハンは呆れた。


「まあまあいいじゃないか。人には向き不向きがある。僕の仕事を取られちゃたまらないしね。それにしてもどうして近年こうもマナの汚染が進んでいるんだろう・・・」


ヨアヒムはぶつぶついいながらまた別の地点の調査に進んでいった。


「じゃあ、僕らもいこっか」

「ああ」


またエドヴァルド達は散策を再開した。


「エディは人気投票何位だろうね」


暗い話題ばかりの昨今だが、新聞部主催の人気投票はちょうどいい娯楽だと学生達も歓迎していた。


「俺?俺は後ろから数えた方が早いだろ」

「わっかんないよー?海賊を蹴散らした滅茶滅茶強い外国の王子様なんだから。帝国貴族の女性達も皆が皆自立した生活を目指してるわけじゃないみたいだし嫁入り狙ってくるかもちやほやされて浮かれるとコンスタンツィアさんに嫌われちゃうかもよ」

「ないない。それに俺は帝国で就職するんだって」

「でも領地を放棄するわけじゃないんでしょ?」

「どうしよっかなあ。ユリウスが大きくなれば譲ってもいいんだが」


領地収入もほとんどないし、むしろ赤字経営だ。

母の居場所さえ確保出来ればあの領地には拘らない。


「遠縁の子だっけ?」

「本来はあいつが領主になる筈だったんだ」


だがナイアス家は自力で管理している土地を守り切れなかったので領主の器は無いとみなされた。土地を持たない貴族は貴族として扱われない土地柄だった。


「やっぱり自分の家くらい守れないと駄目だよね・・・」


周辺国から領土を削り取られつつあるイルハンの母国は窮地にある。


「お前も帝国で就職するんだろ。国の事は国の連中が考えればいいさ」

「そうだねえ・・・」


今度はイルハンの方がぼんやりとしてしまった。そう簡単には割り切れないようだ。

エドヴァルドはイルハンの肩を叩いて励ました。


「しっかりしろって。レクサンデリが将来帝国で重要な地位につくだろうから復讐が怖くて引き上げるさ」

「そっか。そうだね」

「そうそう」


気を取り直したイルハンはそろそろ暗くなってきたので帰ろうかと出口に向かって歩き出す。途中で逢引をしていた帝国貴族の男女が仲良く手を繋い歩いていた。


「エディもいい加減見慣れた?」

「まあな。母国じゃ女は男の後ろを歩けって感じだけど。俺はああいう方がいいな」

「エディも変わったよね。でも故郷は変わらないだろうなあ・・・。えぃっ」


イルハンはエドヴァルドの腕にふざけてしがみつく。


「おいおい、男同士は駄目だぞ」

「エディはどんどん背が高くなるんだもの。ずるいよ」


エドヴァルドが腕を持ちあげるとイルハンも宙に浮いてぶら下がってしまう。


「たっくましー。いいなー」

「お前も鍛えろ」

「人には向き不向きがあるんだよ」


イルハンはぶら下げられたまま、二人は仲良く植物園を出て行った。


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2022/2/1
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